【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

文字の大きさ
上 下
297 / 318
終章

コイバナ

しおりを挟む
※ビット…魔法研究所勤務、ゼータのマブダチ、魔導大学遠征時に会ったメレンに片思い中
 ミーア…魔法研究所勤務、新婚さん、他人の色恋話が大好物
 

***

 国立魔法研究所キメラ棟の一室にて、ゼータは野菜を切る作業に精を出していた。大根、人参、じゃが芋、キャベツ、時々林檎。これらの野菜はポトスの街の青果店から売れ残りを引き取った物で、草食系のキメラの餌となる。魔獣用のペレットに大きさを合わせるために、こうして細かく切り刻んでいるのだ。ゼータの横では、親友ビットが同じく野菜を切り刻んでいる。葉先が変色したキャベツを切り刻む最中、ゼータは問う。

「ビット。今メレンとはどういう関係なんですか?」
「どういう関係って?」
「お付き合いはしているんですか?」

 包丁を握るビットの手が止まる。メレン――とは隣国ロシャ王国に住まう人間の女性で、ビットの片思いの相手だ。さくらんぼのような唇が愛らしい、ゼータよりも遥かに小柄な女性である。メレンがビットの誘いにより初めて研究所を訪れたのは、もう2年以上も前のことだ。それ以来、メレンは半年に一回の頻度でポトスの街を訪れる。そして訪問のたびに、ビットと2人で観光や食事を楽しんでいるのである。話だけを聞けば、「国境を越えた遠距離恋愛」ととれないこともないのであるが。

「確かに結構頻繁には会っていますけれど…でも付き合ってはいないですよ」
「そうですか…まだ告白はしないんですか?」
「こ、ここ、告白ぅ!?僕が、メレンちゃんに!?」
「そりゃあ…だってビット、メレンのこと大好きでしょう」
「す、す、す、好きだけどさぁ…。好きだけど…でも付き合ったら別れることも考えないといけないじゃないですか。せっかく今こうして研究職員として良い関係を築けているのに、下手に喧嘩別れしてこの関係もなくなってしまうのは嫌だなって…」

 ビットはぼそぼそと言葉を紡ぐ。包丁を握る手は止まったままだ。ゼータはキャベツの細切れ作業を中断し、ビットの肩に手を添える。

「ビット…。ビットはビットなりに色々と考えていたんですね。告白する勇気がないだけなんだと思っていました。意気地なしだと誤解していたことを謝罪します。すみませんでした」
「なんか、謝られている気がしません」

 わいわいと言い合いを続ける2人の背後で、部屋の扉があいた。立っていた者は白衣姿のミーアである。半年ほど前に恋人と結婚式を挙げたばかりのミーアは、揚々とした表情で部屋の中に入ってきた。後頭部でまとめられた黒髪がなびく。

「手伝います」

 そう言い放つと、ミーアは戸棚の引出しから小ぶりの包丁を取り出した。ゼータの横に並び、じゃが芋の乱切りを開始する。黙々と作業を続けるミーアの横で、ビットとゼータは顔を見合わせた。ミーアは普段キメラ棟には立ち入らない。ミーアの専門研究が、キメラや魔獣とは一切関係のない分野であるためだ。ミーアの様子を伺いながら、ビットとゼータも作業に戻る。しかし作業時間が3分ほど経過したときに、ミーアはおもむろに口を開くのである。

「時にゼータさん。聞きたいことがあるんです」

 やはりそうか、とゼータは思う。ミーアがこうして唐突に人の研究室を訪れるときは、大概が何か聞き出したい話がある時なのだ。ミーアは研究所内でも筋金入りの恋話コイバナ好き。これから振られる話題は、間違いなく研究所内の誰かにかかる色恋話だ。

「はい…何でしょう」
「クリスさんの事なんですけどね。彼、最近結婚したんですか?」
「いえ、結婚はしていないですけれど…」
「じゃあ婚約者ができました?」
「いえ…婚約者もいないですけれど…」
「じゃあ彼女は?」

 予想以上にミーアはぐいぐい来る。段々と近づいてくるミーアの顔面に恐れおののき、ゼータは言葉に詰まる。助け舟を出す者は、ジャガイモを握りしめたままのビットだ。

「ミーア、ミーア。落ち着いてよ。クリスさんが結婚?なんでそんな話になっているの?」
「最近、女性研究員の間でそんな噂が出回っているんです。噂の出所がどこか、と問われると私も分かりません。でもクリスさんと接するうちに、そう感じた人が何人もいるみたいなんですよ」
「…『そう感じた』ってどういう感じ?」
「大切な人ができたのかなって」
「ああ、成程…」

 頷くビットはゼータを見る。ミーアもまたゼータを見る。4つの瞳に同時に見つめられ、ゼータは1歩後ろに下がる。ミーアの話に心当たりはある。クリスには、確かに最近大切な人ができた。その人物とは、言わずもがなメリオンである。
 心当たりはある。しかしクリス自身が、研究所内にメリオンの存在を公にしていない以上、自分が勝手にミーアに伝えてもいいものかと悩むゼータである。恋話コイバナには目のないミーアだ。ミーアの耳に入った色恋話は、研究所内全域に拡散すると思ってまず間違いがない。

「えっと、思い当たる節はあるんですけれど。私の口から言っていいものかどうか…」
「大丈夫です。研究所内の人にしか言いません」

 誰にも言わない、とは言わない正直なミーアである。苦笑いを浮かべるゼータであるが、なまじ「思い当たる節はある」と言ってしまった以上もうごまかしは利かない。せめて余計な情報は与えないようにと、脳味噌はフル回転。

「確かにクリスには、最近大切な人ができました。婚約者や彼女という関係ではないようですが、一応想いを通わせてはいるみたいですよ」
「付き合ってはいないんですか?想い合っているのに?」
「魔族の男女関係は、人間とは少し違いますから…」
「なるほどなるほど。つまり人間でいうところの『婚約者』や『彼女』という言葉には該当しないが、それに等しい関係ではあるということですね」
「まぁ、そういう事になるんでしょうか」
「具体的にはどういう関係なんでしょうか。例えば一緒にお茶するだけの仲とか、生涯を共にすると誓った仲とか。ゼータさん、何か聞いていますか?」

 「お相手の女性は、元は口を開けば淫猥な言動を繰り返す存在が猥褻物のような男で、子どもが欲しいクリスの謀により女性となり、現在2人はやる事はやる関係に収まっています」脳裏に浮かぶ的確な説明を口にはできないゼータである。意味がわからない。

「…どうでしょう。クリスは『子どもが欲しい』とは言っていましたけど」

 ゼータの言葉にミーアの瞳が輝いた。しまった、失言だった。ゼータは慌てて口元を押さえるが、一度吐き出した言葉はもう戻ることはない。

「子ども!子どもをこさえる事を約束した仲ということですか。もうそれは結婚したに等しい。クリス王子がお妃さまを迎えたということですね!」
「お、お妃さま…?」
「お相手の女性はどんな方ですか?」
「どんな…ですか」

 メリオンの本性はまごうことなき淫猥物。しかしミーアとメリオンが顔を合わす機会などあるはずもない。万が一あったとしても、あの猫かぶりのメリオンだ。ミーアの前では、毛足の長い猫を被り続けることだろう。

「綺麗な人ですよ。王宮内には隠れた信奉者も多いと聞きます」
「ほほう。あとは?」
「あとは…仕事もできますね。クリスが王宮に来た当初、教育係だった人なんですよ。そういう経緯もあって仲良くなったんでしょうね」
「なるほど、教師と生徒という事ですか。なかなか淫猥な響きの関係ですねぇ」

 本人も指名手配級の淫猥物ですしね。頭に湧いた本音を、ゼータは必死で飲み込むのである。

「性格も良いですよ。信奉者がいるくらいですからね。物腰は柔らかだし、でも言うときは結構はっきりした物言いをしますし。彼女がいる飲み会は…結構盛り上がりますね」

 主に猥談で。

「素晴らしい女性じゃないですか!下々の民に謁見の機会はないでしょうか?」
「し、下々の民…?」
「我々研究所職員が、その女性にお会いする機会を設けてはいただけないかという意味です」
「いや…どうでしょう。あまり気安い人ではないですから。仕事と私事には一線を引いているので、研究所に来てもらうことは難しいと思いますよ」
「高貴なお方ではないですか。ますます王子の妃に相応しい」

 怒涛の質問攻めに疲れを滲ませるゼータの横では、ビットは早々に会話を放棄していた。黙々とジャガイモの乱切り作業にあたっている。裏切り者め、ゼータは心の中で呟くのである。

「ゼータさん、ありがとうございました。少し作戦を考えます」

 そう言うミーアは満面の笑みだ。

「作戦?なんのですか?」
「下々の民が、お妃さまに謁見するための作戦です」

 ゼータの返事を待つことなく、ミーアは颯爽と部屋を出て行った。結局ミーアがこの部屋の中でした作業と言えば、じゃがいも2個と人参1本を切り刻んだだけであった。その対価としては随分と大きな情報を奪われた気がする。去り際の台詞も不穏である。
 ――下々の民が、お妃さまに謁見するための作戦です
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

処理中です...