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はないちもんめ
曇天模様-1
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その日は早朝から曇天であった。薄灰色の雲が空一面を覆い、雨こそ降らないものの空気はひんやりと冷たい。久方ぶりに寝所以外で女性の姿となるゼータは、カミラおすすめの深緑色のワンピースをまとって王宮を出た。髪は梳かしただけで肩に下ろし、化粧も薄くしかしていない。慎ましやかな格好だ。
ゼータが集合場所に到着すると、すでにメリオンとザトは到着していた。本日の集合場所は、ポトスの街中にある運河のほとり。先に到着した2人は、運河沿いに置かれた木製のベンチに腰かけて話し込んでいる。ゼータは2人の座るベンチに歩み寄ると、「おはようございます」と挨拶をする。
「雨が降らなくて良かったですね。2人は一緒に来たんですか?」
「いや、別々だ。俺もさっき着いたところだ」
ゼータの問いには、ザトが応える。王宮では常に十二種族長の礼服を身にまとっているザトであるが、今日は真っ白なシャツに黒いズボンというシンプルな格好だ。
一言二言と言葉を交わすゼータとザトの隣で、メリオンはさっと席を立つ。同行者であるはずの2人は目もくれず、運河の向こう側へと歩いていく。どうやら厚雲のかかる空模様と同じく、メリオンの機嫌も曇天模様のよう。一体メリオンの行き会った不慮の事故とは何だったのだろう。ゼータは首を傾げながら、遠ざかっていくメリオンの背中を追った。
3人が初めに訪れた場所は、ポトスの街のメイン通りにある小さな洋服店であった。通りに面した陳列窓は色鮮やかだ。赤、青、黒、桃色、まるで宝石箱を覗き込んだような印象を与える陳列窓。並ぶ衣類は全て女物の下着だ。ここはゼータが頻繁に利用する女性の下着専門店である。豊富なデザインとサイズが揃えられているために、凶器と呼ぶべき胸元を持つメリオンに合うものもあるだろうと、ゼータが皆を先導したのだ。しかし店の外見を見た瞬間にザトは顔を引きつらせ、「俺は外で待つ」と言い残し、通りの向こうへと消えていった。
ザトが離脱し2人組となったゼータとメリオンは、連れ立って店の中へと入った。陳列窓の内側と同じく、店の内部も宝石箱のように鮮やかである。サイズもデザインも異なる華やかな下着で埋め尽くされた店内。その最奥部には、背中に三つ編みを足らした若い女性店員が座り込んでいた。さして広くはない店の隅に、小さな椅子を置いて置物のように佇んでいる。ポトスの街の服飾店の店員には話し好きが多い。店に入るとすぐに店員がやってきて、声を掛けられることが常なのだ。しかし件の三つ編み店員はゼータとメリオンを一瞥しただけで、一向に椅子を立つ気配はない。これこそが、ゼータがこの店を頻繁に利用する理由である。あれこれと衣服を勧められるよりも、自分で吟味したものを購入したいのだ。
初めて入る女性下着専門店であるはずにも関わらず、メリオンは全くと言って良いほど動揺した様子を見せない。それどころか一切の躊躇いもなく、商品の一つを手に取る。
「おい。何を基準に購入品を決めれば良い」
「え?デザインと…サイズじゃないですか」
「そのくらいのことは知っている。値札のどこを見ればサイズが分かるのだと聞いている」
「え、えー…多分ここだと思うんですけれど…」
ゼータは下着にぶら下げられた値札の一部分を指さす。小さな値札に書かれたアルファベットと数字の羅列。暗号のような記号を前に、メリオンの眉根には段々と皺が寄っていく。
「それで、俺はどの数字の品を買えば良い」
「さぁ…」
「まさか分からんのか?この俺が頭を下げて同行を頼んだというのに?」
「まぁまぁ。時間はあるんだし、適当に付けてみれば良いじゃないですか。同じ数字が書かれた下着でも、物によって着け心地は違うものですよ。時間をかけてしっくりくる品を探しましょう」
ゼータの助言に、メリオンはふんと鼻を鳴らす。そして手近にある下着の数枚脇に抱え込むと、試着室と書かれた小部屋へと消えていく。なおこの間、三つ編み店員は店の隅で微動だにしない。寝ているのではないかと不安を覚えるほどである。
メリオンの試着を待つ間、ゼータは店内をうろうろと歩き回った。せっかく店を訪れたのだし、新しい下着を何枚か購入していこうか。そんなことを考えるゼータの元に、試着室の方からメリオンの声が飛ぶ。
「おい、こっちへ来い」
メリオンに招かれたゼータは、手狭な試着室の中へと入り込んだ。壁一面の姿見、絨毯に投げ出されたシャツ、壁掛けフックに掛けられた数枚の下着。そして試着室の真ん中には、上半身下着姿のメリオンが仁王立ちしている。他人に下着姿を晒すというのに、堂々たる立ち様である。
「何か御用でした?」
「とりあえず適当に着けてみた。問題点がないかチェックせよ」
「問題点、ですか…」
ゼータは真っ赤な下着に包まれた胸元を凝視する。下着から溢れんばかりのたわわな胸元は、やはり凶器と呼ぶにふさわしい。しかしいくら魅惑の胸元を凝視したところで、何かが分かるわけではないのだ。人生の大半を男性の姿で過ごすゼータ。いくら女性用の下着を所持しているとはいえ、下着に関する知識は必要最低限である。
「特に問題はないような気もしますけれど…きつかったり緩かったりはしません?」
「きつい、緩いを判断する基準とは?」
「確か『指2本分が入る程度の緩さ』が適切なサイズであったような気が…」
メリオンは下着に包まれた自身の胸元を見下ろし、それからまたゼータを見た。一体どこに2本の指を突っ込めという。灰色の瞳はそう訴えている。しどろもどろになるゼータの耳に、有無を言わせぬ指示が飛ぶ。
「面倒だな。一時的に触れることを許可するから、その指2本分とやらをとっとと突っ込め。ついでに問題点があれば改めよ。こんな所で無駄な時間を使いたくはない」
「はぁ…そういうことでしたら、遠慮なく触らせていただきます」
ゼータはメリオンの胸元に手を伸ばし、たわわな果実に指先を触れる。確か適切な下着を選ぶためには、零れ出た肉を全て下着の内側に収める必要があったはずだ。
柔らかな肉をせっせと下着に詰め込む最中に、ゼータはひっそりと感嘆の息を零す。やはりこれは兵器だ。とりあえずメリオンには気付かれないよう、余分に揉んでおくゼータであった。
ゼータが集合場所に到着すると、すでにメリオンとザトは到着していた。本日の集合場所は、ポトスの街中にある運河のほとり。先に到着した2人は、運河沿いに置かれた木製のベンチに腰かけて話し込んでいる。ゼータは2人の座るベンチに歩み寄ると、「おはようございます」と挨拶をする。
「雨が降らなくて良かったですね。2人は一緒に来たんですか?」
「いや、別々だ。俺もさっき着いたところだ」
ゼータの問いには、ザトが応える。王宮では常に十二種族長の礼服を身にまとっているザトであるが、今日は真っ白なシャツに黒いズボンというシンプルな格好だ。
一言二言と言葉を交わすゼータとザトの隣で、メリオンはさっと席を立つ。同行者であるはずの2人は目もくれず、運河の向こう側へと歩いていく。どうやら厚雲のかかる空模様と同じく、メリオンの機嫌も曇天模様のよう。一体メリオンの行き会った不慮の事故とは何だったのだろう。ゼータは首を傾げながら、遠ざかっていくメリオンの背中を追った。
3人が初めに訪れた場所は、ポトスの街のメイン通りにある小さな洋服店であった。通りに面した陳列窓は色鮮やかだ。赤、青、黒、桃色、まるで宝石箱を覗き込んだような印象を与える陳列窓。並ぶ衣類は全て女物の下着だ。ここはゼータが頻繁に利用する女性の下着専門店である。豊富なデザインとサイズが揃えられているために、凶器と呼ぶべき胸元を持つメリオンに合うものもあるだろうと、ゼータが皆を先導したのだ。しかし店の外見を見た瞬間にザトは顔を引きつらせ、「俺は外で待つ」と言い残し、通りの向こうへと消えていった。
ザトが離脱し2人組となったゼータとメリオンは、連れ立って店の中へと入った。陳列窓の内側と同じく、店の内部も宝石箱のように鮮やかである。サイズもデザインも異なる華やかな下着で埋め尽くされた店内。その最奥部には、背中に三つ編みを足らした若い女性店員が座り込んでいた。さして広くはない店の隅に、小さな椅子を置いて置物のように佇んでいる。ポトスの街の服飾店の店員には話し好きが多い。店に入るとすぐに店員がやってきて、声を掛けられることが常なのだ。しかし件の三つ編み店員はゼータとメリオンを一瞥しただけで、一向に椅子を立つ気配はない。これこそが、ゼータがこの店を頻繁に利用する理由である。あれこれと衣服を勧められるよりも、自分で吟味したものを購入したいのだ。
初めて入る女性下着専門店であるはずにも関わらず、メリオンは全くと言って良いほど動揺した様子を見せない。それどころか一切の躊躇いもなく、商品の一つを手に取る。
「おい。何を基準に購入品を決めれば良い」
「え?デザインと…サイズじゃないですか」
「そのくらいのことは知っている。値札のどこを見ればサイズが分かるのだと聞いている」
「え、えー…多分ここだと思うんですけれど…」
ゼータは下着にぶら下げられた値札の一部分を指さす。小さな値札に書かれたアルファベットと数字の羅列。暗号のような記号を前に、メリオンの眉根には段々と皺が寄っていく。
「それで、俺はどの数字の品を買えば良い」
「さぁ…」
「まさか分からんのか?この俺が頭を下げて同行を頼んだというのに?」
「まぁまぁ。時間はあるんだし、適当に付けてみれば良いじゃないですか。同じ数字が書かれた下着でも、物によって着け心地は違うものですよ。時間をかけてしっくりくる品を探しましょう」
ゼータの助言に、メリオンはふんと鼻を鳴らす。そして手近にある下着の数枚脇に抱え込むと、試着室と書かれた小部屋へと消えていく。なおこの間、三つ編み店員は店の隅で微動だにしない。寝ているのではないかと不安を覚えるほどである。
メリオンの試着を待つ間、ゼータは店内をうろうろと歩き回った。せっかく店を訪れたのだし、新しい下着を何枚か購入していこうか。そんなことを考えるゼータの元に、試着室の方からメリオンの声が飛ぶ。
「おい、こっちへ来い」
メリオンに招かれたゼータは、手狭な試着室の中へと入り込んだ。壁一面の姿見、絨毯に投げ出されたシャツ、壁掛けフックに掛けられた数枚の下着。そして試着室の真ん中には、上半身下着姿のメリオンが仁王立ちしている。他人に下着姿を晒すというのに、堂々たる立ち様である。
「何か御用でした?」
「とりあえず適当に着けてみた。問題点がないかチェックせよ」
「問題点、ですか…」
ゼータは真っ赤な下着に包まれた胸元を凝視する。下着から溢れんばかりのたわわな胸元は、やはり凶器と呼ぶにふさわしい。しかしいくら魅惑の胸元を凝視したところで、何かが分かるわけではないのだ。人生の大半を男性の姿で過ごすゼータ。いくら女性用の下着を所持しているとはいえ、下着に関する知識は必要最低限である。
「特に問題はないような気もしますけれど…きつかったり緩かったりはしません?」
「きつい、緩いを判断する基準とは?」
「確か『指2本分が入る程度の緩さ』が適切なサイズであったような気が…」
メリオンは下着に包まれた自身の胸元を見下ろし、それからまたゼータを見た。一体どこに2本の指を突っ込めという。灰色の瞳はそう訴えている。しどろもどろになるゼータの耳に、有無を言わせぬ指示が飛ぶ。
「面倒だな。一時的に触れることを許可するから、その指2本分とやらをとっとと突っ込め。ついでに問題点があれば改めよ。こんな所で無駄な時間を使いたくはない」
「はぁ…そういうことでしたら、遠慮なく触らせていただきます」
ゼータはメリオンの胸元に手を伸ばし、たわわな果実に指先を触れる。確か適切な下着を選ぶためには、零れ出た肉を全て下着の内側に収める必要があったはずだ。
柔らかな肉をせっせと下着に詰め込む最中に、ゼータはひっそりと感嘆の息を零す。やはりこれは兵器だ。とりあえずメリオンには気付かれないよう、余分に揉んでおくゼータであった。
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