【BL】シマエナガくんとオジロワシさん

三崎こはく

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3話 もふもふの髪の毛

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 オジロワシの青年――飛彦は、いつの間にか喫茶わたゆきの常連客となった。
 飛彦が手紙の配達にやってくる頻度は週に1回、あるいは2回程度。それだけの頻度で喫茶店に出入りしていれば自然と顔見知りは増えるし、若く整った容姿の飛彦は喫茶内でもよく目立つ。年配のご婦人の視線を集め、会話の輪は広がっていき、気がつけば飛彦は喫茶一の人気者だ。

「飛彦さんは今、お付き合いしている方はいないの?」
 と老齢のご婦人。
「いないです。郵便配達の仕事を始めたばかりで、出会いを探す暇もありませんし」
「あら、そうなの。飛彦さんくらいイケメンなら、街を歩くだけで出会いはあるでしょうに。女性から声をかけられることはないの?」
「たまにそういう事もありますけれど……でも先には続かないんです。私は口下手で、会話を盛り上げることが得意ではありませんから」

 飛彦がそう言い切ったところで、別のご婦人が口を開いた。
「もし飛彦さんさえよければ、知り合いの娘さんを紹介しましょうか? タンチョウヅルの鳥獣人さんでね、ほっそりとしていて綺麗な子なの」
「え、ええ?」
 突然の提案に、飛彦は驚いた様子だ。
 
 その後も飛彦の意思とは関係なしに、会話はどんどん続いていく。雪斗はカフェカウンターで彼らの会話に耳を澄ませていたが、ご婦人の一方が「それで、顔合わせの場所はどこにする?」などと言いだしたとき、ついに助け舟を出した。
「夜々さん、紅子さん。そのくらいにしておきなよ。飛彦さん、困っているよ」
 少し強い口調でいさめると、2人のご婦人は同時に雪斗の方を見た。
「雪斗くん、そういうあなたは最近どうなのよ。好きな人はできた?」
「おっとまさかの流れ弾……できてないですぅ……」
「まったく……これだから最近の若い子は。冬が過ぎれば春がくるでしょう。鳥獣人わたしたちにとっては恋の季節よ? 今からあたりを付けておかないでどうするの」
「そんなことを言われても、できないものはできないんだよ……」

 雪斗の暮らす街は鳥獣人の街。住人はみな鳥の血を引いていて、普段は人間の姿で生活をしながらも、自由自在に鳥へと姿を変えることができる。
 そして半身が鳥であるからこそ、鳥獣人にとって春は特別な季節だ。ホルモンの関係から気分がわくわくとして、1年の中で一番恋をしやすい時期だと言われている。知り合いからの結婚報告や、妊娠報告が増えるのもこの時期だ。
 
 そうはわかっていても、街の片端にある喫茶店で1日の大半を過ごしていれば、新しい出会いなどほとんどないわけで。
 居心地悪そうに視線を泳がせる雪斗を見て、もう一報のご婦人が溜息を吐いた。
「だから私の姪を紹介しようかといつも言っているのに……どう? 一度会ってみるつもりはない?」
「夜々さんの姪御さんて、シマフクロウの鳥獣人さんでしょ? 僕なんかには勿体ないよ……」
「勿体ないかどうかは会ってみなきゃわからないじゃないの。臆病風に吹かれてたらいい出会いを逃してしまうわよ」

 そのとき、飛彦が唐突に質問した。
「雪斗さんは、なんの鳥獣人なんですか?」
 この街で暮らす者はみな鳥の血を引いている。飛彦はオジロワシ、夜々はシマフクロウ、紅子はアカゲラ。雪斗も例外ではない。しかし雪斗はすぐに答えることができず、不自然に言い淀んだ。
「僕は……ええと……」
 雪斗に代わり飛彦の質問に答えた者は、すぐそばに座っていた老齢の男性だった。
「雪斗はシマエナガの鳥獣人だよ」
「ちょっと雷蔵さん!」 
 声を荒げる雪斗のかたわら、飛彦ははてと首をかしげた。
「シマエナガ……ですか?」
「シマエナガは雪のように真っ白な野鳥だよ。スズメよりも小さくて『雪の妖精』なんて呼ばれることもある。あまり有名な鳥ではないからなぁ、アンタが知らなくても無理はねぇや」
「へぇ……『雪の妖精』ですか……」
 飛彦は興味深そうに雪斗の顔を見た。正確には毛糸の帽子におおわれた雪斗の頭部を。
 
 雪斗ははっとして帽子を押さえようとするけれど、ご婦人の1人が雪斗の帽子を奪い去るほうが早かった。
 帽子に隠されていた頭髪があらわになる。『雪の妖精』の名にふさわしい、真っ白でふわふわの髪の毛が。

「ひ、ひぇぇぇ……」
 雪斗は情けない悲鳴をあげてしゃがみこんだ。両手のひらで頭部をおおい、ふわふわの髪の毛を必死で隠そうとする。
(さ、最悪最悪! よりにもよって飛彦さんの前で……こんな情けない頭……)
「こ、これ、冬毛なんです……。春になればもう少しボリュームダウンするから……こんなもふもふじゃなくなるから……」

 懸命に訴える雪斗の髪の毛に、次から次へと人の手が伸びる。真っ白でふわふわの髪の毛を、無遠慮にわしわしと撫で回す者は、夜々と紅子を含む老齢のご婦人たちだ。
「久しぶりに触ったわぁ……雪斗くんの冬毛」
「小さい頃は毎日のように頭を撫でさせてくれたのにねぇ」
「今では帽子で隠すような真似をしちゃって、難しい年頃なのね」

 鳥獣人の大半は、人間の姿のときにも鳥の特徴を持っている。例えばカラスの血を引く鳥獣人は艶々とした黒髪を持つものであるし、シマフクロウの血を引く夜々は黄色味がかった大きな瞳を持っている。
 そしてシマエナガの血を引く雪斗はといえば、男性の中では比較的小柄な部類だ。加えて『雪の妖精』の呼び名にふさわしい真っ白でふわもふな髪の毛――雪斗が言ったとおり、春がくれば多少ボリュームダウンはするのだけれど。

「ちょっとあなたたち……うちの孫をいじめないでちょうだい」
 と祖母。お盆の上には飛彦が注文したホットコーヒーをのせている。
 ご婦人たちがすぐさま言い返した。
「いじめてなんかいないわよ。ただ雪斗くんは、もっと自分の容姿に自信を持つべきだと思ってね」
「そうそう。こんなに癒される髪の毛は他にないわ」
「ワンオーダーワンモフ制で喫茶わたゆきの売りにすべきよ」
 他人ひとの髪の毛を勝手に売り物にしないでくれ、という雪斗の心の叫びは、誰にも届くことはないのである。
 
 雪斗だって小さい頃は自分の髪の毛が好きだった。可愛いね、ふわふわだね、と皆が褒めてくれるからだ。しかし『可愛い』を誉め言葉として受け取れるのは幼少期だけ。ある程度の年齢になって、ご婦人方から『可愛い』と声をかけられても、嬉しくもなんともないのだ。
 だから雪斗はいつしか、冬になると室内でも帽子をかぶるようになった。雪のような、綿毛のような、ふわふわの髪の毛を誰にも見られたくなかったからだ。無論、喫茶の常連客であるご婦人たちは、雪斗の帽子姿を残念がったけれど。

 雪斗の父母も、祖父母も、兄妹も、雪斗と同じく真っ白な髪の毛をしている。けれども冬がくるたびに、極端な冬毛に生え変わるのは雪斗だけだ。
 現に目の前にいる祖母は、白くて長い髪の毛を後頭部でひとつにまとめているだけ。綿毛のような雪斗のシルエットとは似ても似つかない。

(僕だってもっとカッコいい鳥獣人に生まれたかったよ! オジロワシとまで贅沢は言わないけど、せめてハトとかキツツキとかさぁ!)
 心の中でそんなことを叫びながら、ちらりと飛彦の様子をうかがってみれば、飛彦は雪斗の髪の毛を食い入るように見つめていた。何か、とても珍しい物を見たというように目を丸くして。
(ほら、絶対変な頭だと思われてるもん……もうやだ……)
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