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終章 名前を呼んで、魔法を解いて
65話 小さな結婚式
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山の麓に小さな教会がある。真っ白な壁に紅茶色の屋根をのせた、小さいながらも美しい教会だ。
ティルミナ王国の王都からは少し離れた場所にあるため、その教会の利用者は多くはいない。近隣の小集落から礼拝に訪れる者と、告解室の利用者。それから教会に寄付された書物を読みに訪れる者たち、程度だろうか。
季節祭や収穫祭にこそたくさんの人が集まる場所であるが、それ以外の時期は基本的にひっそりとしている。
そして今日。
この小さな教会で小さな結婚式が執り行われる。参列者が10人にも満たない、小さな小さな手作りの結婚式。
結婚式の主役となる人物は、ティルミナ王国第6王子であるアーサー・グランド。
そして数多くの結婚候補者の中から選び抜かれた、ローマン・ドレスフィード侯爵の三女アン・ドレスフィード――
***
しんと静まり返った部屋の中で、アンは窓から外を眺めていた。
教会の南側に位置するその窓から見える景色は、適度に間引かれた雑木林と、林の向こうにそびえる青々とした山脈。それから青い空と白い雲。
椅子に腰かけるアンの身体は、純白のウェディングドレスに包まれていた。リナが知り合いから古手を貰い、手ずからサイズ直しを行ったウェディングドレスだ。
ドレスに合うコサージュを作ったのも、スカートにビーズ飾りが縫い付けたのも、レース生地を縫い合わせてウェディングベールを作ったのもリナだ。
リナだけではない。バーバラもジェフもレオナルドもグレンも、皆が今日のために持てる力を尽くしてくれた。
アンは今日、『捨てられた王子様』アーサー・グランドの妻になる。
間もなく、部屋には燕尾服姿のレオナルドが入ってきた。
「アン様。お時間になりました。聖堂へお入りください」
「ん、もうそんな時間? オッケー、すぐ行くよ」
アンは椅子から立ち上がると、スカートについたしわを丁寧に伸ばした。靴に汚れはないか、スカートのすそは捲れていないか、髪飾りは外れていないか。
思いつく限りの確認を終えたアンは、真っ直ぐにレオナルドを見た。
いつもは力強さのみなぎるレオナルドの瞳が、優しい色を湛えてアンを見つめていた。
「アン様、お綺麗でございますよ」
「そうでしょう。リナが頑張ってくれたからね。あたしだって磨かれればそれなりに光るんだい」
アンは蜜柑色の目を細めて悪戯気に笑った。
レオナルド一緒に部屋を出たアンは、草木の茂る園庭をいくらか歩き、聖堂の扉前へとたどり着いた。これといった特徴のない紅茶色の扉は、今はぴったりと閉じられていて、中から物音は聞こえない。
緊張に表情を引きつらせるアンの目の前に、レオナルドの手のひらが差し出された。
「アン様。僭越ながら私がエスコートをさせていただきます。本来ならばお父君に託すべき役割なのですが、事情が事情なだけに申し訳ありません」
「レオナルドが父親役ってこと? すごく恐れ多いなぁ。緊張のあまりずっこけちゃったらどうしよう」
「緊張する必要はありませんよ。身内だけの儀式でございますから」
「そう、それもそうだね」
アンは気恥ずかしそうに微笑み、レオナルドの手のひらに手のひらを重ねた。たくましい腕にするりと手のひらを絡ませて、息を吐く。
身内だけの儀式だとは言われても、やはり緊張は拭えない。どんなに小さな結婚式だとしても、王国の法に則った儀式であることに違いはないのだ。
この結婚式の最中に、アンは国紋の刻まれた書類に署名をする。新郎新婦直筆の署名をもってして、両名の婚姻は初めて法に認められたものとなるのだ。
すなわちアンとアーサーの婚姻が結ばれるということ。
「準備が整った。扉を開けてくれ」
レオナルドが小声で語りかけると、紅茶色の扉は音もなく開かれた。
ティルミナ王国の王都からは少し離れた場所にあるため、その教会の利用者は多くはいない。近隣の小集落から礼拝に訪れる者と、告解室の利用者。それから教会に寄付された書物を読みに訪れる者たち、程度だろうか。
季節祭や収穫祭にこそたくさんの人が集まる場所であるが、それ以外の時期は基本的にひっそりとしている。
そして今日。
この小さな教会で小さな結婚式が執り行われる。参列者が10人にも満たない、小さな小さな手作りの結婚式。
結婚式の主役となる人物は、ティルミナ王国第6王子であるアーサー・グランド。
そして数多くの結婚候補者の中から選び抜かれた、ローマン・ドレスフィード侯爵の三女アン・ドレスフィード――
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しんと静まり返った部屋の中で、アンは窓から外を眺めていた。
教会の南側に位置するその窓から見える景色は、適度に間引かれた雑木林と、林の向こうにそびえる青々とした山脈。それから青い空と白い雲。
椅子に腰かけるアンの身体は、純白のウェディングドレスに包まれていた。リナが知り合いから古手を貰い、手ずからサイズ直しを行ったウェディングドレスだ。
ドレスに合うコサージュを作ったのも、スカートにビーズ飾りが縫い付けたのも、レース生地を縫い合わせてウェディングベールを作ったのもリナだ。
リナだけではない。バーバラもジェフもレオナルドもグレンも、皆が今日のために持てる力を尽くしてくれた。
アンは今日、『捨てられた王子様』アーサー・グランドの妻になる。
間もなく、部屋には燕尾服姿のレオナルドが入ってきた。
「アン様。お時間になりました。聖堂へお入りください」
「ん、もうそんな時間? オッケー、すぐ行くよ」
アンは椅子から立ち上がると、スカートについたしわを丁寧に伸ばした。靴に汚れはないか、スカートのすそは捲れていないか、髪飾りは外れていないか。
思いつく限りの確認を終えたアンは、真っ直ぐにレオナルドを見た。
いつもは力強さのみなぎるレオナルドの瞳が、優しい色を湛えてアンを見つめていた。
「アン様、お綺麗でございますよ」
「そうでしょう。リナが頑張ってくれたからね。あたしだって磨かれればそれなりに光るんだい」
アンは蜜柑色の目を細めて悪戯気に笑った。
レオナルド一緒に部屋を出たアンは、草木の茂る園庭をいくらか歩き、聖堂の扉前へとたどり着いた。これといった特徴のない紅茶色の扉は、今はぴったりと閉じられていて、中から物音は聞こえない。
緊張に表情を引きつらせるアンの目の前に、レオナルドの手のひらが差し出された。
「アン様。僭越ながら私がエスコートをさせていただきます。本来ならばお父君に託すべき役割なのですが、事情が事情なだけに申し訳ありません」
「レオナルドが父親役ってこと? すごく恐れ多いなぁ。緊張のあまりずっこけちゃったらどうしよう」
「緊張する必要はありませんよ。身内だけの儀式でございますから」
「そう、それもそうだね」
アンは気恥ずかしそうに微笑み、レオナルドの手のひらに手のひらを重ねた。たくましい腕にするりと手のひらを絡ませて、息を吐く。
身内だけの儀式だとは言われても、やはり緊張は拭えない。どんなに小さな結婚式だとしても、王国の法に則った儀式であることに違いはないのだ。
この結婚式の最中に、アンは国紋の刻まれた書類に署名をする。新郎新婦直筆の署名をもってして、両名の婚姻は初めて法に認められたものとなるのだ。
すなわちアンとアーサーの婚姻が結ばれるということ。
「準備が整った。扉を開けてくれ」
レオナルドが小声で語りかけると、紅茶色の扉は音もなく開かれた。
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