【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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終章

Shall we battle?-3

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 机上の戦いは夜を迎えた。残る参戦者は戦士レイバック、団長デューゴ、王妃ゼータ、悪魔メリオンの計4人である。
 ゼータは開戦と当時に「ある場所に籠城する」と宣言し、今まで戦いの難を逃れている。強大な魔法を使うとはいえ、ゼータは対人相手の戦いに慣れていない。参戦者の人数がある程度減るまで傍観を決め込むつもりなのだ。

「ゼータとメリオンは、夜の間はどうするつもりだ。何も動きがないのなら、夜の部は省略するぞ」

 ザトの問いに、ゼータとメリオンはほぼ同時に答えを返す。

「省略して良いですよ。私は籠城先で身体を休めるだけですから」
「俺は、闇に紛れてゼータを狩りに行く」

 悪魔メリオンのまさかの襲撃宣言に、ゼータは「え」と声を上げる。

「いやいや。私、身を隠していますから。見つけられませんって」

 ゼータは籠城先を皆に伝えてはいない。住宅地である白の街を除いたとしても、ポトス城内には大小様々な20以上の建物が存在する。メリオンがゼータを探し出すことは不可能に近い、はずだ。しかしメリオンはにやりと口の端を上げ、再度死刑宣告を行う。

「籠城先は図書室だろう。聖ジルバード教会の」
「え…なんで?」
「戦うだけの広さはあるが、出入口は一つしかない。物が多いから身を隠すことも容易。さらにお前は図書室の内部構造を熟知している。暇があれば本を読み漁ることも可能。これが、お前の籠城先が聖ジルバード教会であると推測する理由だ。――どうだ?」

 おっしゃる通りです、とゼータは項垂れる。まさか自信たっぷりの籠城先を、こうも簡単に特定されようとは。クリス、ザト、レイバックの3人は、メリオンの洞察力に惜しみない拍手を送っている。

「でも籠城先を特定されたからといって、そう簡単にはやられませんよ。夜間の襲来にはこちらも備えています。本を読んでいる間に討ち取られるなどという無様な最後は迎えません」
「なら真っ向から戦うか。お前、俺に勝てるつもりなのか?」
「趣味にしているだけあって魔法は得意ですからね。攻撃魔法もそこそこは覚えています」
「経験の差を考えるんだな。俺が今までどれほどの命を魔法で葬ったと思っている。魔法、腕力、体力、体術、剣術、洞察力、乳。お前が俺に勝る物は何一つない」
「待って。乳は今関係ない」

 自身の胸元に手を当て、声を荒げるゼータ。今は男性の物であるその胸元は、女性の姿になったからといって特別豊かになるわけではない。ゼータの横では、レイバックが口元に手をあて不自然に天井を仰いでいるところ。ザトとクリスも俯きぷるぷると肩を震わせている。

「斬首。おいクリス、ゼータに×を付けろ」
「はい」

 メリオンの命令により、紙上のゼータの名に大きな×が付けられた。ゼータは情けない悲鳴を上げるものの、周りの者から異論は出ない。愛しい妃が討ち取られたにも関わらず、レイバックは静かに黙祷するに留めていた。今は最強を決める戦いの中、妃といえども敵である。

「斬首か…せめて大好きな魔法で葬ってほしかったです」
「相手が弱者であっても、命を奪うとなるとそれなりの魔法を使う必要がある。魔力には底があるからな。いつどこで敵と相対するかわからぬ状況下なら温存するのが常だ」
「ごもっともです」

 完全敗北にゼータは項垂れ、短剣により切り落とされた自身の首元をさすった。メリオンが「夜間はそれ以上の行動は起こさない」と述べたため、戦場にはようやく平穏な夜が訪れたのであった。

――王宮軍団長デューゴの場合――
 長い夜が明けた。デューゴは物陰に身を隠し、夜襲に備え眠れぬ夜を過ごした。昨日の兵士との戦いで負った傷も多い。戦闘の妨げになるような傷ではないが、出血もあり体力を消耗していることは明らかである。戦場にはレイバックの姿もあったが戦うことはせずに別れた。互いの思惑は同じ。夜のうちに身体を休め、万全に近い状態で戦闘に臨むのだ。
 デューゴは白の街の向こうに王宮を望む。王宮で働く者たちの中にもこの戦の参加者はいる。彼らは今どうしているのだろう。白の街と同様に激戦の場となったのか。それとも力を持つ者が淡々と命を刈り取る場となったのか。それはデューゴには知る由もない。
 冷たい地面から身を起こし、デューゴは昨日レイバックと別れた場所へ向かった。そこで戦うと約束をしたわけではない。しかしレイバックはそこにいると、デューゴには自信があった。最強を決める戦である以上、最後の1人になるまで戦いが終わることはない。目的地に辿り着いたデューゴを迎えるは、剣を手にした2人の人物。1人はレイバック、そしてもう1人はメリオンだ。メリオンの衣服は返り血でどす黒く染まっている。その剣が討ち取った人数は1人や2人ではない。
 デューゴは手にした大刀を握りしめた。生者3人が戦いの地に集った。正真正銘最後の戦いが幕を開ける―

「…三つ巴か」

 と呟く者はレイバックだ。
 机上の戦いが夜を迎える間に、論議は白熱した。誰と誰が初めに戦うのか、はたまた混戦するのか。3人が3人とも手練れである以上、ぶつかり合えばかなりの体力を消耗する。戦いがタイマンとなるのならば、初戦を逃れた1人が圧倒的に有利であることは間違いない。白の街に滞在するレイバックとデューゴが先に戦うこととなるだろう。いや、戦闘狂のメリオンが朝一で白の街を訪れ、どちらか一方と遭遇する可能性が高い。机上の戦況予測に決着はつかず、結局公平を期して3人が混戦とするということで論議は落ち着いたのである。

 論議を重ねるうちに酒は進み、床に転がる酒瓶はすでに20を超えた。書記に徹するクリスを除き、戦況予測に白熱した他の4人はかなりの量の酒を飲んだ。レイバックの顔は、もう30分も前からほおずき色。ゼータとメリオンは顔色こそ変わらないが、2人とも大分目元が座っている。ザトはすでに夢の中だ。

「面白い…が、やはり複数人が絡むと戦況予測は難しい。メリオンはどう動く?」
「戦術通りに動くのであれば、デューゴと共闘し最強と謡われる王を真っ先に討つのが普通でしょう。しかし今回共闘はない。となるとデューゴを倒し、王との一騎打ちに持ち込みますか…」
「簡単に言うが、デューゴは手ごわいぞ。装備を含めた肉体の強靭さで言えば俺を凌ぐ」
「デューゴは私の敵ではありません。硬いだけの装備なら、魔法で容易く砕くことができます。彼は魔法には疎いですから、遠距離の魔法でも肉体にそれなりの外傷を与えることは可能でしょう。私にとっての脅威は王です。王の肉体には、遠距離魔法ではさほどの損傷を与えることはできない。かといって距離を詰めれば、剣での攻撃を食らってしまう。ある程度距離を保って戦っていても、王の速さでは一気に間合いを詰められる可能性もある。1対1での戦闘で私はかなり不利でしょう」

 遠距離での攻撃が可能な魔法だが、その飛距離が伸びるにつれて威力は落ちる。ドラゴンの血を引くレイバックは魔法攻撃に対する耐性が強い。魔法に長けるメリオンとは言え、威力の落ちる技で神獣の身体を打ち砕くことはできないのだ。そして威力の強い近接系の魔法を使うには、剣技を得意とするレイバックの間合いに入り込む必要がある。体術では分のあるメリオンだが、そこに剣が加わるとなると形勢は一気に不利になる。

「確かに剣を持つのなら、メリオンの魔法はさほど怖くない。俺はデューゴが恐ろしい。俺は攻撃魔法をほとんど使えないから、相手を倒すには剣を使うしかない。デューゴの装備に剣は通らないことに加え、彼の方が圧倒的に間合いは広い。負けるつもりもないが、確実に勝てるという自信もないな」

 剣技で言えば、王宮内においてレイバックの右に出る者はいない。「身体に剣を当てれば勝ち」など勝利条件が定められた試合であれば、デューゴ相手にレイバックが苦戦を強いられることはない。しかし今は命を獲り合う戦場である。デューゴの武器は長さ2mを超える大刀、装備も他の兵士に比べて遥かに頑丈だ。鍛えられたレイバックの剣とは言え、身の丈3mの巨人族を打ち倒すのは容易なことではない。

「デューゴはメリオンが怖いでしょうね。彼は動きが速くはありませんから、メリオンが警戒している限り間合いを詰めることは不可能に等しい。一太刀も攻撃を浴びせることなく、魔法に打ち倒される可能性もある。一方でレイの攻撃はさほど恐れる必要はない。急所さえ守れば一瞬で命を絶たれることはありません」

 デューゴの特性を語る者はゼータであった。手の中のグラスからはまた満杯の酒が消える。魔法のメリオンはレイバックの速さを恐れ、剣のレイバックはデューゴの強固な身体を恐れ、腕力のデューゴは遠距離からのメリオンの攻撃を恐れる。じゃんけんのような三者の戦いに優劣をつけることは難しい。

「戦況はメリオン次第だな。俺とデューゴが打ち合う最中に、傍観を決め込み両者の消耗を狙うのか。それとも遠距離からの魔法攻撃で早急にデューゴを倒すのか」
「勝利の可能性を上げるのであれば、デューゴの攻撃による王の消耗を狙うでしょう。しかし弱った相手を叩くというのも面白くはない。万全の状態の相手を打ち負かしてこそ、真の勝者でしょう」

 万全の状態のレイバックを相手にしても負けるつもりはない。メリオンの不敵な笑みに、レイバックは獰猛な笑みを返す。

「余裕じゃないか。机上の戦いではつまらんな。後日訓練場で決着をつけるか」
「臨むところです。腹に鉄板を巻いてくることをお勧めしますよ。風穴を空けられたくなければ」

 その後も論議は続くものの、結局机上の戦いに決着がつくことはなかった。メリオンの魔法がレイバックに通ずるか否か、そればかりは実際に対戦してみなければ確認のしようがないのだ。結局2時間に及ぶ最強決定戦の結末は「勝者不明」。眠気を催し口数が少なくなったゼータの横で、レイバックとメリオンの談義は続く。

「兵士の訓練でも、技の制限を設けない試合を行ってみるか。剣対魔法、魔法対体術。隊同士の交流にも繋がるし、思わぬ個々の強みが発見されることもあるだろう」
「訓練に緊張感も生まれますし良いと思います。特に魔法は技の種類が豊富です。魔法対魔法の打ち合いには弱くとも、例えば剣に対しては思わぬ効果を発揮する技があるやもしれません」
「明日デューゴに話を通してみよう。彼も最近訓練が単調化していると悩んでいたからな。新しい風を吹き入れられるだろう」

 戦闘狂2人の議論は終わらない。いまだ書記を解任されないクリスが、ちゃぶ台に突っ伏し溜息を吐く。

「…僕、もう寝ても良いですか?」
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