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終章
お妃さま?-2
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ポトスの街の歓楽街、大きなアーケードの真下にゼータは立っていた。夕暮れ時の歓楽街には、人通りはさほど多くない。道の両脇に立ち並ぶ飲食店は、店先に色とりどりの灯りをともし始めたところだ。暗くなるにつれて灯りの数は増え、つられるように道を歩く人の数は増える。太陽が完全にその姿を隠す頃には、歓楽街は歩くのが億劫になるほどの人で埋め尽くされる。
意味もなく足踏みをするゼータの元に、一人の男が歩いてくる。ゼータの姿を見つけると笑顔で手を振るその男は、飲みの約束を取り付けているクリスだ。隣に同伴者の姿はない。
「クリス、こんばんは」
「こんばんは、ゼータ。気持ちの良い風が吹いてるね」
「そうですね…あの、メリオンは?」
無難な挨拶はそこそこに、本題。クリスははてと首を傾げる。
「さあ。一緒に来ようかと思って部屋に行ったんだけど、いなかったんだよね」
「ひょっとして突然の誘いを怪しまれていますか?」
「怪しんでいるかどうかはわからないけど、飲みには結構乗り気だったよ。珍しいつまみの店には興味があると言って」
「そうですか…」
集合時刻は目前に迫っているはずなのに、見通しの良い通りにメリオンの姿は見えない。もしや突然の誘いを疑われたのだろうか、と額に汗を流し始めるゼータ。いくら疑われたのだとしても、今更計画を中断するわけにはいかないのだ。今頃魔法研究所の一室では、メリオンとの謁見を望む研究員らが着々と準備を進めているのだから。
悶々とするゼータの視界の端に、黒い影が滑り込んでくる。驚き視線を動かしてみれば、そこには息を弾ませるメリオンが立っていた。真っ黒な衣服に包まれた両乳が、メリオンの呼吸に合わせてたわたわと揺れる。
「間に合ったか?」
と問うメリオンは上機嫌である。クリスはポケットから懐中時計を取り出す。
「…今、ちょうど集合時刻になりました」
クリスの答えにメリオンは満足げだ。額に浮かんだ汗粒を手の甲で拭う。遅刻しそうで走ってきたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。風を通すために衣類の胸元を開けるメリオンに、クリスは遠慮がちに尋ねる。
「メリオンさん、ひょっとして王宮から走ってきました?」
「そうだ。机仕事ばかりでは身体がなまるからな。意識して走るようにしている」
「ひょっとして街に下りるときは、毎回走っています?いつも現地集合なのが気にはなっていたんですけれど」
「走っている」
「ええ、ストイックだなぁ。結構距離ありますよね」
「荷物がないなら走る方が楽だ。馬車を呼ぶにも手間がかかるし、馬車留まりに寄るのも回り道になる」
「そうですけど…」
クリスとメリオンの会話に耳を澄ませながら、ゼータはレイバックの言葉を思い出していた。「ポトスの街に下りるなら馬車を使うよりも走る方が速い。だが王という立場上、極力馬車を使うようにしている」ゼータとともに馬車に揺られながら、レイバックはそんなことを語っていたことがある。馬車よりも走る方が楽、というのはゼータには全く理解できない感覚だ。走ることに慣れていたとしても、身体を動かせば疲れは溜まるだろうに。
「馬車を使えば公費が発生する。生活が民の税で賄われていることを忘れるなよ。多少の距離は自分の脚で移動しろ、お坊ちゃんが」
「お坊ちゃんじゃないですし、王宮からここまでの距離は多少じゃないです」
「そんなことを言っているようだから、ベッドの上で無様に息を切らすんだ。ちょっと腰を振ったくらいで呼吸を乱しおって。体力をつけろ、体力を」
100%挑発としか思えない言動である。クリスの頬がひくりと動く。いつも柔和な笑みを絶やさないクリスであるが、本日の挑発は無視できないようだ。言うなれば男の沽券に関わる問題である。しかし挑発の内容が真実であるだけに、言い返すに言い返せないというところか。
程よい運動により気分が高揚しているのか、本日のメリオンはいつもの2割増しで饒舌だ。毒舌は滑らかに回る。
「ゼータ、お前もだ。書物ばかり読み漁らず、たまには訓練場に顔を出したらどうだ?筋肉をつければ、その貧相な身体にも多少の凹凸はできるだろう。美味い具合に胸元に肉が付けば、俺が男を虜にする挟み方を教えてやろうじゃないか」
はっはっは、と高らかに笑うメリオン。ゼータは思わず膝から崩れ落ちそうになる。
どうか今日という日が平穏に終わりますように。
意味もなく足踏みをするゼータの元に、一人の男が歩いてくる。ゼータの姿を見つけると笑顔で手を振るその男は、飲みの約束を取り付けているクリスだ。隣に同伴者の姿はない。
「クリス、こんばんは」
「こんばんは、ゼータ。気持ちの良い風が吹いてるね」
「そうですね…あの、メリオンは?」
無難な挨拶はそこそこに、本題。クリスははてと首を傾げる。
「さあ。一緒に来ようかと思って部屋に行ったんだけど、いなかったんだよね」
「ひょっとして突然の誘いを怪しまれていますか?」
「怪しんでいるかどうかはわからないけど、飲みには結構乗り気だったよ。珍しいつまみの店には興味があると言って」
「そうですか…」
集合時刻は目前に迫っているはずなのに、見通しの良い通りにメリオンの姿は見えない。もしや突然の誘いを疑われたのだろうか、と額に汗を流し始めるゼータ。いくら疑われたのだとしても、今更計画を中断するわけにはいかないのだ。今頃魔法研究所の一室では、メリオンとの謁見を望む研究員らが着々と準備を進めているのだから。
悶々とするゼータの視界の端に、黒い影が滑り込んでくる。驚き視線を動かしてみれば、そこには息を弾ませるメリオンが立っていた。真っ黒な衣服に包まれた両乳が、メリオンの呼吸に合わせてたわたわと揺れる。
「間に合ったか?」
と問うメリオンは上機嫌である。クリスはポケットから懐中時計を取り出す。
「…今、ちょうど集合時刻になりました」
クリスの答えにメリオンは満足げだ。額に浮かんだ汗粒を手の甲で拭う。遅刻しそうで走ってきたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。風を通すために衣類の胸元を開けるメリオンに、クリスは遠慮がちに尋ねる。
「メリオンさん、ひょっとして王宮から走ってきました?」
「そうだ。机仕事ばかりでは身体がなまるからな。意識して走るようにしている」
「ひょっとして街に下りるときは、毎回走っています?いつも現地集合なのが気にはなっていたんですけれど」
「走っている」
「ええ、ストイックだなぁ。結構距離ありますよね」
「荷物がないなら走る方が楽だ。馬車を呼ぶにも手間がかかるし、馬車留まりに寄るのも回り道になる」
「そうですけど…」
クリスとメリオンの会話に耳を澄ませながら、ゼータはレイバックの言葉を思い出していた。「ポトスの街に下りるなら馬車を使うよりも走る方が速い。だが王という立場上、極力馬車を使うようにしている」ゼータとともに馬車に揺られながら、レイバックはそんなことを語っていたことがある。馬車よりも走る方が楽、というのはゼータには全く理解できない感覚だ。走ることに慣れていたとしても、身体を動かせば疲れは溜まるだろうに。
「馬車を使えば公費が発生する。生活が民の税で賄われていることを忘れるなよ。多少の距離は自分の脚で移動しろ、お坊ちゃんが」
「お坊ちゃんじゃないですし、王宮からここまでの距離は多少じゃないです」
「そんなことを言っているようだから、ベッドの上で無様に息を切らすんだ。ちょっと腰を振ったくらいで呼吸を乱しおって。体力をつけろ、体力を」
100%挑発としか思えない言動である。クリスの頬がひくりと動く。いつも柔和な笑みを絶やさないクリスであるが、本日の挑発は無視できないようだ。言うなれば男の沽券に関わる問題である。しかし挑発の内容が真実であるだけに、言い返すに言い返せないというところか。
程よい運動により気分が高揚しているのか、本日のメリオンはいつもの2割増しで饒舌だ。毒舌は滑らかに回る。
「ゼータ、お前もだ。書物ばかり読み漁らず、たまには訓練場に顔を出したらどうだ?筋肉をつければ、その貧相な身体にも多少の凹凸はできるだろう。美味い具合に胸元に肉が付けば、俺が男を虜にする挟み方を教えてやろうじゃないか」
はっはっは、と高らかに笑うメリオン。ゼータは思わず膝から崩れ落ちそうになる。
どうか今日という日が平穏に終わりますように。
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