【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

剣を抱く

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 息を切らしたクリスが辿り着いた先は、先ほど窓から見下ろしていた場所。冷たい夜風が吹き抜ける林地だ。適度に間引かれた木々の間に、王宮の窓明かりがぽつりぽつりと落ちている。クリスは弾んだ息を整え、極力足音を立てぬようにしながら、どこかに落ちているはずの毛布を探す。暗闇で目立つ色合いの毛布はすぐに見つかり、クリスは忍び足でその毛布へと歩み寄る。
 木の根元で丸くなった毛布には、やはり物が包まれていた。小さな物ではない、かなり大きな物だ。ともすれば人ほどの。毛布まであと数mというところまで歩み寄ったとき。クリスの目に飛び込んできたものは、その毛布の端からはみ出す足だ。靴を履いた女性の足が、丸まった毛布の端からはみ出している。

「メリオンさん…?」

 クリスの呼びかけに、毛布のかたまりはもぞりと動いた。薄い毛布に身を包んだまま、太い樹木の根元に座り込んだ者は、やはりクリスの探し人であるメリオンその人。眠気のためか、やや舌足らずにこう吐き捨てる。

「…こんなところまで夜這いか?」

 冷たい声色に、クリスはすぐに言葉を返すことができない。まさか足を滑らせて窓から落ちたんですか? そんな軽口を叩けるはずもない。「夜這い」と言うことは、メリオンはここで身体を休めていたのだ。
 徐々に暗闇に慣れるクリスの目には、地面に座り込むメリオンの姿がよく見えるようになる。いつも綺麗に整えられている黒髪は乱れ、眠気のためか顔は虚ろだ。風のある今日夜温は低い。薄い毛布に全身をくるんではいるものの、身体を小さく縮める様はとても寒そうだ。

「メリオンさん、ここ――」
「それ以上近づくな」

 寒くはないですか。そんな当たり障りのない会話を盾に、木の根元へと歩み寄ろうとしたクリスの足は、鋭い輝きに止められた。メリオンの右手が剣を掲げたのだ。てらてらと光る切っ先は、真っ直ぐクリスの顔面に向けられている。抜き身の剣を抱いて寝ていたというのか。この寒空の下で。
 クリスはへなへなとその場に座り込んだ。同時にメリオンは剣を下ろす。座った人間にならば、すぐに距離を詰められることがないと考えたのだろう。毛布の中に抜き身の剣を抱き込んで、暖を取るように身を縮める。

「あの、何で外にいるんですか。こんな夜更けに…」
「…暖かいと眠くなるだろうが」
「ね、眠くなっちゃ駄目なんですか…?」

 間の抜けた質問だとは知りながらも、クリスはそう問わずにはいられない。何かを話していないと、罪悪感に押し潰されてしまいそうだから。昼間耳にしたザトの言葉が、脳裏に鮮やかに蘇る。
―今まで兎の群れの中で頭を撫でていた者が、突然視界を奪われワニの巣に投げ込まれる。その気持ちがわかるか?

 クリスの質問にメリオンは答えなかった。抜き身の剣を抱き込んだまま、静かな呼吸を繰り返している。こうして周囲に気を張り詰めながら、身体だけでも休めようとしているのだ。平穏な国の安全な王宮の中にいながら、人の悪意に怯える夜を過ごしている。

「ごめんなさい」

 謝罪の言葉が自然と口を衝いて出た。「死んで詫びろ」と罵倒を受けることは覚悟していた。しかし真摯な謝罪に返されたのは、思いがけず穏やかな言葉である。

「バルトリア王国に住んでいた頃は、よくこうして夜を越したものだ。2週間程度不眠でも死にはしない。お前は部屋に帰って寝ろ」

 しっしと追い払うような仕草を受けて、クリスは王宮の窓灯りを仰ぎ見た。部屋に戻れば温かな布団で眠ることができる。冷たい風に吹かれることはなく、夜露に濡れることもない。しかし1人土の地面に身体を横たえる人の存在を知ったあとで、どうしてそんな無責任なことができようか。幾度となく身体を重ねた人が、罵倒の言葉を吐き出せないほど疲弊しているというのに。クリスは恐る恐る口を開く。

「あの…メリオンさん。僕、ここで一緒に寝ても良いですか?」
「帰れと言っただろうが。いつ発情するかわからん魔獣の横でなど寝られるか」
「発情はするかもしれないですけど、危害は加えませんから。子ども欲しいし」

 クリスが当たり前のようにそう言い放てば、メリオンはぐ、と言葉に詰まる。

「…腹立たしいが無駄に説得力がある」

 そう言って微かに口の端を上げる。およそ2週間ぶりに見る穏やかな顔だ。

***

「こっちを向くなよ。お前は壁だ。俺の背を守る以外に動くことは許さん」
「はい」

 無事に添い寝の許可を得たクリスは、メリオンとともに薄い毛布にくるまった。2人で木の根元に身を横たえ、暖をとるように背中を寄せ合う。これが起立の姿勢ならば、戦友同士が背中を守り合う感動的な一場面であろう。
 背中が温かい。罪悪感に押し潰されていた心は随分と軽くなり、空っぽの胸の中には暖かな気持ちが流れ込んでくる。しばらく背中から伝わる温もりを享受していたクリスは、あるときくるりと身体の向きを変える。メリオンの背中を腕の中に抱き込む。

「メリオンさん。駄目です。尋常じゃないくらい寒い」
「おい、こっちを向くなと言っただろうが」
「いや、本当に寒いんですって。お腹が冷えて寝られない。このまま抱き締めていても良いですか?」
「調子付くのが異様に早いな、お前は!?」

 背後から絡みつく腕を外そうと、メリオンは抵抗を試みる。しかし蔓のようにしっかりと絡みついた両腕を外すことは叶わずに、結局先に折れる者もまたメリオン。殺意がないなら好きにすればいい。鞘に納めた剣を抱き締めながら、息を吐く。

 背中を守られた安心感に、メリオンはやがてうとうとと目を閉じた。温かさを抱き込んだクリスも、つられるようにして眠りに落ちる。
 そうしてそのまま、朝を迎えた。
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