【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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終章

誕生日プレゼント-1

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「メリオンさん。僕、明日で28歳になるんですよ」
「ん?…ああ。誕生日というやつか」

 メリオンがそう返事を返せば、クリスは笑顔で頷く。秘密基地のちゃぶ台の上には、白い磁器のポットが置かれている。そして揃いのティーカップからは、淹れたての紅茶が湯気を立ち昇らせている。
 魔族には誕生日を祝う習慣がない。短くても数百年、長ければ数千年という時を生きる魔族は、自身の生まれた日や年齢に頓着しない者がほとんどだ。ポトスの街で最近生まれた魔族の中には、人間に影響されて誕生日を記念日として祝う者がいないわけではない。しかしそれは数にすればほんの一握りで、ほとんどの魔族は自身の生まれた日など知らずに生きているのだ。年齢に関しても数十年、数百年単位で区切って数えることが普通である。メリオンも自身の誕生日など知らないし、年齢もざっくりとしか把握していない。

「誕生日には何をする」
「ご馳走を食べて、食後に誕生日ケーキを食べるのが一般的ですね。ケーキに年齢分の蝋燭を立てて、吹き消すんです。あとプレゼントを貰うかなぁ」
「…28本の蝋燭を立てるのか」

 メリオンの脳裏に、28本の蝋燭で無残に串刺しになったケーキの風貌が浮かぶ。せっかくのケーキが台無しではないだろうか。メリオンの想像するケーキと同様のケーキを思い浮かべたのか、クリスは声を立てて笑った。

「蝋燭の数は適当で良いんですよ。四捨五入すれば30歳だから3本とか。誕生日ケーキを売る菓子店には、数字の形をした蝋燭も売っていますしね」
「ああ…」

 メリオンは納得の様子である。
 クリスは秘密基地の壁際に据えられた茶だんすから、朱塗りの菓子鉢を取り出した。菓子鉢の中には、すでに満杯の菓子が盛られている。毎日のように人の訪れるクリスの秘密基地だ。いつ誰が来ても対応ができるようにと、あらかじめ皆の好む菓子を盛り合わせてあるのだ。ゼータの好む甘い菓子、ザトとメリオンの好む塩辛い菓子、あとはクリスが趣味で買ってきた新商品や、冒険心に満ち溢れた菓子だ。レイバックは基本的に雑食なので、彼が秘密基地を訪れた折には全ての菓子がまんべんなく減る。
 クリスが菓子鉢をちゃぶ台にのせると、メリオンはすぐに手を伸ばした。手に取った物は銀紙に包まれたチョコレートだ。包みを剥がし口に放り込む。辛党のメリオンにしては珍しい選択である。

「飯は俺の管轄ではないからな。厨房に頼んで勝手に食いたいものを食え。ケーキくらいなら付き合ってやらんこともない」
「でもメリオンさん、甘い物得意じゃないでしょ。僕もそんなにたくさんは食べられませんよ」
「ここ最近、割と食べられる」

 そう言って、メリオンは菓子鉢からまたひとつ菓子を取った。小さな水色の紙包み、クリスが甘党のゼータのために用意していた焼き菓子である。甘いカステラ生地の間にバタークリームの挟まった最近街で人気の菓子、激甘だ。

「明日街に下りる用事がある。ついでに買ってきてやる」
「え、いいんですか。やったぁ」
「ザトとゼータにも声を掛けておけ。王は任せる。俺は菓子の店などまともに知らんからな。どんなケーキでも文句は言うなよ」
「メリオンさんが買ってきてくれた物に文句は言いませんよ」

 ふにゃりと笑うクリスを前に、メリオンも満足げだ。
 四捨五入をすれば2000歳という長命のメリオンだが、誰かの誕生日を祝った経験などない。誕生日ケーキという物を食べるのも初めての体験である。長く生きてもまだ未体験の出来事があったかと、メリオンは上機嫌で菓子を口に運ぶ。見るだけで胸やけのするような砂糖まみれの焼き菓子。少し前のメリオンならば、まず手に取ることのなかった部類の菓子だ。

 メリオンにつられ菓子鉢に手を伸ばしたクリスは、赤と紫の入り混じった紙包みを手に取る。これは味の保証がされない冒険心を満たすための菓子だ。ポトスの街外れで偶然出くわした、移動式の屋台で購入したものだ。屋台を引く老人に箱の中身を聞いても「菓子だ」としか教えてもらえず、値段の設定も曖昧だった怪しげな菓子。人に食べさせる前に味見をしなければと、クリスは恐る恐る包み紙を開く。中から出てきた一見普通の焼き菓子を眺めながら、メリオンの「明日街に下りる」との言葉を思い出す。

「メリオンさん。明日は街で何の用事ですか?提供者関連?」
「診療所に行く」
「診療所?見舞いですか」
「いや、俺がかかる」

 ポトスの街には国営の診療所がいくつかあり、医療に知のある者が簡単な診察と薬の処方を行っている。しかしその利用者は圧倒的に人間が多い。魔族はよほどの大怪我でなければ自力での治癒が可能で、治療が必要な病気にかかることもほとんどないのだ。魔族がかかる流行り病が存在しないわけではないのだが、幼子や老人など身体の弱い者でなければ、自力での治癒は十分に可能な程度の病だ。魔族が診療所にかかることなど普通ならばあり得ない。不安に駆られたクリスは、ちゃぶ台の上に怪しげな焼き菓子を置く。

「…どこか悪いんですか?」

 クリスの声は緊張に張り詰めるが、一方のメリオンは涼しい顔だ。

「念のためだ。2週間前に魔獣討伐に行っただろう。帰ってきてから気だるさがあってな」
「変わった魔獣だったんですか?」
「いや。魔獣自体はありふれた奴だったが、初めて行く土地だったからな。討伐を依頼してきた集落で食事と酒を馳走になったんだが、合わないものがあったのやもしれん」

 魔族は種族によって味覚や食の好みが変わる。特に酒の好みは千差万別で、元来酒好きの魔族はそれぞれの集落で独自の酒蔵を持つほどだ。どの種族でも等しく美味と感じる酒も多いが、中には特定の種族にしか飲むことができない酒もある。他種族が飲めば思いもよらない副作用をもたらすような、危険な酒も存在するのだ。

「気だるさ以外の症状もないから、放っておくつもりだったんだがな。ザトが早めに医者にかかれと煩いんだ」
「多少でも良くはなっているんですか?」
「この2週間で見ればあまり変わらんな」
「それは僕でも心配ですよ。一緒に行きましょうか」
「いらん。どうせまた、疲れが溜まっていると言われて終いだ」
「またって、一度診てもらっているんですか?」
「王宮内の医務室に行った。栄養剤を渡されて帰された」
「そうですか…」

 王宮内には、怪我の手当てを行うための医務室がある。訪れる者には訓練中に傷を負った兵士が多く、存する医者は怪我の手当てに関しては非常に優秀だ。しかし王宮内で働く者にはいかんせん病とは無縁の魔族が多い。身体の不調の診断に関しては今一つなのだ。腹が痛いから整腸剤をくれ、腰が痛むから湿布を貼ってくれ、というように薬の種類を指定すれば貰うことは可能だが、「不調の原因がわからないときには街の医者にかかる」ことが王宮内の暗黙の了解だ。正しい知を持つ医者にかからねば、思わぬ病が隠れている場合もある。魔族は病にかかりにくいが、絶対にかからないという保証はないのだ。

 気だるさから始まる魔族特有の病があっただろうかと、クリスは最近読んだ医術書の内容を思い出す。魔法書の内容を大方頭に収めた彼は、最近医術にはまっているのだ。一度分厚い医術書をめくる姿をメリオンに目撃され、「按摩師の次は医者か?」と笑い飛ばされた。
 黙り込んだクリスを一瞥して、メリオンはい草の敷物に寝転がった。茶たんすの横に積まれた毛布を引き寄せ、枕の代わりにする。

***

「…あれ、メリオンさん?」

 ずいぶんと長いこと頭の中の医術書をめくっていたクリスは、はたと目の前の人物が沈黙していることに気が付く。身を乗り出してちゃぶ台の向こう側を覗き込めば、クリスの昼寝用毛布に頭をのせたメリオンが、静かな寝息を立てていた。クリスは茶たんすの上に置かれた置時計を見る。時刻は20時半、寝るには少し早すぎやしないだろうか。

 極力音を立てないように、クリスは秘密基地から下りた。室内履きを足に引っ掛け、寝室へと向かう。ベッドの上から薄手の毛布を一枚抱き上げ、忍び足で秘密基地へと戻る。
 すやすやと眠るメリオンの寝顔を眺め下ろしながら、クリスは運んできた毛布を広げた。毛布が起こした風にあおられ、ちゃぶ台上の包み紙がふわりと浮かぶ。色の違う2枚の包み紙はちゃぶ台を滑り、い草の敷物へと落ちる。

 広げた毛布をメリオンの身体にのせたクリスは、2枚の包み紙を拾い上げた。以前のメリオンならば決して手に取ることはなかった、チョコレートと焼き菓子の包み紙。辛党のメリオンが、なぜ今日は甘い菓子ばかり口にしていたのだろう。まるで何らかのきっかけで、味覚がすっかり変わってしまったようだ。

「…んん?」

 何かとてつもないことに思い至りそうな気がして、クリスは2枚の包み紙を天井にかざした。
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