【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

デート?

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 男はポトスの街にある運河のほとりで人を待っていた。特に珍しい用事ではない、月に2,3度はある親しい友人との待ち合わせだ。運河のほとりを待ち合わせ場所にするのは毎回恒例の事で、時間に厳格な男は、いつも集合時間の15分前にはこの場所に着く。そして運河に沿うようにしておかれた木製のベンチに座り、人が行き交う運河の周りを眺めることも恒例だ。
 いつもと同じ運河のほとり。しかし今日はいつもと少し違うことが起きた。男がベンチに腰かけてから少し経った頃のことである。男の座る3人掛けのベンチの一席に、一人の女性が座ったのだ。人通りの多い運河のほとりのベンチで、他人と同席することはさして珍しい出来事ではない。特に深い意味もなく横目で同席者の姿を盗み見た男は、はっと息を呑むこととなる。

 初めに目に入ったものは長い脚だ。真っ黒なズボンに包まれたたおやかな脚が、悠然と組まれている。男がそろそろと視線を上げると、引き締まった美尻と腰回りが目に入る。さらに視線を上げればそこにあるのはたわわに実った果実だ。身体に張り付く紅いニットの内側に、2つの果実が豊かに実っている。
 顔が見たい。男はさらに視線を上げる。なだらかな鎖骨、細い顎と首、女性にしては短い黒髪。男から見える女性の横顔は、飾り気こそないものの驚くほどに整っている。
 食い入るような男の眼差しに気が付いたのだろう。女性の瞳がふいに男を見た。視線が絡み合う。色素の薄い瞳に見つめられて、男の心臓はどきりと高鳴る。人の顔を見つめることが失礼だとは知りながら、女性の瞳から視線を外すことができない。女性の唇が弧を描く。薄い唇の間から尖った犬歯が覗く。誘うような妖艶な笑みに男が生唾を飲み込んだ、その時であった。

「メリオンさん、遅れてすみません」

 ベンチの前方から男性の声。男ははっと女性から視線を逸らし、その声のした方を見た。視線の先にいた者は、これまた驚くほどの色男である。陽の光に煌めく金の髪、端正な顔に浮かぶ柔らかな笑み、背は高く手足のバランスも良い。シンプルな衣服が嫌みなほどに洒落て見える。思わず見惚れる男の耳に、凛とよく通る女性の声。

「クリス。お前が誘い出したのだから、先に来て待つのが礼儀だろうが」
「一緒に来ようと思って部屋に迎えに行っていたんですよ」
「集合場所はここだと言っただろう」
「いやまぁ…そうなんですけど。同じ場所から同じ場所に行くなら、一緒に移動すると思いません?」
「知るか。要望は的確に伝えろ」

 女性は立ち上がり、運河のほとりをすたすたと歩み去る。金髪の男は慌てて女性の背中を追う。
 寄り添うようにして去ってゆく2つの後ろ姿を眺めながら、男は溜息を吐いた。「部屋に迎えに行った」と金髪の男は言った。つまり彼らは寝食を共にする恋人同士か、それ以上の関係だということだ。女性に笑顔を向けられたときにはわずかに甘い希望を抱いたものの、あの色男が相手では勝ち目などない。それでも、例え一瞬だけでも良い夢を見ることができた。それで良しとしよう。男はベンチに背中を預け、友人の到着を待つ。

***

 運河のほとりで合流したメリオンとクリスは、ポトスの街中を並んで歩く。のんびりと、他愛のない雑談を交わしながら。

「メリオンさん。さっきの男性、どうするつもりだったんですか?」
「ん?」
「ベンチで隣に座っていた人ですよ。笑いかけていたじゃないですか」
「別にどうも。見られていたから微笑み返しただけだ」
「いやメリオンさん、完全に『喰ってやる』って顔をしていましたよ」
「人を色欲魔みたいに言うな。失礼な奴だな」
「間違ってはいないです」

 クリスがメリオンに外出の誘いをかけたのは、今日から3日前の出来事。「書き込みを行うための自前の魔法書が欲しいんです。購入にあたり助言をしてくれませんか?」雑談の最中の誘いに、メリオンは二つ返事で「了」と返した。過去の愚行は水に流してやる、そう言ったのは他でもないメリオンだ。書物の購入に当たり助言をくれ、と言われてしまえば断る理由はない。うして約束の今日、2人は軽口を叩きあいながらポトスの街を歩いている。

 10分ほどを歩き、辿り着いた場所は小さな書店である。ポトスの街中からは少し外れた場所、閑静な住宅地にぽつりと佇む。店先には古びた木箱が無秩序に置かれ、中には同じく古びた書物がぎっしりと詰め込まれていた。

「僕、店内を見てきますね」
「購入する魔法書にあたりはつけているのか」
「大体は。でも新書があるかもしれないので一通りは見てきます」
「俺は外にいる。迷ったら呼べ」

 そう言うと、メリオンは地置きの木箱の脇にしゃがみこむ。木箱から適当に書物を引っ張り出し、表紙をめくる。最初に手にとった書物は御伽話であった。数百年も前に書かれ、いまだに人々に読まれ続けているありふれた恋物語。興味がない、メリオンは本を閉じる。
 次に手に取った書物は大判で、表紙に酒瓶の絵画が描かれている。絵画の上に並ぶ文字はこうだ。
 ―ポトスの街の酒蔵名鑑

 タイトルに興味を引かれたメリオンは、しゃがみ込んだままその書物を開く。ポトスの街に点在する酒蔵の地図、それらの酒蔵の特色、そこで作られている酒の銘柄、などの情報が事細かに書かれていた。中々読み応えのありそうな書物だ。購入するか、否か。迷うメリオンがしつこく酒蔵の書をめくっていると、書店の中からクリスが顔を出した。

「メリオンさん。良さそうな魔法書を何冊か選んだので、意見をください」
「ん、ああ」

 メリオンは書物を閉じ、小脇に抱えると、書店の中へと立ち入った。クリスに続き店の奥側へと歩み入れば、勘定台の上には4冊の魔法書が並べられている。勘定台の向こう側には店員と思しき初老の女性。クリスは店員と話をしながら候補の書物を選び出したようだ。

「1冊に決めたいんですけれど、どれがいいと思いますか?」

 クリスの問いに、メリオンは並べられた書物を端から順にめくる。

「詳細に書かれている物がいいのか」
「いえ、広く浅くの方が望ましいですね。できるだけ簡潔にまとまっているものが良いです」

 一通りすべての書物に目を通したメリオンは、そのうちの1冊書物をクリスの手に押し付けた。青い表紙の、比較的ページ数の少ない書物である。

「魔法初心者にはこの程度で十分だろう。その中でさらに掘り下げたい内容があれば、その都度専門書を買うといい。ゼータに尋ねる、という方法もあるがな。数時間は潰す羽目になるだろうから、あまりお勧めはしない」

 彼の王妃の魔法好きは、王宮内では有名なこと。会話の中でうっかり「魔法」と口に出そうものなら、その後怒涛の魔法語りを披露されることは目に見えているのだ。しかし救いようのない魔法オタクのゼータが、魔法の教え手として優れていることもまた事実。質問事項が溜まったら、1日を潰す覚悟で教えを乞うてみるのも悪い案ではない。
クリスの視線が、はたとメリオンの脇に挟まれた酒蔵の書に止まる。

「メリオンさん。その本、買います?」
「…そうだな、せっかくだし買うか」
「なら一緒に払います」
「結構だ。借りは作らん」
「選書のお礼ですよ。すみません、この2冊お勘定お願いします」

 そう先手を打たれてしまえば、最早メリオンに返す言葉はない。店員相手に、しぶしぶ酒蔵の書を手渡すことになるのである。

 住宅街の書店を出た2人は、クリスの先導で別の書店へと向かう。そこはポトスの街の中心部にある、書物の他に細々とした文具を揃えた大きな書店だ。メリオンも過去に何度か訪れた経験がある。
そこでもクリスはメリオンの助言をもとに1冊の魔法書を選書した。住宅街の書店で買った書物は古書だが、その魔法書は新書である。新書は発行部数が少ないゆえに、ポトスの街の書店でもなかなかお目当ての書にたどり着くことはできない。思いがけない収穫にクリスはご満悦である。
勘定台へと向かう途中、クリスは文具の並ぶ棚の前で足を止めた。2本の万年筆を手に取り、メリオンの顔の前にかざす。

「どっちがいいと思いますか?」

 目の前に掲げられた赤色と緑色の万年筆。メリオンは少し考え込んだ後、黙って緑の万年筆を指さした。クリスはしばらく悩んだ後、2本の万年筆を魔法書の上にのせ、勘定台へと向かう。両方とも買うなら初めから聞くんじゃない。メリオンは心の中で文句を吐き連ねつつ、人混みに紛れてゆくクリスの背を見送った。
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