【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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終章

名探偵シルフィー-3

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 懸命な尾行活動を行う間に、辺りはすっかり夕焼け模様。数時間に及ぶ尾行の末、得られた成果は何もなし。メリオンとクリスは街歩きの最中に、キスや抱擁はおろか手を繋ぐことすらしなかった。「もしかして2人はお付き合いしてるのかな」といるシルフィーの疑問は、尾行を通し解消されることはなかった。

 メリオンとクリスが街歩きの最後に訪れた場所は、街中から少し離れた場所にある展望台だ。それもたくさんの観光客が詰めかける大きくて綺麗な展望台ではない。人々に忘れ去られたような、寂れた小さな展望台。展望台を囲う木製の柵は所々が壊れ、煉瓦の石畳はひび割れてしまっている。
 展望台に並ぶ2つの背中を、ゼータとシルフィーは草陰に身を潜めて見守っていた。寂れた展望台であるがゆえに、そこには他に人の姿がない。真っ赤に染まる夕焼け空と、夕焼けを眺めるメリオンとクリスの後ろ姿。1枚の絵画のように美しい光景だ。しかしその美しさがゼータを不安にさせる。夕暮れ時の展望台、そこに佇む1組の男女。何だかとてもロマンティックで嫌な響きだ。

「シルフィー。これ以上ここにいるのは不味いですよ。尾行というには距離が近すぎるんです。振り向かれれば最後、絶対に気付かれてしまいます」

 草陰にしゃがみこんだゼータは、前にあるシルフィーの肩を懸命に叩く。けれどもシルフィーは微動だにしない。真剣な表情でメリオンとクリスの背中を見つめている。少女の瞳は、この先に続く展開への期待に宝石のように輝いている。

「シルフィー…。あの、本当にまずいんですって。すぐに立ち去りましょう」

 シルフィーの期待は実によく理解できる。「あの2人付き合っているのかな」そう疑ってやまない2人が、街歩きの最後に展望台へと立ち寄ったのだ。ときは夕暮れ、展望台に他に人の姿はなし。まともな神経を有する者であれば、「もしかしてキスぐらいしちゃうんじゃない」と期待して当然の状況である。
 シルフィーの期待は理解できる。しかし悪いことは、今展望台にいる人物の一方がメリオンであるという点だ。メリオンはプライベートを他人に見られることを好まない。まさかクリスと恋人らしい接触をしているところなど、間違っても知り合いに見られたくはないだろう。さらに悪いことは、今ここにいる者がゼータであるという点である。魔法研究所の一件以降、メリオンのゼータに対する態度は下僕に対するそれとほぼ等しい。下僕だと思っている男に、見られたくない姿を見られたらどうするか。そんなことは決まっている。八つ裂きだ。

「シルフィー。私まだ死にたくない」
「ゼータ。さっきからうるさいし、意味わかんない。黙ってて!」

 期待に胸を膨らませるシルフィーと、そろそろ死を覚悟し始めるゼータ。どうかこのまま何事もなく終わってくれ。懸命に願うゼータの目の前で、クリスが動く。金色の髪を夕風になびかせるクリスは、さも自然な動作でメリオンとの距離を詰める。2人の間の距離は、こぶし1つ分程度しか空いていない。
 まずいまずいまずい。これ以上この場所に滞在するのは本当にまずい。今ゼータの目の前にいる少女は、メリオンとクリスが「恋人らしい接触をすること」を望んでいる。もしも2人がキスなどしようものなら、歓喜の悲鳴を上げ草陰から飛び出すだろう。飛び出す者がシルフィーだけなら別に良いのだ。例えシルフィーが2人の後をつけていたことが知れても、幼気な少女の好奇心がひどく責められることはないだろう。しかしシルフィーの傍にはゼータがいる。シルフィーの姿がクリスとメリオンの目に触れれば、必然的にゼータの存在にも気が付かれることになるのだ。この狭い展望台では、地面に這いつくばったところで身を隠し通せるとは思えない。
 そして現在ゼータを下僕のごとく扱うメリオンが、ゼータに抱擁や接吻の場面を目撃されたとしたらどうだ。下僕の処遇は果たしてどうなる。決まっている。挽き肉だ。

 頭を抱えて身を丸め、ゼータは自身の存在を無き者にしようと試みる。しかし願いが天に届くことはない。

「あ、キスしそう」
「嘘ぉ!?」

 シルフィーの呟きにゼータが顔を上げれば、目前に広がるものは確かに恋人たちの甘い空間である。肩先が触れるほどの位置に並ぶ2つの背中。そしてクリスの大きな手のひらがメリオンの腰を抱いている。ほぼ確実に接吻に至るであろう距離と雰囲気だ。

「シルフィーシルフィー。本当にまずいですって。挽き肉になる!」

 せめて自身の罪を軽くすべく、ゼータはシルフィーの両眼を手のひらで覆う。突然背後から視界を奪われたシルフィーは、当然大暴れだ。長い尾行の果てにようやく望む光景に辿り着いたのだ。しかし視界を塞がれたままでは、一番肝心の瞬間を見逃してしまう。

「もう、ゼータ!いい加減にしてよ、見えないじゃん!」
「見たらまずいんだってば!」

 じたばたと暴れるシルフィーと、懸命にシルフィーの視界を阻み続けるゼータ。草陰でもつれ合う2人は、自分たちの声が思いのほか大きくなっていることに気が付かなかった。

「ゼータ、シルフィー。何しているの?」

 突如頭上から降り注いだ声に、ゼータとシルフィーは顔を上げた。そこにいた者はクリスである。柔らかな微笑みを浮かべ、もつれあう2人を見下ろしている。身を強張らせるゼータ、シルフィーが可愛らしく小首を傾げる。

「えへへ。デートだよぉ」

 にこにこと笑うシルフィーの衣服に、クリスの視線が落ちる。いつものシルフィーとは程遠い少年のような恰好、赤茶色の髪を隠す黒い帽子。そして同じ帽子がゼータの頭にものっているときたものだ。

「…ゼータ、シルフィー。ひょっとして、変装して僕たちの後を付けていたの?」
「ばれちゃったか。実はそうなんだよ」
「ええ、本当に?どこから?」
「本屋に行く前だよぉ。カフェでお茶していたら、偶然2人を見かけたんだよ」
「嘘ぉ…全然気が付かなかった」

 シルフィーは素直に罪を告白することを選んだようだ。その選択は正しいだろう。人の言動に敏感なクリスを、可愛らしさだけでごまかす事は不可能だ。
 ゼータはそっと、会話に興じるクリスとシルフィーの向こう側を見やる。壊れかけた木製の手すり、その手すりに腰を預け、じっとこちらを見つめる者がいる。

「ねぇねぇ。クリスとメリオンは付き合っているの?」
「…どう思う?」
「付き合っているでしょ。だってさっき良い雰囲気だったもん。ゼータが邪魔するからよく見えなかったけどさ」
「まぁ…うーん。付き合っているのかなぁ。恥ずかしいから誰にも言わないでね」
「えー、どうしようかな。クリスが買っていたお菓子を分けてくれるなら、黙っていても良いよ」
「これ?でもこれ、メリオンさんの好きな物ばかりだよ」

 クリスとシルフィーの会話をどこか遠くに聞きながら、ゼータは死を覚悟していた。木製の手すりに腰を預けるメリオンと、草陰に座り込んだままのゼータの間には、かなりの距離が空いている。しかしゼータの目には、メリオンの表情が不思議なほどによく見えるのだ。じっとゼータを見据えるメリオンの瞳は完全なる無。一片の怒りすら感じることができない。人はここまで感情を殺した表情を浮かべることができるのかと、感動すら覚えるほどの見事な「無」。
 ゼータは目を閉じ、せめて自身に訪れるものが穏やかな死であるようにと、美しい夕焼け空に願うのである。




***
「自分はクリスとメリオンの関係について一言も言及していない。尾行も止めるよう説得を試みたが、幼気な少女の好奇心を抑えることは不可能だった」という主張が認められ生命の危機は脱したゼータ。
クリスの秘密基地にて正座をするゼータの前に2冊の本を積み上げたメリオン。見守るクリス。

メリオン「俺がこの本を読み終えるまで傍らで正座しろ。それで今回の愚行は水に流してやる」
ゼータ「正座って…その分厚い2冊の本を読み終えるまでにどれ程の時間が…」
メリオン「安心しろ。5時間もあれば読み終わる」
ゼータ「…無理無理無理!脚がもげますって!」
メリオン「そうか、残念だ。では目を閉じ安らかな旅路を思え」
ゼータ「(クリスに助けを求める顔)」
クリス「(説得不可能だと言う顔)」
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