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終章
Shall we battle?-1
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その会話の始まりは何気ないゼータの一言であった。
「レイとメリオンは、実際に戦ってみたことはあるんですか?」
場所はクリスの秘密基地。ゼータ、レイバック、メリオン、ザト、クリスの5人は、ちゃぶ台を囲み飲み会の真っ最中。レイバックとメリオンはしばし顔を見合わせ、ゼータの問いかけにはレイバックが代表で答える。
「制限付きの状況でなら、手合わせをした事は何度かある」
「制限とは?」
「剣技のみ、もしくは体術のみと言った感じだな。兵士の訓練では、そのように攻撃手段を限って組手を行うことが多いんだ」
レイバックの答えにゼータはなるほどと頷いた。メリオンは回答をレイバックに委ねたようで、グラスを手にしたまま沈黙を守っている。国の最高戦力であるレイバックと、それに次ぐ実力者であるメリオンの対戦成績。興味深い話題にザトとクリスも耳を澄ませていた。
「攻撃手段を限定すれば、どっちが強いんですか?」
「剣技であれば俺が勝つ。メリオンの剣は護身程度のものだろう。体術のみの組手なら9割方メリオンの勝ちだ。俺は人を殺すことを目的とした体術は会得していないからな。メリオンの蹴りは強烈だぞ。一度腹に穴が空いたかと思った」
当時の痛みを思い出すかのようにレイバックは腹をさすった。なるほど張り手で済んでいるうちはまだ怒りは頂点ではないのか、レイバックの隣ではクリスがそっと頬を押さえている。
「しかし今やればどうだろうな。女性の身体になって大分筋力は落ちているか?」
レイバックの質問を受け、メリオンは持っていたグラスをちゃぶ台に置いた。クリスと色違いの薄橙色のグラスには、まだ半分ほどの酒が残されている。
「日々鍛えるようにはしていますが、やはり筋力は落ちていますね。身の丈も縮んでおりますから、男性の時のように楽勝とはいかないかと」
「なんだ。負けるつもりはないという事か」
「寝技に持ち込まれなければ負けません。王の体術は隙だらけですから」
メリオンはにやりと口の端を上げる。無遠慮な言葉と視線を受けて、レイバックは目を瞬かせた。件の飲み会で毛足の長い猫を剥ぎ取られた後も、レイバック相手には紳士淑女の態度を貫いてきたメリオンである。しかし今の表情は主に向けるものとは言い難い。メリオンなりに、公務外ではレイバックとの距離を詰めるつもりになったらしい。心なしかレイバックも嬉しそうだ。
「近いうちに勝負するか。寝技に持ち込めば勝てるんだろう?」
「持ち込めるものならどうぞ。腹に風穴が空いても責任は取りませんよ」
くつくつと低く笑うレイバックとメリオンを眺めながら、次なる問いを重ねた者はクリスであった。
「命の獲り合いをしたら、誰が一番強いですか?」
命の獲り合い。不穏でありながらも心の踊る言葉だ。場は一瞬静まり返り、そしてすぐに賑やかになる。
「なんでもありって事ですよね。魔法を使えるなら私も結構戦えると思いますよ」
「お前の魔法はお遊びだろうが。命の獲り合いで俺に勝てると思うなよ」
「待て待て。混戦かタイマンかによって大分戦況は違う。どっちだ」
「混戦ならば王の1人勝ちでしょう。ドラゴンに暴れられたらひとたまりもない」
「場所はどこと仮定するんだ?建物内なら竜体にはなれんぞ」
「時間の制限は?消耗戦も考慮に入れる必要はありますか」
「おいクリス、紙とペンを持ってこい。状況を整理する」
「はい」
場は予想外の盛り上がりを見せる。ただの文官でしかない自分の仕事は、大人しく書記に徹すること。そう理解したクリスは、目の前に紙束とペンを置いた。「どのような状況下での戦闘と仮定するか」を真面目な顔で論議する魔族4人の会話に、黙って耳を澄ませる。
「命の獲り合いとするならば、混戦の方が現実的でしょう。しかし共闘も有りとなると予想が難しくなります。あくまで個の力のみで戦うというのがわかりやすいかと」
公務中と違わぬ真面目な表情となったメリオンの言葉に、レイバックは頷く。
「俺が竜体になれるというのもあまり面白くはないな。現実的な制限を設けるか。戦場はポトス城の内部ということでどうだ?極力建物を壊さぬように配慮の上で戦う」
「確かに、何でもありとなると、魔法に長ける者が圧倒的に有利ですからな。自身の得意な戦地を選ぶことができれば、体術のみでも勝ち目は生まれます。制限としては面白い」
額を突き合わせるレイバックとザトは、近隣諸国との交易について論議を重ねる時と変わらぬ様子である。議論の最中に口に運ぶ物は、茶ではなく酒であるものの、だ。
「武器は何でもありですか?」
「王宮の武器庫に保管されている武器は使用可能という事にしよう」
「時間制限はどうしますか。消耗戦ありきとなるとまた予想も難しくなりますが」
クリスは書記に徹しながら、時折皆の空いたグラスに酒を注いだ。傍から見れば非常に真面目な議論の場であるにも関わらず、次から次へとグラスは空く。提供した話題を間違っただろうかと自身の発言を悔やみながら、クリスはひたすら紙にペンを走らせるのであった。
それからおよそ15分後、最強を決めるための舞台は整った。
まず戦地となる場所はポトス城の城壁内部。王宮、白の街、広場、各自好きな場所に身を潜めて良い。公平を期すために極力建物を壊さぬように配慮の元で戦うこととする。制限時間は丸1日。正午を開始時刻とし翌日の正午までとする。戦況の予想が難しくなるため、この期間に置いて食料の調達や睡眠は考慮しなくても良い。ただし夜間の戦闘は戦況予測に含めること。武器は王宮の武器庫にある物を自由に使用してよい。ただし剣、弓、槍など持ち運びが可能な物に限る。
続いて参戦者だ。レイバックとゼータは当然参戦。十二種族長には戦闘向きではない者もいるが、各種族の代表としてひとまず全員が参戦することとする。王宮の官吏と侍女は戦闘に長ける者はほとんどいないため除外。兵士からはレイバックとメリオンの選抜により、団長のデューゴを含む10名が参戦することとした。
総勢24人の戦士が、最強の座を求め命がけの戦いに臨む。
5人の酔っぱらいの妄想の中で。
「レイとメリオンは、実際に戦ってみたことはあるんですか?」
場所はクリスの秘密基地。ゼータ、レイバック、メリオン、ザト、クリスの5人は、ちゃぶ台を囲み飲み会の真っ最中。レイバックとメリオンはしばし顔を見合わせ、ゼータの問いかけにはレイバックが代表で答える。
「制限付きの状況でなら、手合わせをした事は何度かある」
「制限とは?」
「剣技のみ、もしくは体術のみと言った感じだな。兵士の訓練では、そのように攻撃手段を限って組手を行うことが多いんだ」
レイバックの答えにゼータはなるほどと頷いた。メリオンは回答をレイバックに委ねたようで、グラスを手にしたまま沈黙を守っている。国の最高戦力であるレイバックと、それに次ぐ実力者であるメリオンの対戦成績。興味深い話題にザトとクリスも耳を澄ませていた。
「攻撃手段を限定すれば、どっちが強いんですか?」
「剣技であれば俺が勝つ。メリオンの剣は護身程度のものだろう。体術のみの組手なら9割方メリオンの勝ちだ。俺は人を殺すことを目的とした体術は会得していないからな。メリオンの蹴りは強烈だぞ。一度腹に穴が空いたかと思った」
当時の痛みを思い出すかのようにレイバックは腹をさすった。なるほど張り手で済んでいるうちはまだ怒りは頂点ではないのか、レイバックの隣ではクリスがそっと頬を押さえている。
「しかし今やればどうだろうな。女性の身体になって大分筋力は落ちているか?」
レイバックの質問を受け、メリオンは持っていたグラスをちゃぶ台に置いた。クリスと色違いの薄橙色のグラスには、まだ半分ほどの酒が残されている。
「日々鍛えるようにはしていますが、やはり筋力は落ちていますね。身の丈も縮んでおりますから、男性の時のように楽勝とはいかないかと」
「なんだ。負けるつもりはないという事か」
「寝技に持ち込まれなければ負けません。王の体術は隙だらけですから」
メリオンはにやりと口の端を上げる。無遠慮な言葉と視線を受けて、レイバックは目を瞬かせた。件の飲み会で毛足の長い猫を剥ぎ取られた後も、レイバック相手には紳士淑女の態度を貫いてきたメリオンである。しかし今の表情は主に向けるものとは言い難い。メリオンなりに、公務外ではレイバックとの距離を詰めるつもりになったらしい。心なしかレイバックも嬉しそうだ。
「近いうちに勝負するか。寝技に持ち込めば勝てるんだろう?」
「持ち込めるものならどうぞ。腹に風穴が空いても責任は取りませんよ」
くつくつと低く笑うレイバックとメリオンを眺めながら、次なる問いを重ねた者はクリスであった。
「命の獲り合いをしたら、誰が一番強いですか?」
命の獲り合い。不穏でありながらも心の踊る言葉だ。場は一瞬静まり返り、そしてすぐに賑やかになる。
「なんでもありって事ですよね。魔法を使えるなら私も結構戦えると思いますよ」
「お前の魔法はお遊びだろうが。命の獲り合いで俺に勝てると思うなよ」
「待て待て。混戦かタイマンかによって大分戦況は違う。どっちだ」
「混戦ならば王の1人勝ちでしょう。ドラゴンに暴れられたらひとたまりもない」
「場所はどこと仮定するんだ?建物内なら竜体にはなれんぞ」
「時間の制限は?消耗戦も考慮に入れる必要はありますか」
「おいクリス、紙とペンを持ってこい。状況を整理する」
「はい」
場は予想外の盛り上がりを見せる。ただの文官でしかない自分の仕事は、大人しく書記に徹すること。そう理解したクリスは、目の前に紙束とペンを置いた。「どのような状況下での戦闘と仮定するか」を真面目な顔で論議する魔族4人の会話に、黙って耳を澄ませる。
「命の獲り合いとするならば、混戦の方が現実的でしょう。しかし共闘も有りとなると予想が難しくなります。あくまで個の力のみで戦うというのがわかりやすいかと」
公務中と違わぬ真面目な表情となったメリオンの言葉に、レイバックは頷く。
「俺が竜体になれるというのもあまり面白くはないな。現実的な制限を設けるか。戦場はポトス城の内部ということでどうだ?極力建物を壊さぬように配慮の上で戦う」
「確かに、何でもありとなると、魔法に長ける者が圧倒的に有利ですからな。自身の得意な戦地を選ぶことができれば、体術のみでも勝ち目は生まれます。制限としては面白い」
額を突き合わせるレイバックとザトは、近隣諸国との交易について論議を重ねる時と変わらぬ様子である。議論の最中に口に運ぶ物は、茶ではなく酒であるものの、だ。
「武器は何でもありですか?」
「王宮の武器庫に保管されている武器は使用可能という事にしよう」
「時間制限はどうしますか。消耗戦ありきとなるとまた予想も難しくなりますが」
クリスは書記に徹しながら、時折皆の空いたグラスに酒を注いだ。傍から見れば非常に真面目な議論の場であるにも関わらず、次から次へとグラスは空く。提供した話題を間違っただろうかと自身の発言を悔やみながら、クリスはひたすら紙にペンを走らせるのであった。
それからおよそ15分後、最強を決めるための舞台は整った。
まず戦地となる場所はポトス城の城壁内部。王宮、白の街、広場、各自好きな場所に身を潜めて良い。公平を期すために極力建物を壊さぬように配慮の元で戦うこととする。制限時間は丸1日。正午を開始時刻とし翌日の正午までとする。戦況の予想が難しくなるため、この期間に置いて食料の調達や睡眠は考慮しなくても良い。ただし夜間の戦闘は戦況予測に含めること。武器は王宮の武器庫にある物を自由に使用してよい。ただし剣、弓、槍など持ち運びが可能な物に限る。
続いて参戦者だ。レイバックとゼータは当然参戦。十二種族長には戦闘向きではない者もいるが、各種族の代表としてひとまず全員が参戦することとする。王宮の官吏と侍女は戦闘に長ける者はほとんどいないため除外。兵士からはレイバックとメリオンの選抜により、団長のデューゴを含む10名が参戦することとした。
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5人の酔っぱらいの妄想の中で。
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