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4章 心惑わす魔女の妙薬
36話 魔女の妙薬
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飲めば美しくなれる『魔女の妙薬』
繁華街のどこかに、そんな夢のような薬を売る店があるらしい――
アンが偶然にもその『魔女の妙薬』という物に出会ったのは、ドリーとの出会いから10日ほどが経った日のことだった。
その日アンは、アンドレの姿で夕暮れの繁華街を歩いていた。
以前よりも少し早めに家を出て、30分ほどの時間を街歩きにあてるのが、最近のアンドレの日課だった。これといった街歩きの目的があるわけではない。ただ何となく、ほんの少しだけ、ドリーの言葉が気にかかっていたから。
飲めば美しくなれる魔女の妙薬。
目的のない街歩きを続けていれば、いつかその魔女の妙薬という物に行き逢う日が来るだろうか。そんなことを考えていた。
アンドレが立ち入ったのは、繁華街の南側に位置する小さな雑貨店だった。店の名前もわからないような、ともすればそこが店であるとの確信も持てないような小さな店だ。
音の鳴らし方のわからないオルゴール、どくろを模した蝋燭、鍵穴のない錠前。薄暗く狭苦しい店内は、そのような用途のわからない商品で溢れていた。
「お兄さん、うちで何かをお探しかい?」
不気味なしゃがれ声が聞こえた。
声のした方を見てみれば、小さなカウンター台の向こうに老爺が立っていた。いや、老爺ではなく老婆だろうか。真っ白な髪としわだらけの顔、加えて全身をおおい隠す黒い衣服。まるで――おとぎ話に登場する魔女のいで立ちだ。
アンドレはためらいながらも、老婆のいるカウンター台へと歩み寄った。
「特に何を探している、ということはないんですけれど。珍しい物を置いていないかなと思って」
「珍しい物ならいくらでもあるさ。うちは品揃えには自信があるんだ」
「……それじゃあ、もしかして『魔女の妙薬』なんて物を置いていたりします?」
そう尋ねたのは、ほんの悪戯心だった。まさか本当に『飲むだけで美しくなれる薬』などという夢のような物が存在するとは考えもしなかった。
しかしその魔女のような風貌の老婆は、アンドレを見てにやりと笑った。
「……ああ。やはり魔女の妙薬目当てかい。若い男が1人でこの店に来るなんて、魔女の妙薬目当て以外にあるもんか。ちょっと待ってな。すぐに持ってくる」
「……え?」
戸惑うアンドレを尻目に、老婆は店のさらに奥側へと消えていく。何があるのかもわからない暗闇で、ごそごそと人の動く音がする。
次に老婆がアンドレの前に姿を現したときには、その手には小さな瓶がのせられていた。丸々とした形状の薄桃色の瓶で、コルクで栓がしてある。ラベルの類は貼られていない。
その不思議な見た目の瓶を、老婆はアンドレの方へと差し出した。
「はいよ。これがお望みの魔女の妙薬だ」
アンドレは遠慮がちにその瓶を受け取った。
見た目よりも重さのある瓶だ。ころりとした形状の瓶の中には、飴玉のような物体がぎっしりと詰まっている。色は濃い桃色で、小瓶を揺らせばからころと音が鳴る。
「これが魔女の妙薬……。実は僕、実物を目にするのは初めてなんですよ。これ、どうやって使うんですか?」
「意中の女性に贈るのさ。この薬を飲めば美しくなれる、と言葉を添えてね。薬の飲み方は簡単だ。毎朝起きたら1粒口に入れるだけ。薬の効果に身体が慣れてくれば、2粒、3粒と服用量を増やして構わない」
アンドレはいぶかしげに老婆を見た。
「……本当に飲むだけ? この薬を飲み続ければ、本当に美しくなれるんですか?」
「初めは皆、そうして薬の効果を疑うのさ。だが一瓶を飲み干す頃には、次の瓶が欲しくてたまらなくなる。この薬は本物だって気づくのさ」
老婆の言葉に耳を澄ませながら、アンドレは薄桃色の小瓶をしげしげと見つめた。
確かに少し不思議な見た目の瓶ではあるが、嫌な感じはしない。旅の土産だと言って手渡されれば、普通に受け取ってしまいそうだ。
アンドレは小瓶越しに老婆を見た。
「これ、男が飲んだらどうなるんですか?」
「さぁね、気になるなら飲んでみるといい。ただあんたのような男前が飲んだところで、あまり効果はないかもしれないね」
老婆は「くくく」と低い声で笑った。
アンドレはまたしばらく小瓶を眺めていたが、やがて上着のポケットから取り出した金貨をカウンター台の上に置いた。
「これ、買います。2瓶いただけますか?」
老婆はゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら今はそれしか在庫がない。入荷が不定期でね。いつ入るとも、いくつ入るとも約束ができないんだ。だから出会ったときに買うしかない。お兄さん、あんたは運が良かったね」
「そうですか……」
その後は老婆を相手に2つ、3つの質問をして店を出た。
飲めば美しくなれるという魔女の妙薬、代金は銀貨1枚だ。その値段が破格なのか、高額なのか、アンドレには判断がつかなかった。
「どうしよう……魔女の妙薬、買っちゃったよ」
人通りの増え始めた繁華街の片隅で、アンドレは1人つぶやいた。
繁華街のどこかに、そんな夢のような薬を売る店があるらしい――
アンが偶然にもその『魔女の妙薬』という物に出会ったのは、ドリーとの出会いから10日ほどが経った日のことだった。
その日アンは、アンドレの姿で夕暮れの繁華街を歩いていた。
以前よりも少し早めに家を出て、30分ほどの時間を街歩きにあてるのが、最近のアンドレの日課だった。これといった街歩きの目的があるわけではない。ただ何となく、ほんの少しだけ、ドリーの言葉が気にかかっていたから。
飲めば美しくなれる魔女の妙薬。
目的のない街歩きを続けていれば、いつかその魔女の妙薬という物に行き逢う日が来るだろうか。そんなことを考えていた。
アンドレが立ち入ったのは、繁華街の南側に位置する小さな雑貨店だった。店の名前もわからないような、ともすればそこが店であるとの確信も持てないような小さな店だ。
音の鳴らし方のわからないオルゴール、どくろを模した蝋燭、鍵穴のない錠前。薄暗く狭苦しい店内は、そのような用途のわからない商品で溢れていた。
「お兄さん、うちで何かをお探しかい?」
不気味なしゃがれ声が聞こえた。
声のした方を見てみれば、小さなカウンター台の向こうに老爺が立っていた。いや、老爺ではなく老婆だろうか。真っ白な髪としわだらけの顔、加えて全身をおおい隠す黒い衣服。まるで――おとぎ話に登場する魔女のいで立ちだ。
アンドレはためらいながらも、老婆のいるカウンター台へと歩み寄った。
「特に何を探している、ということはないんですけれど。珍しい物を置いていないかなと思って」
「珍しい物ならいくらでもあるさ。うちは品揃えには自信があるんだ」
「……それじゃあ、もしかして『魔女の妙薬』なんて物を置いていたりします?」
そう尋ねたのは、ほんの悪戯心だった。まさか本当に『飲むだけで美しくなれる薬』などという夢のような物が存在するとは考えもしなかった。
しかしその魔女のような風貌の老婆は、アンドレを見てにやりと笑った。
「……ああ。やはり魔女の妙薬目当てかい。若い男が1人でこの店に来るなんて、魔女の妙薬目当て以外にあるもんか。ちょっと待ってな。すぐに持ってくる」
「……え?」
戸惑うアンドレを尻目に、老婆は店のさらに奥側へと消えていく。何があるのかもわからない暗闇で、ごそごそと人の動く音がする。
次に老婆がアンドレの前に姿を現したときには、その手には小さな瓶がのせられていた。丸々とした形状の薄桃色の瓶で、コルクで栓がしてある。ラベルの類は貼られていない。
その不思議な見た目の瓶を、老婆はアンドレの方へと差し出した。
「はいよ。これがお望みの魔女の妙薬だ」
アンドレは遠慮がちにその瓶を受け取った。
見た目よりも重さのある瓶だ。ころりとした形状の瓶の中には、飴玉のような物体がぎっしりと詰まっている。色は濃い桃色で、小瓶を揺らせばからころと音が鳴る。
「これが魔女の妙薬……。実は僕、実物を目にするのは初めてなんですよ。これ、どうやって使うんですか?」
「意中の女性に贈るのさ。この薬を飲めば美しくなれる、と言葉を添えてね。薬の飲み方は簡単だ。毎朝起きたら1粒口に入れるだけ。薬の効果に身体が慣れてくれば、2粒、3粒と服用量を増やして構わない」
アンドレはいぶかしげに老婆を見た。
「……本当に飲むだけ? この薬を飲み続ければ、本当に美しくなれるんですか?」
「初めは皆、そうして薬の効果を疑うのさ。だが一瓶を飲み干す頃には、次の瓶が欲しくてたまらなくなる。この薬は本物だって気づくのさ」
老婆の言葉に耳を澄ませながら、アンドレは薄桃色の小瓶をしげしげと見つめた。
確かに少し不思議な見た目の瓶ではあるが、嫌な感じはしない。旅の土産だと言って手渡されれば、普通に受け取ってしまいそうだ。
アンドレは小瓶越しに老婆を見た。
「これ、男が飲んだらどうなるんですか?」
「さぁね、気になるなら飲んでみるといい。ただあんたのような男前が飲んだところで、あまり効果はないかもしれないね」
老婆は「くくく」と低い声で笑った。
アンドレはまたしばらく小瓶を眺めていたが、やがて上着のポケットから取り出した金貨をカウンター台の上に置いた。
「これ、買います。2瓶いただけますか?」
老婆はゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら今はそれしか在庫がない。入荷が不定期でね。いつ入るとも、いくつ入るとも約束ができないんだ。だから出会ったときに買うしかない。お兄さん、あんたは運が良かったね」
「そうですか……」
その後は老婆を相手に2つ、3つの質問をして店を出た。
飲めば美しくなれるという魔女の妙薬、代金は銀貨1枚だ。その値段が破格なのか、高額なのか、アンドレには判断がつかなかった。
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