【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

水の泡

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 今夜は久方ぶりである大人数での飲み会。一足早く飲み会の準備を終えたクリスとゼータは、会場となるクリスの秘密基地で談笑しているところである。
 飲み会開始時刻の5分前になると、秘密基地にはザトとメリオンが顔を出した。2人とも両手いっぱいの酒とつまみを抱えている。メリオンは相変わらず無表情だが、ザトは大分ご機嫌のようだ。少人数での飲み会が予告なしに開催されることはあるが、こうして予定を合わせて皆が集まるのは、実に数か月振りのこと。
 
「クリス、その箱は何だ?模様替えでもするのか」

 るんるん気分のザトが指さす先は、秘密基地の隅に置かれた2つの段ボール箱。上下に積み重ねられたそれらの箱は、中に人が入れるほどの大きさだ。

「知り合いからの預かり物です。少しの間、預かってほしいと言われてしまって」
「ほー…」

 それきり、ザトは興味なさげに段ボール箱から視線を外す。

 ゼータ、ザト、メリオン、クリス。総勢4名が秘密基地に集い、ザトの乾杯で飲み会は開始された。初めのうちは各々が用意したつまみを口に運びながら、仕事の話や当たり障りのない近況報告を行う。ザトとメリオンが小国との国交についてまじめに論議する横で、クリスとゼータは研究所での出来事を互いに報告しあっていた。
 そして平穏な飲み会が盛り上がりを見せ始めるのは、開始からおよそ30分が経過した頃。

「なぁクリス、メリオンとは結局どういう仲に落ち着いたんだ?付き合っているのか?」

 そう尋ねる者は、すでに頬をほんのりと紅くしたザト。尻の横には、空になった酒瓶が2本転がっている。かなりのハイペースだ。
 突然の問いかけに、メリオンとクリスはどちらともなく顔を見合わせる。

「僕たちって…付き合っています…?」
「さぁな。やることはやる仲だ」

 吐き捨てられる言葉に、クリスはがっくりと肩を落とすのである。相変わらずな2人を目の前にして、ザトは愉快そうに肩を震わせる。

「やることはやる仲、か。それはつまり、子を作る気はあるという意味か?天使のような子を抱く日も遠くはないということか。子どもが生まれたら、俺のことは何と呼ばせるのが良いだろうな。俺はメリオンの父親のような存在だからな。お爺ちゃんか、じぃじか。ザトじいというのも捨てがたい。いやはやついにメリオンも母か。メリオンが…母…ブッフゥ」

 本日のザトは絶好調である。
 ぷるぷると肩を震わせるザトを横目に見ながら、今度はゼータがメリオンに話しかける。

「2人が良い関係に落ち着いてくれて良かったです。メリオンは、当然提供者との関係は切ったんですよね?」
「切っていない」

 メリオンの答えに目を剥いた者はゼータだけではない。ご機嫌で自身のグラスに酒を注いでいたザトも、思わずちゃぶ台上に酒を飛び散らせるほどである。

「…えっと…提供者との関係は続いているということですか?身体の関係も含めて?」
「そうだ」

 ゼータとそろりとクリスの表情を伺いみる。堂々たる不貞宣言であるにも関わらず、クリスは苦笑いを浮かべているだけ。メリオンの告白に悲観している様子はない。満杯のグラスを手にしたメリオンは、悪びれる様子もなく語る。

「性欲が満たされるからといって、吸血の欲求までもが満たされるわけではない。クリス1人から頻繁に血を貰うわけにはいかないのだから、別に提供者を囲うしか方法はないだろう」
「でも…」
「ゼータ。お前は満足に食事が取れれば、菓子を口にせずとも食欲は満たされるのか?」

 ゼータは視線を泳がせて、メリオンの言葉を想像した。3食を満足に食べていても、疲れたときには甘い物が欲しくなる。紅茶を口にすれば菓子が欲しくなる。菓子がない人生というのは寂しいだろう。吸血族にとっての吸血は、つまりはそういった存在だというわけだ。人生を豊かにしてくれる他には変えの利かないもの。

「お菓子は食べたいです…けど、クリスはそれでいいんですか?」

 ゼータがそう話題を振れば、クリスは困り顔だ。うーん…と頭を捻っている。心から認められるわけではないが、種族に関わる行為であるだけに咎めることもできないというところか。

「しかし提供者の人数は大分減らしたな。保留にしていた男性提供者は全員切った」
「あ、そうなんですか。つまり今、メリオンの提供者は女性だけ?」
「そうだ。クリスが同じ王宮内にいること。それ即ち、いつでも好きなときに好きなだけ性欲を発散できるという意味だ。無駄に提供者を囲う必要もない」

 メリオンはにやりと笑う。口に含んだ酒を吹き出しかけた者はザトである。懐から出したハンカチで口元を覆い、哀れみを含む瞳でクリスを見る。「クリス、本当に良いのか。こいつで」ザトの無言の問いかけは、この場の誰もが理解しうるものである。

 クリス公認のメリオンの不貞が明らかになったところで、場はしばし沈黙となる。ゼータとクリスは揃ってグラスを空け、次なる1杯を注ぎ合う。ザトはつまみの唐墨をちびちびと齧り、メリオンは好物の豆菓子を口に放り入れる。そうした時が数分にも及んだとき、ゼータが不意に口を開く。

「メリオン。教えてもらいたいことがあるんです」
「なんだ」
「その、寝所での技を…」

 たっぷりの沈黙の後に、豪快な笑い声をあげた者はザトである。「確かにその質問をするのに、メリオン以上の適任はいない」。ザトは腹を抱え、今にも床を転げまわりそうな勢いだ。
 かつてはただひたすらメリオンの猥談の餌食になっていたゼータが、今夜は自ら猥談を提供している。その事実に場はかつてない盛り上がりを見せる。

「何を聞きたい。またがり方か?咥え方か?挟み方か?…失礼、挟むのは無理だったな」
「うるさい」

 ゼータは自身の胸を抱き込む。今は男性の物であるゼータの胸元は、女性の姿になったからといってさほど豊かになるわけではない。メリオンの胸部を豊かな山脈と例えるならば、ゼータのそれは平地に砂を盛った程度のものだ。俯いて肩を震わせるザトとクリスを睨みつけながらも、ゼータは極力小さな声でメリオンに告げる。

「さ、誘い方…」

 辺りはしんと静まり返り、メリオンはふむと腕を組む。ザトとクリスは相も変わらず、俯いて唇を噛み締めている。

「今はどうやって誘っている」
「いつもは別の部屋で寝ているので、寝所に忍び込むのが互いにお誘いの合図といいますか…。それでも足りるには足りるんですけれど。もっと色んな誘い方ができれば、行為も盛り上がるかなと…」
「慎ましやかに誘いたいのか。それとも艶やかに誘いたいのか」
「ど、どちらかと言えば慎ましやかに…」

 ゼータの答えに、部屋の中は再び沈黙に包まれた。皆が固唾を飲んで、夜伽の帝王メリオンの答えを待つ。
 ふっとメリオンが立ちあがる。1歩2歩と床を歩み、さも自然な仕草で座り込んだ場所はゼータの膝の上。それも正座をするゼータを椅子代わりにするのではなく、互いに向かい合う格好だ。傍から見れば恋人同士とも言うべき距離。吐息がかかるほどの距離で、メリオンは囁く。

「…抱いて?」

 沈黙に響く甘く掠れた声に、誰ともなくがごくりと息を飲む。次の瞬間。

「う、うぎゃああああっ!」

 およそ一国の王妃とは思えぬ悲鳴を上げて、ゼータは勢いよく直立した。膝にのっていたメリオンはい草の敷物に尻もちをつき、それでも愉快と口の端を上げる。

「どうだ、俺のことを抱きたくなったか?おいゼータ、どうなんだ」
「ちょっとメリオンさん。膝にのるのはやり過ぎです!顔も近いですよ!」
「さすがに鮮やかだな。おいメリオン、俺も誘ってくれ。艶やかな方で頼む」
「よしきた、任せろ」
「ちょ、ちょ、ちょっと。メリオンさぁん!」

 もうメチャメチャである。「びっくりした、びっくりした」とうわ言を繰り返すゼータ。大爆笑のザト。ノリノリのメリオン。メリオンの腰回りに抱き着くクリス。
 かつてないほどに混沌とした場を一瞬で鎮めたものは、どこからともなく聞こえた笑い声だ。「くふ、ふふふ」と楽しげな笑い声を聞き、皆は一瞬にして口を噤む。この誰のものでもない笑い声は、一体どこから聞こえているんだ? 声の元を辿るように秘密基地の中を見回す。やがて彼らの視線が辿り着く先は、秘密基地の隅っこに積み上げられた2つの段ボール箱。一番近くに座っていたゼータが、箱の1つをそっと持ち上げる。

「よ、皆そろっているな。お楽しみのようで何よりだ」

 そういって左手を上げる者は、誰もが尊敬してやまないドラキス王国の国王、レイバックその人であった。積み上げられた2つの段ボール箱は、天井と底部分が切り取られ、中は一つに繋がっていたのだ。段ボール箱の側面には、小さな覗き穴が開けられているという徹底具合である。つまりレイバックは皆に内緒で飲み会の様子を伺うべく、飲み会開始以前からその場所に潜んでいたということだ。
 どん、と鈍い音がした。ゼータが手にした段ボール箱を取り落とした音だ。その表情はといえば、まるで完熟林檎のように真っ赤っか。ゼータはレイバックが耳澄ませる中で、「誘い方を教えてくれ」とメリオンに頼み込んだのだ。ゼータの近くに座るザトも、やってしまったとばかりにレイバックから視線を逸らす。王宮内では堅物で通るザト、しかし今日は随分とノリノリで猥談に参加していた。

 ザトとゼータが顔を朱に染める中、ただ一人顔面を蒼白にしている者はメリオン。メリオンは王宮に仕える150年の間、レイバックの前では紳士淑女を演じ続けていた。その努力が無残にも崩れ去った瞬間である。子犬のように段ボール箱の中に座り込んだままのレイバックは、メリオンに向かって悪戯な笑みを向ける。

「メリオン、俺にも指南を頼めるか。寝所での技を」

 その言葉を聞いた瞬間、メリオンはクリスに飛び掛かった。クリスの上体を力任せに押し倒し、無防備な腹に馬乗りになる。クリスは2つの段ボール箱について、飲み会開始当初に「知り合いからの預かり物です」と言った。つまりクリスは、レイバックがその中に潜んでいることを初めから知っていたということ。

「クリスよ、さらばだ」

 メリオンは凛と言葉を放つと、クリスの顔面を殴打すべく拳を振り上げる。さすがのクリスも、これには恐怖の悲鳴を上げる。しかしメリオンの渾身の拳はクリスの顔面を陥没させることはない。獣の俊敏さで段ボール箱から飛び出したレイバックが、メリオンを羽交い絞めにしたからだ。
 床に倒れたまま必死で顔面を守るクリス、クリスの頬骨を陥没させるべく拳を震わせるメリオン、メリオンを羽交い絞めにしたまま説得を試みるレイバック。そして双子の完熟林檎となったゼータとザト。

「クリスは嫌だと言ったが、俺が無理やり頼んだんだ」メリオンがレイバックの言葉を飲み込み、怒りの拳を解くまでには、かなりの時間を要したのであった。 
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