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はないちもんめ
カフェにて
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2冊の魔法書と1冊の酒蔵の書、そして2本の万年筆を手に入れたメリオンとクリスは、ポトスの街の大通りを歩いていた。そこは小さな服飾店やカフェが立ち並ぶ通りだ。
手に紙袋を下げたクリスは、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く。時折歩みが止まるため、少し後ろを歩くメリオンはそのたびにクリスの背に衝突することとなる。
「おいクリス、急に立ち止まるんじゃない。散歩中の犬かお前は」
「すみません。あ、あそこの店です」
メリオンが文句などまるで気に留めないクリス。その指先は、通りの向こう側にある店を真っ直ぐに指している。真っ白な壁に水色の屋根、淡い桃色の看板。店から出てくる客人が、もれなく白い紙箱を下げているところを見るに菓子店だろうか。
「…土産菓子でも買うつもりか?」
「いえ。休憩がてらケーキでも食べていきましょう。この菓子店、2階がカフェスペースになっているんですよ」
「俺は甘い食い物は好かん」
「大丈夫、この菓子店は『甘さ控えめ』が売りですから。ケーキの種類も、珈琲、抹茶、キャラメルと大人向けの味が揃っています。メリオンさんが残した分は僕が食べますし、お代も僕が持ちますから。ね?」
そうとまで食い下がられてしまえば、メリオンに返す言葉はない。不満げに腕組みをしながらも、甘い香りの漂う菓子店に足を踏み入れることとなるのだ。
***
1階の菓子店部分でケーキと飲物の注文を済ませたクリスとメリオンは、2階へと続く階段を上がった。カフェスペースとはいっても、それほど広くはない空間だ。窓際には一列に並んだ4つのカウンター席と、その後ろにテーブル席が3つ、それだけの空間だ。カウンター席は空いているが、テーブル席は全て2人組の客で埋まっている。
2人がカウンター席に腰を下ろせば、間もなく店員が2人分のケーキと紅茶を運んでくる。カフェ部分の利用者が多くないだけに給仕も早い。クリスの前に置かれるケーキは、スポンジの上にクリームと果物がのっただけのありふれた物。そしてメリオンの前に置かれるケーキはといえば、艶々とした黒い球体状のケーキに、見慣れない赤色の果実が添えられている。商品名を「悪魔の卵」メリオンらしい選択である。
数口ケーキを口にした後、クリスはおもむろに口を開く。
「ポトスの街には、家族が少ないですよね」
クリスの視線は手元のケーキを超えて、窓の外の街並みへと向かう。カウンター席が大きな窓に面しているために、今2人の座る場所からは通りを歩く人の姿がよく見える。「悪魔の卵」をちまちまとつつきながら、メリオンは答える。
「家族か。よく聞く言葉ではあるが、正確な意味合いがわからん」
「血縁者の集まりというところでしょうか。僕の生まれ故郷であるロシャ王国では、家族と言えば『父母とそこから生まれた子ども』というイメージが一般的ですね。でも母子、父子、夫婦を指す場合もありますし、祖父母やそれ以外の人物が入ることもあります」
「曖昧だな」
「そうですね。人によって捉え方の異なる言葉だとは思います」
メリオンはフォークを手にしたまま、腕を組む。カウンターテーブルの下で脚を組んで、しばし物思いに耽る。
「…家族という言葉が『父母と子の塊』を指すならば、確かにポトスの街に家族は少ないだろうな」
「それは、結婚に関する法がないからですか?」
「それも理由の一つだ。法に縛られる男女がいないのだから、当然それを元に構成される家族というものは少なくなる」
「でも好き合って一緒に暮らす者はいますよね。子どもを持つためには、法に縛られずとも夫婦に近い形をとる必要があるのでは?」
「そういう者も一定数はいるが…魔族は恋と繁殖は別物として考える。人間のように、好き合った相手と子を作るという考えは魔族にはないんだ」
極力分かりやすい表現を選んだつもりではあるが、やはり魔族の価値観を人間に説明することは難しい。クリスは困ったような顔をして首を傾げる。
「えーと…?」
「好き合って共に暮らすも者は確かにいる。しかしそれは子を望んでのことではない。ただ好きだから一緒にいるだけだ。想いが途切れれば、法にも子にも縛られないのだから当然関係は断たれる。2人の間に子が生まれたとしても、父母がそろって子を育てねばならぬという考えは持たない。関係が絶たれる暁にはどちらかが子を引き取る。それで済む話だ」
メリオンは窓の外の街並みを見下ろす。観光客を除けば、通りを歩く人波には2人組が多い。同世代の男女、男同士、女同士、大人と子ども、老人と若者。クリスの言う家族というイメージに合う『父母と子という塊』はメリオンの視界には見当たらない。ポトスの街に家族という塊が存在しないわけではない。結婚という法に縛られずとも長く寝食を共にし、複数人の子を儲ける者はいる。しかしそれはロシャ王国から移住した人間と、血縁関係を大事にする一部の魔族に限られる。性に寛容、血縁関係に頓着しない、奔放な性格の魔族が多い国家ゆえの特徴である。
「恋と繁殖が別物なら、子どもが欲しいときはどうするんですか?生物なんだし繁殖欲はありますよね」
クリスはケーキから零れ落ちた果実をフォークでつつく。真っ赤に熟れた苺の欠片を、惜しむように口に運ぶ。
「仲介屋を当たることが多い。ポトスの街にもいくつかある。子が欲しい者と、彼らに種もしくは腹を提供しても良いと考える者を引き合わせるんだ」
「ああ…仲介屋の存在は以前ゼータに聞きました」
「提供者の仲介業とは異なり、多少の金銭は動くようだがな。特に腹を提供する者は、仕事を休まねばならぬ時期もあるし、出産に危険も伴う」
「そこに愛はない?」
「ない。性交時以外の接触を禁止している仲介屋もあるくらいだ。愛を求めるなら恋人を作れば良い」
理解が及ばない話だ、とクリスは息を吐く。
「ポトスの街には仲介所が多いですね」
「魔族には物ぐさな奴が多いからな。目的を達成するために自分であれこれ調べるくらいなら、金を払って知識のある奴を頼った方が良いと考える。仲介所の仲介所なんてものもあるくらいだ。興味があれば足を運んでみろ」
「困ったときはそうします」
笑いながら、クリスはケーキの上の細切れ果実を次から次へと口に運ぶ。つられたメリオンも、白い皿にのった「悪魔の卵」を切り崩しにかかる。艶々とした黒い球体の中に隠れていた物は、甘みを抑えた珈琲味のスポンジ生地。甘味を好まないメリオンにも食べられる甘さだ。これは中々、悪くない。
「仲介所を利用する者が多いと言ったが、そうでない奴もいる。極力金をかけたくない者は、知り合いをあたるんだ。子が欲しいから協力してくれと頼む」
「…ええ?」
「おかしいか?お前もやったことだろうが。身近で後腐れのなさそうな知り合いに、子作りの相手役を頼む。お前の行いは、傍から見れば激しく責め立てられるようなものではないということだ。子が欲しくて知り合いを当たった、ただそれだけの有り触れた話。…ただし俺からすれば、お前の行いは悪魔の所業である」
散々な評価に、クリスは苦笑いである。いくら愛情があったのだとしても、許可を得ずにメリオンの身体を作り変えた事実は消えやしないのだ。罪悪感をごまかすように紅茶をすすり、クリスの問いかけは続く。
「夫婦が少ない理由はわかりましたけど、親子の繋がりは?親子だと思われるような関係性の者たちを、ポトスの街ではあまり見かけません」
「それは人間の目線で見るからだ。魔族は長命。成人するまでの身体の成長は人間と変わらんが、それ以降の老化は穏やかだ。友人同士のように見えても親子の場合はあるし、逆に老人と若者に見えても年齢にすれば同じ頃のころであるという可能性はある」
「ああ…そうか」
魔族は短くても数百年、長ければ数千年という時を生きる。レイバックもゼータも1200年を超える時を生きるが、その外見は20台前半というところ。四捨五入すれば2000歳に届くメリオンも、外見年齢20代後半というところだ。妖精族や精霊族の中には、妖精族長であるシルフィーのように、子どもの外見のまま成長を止める希少な種族も存在する。
クリスの視線は、店内のテーブル席に座る3組の客人を順に追う。先ほどまで恋人同士だと思っていた男女は、実は母と息子なのかもしれない。仲の良い友人同士だと思っていた女性2人は、実は祖母と孫という関係の可能性だってあるのだ。平均寿命が70年程度だと言われている人間のクリスにとっては、理解の及ばない関係性である。
「…だが親子の情も、人間に比べて薄いことは確かだ。十二種族長の中にも王宮内に子を持つ者は何人かいる。しかし住まいは違うし、話す姿を頻繁に見るわけでもない。一緒に出掛けるなどという話も聞かんな。過去にたまたま一緒に暮らした知り合い、という距離感ではないだろうか」
「そうですか…」
「親子と言っても血の繋がりがないこともざらにある。道端で拾った子を大事に育てる奴もいるし、逆に自分が生んだ子でも、一度手を離れた後は2度と会わないこともある。これは前に言ったな」
メリオンの言葉を受けて、クリスの視線はまた窓の外の街並みへと落ちる。通りに落ちる建物の影は、カフェに入った当初よりも大分長くなっている。語らううちに随分と時間が経ったようだ。1時間とせずに、空は燃えるような赤に染まるだろう。
「僕の知る家族という塊は、色んな思惑が混ざり合っていました。純粋な愛情だけではなく、世間体、将来への不安、育てた子への執着、期待、独占欲。だから息苦しかった。家族という塊が好きだったわけではない。どちらかというと嫌いでした。でもこの国での生活が長くなると、その煩わしい関係が全くないというのも寂しいんです」
クリスの独白を、メリオンは赤らんでいく空を眺めながら聞いた。「結婚などしなくて良い、子どももいらない」一度はそう口にしたクリスが、突然子どもを欲しがった理由はそれであったのだ。クリスに心情の変化に理解が及びながらも、しかし結局2人は魔族と人間。互いの全てを理解し、寄り添うことは容易ではない。
「俺からすれば、目に見えない血縁などというものに縛られることは滑稽だ。気が合えば知り合い同士でも頻繁に食事くらい行く。逆に十数年一緒に暮らしたとしても、気の合わん奴はいるだろう。繋がりたいなら血縁関係など関係なしに、好きな奴と繋がれば良い」
「…もっともです」
「俺の考えが全てだとは言わない。魔族の中でも血縁関係を大事にする種族はいる。しかしもしお前が、お前のイメージする『家族』というものを手に入れたいのならば、生涯の共には人間を選ぶことが賢明な判断だ」
メリオンの教えに、クリスは答えない。
手に紙袋を下げたクリスは、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く。時折歩みが止まるため、少し後ろを歩くメリオンはそのたびにクリスの背に衝突することとなる。
「おいクリス、急に立ち止まるんじゃない。散歩中の犬かお前は」
「すみません。あ、あそこの店です」
メリオンが文句などまるで気に留めないクリス。その指先は、通りの向こう側にある店を真っ直ぐに指している。真っ白な壁に水色の屋根、淡い桃色の看板。店から出てくる客人が、もれなく白い紙箱を下げているところを見るに菓子店だろうか。
「…土産菓子でも買うつもりか?」
「いえ。休憩がてらケーキでも食べていきましょう。この菓子店、2階がカフェスペースになっているんですよ」
「俺は甘い食い物は好かん」
「大丈夫、この菓子店は『甘さ控えめ』が売りですから。ケーキの種類も、珈琲、抹茶、キャラメルと大人向けの味が揃っています。メリオンさんが残した分は僕が食べますし、お代も僕が持ちますから。ね?」
そうとまで食い下がられてしまえば、メリオンに返す言葉はない。不満げに腕組みをしながらも、甘い香りの漂う菓子店に足を踏み入れることとなるのだ。
***
1階の菓子店部分でケーキと飲物の注文を済ませたクリスとメリオンは、2階へと続く階段を上がった。カフェスペースとはいっても、それほど広くはない空間だ。窓際には一列に並んだ4つのカウンター席と、その後ろにテーブル席が3つ、それだけの空間だ。カウンター席は空いているが、テーブル席は全て2人組の客で埋まっている。
2人がカウンター席に腰を下ろせば、間もなく店員が2人分のケーキと紅茶を運んでくる。カフェ部分の利用者が多くないだけに給仕も早い。クリスの前に置かれるケーキは、スポンジの上にクリームと果物がのっただけのありふれた物。そしてメリオンの前に置かれるケーキはといえば、艶々とした黒い球体状のケーキに、見慣れない赤色の果実が添えられている。商品名を「悪魔の卵」メリオンらしい選択である。
数口ケーキを口にした後、クリスはおもむろに口を開く。
「ポトスの街には、家族が少ないですよね」
クリスの視線は手元のケーキを超えて、窓の外の街並みへと向かう。カウンター席が大きな窓に面しているために、今2人の座る場所からは通りを歩く人の姿がよく見える。「悪魔の卵」をちまちまとつつきながら、メリオンは答える。
「家族か。よく聞く言葉ではあるが、正確な意味合いがわからん」
「血縁者の集まりというところでしょうか。僕の生まれ故郷であるロシャ王国では、家族と言えば『父母とそこから生まれた子ども』というイメージが一般的ですね。でも母子、父子、夫婦を指す場合もありますし、祖父母やそれ以外の人物が入ることもあります」
「曖昧だな」
「そうですね。人によって捉え方の異なる言葉だとは思います」
メリオンはフォークを手にしたまま、腕を組む。カウンターテーブルの下で脚を組んで、しばし物思いに耽る。
「…家族という言葉が『父母と子の塊』を指すならば、確かにポトスの街に家族は少ないだろうな」
「それは、結婚に関する法がないからですか?」
「それも理由の一つだ。法に縛られる男女がいないのだから、当然それを元に構成される家族というものは少なくなる」
「でも好き合って一緒に暮らす者はいますよね。子どもを持つためには、法に縛られずとも夫婦に近い形をとる必要があるのでは?」
「そういう者も一定数はいるが…魔族は恋と繁殖は別物として考える。人間のように、好き合った相手と子を作るという考えは魔族にはないんだ」
極力分かりやすい表現を選んだつもりではあるが、やはり魔族の価値観を人間に説明することは難しい。クリスは困ったような顔をして首を傾げる。
「えーと…?」
「好き合って共に暮らすも者は確かにいる。しかしそれは子を望んでのことではない。ただ好きだから一緒にいるだけだ。想いが途切れれば、法にも子にも縛られないのだから当然関係は断たれる。2人の間に子が生まれたとしても、父母がそろって子を育てねばならぬという考えは持たない。関係が絶たれる暁にはどちらかが子を引き取る。それで済む話だ」
メリオンは窓の外の街並みを見下ろす。観光客を除けば、通りを歩く人波には2人組が多い。同世代の男女、男同士、女同士、大人と子ども、老人と若者。クリスの言う家族というイメージに合う『父母と子という塊』はメリオンの視界には見当たらない。ポトスの街に家族という塊が存在しないわけではない。結婚という法に縛られずとも長く寝食を共にし、複数人の子を儲ける者はいる。しかしそれはロシャ王国から移住した人間と、血縁関係を大事にする一部の魔族に限られる。性に寛容、血縁関係に頓着しない、奔放な性格の魔族が多い国家ゆえの特徴である。
「恋と繁殖が別物なら、子どもが欲しいときはどうするんですか?生物なんだし繁殖欲はありますよね」
クリスはケーキから零れ落ちた果実をフォークでつつく。真っ赤に熟れた苺の欠片を、惜しむように口に運ぶ。
「仲介屋を当たることが多い。ポトスの街にもいくつかある。子が欲しい者と、彼らに種もしくは腹を提供しても良いと考える者を引き合わせるんだ」
「ああ…仲介屋の存在は以前ゼータに聞きました」
「提供者の仲介業とは異なり、多少の金銭は動くようだがな。特に腹を提供する者は、仕事を休まねばならぬ時期もあるし、出産に危険も伴う」
「そこに愛はない?」
「ない。性交時以外の接触を禁止している仲介屋もあるくらいだ。愛を求めるなら恋人を作れば良い」
理解が及ばない話だ、とクリスは息を吐く。
「ポトスの街には仲介所が多いですね」
「魔族には物ぐさな奴が多いからな。目的を達成するために自分であれこれ調べるくらいなら、金を払って知識のある奴を頼った方が良いと考える。仲介所の仲介所なんてものもあるくらいだ。興味があれば足を運んでみろ」
「困ったときはそうします」
笑いながら、クリスはケーキの上の細切れ果実を次から次へと口に運ぶ。つられたメリオンも、白い皿にのった「悪魔の卵」を切り崩しにかかる。艶々とした黒い球体の中に隠れていた物は、甘みを抑えた珈琲味のスポンジ生地。甘味を好まないメリオンにも食べられる甘さだ。これは中々、悪くない。
「仲介所を利用する者が多いと言ったが、そうでない奴もいる。極力金をかけたくない者は、知り合いをあたるんだ。子が欲しいから協力してくれと頼む」
「…ええ?」
「おかしいか?お前もやったことだろうが。身近で後腐れのなさそうな知り合いに、子作りの相手役を頼む。お前の行いは、傍から見れば激しく責め立てられるようなものではないということだ。子が欲しくて知り合いを当たった、ただそれだけの有り触れた話。…ただし俺からすれば、お前の行いは悪魔の所業である」
散々な評価に、クリスは苦笑いである。いくら愛情があったのだとしても、許可を得ずにメリオンの身体を作り変えた事実は消えやしないのだ。罪悪感をごまかすように紅茶をすすり、クリスの問いかけは続く。
「夫婦が少ない理由はわかりましたけど、親子の繋がりは?親子だと思われるような関係性の者たちを、ポトスの街ではあまり見かけません」
「それは人間の目線で見るからだ。魔族は長命。成人するまでの身体の成長は人間と変わらんが、それ以降の老化は穏やかだ。友人同士のように見えても親子の場合はあるし、逆に老人と若者に見えても年齢にすれば同じ頃のころであるという可能性はある」
「ああ…そうか」
魔族は短くても数百年、長ければ数千年という時を生きる。レイバックもゼータも1200年を超える時を生きるが、その外見は20台前半というところ。四捨五入すれば2000歳に届くメリオンも、外見年齢20代後半というところだ。妖精族や精霊族の中には、妖精族長であるシルフィーのように、子どもの外見のまま成長を止める希少な種族も存在する。
クリスの視線は、店内のテーブル席に座る3組の客人を順に追う。先ほどまで恋人同士だと思っていた男女は、実は母と息子なのかもしれない。仲の良い友人同士だと思っていた女性2人は、実は祖母と孫という関係の可能性だってあるのだ。平均寿命が70年程度だと言われている人間のクリスにとっては、理解の及ばない関係性である。
「…だが親子の情も、人間に比べて薄いことは確かだ。十二種族長の中にも王宮内に子を持つ者は何人かいる。しかし住まいは違うし、話す姿を頻繁に見るわけでもない。一緒に出掛けるなどという話も聞かんな。過去にたまたま一緒に暮らした知り合い、という距離感ではないだろうか」
「そうですか…」
「親子と言っても血の繋がりがないこともざらにある。道端で拾った子を大事に育てる奴もいるし、逆に自分が生んだ子でも、一度手を離れた後は2度と会わないこともある。これは前に言ったな」
メリオンの言葉を受けて、クリスの視線はまた窓の外の街並みへと落ちる。通りに落ちる建物の影は、カフェに入った当初よりも大分長くなっている。語らううちに随分と時間が経ったようだ。1時間とせずに、空は燃えるような赤に染まるだろう。
「僕の知る家族という塊は、色んな思惑が混ざり合っていました。純粋な愛情だけではなく、世間体、将来への不安、育てた子への執着、期待、独占欲。だから息苦しかった。家族という塊が好きだったわけではない。どちらかというと嫌いでした。でもこの国での生活が長くなると、その煩わしい関係が全くないというのも寂しいんです」
クリスの独白を、メリオンは赤らんでいく空を眺めながら聞いた。「結婚などしなくて良い、子どももいらない」一度はそう口にしたクリスが、突然子どもを欲しがった理由はそれであったのだ。クリスに心情の変化に理解が及びながらも、しかし結局2人は魔族と人間。互いの全てを理解し、寄り添うことは容易ではない。
「俺からすれば、目に見えない血縁などというものに縛られることは滑稽だ。気が合えば知り合い同士でも頻繁に食事くらい行く。逆に十数年一緒に暮らしたとしても、気の合わん奴はいるだろう。繋がりたいなら血縁関係など関係なしに、好きな奴と繋がれば良い」
「…もっともです」
「俺の考えが全てだとは言わない。魔族の中でも血縁関係を大事にする種族はいる。しかしもしお前が、お前のイメージする『家族』というものを手に入れたいのならば、生涯の共には人間を選ぶことが賢明な判断だ」
メリオンの教えに、クリスは答えない。
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