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終章
お妃さま?-1
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公務を終えた夜分。王宮内の者は共同の浴室に向かったり、私室でシャワーを浴びたり、本を読んだりと好きな時間を過ごす頃である。クリスがメリオンの私室に立ち入ると、部屋の主はテーブルに多数の瓶を並べ満面の笑みであった。
「何の瓶ですか?毒?」
「酒だ。ドラキス王国を去る吸血族から引き取った」
「ああ…成程」
メリオンの趣味は酒のコレクション。コレクションにはメリオンが自身で購入した酒の他に、ドラキス王国を去る吸血族から引き取った物も紛れている。割れやすい酒瓶を引っ越し荷物の中に入れるわけにはいかない。捨てるくらいなら誰かに飲んでもらいたいという気持ちは、酒好きのクリスにもよくわかる。
「こんな時間に何の用だ」
「今週末、一緒に飲みに行きませんか?ポトスの街の歓楽街に、珍しいつまみを提供する居酒屋があるみたいで」
「ん、ああ」
2つ返事でのOKである。珍しい事もあるものだ。
「ゼータも一緒ですけど、いいですか?」
「珍しいな」
「珍しいつまみを提供する居酒屋というが、ゼータの紹介なんです。3人だけど良いですか?」
「構わん」
拍子抜けするほどの快諾である。どうせ断られるだろうと、いくつもの誘い文句を考えてきたクリスにとっては嬉しい誤算だ。
話が一区切りしたところで、クリスはメリオンの真横に腰を下ろした。メリオンこだわりの皮張りソファは、2人で座ってもまだまだ余裕がある。毒々しい紫色の酒瓶を手にしたメリオンは、「まだ何か用事があるのか?」と言わんばかりにクリスを見る。
「…というのが表向きのお誘いです。この後は内緒の話なんですけどね」
メリオンの真横にぴったりと張り付いたクリスは、最近魔法研究所内で起こっている不穏な動きについて語る。事の発端は、数人の女性研究員がクリスに女性の影を感じたことである。色恋話に目がないミーアが代表でゼータの元を訪れ、「クリスには最近大切な人ができました」との有力情報をゲットする。その後、魔法研究所内に噂は拡散。あちこちで伝言ゲームが繰り広げられるうちに、「クリスが結婚したらしい」という極端な噂が広まってしまった。そしてその結婚相手を見たいがために、ミーアを筆頭とした研究員は画策する。
画策の末に打ち出された作戦はこうだ。ゼータに依頼し、クリスとその結婚相手をとある居酒屋に呼び出してもらう。ミーアを含む研究員は偶然を装って、その居酒屋で3人に合流するというものだ。それは本当に作戦か、と文句を言いたくなるようなお粗末な作戦である。作戦成功の鍵を蚊帳の外のゼータに丸投げしている。
「本当は、僕はこの作戦を知っていちゃいけないんですよ。ゼータに課された使命は『作戦の内容は伝えずに、僕とメリオンさんを特定の居酒屋に呼び出すこと』ですから。でもほら、ゼータは嘘が苦手でしょう。隠し事をしたまま、僕を飲みに誘いだすのは不可能だと感じたんでしょうね。お誘いのついでにこっそりとネタ晴らしをして、僕を共犯者に巻き込んだというわけです」
長々と続いたクリスの説明は終わり。メリオンはふんと鼻を鳴らす。
「それで俺の怒りを買いたくないお前は、俺にネタ晴らしをすることを選んだわけだ」
「そういう事になりますね。だってこのままゼータの共犯者になったら、メリオンさんの怒りは全部僕に向かってくるじゃないですか」
クリスは自身の頬骨を両手でそっと抑える。段ボール箱にレイバックが潜んでいることを黙認し、あわや頬骨を陥没させられるところであったあの時。あの恐怖をもう一度味わうのは御免である。
「賢明な判断だ。その判断に免じて、騙された振りをしてやるのも悪くはないが…やはり面倒だな。そもそもの非は、俺の情報を漏らしたゼータにあるんだろう。適当に理由をつけて飲みの誘いは断っておけ」
「今回の場合、ゼータにあまり非はないんですよ。ゼータからメリオンさんの情報を聞き出したミーアという女性は、色恋話に関しては神がかり的に口がうまいんです。『色恋話に特化した女版僕』みたいな感じ」
クリスの例えに、メリオンは「ふっふ」と肩を揺らして笑った。大好きな酒を目の前にしているためか、今日のメリオンはかなり機嫌が良い。本当に、嬉しい誤算だ。
「…まぁいい。茶番に付き合ってやるとするか」
「え、本当ですか?」
「珍しいつまみの居酒屋には興味がある。少々の対価で仕事をこなしてやろうじゃないか」
「…対価?」
不穏な言葉にクリスは表情を曇らせるが、一方のメリオンは気持ちが悪いほど笑顔だ。
「安心しろ。お前からは貰わん。非のある奴に払わせる」
クリスの脳裏に、情けなく眉を下げながら「メリオンを飲みに誘いだしてほしい」と懇願するゼータの姿が浮かぶ。今回の件に関しては、ゼータもどちらかと言えば被害者だ。しかし拡散器ミーアを相手に、口を滑らせた者がゼータであるというのもまた事実。「クリスの事について、私は何も知りませんよ!」と言い張れば、それで済んだ話なのに。
ご機嫌で鼻歌など歌い始めるメリオンを横目に見ながら、クリスはそっと溜息を吐く。
――ゼータ。今回はちょっと守ってあげられそうにないよ
「何の瓶ですか?毒?」
「酒だ。ドラキス王国を去る吸血族から引き取った」
「ああ…成程」
メリオンの趣味は酒のコレクション。コレクションにはメリオンが自身で購入した酒の他に、ドラキス王国を去る吸血族から引き取った物も紛れている。割れやすい酒瓶を引っ越し荷物の中に入れるわけにはいかない。捨てるくらいなら誰かに飲んでもらいたいという気持ちは、酒好きのクリスにもよくわかる。
「こんな時間に何の用だ」
「今週末、一緒に飲みに行きませんか?ポトスの街の歓楽街に、珍しいつまみを提供する居酒屋があるみたいで」
「ん、ああ」
2つ返事でのOKである。珍しい事もあるものだ。
「ゼータも一緒ですけど、いいですか?」
「珍しいな」
「珍しいつまみを提供する居酒屋というが、ゼータの紹介なんです。3人だけど良いですか?」
「構わん」
拍子抜けするほどの快諾である。どうせ断られるだろうと、いくつもの誘い文句を考えてきたクリスにとっては嬉しい誤算だ。
話が一区切りしたところで、クリスはメリオンの真横に腰を下ろした。メリオンこだわりの皮張りソファは、2人で座ってもまだまだ余裕がある。毒々しい紫色の酒瓶を手にしたメリオンは、「まだ何か用事があるのか?」と言わんばかりにクリスを見る。
「…というのが表向きのお誘いです。この後は内緒の話なんですけどね」
メリオンの真横にぴったりと張り付いたクリスは、最近魔法研究所内で起こっている不穏な動きについて語る。事の発端は、数人の女性研究員がクリスに女性の影を感じたことである。色恋話に目がないミーアが代表でゼータの元を訪れ、「クリスには最近大切な人ができました」との有力情報をゲットする。その後、魔法研究所内に噂は拡散。あちこちで伝言ゲームが繰り広げられるうちに、「クリスが結婚したらしい」という極端な噂が広まってしまった。そしてその結婚相手を見たいがために、ミーアを筆頭とした研究員は画策する。
画策の末に打ち出された作戦はこうだ。ゼータに依頼し、クリスとその結婚相手をとある居酒屋に呼び出してもらう。ミーアを含む研究員は偶然を装って、その居酒屋で3人に合流するというものだ。それは本当に作戦か、と文句を言いたくなるようなお粗末な作戦である。作戦成功の鍵を蚊帳の外のゼータに丸投げしている。
「本当は、僕はこの作戦を知っていちゃいけないんですよ。ゼータに課された使命は『作戦の内容は伝えずに、僕とメリオンさんを特定の居酒屋に呼び出すこと』ですから。でもほら、ゼータは嘘が苦手でしょう。隠し事をしたまま、僕を飲みに誘いだすのは不可能だと感じたんでしょうね。お誘いのついでにこっそりとネタ晴らしをして、僕を共犯者に巻き込んだというわけです」
長々と続いたクリスの説明は終わり。メリオンはふんと鼻を鳴らす。
「それで俺の怒りを買いたくないお前は、俺にネタ晴らしをすることを選んだわけだ」
「そういう事になりますね。だってこのままゼータの共犯者になったら、メリオンさんの怒りは全部僕に向かってくるじゃないですか」
クリスは自身の頬骨を両手でそっと抑える。段ボール箱にレイバックが潜んでいることを黙認し、あわや頬骨を陥没させられるところであったあの時。あの恐怖をもう一度味わうのは御免である。
「賢明な判断だ。その判断に免じて、騙された振りをしてやるのも悪くはないが…やはり面倒だな。そもそもの非は、俺の情報を漏らしたゼータにあるんだろう。適当に理由をつけて飲みの誘いは断っておけ」
「今回の場合、ゼータにあまり非はないんですよ。ゼータからメリオンさんの情報を聞き出したミーアという女性は、色恋話に関しては神がかり的に口がうまいんです。『色恋話に特化した女版僕』みたいな感じ」
クリスの例えに、メリオンは「ふっふ」と肩を揺らして笑った。大好きな酒を目の前にしているためか、今日のメリオンはかなり機嫌が良い。本当に、嬉しい誤算だ。
「…まぁいい。茶番に付き合ってやるとするか」
「え、本当ですか?」
「珍しいつまみの居酒屋には興味がある。少々の対価で仕事をこなしてやろうじゃないか」
「…対価?」
不穏な言葉にクリスは表情を曇らせるが、一方のメリオンは気持ちが悪いほど笑顔だ。
「安心しろ。お前からは貰わん。非のある奴に払わせる」
クリスの脳裏に、情けなく眉を下げながら「メリオンを飲みに誘いだしてほしい」と懇願するゼータの姿が浮かぶ。今回の件に関しては、ゼータもどちらかと言えば被害者だ。しかし拡散器ミーアを相手に、口を滑らせた者がゼータであるというのもまた事実。「クリスの事について、私は何も知りませんよ!」と言い張れば、それで済んだ話なのに。
ご機嫌で鼻歌など歌い始めるメリオンを横目に見ながら、クリスはそっと溜息を吐く。
――ゼータ。今回はちょっと守ってあげられそうにないよ
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