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はないちもんめ
彼の望み
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王宮のとある場所に、密かな人気を博している場所がある。人間族長であるクリスの私室にある通称「秘密基地」。大人が4人も寝転がれば手狭となってしまう広さのその空間には、一面にい草の敷物が敷きつめられている。他の床から30㎝ほど嵩上げされた空間は、広い部屋にいながら小さな部屋に入り込んだような錯覚を抱かせる場所だ。
この秘密基地の存在を知る者は、部屋の主であるクリスを除けば4人。
1人は悪魔族長のザトだ。飲み会の折に秘密基地の存在を知ったザトは、時たま茶と菓子を抱えクリスの私室を訪れる。そしてい草の敷物にゆったりと腰を下ろし、のんびりと茶を啜るのだ。ザトの爺風貌はい草の敷物と相性抜群で、クリスは時折「ここは本当に僕の私室だよね?」との疑問を抱くのである。
2人目はゼータだ。ザトと同じく飲み会の折に秘密基地の存在を知ったゼータは、夜間突発的にクリスの部屋へとやってくる。腕の中には数本の酒瓶を抱え込んで。そして秘密基地に座り込んで、呑気に晩酌をしては去っていくのだ。クリスは今日に至るまでに何度か、ゼータに晩酌に誘われた経験がある。しかし誘いに応じたことはない。「ゼータが突発的に秘密基地にやって来たときには一緒に飲まない」とのルールを作っているからだ。魔族と人間とでは、そもそも酒に対する耐性が異なる。ゼータに付き合って酒を飲んでいれば、クリスはアル中まっしぐらだ。
秘密基地の存在を知る3人目、それはこの国の王であるレイバックだ。彼はゼータにこの秘密基地の存在を聞いたようで、ある日突然1人でクリスの私室へとやって来た。靴を脱ぎ秘密基地に上がり込んだレイバックは、なぜかころころと秘密基地を転げ回り、やがて満足げな顔をして帰っていった。それ以来やはり突発的にクリスの私室を訪れては、秘密基地を転げ回って帰っていく。青々しいい草の香りは、ドラゴンの野生心を見事に掴んだようである。
最後の1人は、かつてクリスの教育係となっていたメリオンである。初めこそ「訳の分からん空間を作りおって」と眉を顰めていたメリオンであるが、何度か秘密基地を利用するうちにその良さに気が付いたらしい。他の皆と同様、唐突に秘密基地を訪れては、茶を飲んだり書物をめくったりしては去っていく。
それぞれの利用者の滞在時間は長くはないため、利用者同士が鉢合わせることは稀にしかない。一度レイバックとザトが鉢合わせた折には、2人の男が時計の針のように規則的に床を転げ回るという、世にも奇妙な光景が繰り広げられた。懐かしい記憶である。
夜。王宮で暮らす人々は夕食を終え、風呂や歓談、読書を楽しむ時間である。集団浴場で入浴を済ませたクリスが部屋の扉を開けると、秘密基地には人影があった。秘密基地に人影があること自体は珍しくもないが、主不在の私室に勝手に上がり込む人物は1人しかいない。メリオンである。無遠慮に秘密基地に上がり込んだメリオンは、い草の敷物に腹ばいになって書物を捲る。扉の開閉音は聞こえているはずなのに、「邪魔しているぞ」の一言さえない。
肩に濡れたタオルを掛けたままのクリスは、秘密基地の隅っこに腰を下ろす。
「メリオンさん。聞きたいことがあるんですけど、少しだけ時間を貰っても良いですか?」
「…ん」
「前に魔法書を借りたじゃないですか。内容で少し気になることがあるんです」
「ああ、なんだ」
そう答えを返しながらも、メリオンは書物から視線を上げない。秘密基地で読書に没頭するメリオンが、こうして会話に上の空なのはよくある出来事だ。ゼータほどではないにしろ、このメリオンという男も中々の書物好きである。
腹ばいのメリオンを眺めながら、クリスは会話を継続する。
「妖精族で自身の姿を変える種族がいますよね。他人の姿を変える魔法はありますか?」
「姿を変える、とは具体的にどこをどうするんだ」
「例えば…顔の造形を変えるとか、髪の色を変えるとか」
「それならどちらも可能だ。ただし誰でも使える魔法ではない。一部の妖精族か精霊族に限られるな」
脳味噌の大半を読書に費やしているはずなのに、メリオンの答えは的確だ。クリスは「へぇ」と感嘆の声を零す。
「やっぱりできるんですね…」
「そういった特殊な魔法を生業にしている者がいる。金を払えば、誰でも掛けてもらうことは可能なはずだ」
「大人を子どもにすることもできます?」
「…それは聞いたことがないな。顔の作りを変えて年齢をごまかすことはできるだろうが、身体の大きさを変えるというのはどうだろうな…」
「性別を変えることは?」
「可能だ。そういう魔法を扱う者がいる。多くはないがな」
魔法には大きく分けて2つの種類がある。魔族であれば誰でも使える魔法と、限られた種族にしか使えない魔法だ。例えば火を起こしたり物を削ったりするような単純な魔法は、魔力を持つ者であれば訓練を行えば使うことができる。対して姿を変えたり、口から火を吐き出したり、傷を癒すような高度な魔法は、限られた種族にした使うことができない。ゆえに高度な魔法を扱う者の中には、それを生業にする者が多数存在するのだ。
「そういった情報はどこで手に入りますか?」
「普通はポトスの街の仲介屋を当たる。俺が吸血族と提供者の仲介をしているように、特異な魔法を扱う魔族と、それを必要とする客の仲介を行う者がいる」
「普通、ということは別の方法もあるんですか?」
「王宮に魔法管理部という部署があるだろう。あの部署では、そういった特異な魔法を扱う魔族の情報を管理している。一般人への閲覧は許可していないが、十二種族長の地位があれば閲覧は可能だ」
「そうなんですか…」
クリスは俯き、考え込む。沈黙に包まれた秘密基地で、メリオンはしばらく書物に視線を落としていたが、やがて栞を挟んで書物を閉じる。腹ばいの体勢のまま、い草の敷物に頬杖をつき、灰色の瞳を細めて笑う。
「何を企んでいる。姿を変えて、どこぞの王国の姫君でも攫いに行くつもりか?」
「いえ…実は子どもが欲しいなと思いまして」
渾身の揶揄に返される、あまりにも意外な答え。メリオンは素っ頓狂な声を上げる。
「…はぁ、子ども?なぜ急にそんな話になる。以前、『結婚はしないし子どももいらない』と言っていただろう」
「あのときは本当にそう思っていたんですけどね。でも紛いなりにも告白をして、少しだけ気が晴れたんです。叶わない恋はここでお終いにして、前向きに人生を歩むつもりになったと言いましょうか…」
――人間の一生は短い。叶わぬ片思いで生涯を終えるくらいなら、適当に手の届く相手と番えばいいものを
――結婚なんてしなくてもいいし、子を残さなくても良い。叶わぬ片思いで生涯を終えるのも、悪くないかなと思うんです
メリオンとクリスがそんな会話を交わしたのは、もう随分と昔のことだ。ゼータへの恋心を捨てきれなかったクリスが、ようやく前向きに人生を歩むつもりになった。そう思えば喜ばしくはある。しかし先ほどの応答に対する違和感は拭えない。子どもが欲しいという願いが、なぜ姿を変えるだの性別を変えるだのという話に繋がるのか。
「…おい。まさかとは思うが、お前が自分で産むつもりなのか?」
メリオンの問いに、クリスは答えを返さない。沈黙を肯定と受け取ったメリオンは、溜息交じりに言葉を継ぐ。
「面倒事ばかり思いつく奴だな。人間の女と結婚をして、その女に子を産んでもらえば良いだろうが。なぜおまえが姿を変える必要がある」
「…なぜでしょうね。なぜこんな事を思いついたのか、自分でもよく分からないんですけれど…」
メリオンは先に続く言葉を待つが、クリスは俯き黙り込んだまま。
王宮内では「王子様」の異名を持つクリスであるが、その本性は融通の利かない頑固者。興味の薄い会話はにこにこと笑って受け流すが、一度拘り始めればとことん拘るのだ。いくらメリオンが言葉を尽くしたところで、クリスがその気である以上説得は時間の無駄。ならばせめて有用な情報くらい提供してやろうかと、メリオンは頭の中の引き出しを片端から開ける。
「姿かたちを異性に変えるだけならば、さほど高度な魔法ではないはずだ。しかし子を孕むとなると、身体内部の構造まで変える必要がある。扱う者はかなり少なくなるだろう」
「それでも、可能は可能なんですね」
「お前のように、男でありながら子を産むことを望む者は稀にいる。長命の精霊族の女性で、そういった男の望みを叶える者がいると聞いたことはある」
「…勿論お金はかかりますよね」
「どうだろうな。ポトスの街でこそ共通通貨が使われているが、ドラキス王国内でも辺境の地ではいまだに物々で対価の取引が行われている。長命の魔族は変わり者が多いからな。金銭以外の物品を要求される可能性は高い」
「例えば?」
「そこまでは知らん。魔法管理部門でその辺りの情報も管理しているだろうから、一度顔を出してみろ」
「わかりました。ありがとうございます」
クリスは秘密基地の隅に腰かけたまま、メリオンに向かって深々と頭を下げる。湯上りで濡れたままの髪から、雫が2粒敷物に落ちる。金色の髪を頬に張り付けたクリスを見て、メリオンはいやらしげに口の端を上げる。
「お前が女になればさぞ美しいだろうな。種の当てがなければいくらでも協力してやるぞ」
真剣な話を終えたばかりのクリスを前に、あまりにも下品な物言いである。しかし当のクリスは、メリオンの下心満載の発言を気にした様子はない。それどころか食いつくような反応を見せる。
「人間と吸血族の交配は可能ですか?」
「可能だ。異種族間の交配については明らかになっていない部分も多いが、基本的に身体の形態が近い種同士は交配が可能だとされている。俺は魔族だが、身体の構造は人間に近い。繁殖は十分可能なはずだ」
「へぇ…」
今日一番真剣な顔で頷いて、クリスはまた黙り込んでしまう。会話は終わり、そう判断したメリオンは読みかけの書物を開く。押し花の栞をちゃぶ台にのせ、文字の海へと落ちていく。
ぱら、ぱらと紙をめくる音。クリスの両眼がじっとメリオンを見据えている。
この秘密基地の存在を知る者は、部屋の主であるクリスを除けば4人。
1人は悪魔族長のザトだ。飲み会の折に秘密基地の存在を知ったザトは、時たま茶と菓子を抱えクリスの私室を訪れる。そしてい草の敷物にゆったりと腰を下ろし、のんびりと茶を啜るのだ。ザトの爺風貌はい草の敷物と相性抜群で、クリスは時折「ここは本当に僕の私室だよね?」との疑問を抱くのである。
2人目はゼータだ。ザトと同じく飲み会の折に秘密基地の存在を知ったゼータは、夜間突発的にクリスの部屋へとやってくる。腕の中には数本の酒瓶を抱え込んで。そして秘密基地に座り込んで、呑気に晩酌をしては去っていくのだ。クリスは今日に至るまでに何度か、ゼータに晩酌に誘われた経験がある。しかし誘いに応じたことはない。「ゼータが突発的に秘密基地にやって来たときには一緒に飲まない」とのルールを作っているからだ。魔族と人間とでは、そもそも酒に対する耐性が異なる。ゼータに付き合って酒を飲んでいれば、クリスはアル中まっしぐらだ。
秘密基地の存在を知る3人目、それはこの国の王であるレイバックだ。彼はゼータにこの秘密基地の存在を聞いたようで、ある日突然1人でクリスの私室へとやって来た。靴を脱ぎ秘密基地に上がり込んだレイバックは、なぜかころころと秘密基地を転げ回り、やがて満足げな顔をして帰っていった。それ以来やはり突発的にクリスの私室を訪れては、秘密基地を転げ回って帰っていく。青々しいい草の香りは、ドラゴンの野生心を見事に掴んだようである。
最後の1人は、かつてクリスの教育係となっていたメリオンである。初めこそ「訳の分からん空間を作りおって」と眉を顰めていたメリオンであるが、何度か秘密基地を利用するうちにその良さに気が付いたらしい。他の皆と同様、唐突に秘密基地を訪れては、茶を飲んだり書物をめくったりしては去っていく。
それぞれの利用者の滞在時間は長くはないため、利用者同士が鉢合わせることは稀にしかない。一度レイバックとザトが鉢合わせた折には、2人の男が時計の針のように規則的に床を転げ回るという、世にも奇妙な光景が繰り広げられた。懐かしい記憶である。
夜。王宮で暮らす人々は夕食を終え、風呂や歓談、読書を楽しむ時間である。集団浴場で入浴を済ませたクリスが部屋の扉を開けると、秘密基地には人影があった。秘密基地に人影があること自体は珍しくもないが、主不在の私室に勝手に上がり込む人物は1人しかいない。メリオンである。無遠慮に秘密基地に上がり込んだメリオンは、い草の敷物に腹ばいになって書物を捲る。扉の開閉音は聞こえているはずなのに、「邪魔しているぞ」の一言さえない。
肩に濡れたタオルを掛けたままのクリスは、秘密基地の隅っこに腰を下ろす。
「メリオンさん。聞きたいことがあるんですけど、少しだけ時間を貰っても良いですか?」
「…ん」
「前に魔法書を借りたじゃないですか。内容で少し気になることがあるんです」
「ああ、なんだ」
そう答えを返しながらも、メリオンは書物から視線を上げない。秘密基地で読書に没頭するメリオンが、こうして会話に上の空なのはよくある出来事だ。ゼータほどではないにしろ、このメリオンという男も中々の書物好きである。
腹ばいのメリオンを眺めながら、クリスは会話を継続する。
「妖精族で自身の姿を変える種族がいますよね。他人の姿を変える魔法はありますか?」
「姿を変える、とは具体的にどこをどうするんだ」
「例えば…顔の造形を変えるとか、髪の色を変えるとか」
「それならどちらも可能だ。ただし誰でも使える魔法ではない。一部の妖精族か精霊族に限られるな」
脳味噌の大半を読書に費やしているはずなのに、メリオンの答えは的確だ。クリスは「へぇ」と感嘆の声を零す。
「やっぱりできるんですね…」
「そういった特殊な魔法を生業にしている者がいる。金を払えば、誰でも掛けてもらうことは可能なはずだ」
「大人を子どもにすることもできます?」
「…それは聞いたことがないな。顔の作りを変えて年齢をごまかすことはできるだろうが、身体の大きさを変えるというのはどうだろうな…」
「性別を変えることは?」
「可能だ。そういう魔法を扱う者がいる。多くはないがな」
魔法には大きく分けて2つの種類がある。魔族であれば誰でも使える魔法と、限られた種族にしか使えない魔法だ。例えば火を起こしたり物を削ったりするような単純な魔法は、魔力を持つ者であれば訓練を行えば使うことができる。対して姿を変えたり、口から火を吐き出したり、傷を癒すような高度な魔法は、限られた種族にした使うことができない。ゆえに高度な魔法を扱う者の中には、それを生業にする者が多数存在するのだ。
「そういった情報はどこで手に入りますか?」
「普通はポトスの街の仲介屋を当たる。俺が吸血族と提供者の仲介をしているように、特異な魔法を扱う魔族と、それを必要とする客の仲介を行う者がいる」
「普通、ということは別の方法もあるんですか?」
「王宮に魔法管理部という部署があるだろう。あの部署では、そういった特異な魔法を扱う魔族の情報を管理している。一般人への閲覧は許可していないが、十二種族長の地位があれば閲覧は可能だ」
「そうなんですか…」
クリスは俯き、考え込む。沈黙に包まれた秘密基地で、メリオンはしばらく書物に視線を落としていたが、やがて栞を挟んで書物を閉じる。腹ばいの体勢のまま、い草の敷物に頬杖をつき、灰色の瞳を細めて笑う。
「何を企んでいる。姿を変えて、どこぞの王国の姫君でも攫いに行くつもりか?」
「いえ…実は子どもが欲しいなと思いまして」
渾身の揶揄に返される、あまりにも意外な答え。メリオンは素っ頓狂な声を上げる。
「…はぁ、子ども?なぜ急にそんな話になる。以前、『結婚はしないし子どももいらない』と言っていただろう」
「あのときは本当にそう思っていたんですけどね。でも紛いなりにも告白をして、少しだけ気が晴れたんです。叶わない恋はここでお終いにして、前向きに人生を歩むつもりになったと言いましょうか…」
――人間の一生は短い。叶わぬ片思いで生涯を終えるくらいなら、適当に手の届く相手と番えばいいものを
――結婚なんてしなくてもいいし、子を残さなくても良い。叶わぬ片思いで生涯を終えるのも、悪くないかなと思うんです
メリオンとクリスがそんな会話を交わしたのは、もう随分と昔のことだ。ゼータへの恋心を捨てきれなかったクリスが、ようやく前向きに人生を歩むつもりになった。そう思えば喜ばしくはある。しかし先ほどの応答に対する違和感は拭えない。子どもが欲しいという願いが、なぜ姿を変えるだの性別を変えるだのという話に繋がるのか。
「…おい。まさかとは思うが、お前が自分で産むつもりなのか?」
メリオンの問いに、クリスは答えを返さない。沈黙を肯定と受け取ったメリオンは、溜息交じりに言葉を継ぐ。
「面倒事ばかり思いつく奴だな。人間の女と結婚をして、その女に子を産んでもらえば良いだろうが。なぜおまえが姿を変える必要がある」
「…なぜでしょうね。なぜこんな事を思いついたのか、自分でもよく分からないんですけれど…」
メリオンは先に続く言葉を待つが、クリスは俯き黙り込んだまま。
王宮内では「王子様」の異名を持つクリスであるが、その本性は融通の利かない頑固者。興味の薄い会話はにこにこと笑って受け流すが、一度拘り始めればとことん拘るのだ。いくらメリオンが言葉を尽くしたところで、クリスがその気である以上説得は時間の無駄。ならばせめて有用な情報くらい提供してやろうかと、メリオンは頭の中の引き出しを片端から開ける。
「姿かたちを異性に変えるだけならば、さほど高度な魔法ではないはずだ。しかし子を孕むとなると、身体内部の構造まで変える必要がある。扱う者はかなり少なくなるだろう」
「それでも、可能は可能なんですね」
「お前のように、男でありながら子を産むことを望む者は稀にいる。長命の精霊族の女性で、そういった男の望みを叶える者がいると聞いたことはある」
「…勿論お金はかかりますよね」
「どうだろうな。ポトスの街でこそ共通通貨が使われているが、ドラキス王国内でも辺境の地ではいまだに物々で対価の取引が行われている。長命の魔族は変わり者が多いからな。金銭以外の物品を要求される可能性は高い」
「例えば?」
「そこまでは知らん。魔法管理部門でその辺りの情報も管理しているだろうから、一度顔を出してみろ」
「わかりました。ありがとうございます」
クリスは秘密基地の隅に腰かけたまま、メリオンに向かって深々と頭を下げる。湯上りで濡れたままの髪から、雫が2粒敷物に落ちる。金色の髪を頬に張り付けたクリスを見て、メリオンはいやらしげに口の端を上げる。
「お前が女になればさぞ美しいだろうな。種の当てがなければいくらでも協力してやるぞ」
真剣な話を終えたばかりのクリスを前に、あまりにも下品な物言いである。しかし当のクリスは、メリオンの下心満載の発言を気にした様子はない。それどころか食いつくような反応を見せる。
「人間と吸血族の交配は可能ですか?」
「可能だ。異種族間の交配については明らかになっていない部分も多いが、基本的に身体の形態が近い種同士は交配が可能だとされている。俺は魔族だが、身体の構造は人間に近い。繁殖は十分可能なはずだ」
「へぇ…」
今日一番真剣な顔で頷いて、クリスはまた黙り込んでしまう。会話は終わり、そう判断したメリオンは読みかけの書物を開く。押し花の栞をちゃぶ台にのせ、文字の海へと落ちていく。
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