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はないちもんめ
復活宣言
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メリオンが女性の姿となってから3週間が経った日の夜のこと。クリスは今日も今日とてメリオンの寝室へと向かっていた。
心からの謝罪を受け入れられたのが今日から2週間前。それ以来、クリスは毎晩のようにメリオンの野営の伴をしている。ひとつ毛布にくるまって、寒空の下で夜を明かすのだ。多少寝不足になることは免れないが、償いのためと思えば苦ではない。現にクリスが添い寝を始めて以降、メリオンの体調は劇的な回復を見せている。
ノックもなくメリオンの私室へと立ち入ったクリスは、人気のない居室を通り過ぎ、寝室へと続く扉を開けた。瞬間、左肩に強い衝撃。
「痛っ!」
突然の衝撃にクリスは悲鳴を上げた。一体何事と寝室内を見回せば、ベッド上のメリオンが不敵な笑みを浮かべている。右手が宙に掲げられたままだから、クリスに向けて魔法を放ったことは火を見るよりも明らかである。
「お勤めご苦労。身を守るに足る魔力は戻った。出ていけ」
メリオンは高らかと言い放つ。クリスは不満げに口を引き結び、魔法で打たれた左肩を労しげに摩る。
腹や顔面を狙わない辺りに気づかいを感じるが、前置きもなく突然魔法を放つのだから根底にあるものは純然たる悪意であろう。強引な施術に対する今更ながらの仕返し、と言い換えても良い。
はっきりと「出ていけ」と言われたにも関わらず、クリスは平然と寝室の中に歩み入った。不適に笑うメリオンの横に腰を下ろす。
「それはつまり、子作りを開始しても良いという意味ですか?」
「お前の耳はただの穴か?出ていけと言っただろうが」
取り付く島もない。クリスは頬を膨らませるが、やがて思い出しようにまた口を開く。
「メリオンさん、3週間前に馬車の中で話したことを覚えていますか?ほら、老師に払う対価の件です。金銭以外の件で折り合いがついていると言ったでしょう」
「ん…?ああ、そんなことを言っていたな」
「実はですね。生まれた子どもの命名権を、対価として老師に譲渡しているんですよ」
クリスがそう言った瞬間のメリオンの顔と言えば。いかんとも形容しがたい。まるで大量のシソの葉を口に詰め込まれたかのようだ。
「何の冗談だ」
「冗談ではないですよ。メリオンさんが僕の子どもを産んでくれないと、莫大な支払いが発生するんです」
「俺の知ったことか。一生かけて支払え」
「でも保証人になってもらっていますよね?僕が支払えない分の代金は、メリオンさんに払ってもらうことになりますけど」
「お前…俺に迷惑は掛けんと言っただろうが…」
「子作りに協力してもらえれば、対価の支払いにおいて迷惑は掛けませんので」
クリスがきっぱりと言い放てば、メリオンの口からは諦めに満ちた溜息が漏れた。ウジ虫を見るような目つきでクリスを見る。
「何度でも言うが、俺はお前と子をこさえるつもりはない」
「ええー…」
「だからといって避けるのも癪だ。以前と同様部屋には行ってやる。口説くなり貢ぐなり好きにしろ。せいぜいお得意な嘘八百を並べ立てて、俺の機嫌を取ることだな。万が一にでも絆されることがあれば、子の件は考えてやろう」
くつくつと低い笑い声を零し、メリオンは布団の中へと潜り込んだ。とっとと出ていけ、と眠たげな声。
このまま子づくりに縺れ込みたい気持ちは勿論ある。しかし魔力の戻ったメリオンにとればクリスなど子ネズミ同然であるし、何よりも久方振りの安眠するのは無粋だ。メリオンがこうして暖かな部屋の中で眠ろうとするのは、実に3週間ぶりのことなのだから。
メリオンが元の調子に戻ったことは嬉しい。けれどももう添い寝ができないというのは、何とも残念である。
心からの謝罪を受け入れられたのが今日から2週間前。それ以来、クリスは毎晩のようにメリオンの野営の伴をしている。ひとつ毛布にくるまって、寒空の下で夜を明かすのだ。多少寝不足になることは免れないが、償いのためと思えば苦ではない。現にクリスが添い寝を始めて以降、メリオンの体調は劇的な回復を見せている。
ノックもなくメリオンの私室へと立ち入ったクリスは、人気のない居室を通り過ぎ、寝室へと続く扉を開けた。瞬間、左肩に強い衝撃。
「痛っ!」
突然の衝撃にクリスは悲鳴を上げた。一体何事と寝室内を見回せば、ベッド上のメリオンが不敵な笑みを浮かべている。右手が宙に掲げられたままだから、クリスに向けて魔法を放ったことは火を見るよりも明らかである。
「お勤めご苦労。身を守るに足る魔力は戻った。出ていけ」
メリオンは高らかと言い放つ。クリスは不満げに口を引き結び、魔法で打たれた左肩を労しげに摩る。
腹や顔面を狙わない辺りに気づかいを感じるが、前置きもなく突然魔法を放つのだから根底にあるものは純然たる悪意であろう。強引な施術に対する今更ながらの仕返し、と言い換えても良い。
はっきりと「出ていけ」と言われたにも関わらず、クリスは平然と寝室の中に歩み入った。不適に笑うメリオンの横に腰を下ろす。
「それはつまり、子作りを開始しても良いという意味ですか?」
「お前の耳はただの穴か?出ていけと言っただろうが」
取り付く島もない。クリスは頬を膨らませるが、やがて思い出しようにまた口を開く。
「メリオンさん、3週間前に馬車の中で話したことを覚えていますか?ほら、老師に払う対価の件です。金銭以外の件で折り合いがついていると言ったでしょう」
「ん…?ああ、そんなことを言っていたな」
「実はですね。生まれた子どもの命名権を、対価として老師に譲渡しているんですよ」
クリスがそう言った瞬間のメリオンの顔と言えば。いかんとも形容しがたい。まるで大量のシソの葉を口に詰め込まれたかのようだ。
「何の冗談だ」
「冗談ではないですよ。メリオンさんが僕の子どもを産んでくれないと、莫大な支払いが発生するんです」
「俺の知ったことか。一生かけて支払え」
「でも保証人になってもらっていますよね?僕が支払えない分の代金は、メリオンさんに払ってもらうことになりますけど」
「お前…俺に迷惑は掛けんと言っただろうが…」
「子作りに協力してもらえれば、対価の支払いにおいて迷惑は掛けませんので」
クリスがきっぱりと言い放てば、メリオンの口からは諦めに満ちた溜息が漏れた。ウジ虫を見るような目つきでクリスを見る。
「何度でも言うが、俺はお前と子をこさえるつもりはない」
「ええー…」
「だからといって避けるのも癪だ。以前と同様部屋には行ってやる。口説くなり貢ぐなり好きにしろ。せいぜいお得意な嘘八百を並べ立てて、俺の機嫌を取ることだな。万が一にでも絆されることがあれば、子の件は考えてやろう」
くつくつと低い笑い声を零し、メリオンは布団の中へと潜り込んだ。とっとと出ていけ、と眠たげな声。
このまま子づくりに縺れ込みたい気持ちは勿論ある。しかし魔力の戻ったメリオンにとればクリスなど子ネズミ同然であるし、何よりも久方振りの安眠するのは無粋だ。メリオンがこうして暖かな部屋の中で眠ろうとするのは、実に3週間ぶりのことなのだから。
メリオンが元の調子に戻ったことは嬉しい。けれどももう添い寝ができないというのは、何とも残念である。
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