290 / 318
はないちもんめ
熱く、そして不可解な
しおりを挟む
時計の針は午前0時を目前にし、メリオンは寝室で寝支度を終えたところであった。あくびをしながらベッドにのる。布団に潜り込み、部屋の灯りを落とそうと枕元のスイッチに手を伸ばしたところで、寝室の扉が開く音が耳に届いた。
メリオンは布団に潜り込んだまま音がした方を見やる。そこに立つ人の姿を確認せずとも、こんな時間に寝室に入り込もうとする人物は1人しかいない。
「…クリス、何の用だ」
寝室の扉前に立っていた者は、真っ赤な顔をしたクリス。ふらふらと足元が覚束ないところを見るに、かなりの量の酒が入っているようだ。
「…ゼータと一緒に飲んでいたんです」
「ほぉ。酒の勢いに任せて夜這いに来たのか?」
「いえ、夜這いではないんですけれど…どうしても今日の内に、メリオンさんに伝えたいことがあって」
舌足らずにそう言うと、クリスはメリオンの寝るベッドへと歩み寄った。靴を脱ぎ捨て、何のためらいもなくベッドに上る。ぎしり、とベッドが軋む。
「おい、勝手に人のベッドにのるんじゃない。座りたいのなら床に座れ」
「できるだけ近くで話したいんです。お時間は取らせませんから、少しだけ僕の話を聞いてください」
クリスの声は震えている。赤みの射した顔は、今にも泣きだしそうな情けなさ。メリオンは少し考えた挙句、ベッドの上にもそもそと身を起こす。やる気なく両膝を抱え、顎をしゃくる。とっとと話せ。メリオンの目の前で正座をしたクリスは、静かな声で語り出す。
「僕、好きな人がいるんです。さっきゼータと話していて、そのことに気が付きました」
「ん、何だその手の話か。ゼータへの想いでも再燃したか?」
「ゼータへの想いは吹っ切れています。今日話していても何も感じなかったし。今好きなのは違う人」
そこまで言うと、クリスは俯き黙り込んだ。メリオンは膝を抱えたまま続くクリスの言葉を待つが、真っ赤な顔をしたクリスはいつまで経っても口を開かない。
まどろっこしい、とメリオンは溜息を吐く。この先クリスの話がどのような方向に進んでいくのかは、大方想像がつく。恐らくクリスはメリオンに謝罪をしたいのだ。想いを寄せる相手がいながら自身の気持ちに気付かず、メリオンに子を産ませようと企てたことへの謝罪。強引な手段で身体を暴き、子を産んでくれと懇願した挙句、その言葉を身勝手に撤回することへの謝罪だ。
しかし謝罪ならすでに受けている。添い寝を許したあの夜に。再び魔法の施術を受ければ元の姿に戻ることは可能なのだから、最早クリスを責める理由はメリオンにはない。
「俺のことは気にするな。謝罪は受け取った。お前が前に進むというのなら、過去の過ちは水に流してやる」
「…え?」
一瞬、クリスの表情がぱっと明るくなる。
「施術対価の支払いの件も、多少の肩代わりはしてやる。どこぞの想い人と番うつもりがあるのなら、結婚祝いにでもくれてやろうじゃないか。」
メリオンがそう言い切った瞬間、明るみかけていたクリスの表情は悲哀へと沈む。違う、そういうことじゃないんです。とでも言うように。
またいくらか沈黙が続く。次にクリスが口を開いたとき、その表情はメリオンの知らない不可解な情に満ちていた。
「メリオンさん。あなたが好き」
そうして伝えられる言葉はやはり不可解。クリスの手のひらがメリオンの手のひらを握り込む。火の玉のように熱い手のひらだ。熱く、そして震えている。メリオンはその手のひらを振り払うことができず、目の前にあるクリスの顔をただしげしげと見つめる。不可解な情を湛えた男の顔を。
「色々と無茶をした挙句、順番が滅茶苦茶で大変申し訳ないです…」
情けなさ満載のしょぼくれた謝罪に、メリオンははっと我に返った。クリスの手のひらを力任せに振り払い、座る姿勢を胡坐に変え、顎を上げて一言。
「2点だ」
「…にてん?」
「目的と要望が不明瞭。酒に酔っている。あと顔が情けない」
「あ、点数ですか。待って待って。2点って10点満点?100点満点?」
「さぁな。どちらにせよひどい告白だ。聞かなかった事にしてやるから後日やり直せ」
「やり直しって…ちょっと。メリオンさん!」
その後もしつこく会話を続けようとするクリスを、メリオンは寝室から追い出した。部屋の灯りを落とし、さっさと布団に潜り込む。温かな毛布の中で身体を丸め、目を閉じる。
先ほど告げられたばかりの不可解な言葉が頭の中を巡る。
悪意に返す言葉は持てど、真摯な愛の告白に返す言葉など知らない。
メリオンは布団に潜り込んだまま音がした方を見やる。そこに立つ人の姿を確認せずとも、こんな時間に寝室に入り込もうとする人物は1人しかいない。
「…クリス、何の用だ」
寝室の扉前に立っていた者は、真っ赤な顔をしたクリス。ふらふらと足元が覚束ないところを見るに、かなりの量の酒が入っているようだ。
「…ゼータと一緒に飲んでいたんです」
「ほぉ。酒の勢いに任せて夜這いに来たのか?」
「いえ、夜這いではないんですけれど…どうしても今日の内に、メリオンさんに伝えたいことがあって」
舌足らずにそう言うと、クリスはメリオンの寝るベッドへと歩み寄った。靴を脱ぎ捨て、何のためらいもなくベッドに上る。ぎしり、とベッドが軋む。
「おい、勝手に人のベッドにのるんじゃない。座りたいのなら床に座れ」
「できるだけ近くで話したいんです。お時間は取らせませんから、少しだけ僕の話を聞いてください」
クリスの声は震えている。赤みの射した顔は、今にも泣きだしそうな情けなさ。メリオンは少し考えた挙句、ベッドの上にもそもそと身を起こす。やる気なく両膝を抱え、顎をしゃくる。とっとと話せ。メリオンの目の前で正座をしたクリスは、静かな声で語り出す。
「僕、好きな人がいるんです。さっきゼータと話していて、そのことに気が付きました」
「ん、何だその手の話か。ゼータへの想いでも再燃したか?」
「ゼータへの想いは吹っ切れています。今日話していても何も感じなかったし。今好きなのは違う人」
そこまで言うと、クリスは俯き黙り込んだ。メリオンは膝を抱えたまま続くクリスの言葉を待つが、真っ赤な顔をしたクリスはいつまで経っても口を開かない。
まどろっこしい、とメリオンは溜息を吐く。この先クリスの話がどのような方向に進んでいくのかは、大方想像がつく。恐らくクリスはメリオンに謝罪をしたいのだ。想いを寄せる相手がいながら自身の気持ちに気付かず、メリオンに子を産ませようと企てたことへの謝罪。強引な手段で身体を暴き、子を産んでくれと懇願した挙句、その言葉を身勝手に撤回することへの謝罪だ。
しかし謝罪ならすでに受けている。添い寝を許したあの夜に。再び魔法の施術を受ければ元の姿に戻ることは可能なのだから、最早クリスを責める理由はメリオンにはない。
「俺のことは気にするな。謝罪は受け取った。お前が前に進むというのなら、過去の過ちは水に流してやる」
「…え?」
一瞬、クリスの表情がぱっと明るくなる。
「施術対価の支払いの件も、多少の肩代わりはしてやる。どこぞの想い人と番うつもりがあるのなら、結婚祝いにでもくれてやろうじゃないか。」
メリオンがそう言い切った瞬間、明るみかけていたクリスの表情は悲哀へと沈む。違う、そういうことじゃないんです。とでも言うように。
またいくらか沈黙が続く。次にクリスが口を開いたとき、その表情はメリオンの知らない不可解な情に満ちていた。
「メリオンさん。あなたが好き」
そうして伝えられる言葉はやはり不可解。クリスの手のひらがメリオンの手のひらを握り込む。火の玉のように熱い手のひらだ。熱く、そして震えている。メリオンはその手のひらを振り払うことができず、目の前にあるクリスの顔をただしげしげと見つめる。不可解な情を湛えた男の顔を。
「色々と無茶をした挙句、順番が滅茶苦茶で大変申し訳ないです…」
情けなさ満載のしょぼくれた謝罪に、メリオンははっと我に返った。クリスの手のひらを力任せに振り払い、座る姿勢を胡坐に変え、顎を上げて一言。
「2点だ」
「…にてん?」
「目的と要望が不明瞭。酒に酔っている。あと顔が情けない」
「あ、点数ですか。待って待って。2点って10点満点?100点満点?」
「さぁな。どちらにせよひどい告白だ。聞かなかった事にしてやるから後日やり直せ」
「やり直しって…ちょっと。メリオンさん!」
その後もしつこく会話を続けようとするクリスを、メリオンは寝室から追い出した。部屋の灯りを落とし、さっさと布団に潜り込む。温かな毛布の中で身体を丸め、目を閉じる。
先ほど告げられたばかりの不可解な言葉が頭の中を巡る。
悪意に返す言葉は持てど、真摯な愛の告白に返す言葉など知らない。
10
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる