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11.脱ポンコツ
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「春臣さん。もう終業時刻、過ぎてますよ」
律希の声で、俺ははっと我に返った。壁掛け時計を見上げてみれば、時刻は終業時刻を10分ほど回ったところ。作業に取りかかったのが午後2時頃だったから、3時間以上も熱中していたことになる。
「もうこんな時間⁉ ごめんね。俺、全然電話取らなかったでしょ。お茶くみとかゴミ捨てもすっぽかしてさ……」
「大丈夫です。周りの皆で分担してやりましたから。元々、春臣さん1人に雑用を押し付けているのがおかしかったんです。――それで何ができあがったんですか? パソコン画面が呪われたみたいになっていますけど」
律希が俺のパソコンを覗き込んだ。
真っ黒な画面を埋め尽くす数字と英文の羅列。これはプログラミング言語と呼ばれる、コンピューターを動かすための手順書のような物である。俺や黒瀬にとっては慣れ親しんだ言語であるが、素人の目には訳のわからない呪文のようにも映るだろう。
細かな説明は割愛し、俺はカチカチとパソコンを操作する。
「まぁ見ててよ。ここのプルダウンから年月を選ぶとだね……おりゃっ」
タァンッと軽快にキーボードを押せば、少し間を置いてプリンターが稼働する。この事務室には全部で3台の共有プリンターが置かれていて、各人が所有するパソコンから出力されたデータは、指定されたプリンターから印刷される仕組みとなっているのだ。
次から次へと排出される用紙を、律希はぽかんと見つめていた。
「……何が起きたんですか?」
「請求書への入力と印刷を自動化したんだよ。今までは取引先名簿を見ながら請求書に宛名を入力して、そこに売上管理システムから出力される請求額を手入力してたじゃない? それが今は、コンピューターがその月に取引のあった会社を判定して、請求額と宛名を入力した請求書を印刷してくれるようになったってこと」
俺はいまだ動き続ける共有プリンターに歩み寄ると、印刷済みの用紙を1枚取り上げた。
請求書番号、日付、宛名、請求金額、さらには請求金額の詳細に単価。全ての項目が予定通りに印字されている。
請求書を覗き込み、律希は不満顔だ。
「俺、この作業に月10時間はかけてましたけど」
「仕事をとっちゃって悪いね。俺のクビ回避のためだと思って受け入れてよ。課長に成果報告した後、プログラム自体は使っても使わなくても良いからさ」
「何言ってんですか……普通に使いますよ。俺が文句を言いたいのは、なぜこの作業をもっと早くにやってくれなかったのかってこと」
「だって嫌じゃない? 今まで手間暇かけてやってた作業を、いきなり機械にとって代わられたらさ」
「そういう意見の人もいるんでしょうけどね。俺は楽できるところは楽したい質です」
律希がそう言ってくれるのなら俺も救われる心地だ。
ドン、と背中に衝撃が走った。首を捻って見れば、俺の背中に張りついた壮太がウルウルと瞳を潤ませていた。まるでチワワのようだ。壮太の傍には真理愛がいる。
「春臣さん。そんな神スキル、何で今まで隠してたんですか。俺にも何か作ってください」
「春臣君、あたしもあたしも。ボタン1つで仕事全部終わらせてくれるようなやつ作って」
まさかの要求に俺は苦笑いである。
「仕事全部……はちょっと無理だなぁ」
*
それから2週間後、俺は情報システム部門へと異動になった。
俺が作ったいくつかのプログラムを見た課長が「俺には赤根を使いこなせない」と敗北を認めたこと、そして噂を聞きつけた情報システム部門の面々が、こぞって俺を欲しがったことが理由である。
情報化の波にさらされるこの時代、情報システム部門は慢性的な人出不足なのだ。
特技を生かせる部署に配属されたことは俺にとって幸運。総務部の皆も俺の異動を喜んでくれたけれど、律希だけが子どものように膨れていた。
律希の声で、俺ははっと我に返った。壁掛け時計を見上げてみれば、時刻は終業時刻を10分ほど回ったところ。作業に取りかかったのが午後2時頃だったから、3時間以上も熱中していたことになる。
「もうこんな時間⁉ ごめんね。俺、全然電話取らなかったでしょ。お茶くみとかゴミ捨てもすっぽかしてさ……」
「大丈夫です。周りの皆で分担してやりましたから。元々、春臣さん1人に雑用を押し付けているのがおかしかったんです。――それで何ができあがったんですか? パソコン画面が呪われたみたいになっていますけど」
律希が俺のパソコンを覗き込んだ。
真っ黒な画面を埋め尽くす数字と英文の羅列。これはプログラミング言語と呼ばれる、コンピューターを動かすための手順書のような物である。俺や黒瀬にとっては慣れ親しんだ言語であるが、素人の目には訳のわからない呪文のようにも映るだろう。
細かな説明は割愛し、俺はカチカチとパソコンを操作する。
「まぁ見ててよ。ここのプルダウンから年月を選ぶとだね……おりゃっ」
タァンッと軽快にキーボードを押せば、少し間を置いてプリンターが稼働する。この事務室には全部で3台の共有プリンターが置かれていて、各人が所有するパソコンから出力されたデータは、指定されたプリンターから印刷される仕組みとなっているのだ。
次から次へと排出される用紙を、律希はぽかんと見つめていた。
「……何が起きたんですか?」
「請求書への入力と印刷を自動化したんだよ。今までは取引先名簿を見ながら請求書に宛名を入力して、そこに売上管理システムから出力される請求額を手入力してたじゃない? それが今は、コンピューターがその月に取引のあった会社を判定して、請求額と宛名を入力した請求書を印刷してくれるようになったってこと」
俺はいまだ動き続ける共有プリンターに歩み寄ると、印刷済みの用紙を1枚取り上げた。
請求書番号、日付、宛名、請求金額、さらには請求金額の詳細に単価。全ての項目が予定通りに印字されている。
請求書を覗き込み、律希は不満顔だ。
「俺、この作業に月10時間はかけてましたけど」
「仕事をとっちゃって悪いね。俺のクビ回避のためだと思って受け入れてよ。課長に成果報告した後、プログラム自体は使っても使わなくても良いからさ」
「何言ってんですか……普通に使いますよ。俺が文句を言いたいのは、なぜこの作業をもっと早くにやってくれなかったのかってこと」
「だって嫌じゃない? 今まで手間暇かけてやってた作業を、いきなり機械にとって代わられたらさ」
「そういう意見の人もいるんでしょうけどね。俺は楽できるところは楽したい質です」
律希がそう言ってくれるのなら俺も救われる心地だ。
ドン、と背中に衝撃が走った。首を捻って見れば、俺の背中に張りついた壮太がウルウルと瞳を潤ませていた。まるでチワワのようだ。壮太の傍には真理愛がいる。
「春臣さん。そんな神スキル、何で今まで隠してたんですか。俺にも何か作ってください」
「春臣君、あたしもあたしも。ボタン1つで仕事全部終わらせてくれるようなやつ作って」
まさかの要求に俺は苦笑いである。
「仕事全部……はちょっと無理だなぁ」
*
それから2週間後、俺は情報システム部門へと異動になった。
俺が作ったいくつかのプログラムを見た課長が「俺には赤根を使いこなせない」と敗北を認めたこと、そして噂を聞きつけた情報システム部門の面々が、こぞって俺を欲しがったことが理由である。
情報化の波にさらされるこの時代、情報システム部門は慢性的な人出不足なのだ。
特技を生かせる部署に配属されたことは俺にとって幸運。総務部の皆も俺の異動を喜んでくれたけれど、律希だけが子どものように膨れていた。
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