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はないちもんめ
泉のほとり
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魔獣車が木々の間を爽快と走り抜けていく。およそ馬の倍の速さで走る魔獣車。その速度に耐えうるようにと頑丈に作られた客車の車輪は、音を立てて滑らかに回る。馬車の客車に乗るのは2人の男だ。性別転換魔法の施術を行うために、とある精霊族の住処へと向かうクリスとメリオンである。
午前中は通常の公務をこなし、午後を休みとしたクリスとメリオンは、2時間前に魔獣車に乗り込んで王宮を出発した。目的地である精霊族の住処は人里離れた森の中にあり、馬車を使うと片道に6時間ほどがかかる。極力公務に負担のかからない日程で目的を果たすために、魔獣車での移動を選んだのだ。国家の重鎮である十二種族長の地位を以てすれば、王宮の魔獣と客車を自由に借り受けることができる。魔獣と客車の管理費と、万が一客車が壊れた際には復元費用を負担することを条件に、王宮の備品を借りることが可能であると規則に定められているのだ。
出発当初こそ仕事に関する話題で持ちきりの客車内であったが、魔獣車が深い森の中に入り込んだところで、話題は本日の本題へと移る。
「施術の対価は何で支払う。金銭ではないと言っていたな」
メリオンの問いに、クリスはすぐさま答えを返す。
「対価の内容については他言しないようにと言われています。人によって支払いの内容が違うらしく、苦情を避けるための配慮だそうです。滞在にあたり多少の金銭は支払いますけどね。2日間の滞在費とか、書類の作成料とか、その他諸々」
ほぉ、と無難な相槌を打ちながらも、メリオンの視線は窓の外に向けられたまま。場をつなぐために話を振ったものの、対価の内容になどまるで興味がないという心根が透けて見える。メリオンが興味を抱く内容といえば、金髪麗人の処女を美味しく頂くことくらいのものである。
「施術の副作用については、仕事上問題はないのか?」
「その件については施術前に詳細な説明があるみたいです。ざっくりと聞いた分には、あまり問題はないという印象でしたが」
クリスの答えに、メリオンはやはり興味なさげに短い相槌を返した。
ぽつりぽつりと会話を交わす間に、魔獣車は山道を抜けた。周囲の風景は拓け、客車の窓からは明るい陽の光が差し込む。間もなくして魔獣車は止まり、メリオンとクリスは目を細めながら順に客車を降りる。
まず視界に飛び込んでくる物は、古びた木造建ての建物だ。大きさは宿屋ほどで壁は白、三角屋根は緑色に塗られている。古びた洋館、というような印象を受ける建物である。そして次に視界に映る物は、建物の背後に広がる巨大な湖。湖畔にそびえる古びた洋館、中々雰囲気のある場所だ。
「ここが件の精霊族が住まう場所か? 間違いはないんだろうな」
「間違いないと思います。建物の特徴が事前に聞いていた通りですから」
そんなやり取りをするクリスとメリオンの目の前で、建物の扉が開く。建物の内側から姿を現した者は、真っ白な衣服をまとった小柄な女性だ。銀色の髪は女性のくるぶしまでも伸び、陽の光を浴びてきらきらと輝く。小さな顔は髪に埋もれ、外見の年齢がどれ程であるかは分からない。泉の精霊、そう呟いた者はクリスであったのか、それともメリオンであったのか。
「名前は」
女性が問う。クリスは答える。
「クリスです。性別転換魔法の施術を依頼しています」
「クリス。到着が予定よりも20分遅い」
「すみません。途中で一度道を間違えて…」
「説明は結構。すぐに施術を行う。建物の中へ」
クリスとメリオンは顔を見合わせ、女性の案内に続き建物の中へと入る。
***
2人が案内された先は、建物の2階に位置する小さな部屋だ。窓が一つ備えられている以外には何もない、寂しい部屋だ。床には真っ白な絨毯が敷かれている。女性は部屋に立ち入るや否や絨毯に座し、メリオンとクリスもそれに続く。空っぽの部屋の中で、2人の男と1人の女が向かい合う。
「私はイズミ。名前ではない。皆が勝手にそう呼んでいる。泉のほとりに住んでいるから」
「えっと…それは『イズミさん』とお呼びして宜しいという意味ですか?」
「好きに呼べば良い。何と呼ばれても文句は言わない」
クリスは緊張の面持ちで頷く。きっちりと正座をするクリスの横では、メリオンがだらしなく胡坐をかいている。女性の名前にも、女性のあだ名にも、まるで興味がないといった様子だ。そんなメリオンを一瞥し、イズミは早口で語り出す。
「今日はもう1件施術の予約が入っている。施術の注意事項を説明するから、しっかりと聞くように。後で『そんな話は聞いていない』と文句を言われても受け付けない」
「はい、分かりました」
「まず一つ目。私の魔法は外見だけではなく、身体の構造を完全に変えるもの。当然生殖は可能。生殖行為に類する行為を行う際には、その点に留意すること」
静かな部屋にイズミの声が響く。澄んだ泉のように、清らかで聞き取りやすい声だ。
「二つ目。元の身体に戻るためには、再度性別転換魔法の施術を受ける必要がある。身体への負担を考えて、次回の施術までは最低半年を開けること。ただしその間に子どもを身籠った場合は、施術を受けることはできない。三つ目。施術を受ける者が魔族である場合、一時的に魔法が使えなくなる場合がある。変化後の肉体に、すぐには魔力が馴染まないためだ。個人差はあるが、1か月も経てば魔力は完全に変化後の肉体に馴染む。施術前と同様の魔法が使えるようになるだろう。なお施術を受ける者が人間である場合、三つ目の注意事項は無視してもらって構わない。皆に同様の説明をしているだけだから」
イズミはそこで口を閉じると、メリオンとクリスの様子を交互に伺った。質問はある?無言の問いかけを受けて、2人は同時に首を横に振る。
「質問がなければ施術を開始する。クリスは隣室へ。貴方はここで待っていて」
立ち上がるイズミに、クリスは続く。
部屋を出る直前に、イズミは扉の内側に小さな香炉を置く。泉の水底のように青く、美しい香炉だ。イズミが香炉にすいと右手をかざせば、煙孔からはすぐに白煙が漂い出す。甘い香りが部屋の中に広がってゆく。
いつの間に手荷物を漁ったのだろう。太腿の上に1冊の書物をのせたメリオンが問う。
「施術に要する時間はどれ程だ」
「大体2時間」
イズミが答えると同時に、部屋の扉は音と立てて閉じた。
午前中は通常の公務をこなし、午後を休みとしたクリスとメリオンは、2時間前に魔獣車に乗り込んで王宮を出発した。目的地である精霊族の住処は人里離れた森の中にあり、馬車を使うと片道に6時間ほどがかかる。極力公務に負担のかからない日程で目的を果たすために、魔獣車での移動を選んだのだ。国家の重鎮である十二種族長の地位を以てすれば、王宮の魔獣と客車を自由に借り受けることができる。魔獣と客車の管理費と、万が一客車が壊れた際には復元費用を負担することを条件に、王宮の備品を借りることが可能であると規則に定められているのだ。
出発当初こそ仕事に関する話題で持ちきりの客車内であったが、魔獣車が深い森の中に入り込んだところで、話題は本日の本題へと移る。
「施術の対価は何で支払う。金銭ではないと言っていたな」
メリオンの問いに、クリスはすぐさま答えを返す。
「対価の内容については他言しないようにと言われています。人によって支払いの内容が違うらしく、苦情を避けるための配慮だそうです。滞在にあたり多少の金銭は支払いますけどね。2日間の滞在費とか、書類の作成料とか、その他諸々」
ほぉ、と無難な相槌を打ちながらも、メリオンの視線は窓の外に向けられたまま。場をつなぐために話を振ったものの、対価の内容になどまるで興味がないという心根が透けて見える。メリオンが興味を抱く内容といえば、金髪麗人の処女を美味しく頂くことくらいのものである。
「施術の副作用については、仕事上問題はないのか?」
「その件については施術前に詳細な説明があるみたいです。ざっくりと聞いた分には、あまり問題はないという印象でしたが」
クリスの答えに、メリオンはやはり興味なさげに短い相槌を返した。
ぽつりぽつりと会話を交わす間に、魔獣車は山道を抜けた。周囲の風景は拓け、客車の窓からは明るい陽の光が差し込む。間もなくして魔獣車は止まり、メリオンとクリスは目を細めながら順に客車を降りる。
まず視界に飛び込んでくる物は、古びた木造建ての建物だ。大きさは宿屋ほどで壁は白、三角屋根は緑色に塗られている。古びた洋館、というような印象を受ける建物である。そして次に視界に映る物は、建物の背後に広がる巨大な湖。湖畔にそびえる古びた洋館、中々雰囲気のある場所だ。
「ここが件の精霊族が住まう場所か? 間違いはないんだろうな」
「間違いないと思います。建物の特徴が事前に聞いていた通りですから」
そんなやり取りをするクリスとメリオンの目の前で、建物の扉が開く。建物の内側から姿を現した者は、真っ白な衣服をまとった小柄な女性だ。銀色の髪は女性のくるぶしまでも伸び、陽の光を浴びてきらきらと輝く。小さな顔は髪に埋もれ、外見の年齢がどれ程であるかは分からない。泉の精霊、そう呟いた者はクリスであったのか、それともメリオンであったのか。
「名前は」
女性が問う。クリスは答える。
「クリスです。性別転換魔法の施術を依頼しています」
「クリス。到着が予定よりも20分遅い」
「すみません。途中で一度道を間違えて…」
「説明は結構。すぐに施術を行う。建物の中へ」
クリスとメリオンは顔を見合わせ、女性の案内に続き建物の中へと入る。
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2人が案内された先は、建物の2階に位置する小さな部屋だ。窓が一つ備えられている以外には何もない、寂しい部屋だ。床には真っ白な絨毯が敷かれている。女性は部屋に立ち入るや否や絨毯に座し、メリオンとクリスもそれに続く。空っぽの部屋の中で、2人の男と1人の女が向かい合う。
「私はイズミ。名前ではない。皆が勝手にそう呼んでいる。泉のほとりに住んでいるから」
「えっと…それは『イズミさん』とお呼びして宜しいという意味ですか?」
「好きに呼べば良い。何と呼ばれても文句は言わない」
クリスは緊張の面持ちで頷く。きっちりと正座をするクリスの横では、メリオンがだらしなく胡坐をかいている。女性の名前にも、女性のあだ名にも、まるで興味がないといった様子だ。そんなメリオンを一瞥し、イズミは早口で語り出す。
「今日はもう1件施術の予約が入っている。施術の注意事項を説明するから、しっかりと聞くように。後で『そんな話は聞いていない』と文句を言われても受け付けない」
「はい、分かりました」
「まず一つ目。私の魔法は外見だけではなく、身体の構造を完全に変えるもの。当然生殖は可能。生殖行為に類する行為を行う際には、その点に留意すること」
静かな部屋にイズミの声が響く。澄んだ泉のように、清らかで聞き取りやすい声だ。
「二つ目。元の身体に戻るためには、再度性別転換魔法の施術を受ける必要がある。身体への負担を考えて、次回の施術までは最低半年を開けること。ただしその間に子どもを身籠った場合は、施術を受けることはできない。三つ目。施術を受ける者が魔族である場合、一時的に魔法が使えなくなる場合がある。変化後の肉体に、すぐには魔力が馴染まないためだ。個人差はあるが、1か月も経てば魔力は完全に変化後の肉体に馴染む。施術前と同様の魔法が使えるようになるだろう。なお施術を受ける者が人間である場合、三つ目の注意事項は無視してもらって構わない。皆に同様の説明をしているだけだから」
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「質問がなければ施術を開始する。クリスは隣室へ。貴方はここで待っていて」
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