【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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終章

望まぬ○○○-1

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 ある暖かな日の昼下がり。ゼータはクリスの執務室を訪れ、おしゃべりの真っ最中であった。会話の内容はもっぱら魔法研究所に関わる近況報告。週に2,3度は魔法研究所を訪れるゼータとは異なり、人間族長であるクリスは多忙人。魔法研究所への訪問頻度はよくて週に1度というところだ。ゼータとの会話は、貴重な情報収集の手段なのである。
 時計の長針が11を指し、午後の公務開始時刻を目前にしたとき。バァン、と大きな音を立てて部屋の扉が開いた。ゼータとクリスは揃って宙へと飛び上がり、その音のした方を見やる。開け放たれた扉の前にはメリオンの姿。魔王のごとき眼差しでゼータとクリスを見据え、右手には抜き身の長剣。ゼータは思う。あ、これ死んだかな。

 頭の片隅で辞世の句を詠み始めたゼータであるが、幸いなことにも長剣の切っ先はゼータに向くことはなかった。研ぎ澄まされた剣が向かう先は、呆然と立ち尽くすクリスの首元。本来愛おしむべきクリスの首元に刃を突き付け、氷の声音でメリオンは言う。

「最後に言い残すことはあるか」

 そう問われた瞬間のクリスの顔と言えば、ドラゴンをも凌ぐ化物に出くわしたがごとし。顔面は蒼白で、唇はぶるぶると震えている。とても「言い残すこと」を言えるような状況ではない。まずい、このままではクリスの頭と胴体が不仲になってしまう。ゼータは恐怖心を抑え込み、無我夢中で口を開く。

「め、メリオン。ちょっと落ち着いてください。一体何があったんですか? クリスに剣を突き付ける前に事情を説明してください」

 メリオンの氷の眼差しがちらとゼータを見る。クリスの首元に刃を突き付けたまま、もう一方の手で懐を漁り、薄水色の封筒を取り出す。ぞんざいに差し出されたその封筒を、ゼータは両手を以て拝借する。

「これは……文ですか? あ、でも宛名が書いていないですね。差出人の名前もない。では僭越ながら中身を改めさせていただきます……」

 死の恐怖に震えるクリスの耳にも届くように、ゼータは出来るだけ大きな声で話す。輝く刃はまだクリスの首元に突き付けられたまま。ゼータもまた震える手で封筒を開け、中から2つ折りにされた文を取り出す。可憐な薄水色の文を、ごくりと息を飲み込みながら開く。次の瞬間、ゼータの目に飛び込んできた文字は。

「……結婚式の招待状? 誰か知り合いが結婚したんですか?」
「本文を読め。大きな声ではっきりと」
「はい、分かりました。えー…『背景、皆さま毎日を楽しくお過ごしでしょうか。突然ではありますが、私たちはこの度めでたく結婚いたしました。そこでささやかながら祝宴を催したいと存じます。ご多忙のところとは存じますが、ぜひ都合をつけてご参列ください。詳細につきましては参列者の皆さまに追ってご連絡差し上げます。新郎クリス、新婦メリオン』……ん?」

 何だかとてつもない読み間違いをしたような気がして、ゼータは何度もその文を読み返す。しかし何度読んでもそれは結婚式の招待状であるし、新郎新婦の欄に記載されている名前はクリスとメリオンだ。しかしまさかメリオンが結婚式の開催を望むはずもない。となればこの結婚式の企画は、まさかクリスがメリオンに内緒で? 真意を問うように、ゼータはクリスを見る。メリオンもまたクリスを見る。2人分の視線に晒されたクリスは、もげんばかりに首を横に振る。

「し、知りません!僕、何も知らないですよ!神に誓って!」
「嘘を吐くな。お前でなければ、どこのどいつが俺たちの結婚式を企画する」
「分かりませんけれど…でも僕は本当に無実です!その招待状、どこで手に入れたんですか?」
「ザトから奪い取ってきた。にやにやしながら突然『ウェディングドレスは着るのか』などと呆けたことを聞いてきたから」
「…ザトさんは、誰からその招待状を貰ったって?」
「…知らん。そこまでは聞いていない」

 部屋の中に沈黙が落ちる。つまり、だ。ここまでの状況を整理すれば、ザトがメリオンとクリスの結婚式の招待状を持っていた。それを目にしたメリオンが、「あの野郎、また勝手なことをしおって」と憤慨しクリスの元を訪れた。しかしいざ蓋を開けてみれば、クリスは結婚式については何も知らない。ということである。
 では一体どこの誰が、当人たちに内緒で結婚式の企画を?3人の疑問は間もなく解決されることとなる。

「クリス、お邪魔ぁー!あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだよ。結婚式の演出のことでさ」

 そんなことを言いながら、とたとたとクリスの私室に入ってきた者は、レモンイエローのワンピースに身を包んだシルフィーである。赤茶色の髪が華奢な背中で揺れる。ゼータはぽつりと呟く。

「…シルフィー?」
「あれ、ゼータがいる。あれれ、メリオンもいるじゃん。勢揃いだね。丁度いいや。私、メリオンにも聞きたいことがあったんだぁ。今週末の公休日、予定空いてないかな?一緒に結婚式のドレスを見に行こうよ。ウェディングドレスだよぉ」

 その瞬間3人は全てを理解した。全てはシルフィーの仕業である。この幼気な少女が、当人たちの希望を気に掛けることなく勝手に結婚式を企ててしまったのだ。ひょっとしてサプライズなのか、との疑問が頭を過る。しかしサプライズで結婚式を企画するのであれば、こうしてメリオンやクリスに意見を求めにくるのはおかしい。多分、単純に伝え忘れているだけだろう。
 いつの間にやら剣を収めたメリオンが、にっこりと微笑みを浮かべてシルフィーに語り掛ける。

「シルフィー。結婚式の企画者は貴女ですか?」
「そうだよぉ。あと十二種族長の何人かに協力を頼んでいるよ」
「そうですか。結婚式の企画はいつ頃から始めました?」
「うーん、1か月くらい前かなぁ。ほら、街中でクリスとメリオンを尾行した日があったじゃない。あのすぐ後だよ。見知った2人が恋人関係になったって言うからさ。お祝いしなきゃと思って」
「シルフィーの心遣いは嬉しい限りです。しかし時期尚早では?私とクリスはいわゆる結婚関係になることを望んだわけでは――」
「え、でも子どもが欲しいんでしょ?クリスがそう言ってたよ。いつだったか、部屋にお菓子を貰いに行ったときにさ。人間のクリスがメリオンに子どもを産んでほしいと言うんだから、それってつまりそういうことじゃないの?」

 少女の宣言に、メリオンは頭頂に金だらいの直撃を受けたような表情である。衝撃から覚めやらぬ表情のまま、メリオンはクリスを見る。やはり貴様にも非があったか、余計なことを口にしおって。射貫くような視線の先で、クリスの口元が動く。すみません。

「シルフィー。確かに私とクリスは、人間でいうところの結婚関係にあたるのかもしれません。しかし私とクリスは、決して結婚式の開催を望んではおりません」

 この言葉に、今度はシルフィーの瞳が驚愕に見開かれる。

「結婚式、したくないの?」
「はい」
「私、ここまで頑張って準備したのに?メリオンに付けてもらおうと思って、お花のコサージュも作ったんだよ?結婚式の招待状だって全部手書きで書いたのにぃ…」

 シルフィーの瞳にみるみる涙が盛り上がる。幼気な少女の泣き顔を前に、ぎょっと肩を強張らせた者はゼータとクリスだけではない。あの悪魔と名高いメリオンが、焦った表情で言葉をつなぐ。

「いえ…積極的な開催は望んでおりませんが…折角シルフィーに企画していただいたのですから、できる限りの協力は…」

 何とも曖昧な言い方ではあるが、シルフィーの瞳からは一瞬で悲しみの色が消える。

「良かったぁ!じゃあ今度の公休日にさ、一緒にウェディングドレスを見に行こう。ポトスの街で人気の貸衣装店に、もう予約を入れてあるんだ。あのね、私ね。メリオンの結婚式でブライズメイドをやりたいんだよ」
「ブライズ…メイド?」
「そう。新郎新婦をお助けする立場の人だよ。可愛いドレスを着てね、式の進行をあれこれとお手伝いするの。一度やってみたかったんだよね。うふふ。ふわふわのスカートに、レースをたくさん付けたいなぁ。薄桃色のドレスでさ。リボンで腰を引き絞って、頭には可愛い花輪を載せるの。どうかな?」
「とても素敵ですね。時にシルフィー、ブライズメイドは複数人いても良いものですか?」
「良いよー。2人でも3人でも大丈夫」

 瞬間、メリオンの顔が悪魔のように笑う。

「ではゼータ様にブライズメイドを願い出るというのはいかがでしょう?」
「え」

 と声を上げた者は、すっかり会話の外に弾きだされていたゼータ。

「シルフィー、どうでしょう。結婚式経験者のゼータ様がブライズメイドとしてお傍にいらしてくれれば、私も心安らかに式に臨むことが出来ます」
「良いねぇ!ゼータ、一緒にやろうよ。ふわふわのドレスを着てさぁ。頭にはお揃いの花輪をのせるの。すっごく素敵!王妃がブライズメイドだなんて、盛り上がること間違いなしだよ。次の公休日には3人でドレスを見に行こうね。楽しみだねぇ。メリオン、ゼータ。結婚式、絶対成功させようね!」

 シルフィーは捲し立てるようにそう言うと、ホップステップしながら部屋を出て行った。少女の背が扉の向こうに消えたその直後、哀れな生贄2人は同時に床へと崩れ落ちるのである。

「私がブライズメイド…嘘でしょ…?」
「逃がすか貴様、一緒に恥を晒せ」
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