【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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終章

望まぬ○○○-5

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 新郎新婦の入場から30分ほどが経った頃。ゼータは会場の隅っこに身を隠し、1人でちびちびと酒を飲んでいた。1人でいる理由は言わずもがな、妖精のような姿をできるだけ人に見られたくないためである。ブライズメイドという大層な仕事を請け負いはしたけれど、いざ蓋を開けてみれば当日の仕事は多くはない。というのもこの結婚式自体が気ままなガーデンパーティの域を出ないからだ。人間同士の結婚式でよく取り入れられるような、派手な催しは何もなし。ただ集まった人々がともに酒を飲み、好き勝手に語らうだけの場所。ゼータの仕事は入場時の花びら撒きと、式の後半で予定されているダンスパーティーのちょっとした準備だけだ。目立たないところで酒を飲んでいても問題はないのである。
 自由に会場内を歩き回るクリスを、何気なく目で追っていたとき。ゼータの元に足音が近づいてくる。足音の主は、きっかりと礼服を着込んだリジンだ。腰回りには、礼服に不釣り合いなウェストポーチを付けている。

「よう、そこの妖精。暇そうだな」
「リジン、会場に来ていたんですか?花嫁の身繕いが終わったのだから、もう帰ったものだと思っていました」
「これでもプロだからな。不慮の事態に備えて、結婚式の最中は花嫁の傍にいる」
「不慮の事態って?」
「例えばドレスの裾を踏んで着崩してしまったり、酒を飲むうちに化粧が崩れてしまったり、色々あるだろう。あんたもどこか直してほしいところがあれば言え。ブライズメイドのお2人さんも、俺の客であることに違いはないからな」

 ゼータはぺたぺたと全身に触れてみる。髪の乱れはなし、耳飾りは両方とも失くしていない、ドレスの肩紐は落ちていない、スカートの裾はめくれあがっていない、靴汚れもなし。

「……今は特にないですね」
「そうかよ」

 それから先しばらくの間、ゼータとリジンは並んで会場を観察した。もっとも目立つ場所にある高砂席には、今は人の姿はない。式の主役であるメリオンとクリスは、会場内のあちこちを自由に歩き回っている。メリオンは十二種族長の女性陣に囲まれているし、クリスはゼータの知らない男性官吏と酒を酌み交わしている。予定外の結婚式ではあったが、2人ともそれなりに楽しそうだ。
 木の幹に背中を預けたリジンが、ふぁぁ、と呑気に欠伸をする。

「メリハリのない結婚式だな。いや、結婚パーティという方が正しいのか。パーティらしい演出は何もしないのか?ウェディングケーキ入刀やブーケトスは定番だろう。皆、ただ酒を飲んでおしゃべりをしているだけじゃないか」
「花嫁であるメリオンが、あまりそういった演出を好みませんからね。このくらいで丁度良いんじゃないですか。一応、後半ではダンスパーティーを予定していますけれど」
「ふーん、あんたも踊るのか」
「ど、どうでしょう。レイが会場にやってくれば、少しくらいは踊るかもしれないですけれど…」

 ドラキス王国の王妃はダンスがお下手なんです。お下手を通り越してド下手なんです。ゼータは心の中でそう呟くのである。

「レイさんはまだ会場に来ていないのか。仕事か?」
「いえ、仕事ではないですよ。王様が会場にいると皆に気を遣わせるから、途中でこっそり顔を出すそうです」
「ふーん…それなら一言くらい挨拶はするか…」
「それが良いんじゃないですか。レイも喜びま…おっと」

 会場内を眺めていたゼータは、おもむろにそう声を上げた。ゼータの見つめる会場の隅では、どこからともなく現れた演奏隊が楽器の音合わせ中だ。自由気ままな結婚式も後半戦、間もなくダンスパーティーが始まろうとしている。そしてそのダンスパーティーの序盤で、ゼータはある人物にちょっとした贈り物をするつもりでいる。喜んでくれれば良いのだけれど。

「リジン、私はもう行きますね。演奏隊の方々と少し打ち合わせたいことがあるんです」
「ああ、ゼータ。ちょっと待て」

 リジンの呼びかけに、ゼータはつんのめるようにして足を止める。よろめきながら振り返って見れば、リジンがウェストポーチから口紅を取り出したところだ。

「何でしょう?」
「紅を引き直してやる。大分落ちてしまっているから」

 リジンがゼータに歩み寄れば、ゼータは忙しない足踏みを止めて目を閉じる。では、お願いします。と唇を突き出す。まるでキスを待つような顔だ。リジンはそんなゼータの顔をしばし眺め、それから顎先に指をかける。愛らしさ満点の薄桃色の口紅を、ゼータの唇に丁寧に塗っていく。付けすぎてしまったところは指先で拭う。

「…良いですか?」
「ああ、もう良い」
「ありがとうございました。リジン、ではまた後ほど」

 ゼータはリジンに向けて軽く頭を下げると、演奏隊のいる方へ向かって駆けていく。途中芝生につまづくものだから、あわや下着が丸見えになるところだ。
 リジンは口紅を握りしめたまま、去り行くゼータの後ろ姿を見つめていた。ゼータの唇から拭いとった紅は、指先を擦り合わせればすぐに消えしまう。少し名残惜しい。

***

 きゅぃぃ、と甲高い楽器音を聞き、メリオンは幻獣族長アマルディーナとの会話を一区切りにした。結婚式の後半でダンスパーティーが予定されていることは、事前にシルフィーから知らされている。元より踊ることは得意なメリオンだ。拒否することはしなかった。しかしいざ当日になってみれば、「このすその長いウェディングドレスで本当にダンスが踊れるのか?」という疑問は拭えないわけだけれど。

「メリオンさん、一度高砂席に戻りませんか?ダンスパーティーに合わせて会場のテーブルを移動するみたいですから」

 少し離れたところからクリスの声が飛んでくる。会場内を見回してみれば、確かに参列客が協力してテーブルを移動させているところだ。踊りやすいようにと、会場の中心に空きスペースを作るつもりなのだろう。借り物のドレス姿で運搬作業を手伝うわけにはいかないし、かといってただ会場の中心に立ち尽くしているというも気が引ける。メリオンはクリスの誘いを素直に受け取り、長らく不在にしていた高砂席へと戻る。椅子に腰を下ろし、長らく放置されていた料理を一口口に運ぶ。

「一緒に踊るの、初めてですね。楽しみだな」

 乾燥気味の料理をひょいひょいと口に運びながら、クリスは言う。互いに好き勝手会場を歩き回っていたために、2人が落ち着いて会話を交わすのは入場時以来のことだ。

「俺は踊らんぞ」
「え?」
「この鶏のように真っ白なドレスを見ろ。ダンスの最中にドレスの裾を踏めば、草の汁が付くことは避けられん。借り物のドレスを汚してしまっては申し訳ないだろう」
「それは…確かにそうですけれど」

 と言いながらもクリスは不満げである。「メリオンさんと手と手を取り合って踊りたかったのに」という本音がありありと透けている。しかし衣装の貸し出し時に、貸衣装店の店主リジンから「著しい衣装の破損や汚れについては別途料金を頂戴いたします。修復が不可能な場合には買取」との説明を受けているメリオンだ。余計な出費を避けるためには、ダンスパーティーは観客となるに限る。
 会場内のテーブルは全て脇へと避けられ、後は演奏隊の準備が整うのを待つばかり。芝生に立つ人々も直に奏でられる音楽を心待ちにしている。やがて演奏隊の1人が、竹笛を手に大きく息を吸い込む。

『~~♪』

 会場に響く竹笛の音。そこに集まった人々はしゃべることを止め、風の音のように響く竹笛の音を聞いた。「この曲は何?」「初めて聞く曲だね」と互いに首を傾げながら。
 メリオンだけが、その曲がなんであるかを知っていた。

「メリオンさん…この曲、何でしょう?知っています?」
「…これは祭歌だ」
「祭歌?」
「祝い歌とも呼ばれる。俺の故郷の曲だ」

 メリオンは瞬き一つせずに、会場を包む竹笛の音を聞く。
 それは祖国の片隅にある故郷の曲。もう千年近くも前に、当時の村人たちが作り上げた曲だ。貧しい暮らしの中で、せめて皆が心を揃えて歌える曲を作ろうと、手製の笛や太鼓を駆使して作り上げた。初めはただ仕事の合間に口ずさむだけであった曲は、村が豊かになるにつれて村祭りや祝いの儀の折に歌われるようになった。畑が実りを迎えた時にはその歌を歌いながら収穫に当たり、巨大な魔獣を仕留めた時にはその歌を歌いながら村に帰る。子が生まれればその歌を歌いながら沐浴をし、人が逝けばその歌を歌って黄泉へと送るのだ。
 涙が出るほどに懐かしい曲を、演奏隊の1人が懸命に奏でている。祭歌の存在など知るはずもない、ドラキス王国の演奏隊が。

 メリオンはゆっくりと会場内を見回した。竹笛の音に耳を澄ませる参列客の中で、ただ1人そわそわと肩を揺らしている者がいる。ちらちらと頻繁に高砂席へ視線を送る者は、薄桃色のドレスに身を包んだゼータだ。この演出がゼータの計らいであることは火を見るよりも明らか。
 メリオンは執務室に置いた「畜音具」に、旧バルトリア王国の国舞と祭歌を録音している。遠く故郷を離れても故郷の曲と共にいたい。その願いから見様見真似で楽譜を書き、楽器を扱える者に依頼して奏でてもらったものだ。そしてゼータは過去に一度だけ、メリオンの執務室でその録音された祭歌を耳にしている。旧バルトリア王国を解体したメリオンが、1人その祭歌を聞いていたところに、たまたまゼータがやって来たのだ。
 ゼータが祭歌の存在を知っていること自体は不自然ではない。けれども祭歌の楽譜を入手しようと思えば、メリオンの執務室から畜音具を盗み出すか、旧バルトリア王国国土の片隅にあるメリオンの故郷を訪れるしか方法はないはずだ。小国ブラキスト、かつてメリオンが首長として治めた土地に。畜音具を盗み出したのなら有無を言わせず頬を張り倒してやるところだが、今演奏隊の扱う竹笛は故郷のそれによく似ている。一体どうしてゼータは、メリオンの故郷が現在の小国ブラキストであることを知ったのだろう?

 竹笛の音は間もなく止んだ。満足気な表情の演奏隊は席へと戻り、竹笛を袋にしまい込むと、今度はフルートに唇を付ける。指揮者の合図で、ダンスパーティーに相応しい壮大な音楽が奏でられる。会場の人々は竹笛の音など忘れ、楽しそうに踊り出す。

「おいクリス、踊るぞ」
「え、良いんですか?ドレスが汚れるのは不味いんじゃ…」
「汚れたら潔く買い取れば良い。故郷の曲を耳にして、黙って座っていろという方が無理な話だ」

 メリオンはクリスの手を引き、ダンスの輪の中へと入っていく。色とりどりのドレスの真ん中で、純白のウェディングドレスが裾開く様は、さながら花畑で舞う美しい白鳥のよう。

 初めは望まぬ結婚式であった。
 けれども一生に一度くらい、こうして人の温かさに触れるのも悪くはない。



***
ゼータはレイバックを探す旅の途中で、小国ブラキストに立ち寄っている。
そして荷馬車市で情報収集をする間に、竹笛が奏でる祭歌を聞いている。第6章『サーヴァ』
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