【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

想いを告げる-2

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「あれ、クリスじゃないですか」

 突然名前を呼ばれ、クリスは顔を上げた。テラスに面する大通りから、1人の男がクリスとメリオンをじっと見つめている。聞きなれた声に、メリオンもまた顔を上げる。

「メリオンもいる。珍しいですね。2人でお茶ですか?」

 テラスを囲う木柵に身を乗り出たその人物は、私服姿のゼータである。手には重たそうな紙袋を下げている。

「こんにちはゼータ。私用のついでにお茶をしていたんだ」

 クリスはゼータに向けてひらひらと右手を振る。珍しい組み合わせの2人だと、ゼータはメリオンとクリスの顔を交互に眺め見る。

「お邪魔じゃなければ、少しご一緒してもいいですか?待ち合わせに早く来すぎてしまって」
「僕はいいけど…」

 ゼータの申し出に、クリスは同伴者であるメリオンに目線を向けた。メリオンは言葉を返さない。クリスからもゼータからも視線を逸らし、興味なさげにコーヒーを啜るだけ。勝手にしろ、ということだ。
 クリスが手招きをすると、ゼータは小走りでカフェの入口へと向かって行った。黒髪の頭が建物内へと消えた間に、メリオンはテーブルに広げた手帳と紙をポケットへとしまう。

 数秒と経たずに、テラスにはゼータが姿を現した。ゼータは付近のテーブル席から空き椅子を一つ拝借すると、メリオンとクリスの間に腰を下ろす。重たそうな紙袋は膝の上。かさかさと紙の触れ合う音から察するに、中身は書物だろうか。

「ゼータの待ち合わせ相手はレイさん?」
「そうです。行ってみたかった文具店に付き合ってもらおうと思って」
「2人はよく一緒に出かけるの?」
「休みの日は割と。夜飲みに行くこともありますし」
「へぇ…」

 クリスは頷いて、紅茶のカップを口に運んだ。カフェを訪れた当初に頼んだ紅茶は、もうすっかりぬるくなってしまっている。クリスが紅茶を啜る間に、ゼータは膝の上にのせた紙袋の中から真新しい2冊の本を取り出した。白の表紙の本と、黒の表紙の本。どちらも鈍器レベルに分厚い。表示の文字を見るにどうやら魔法書のようだ。

「書店に立ち寄ろうと思って、待ち合わせより早く来たんですけどね。掘り出し物があったんですよ。店頭でさらっと内容を見ただけですけど、話していいですか?」
「ええ…ここで魔法書語りが始まるのか…」

 クリスは苦笑いだが、ゼータの「魔」語りを止めることは不可能に近い。王妃の魔法好きは王宮内でも有名なことなのだ。クリスは生ぬるい紅茶を共に、ゼータの魔法書語りに相槌を打った。メリオンは初めから会話に参加する意思はないようで、椅子の背もたれに身体を預け通りを歩く人波を眺めている。

 結局ゼータの魔法書語りは十数分に及び、お疲れ顔のクリスを前にゼータは満足そうだ。さらっと見ただけの魔法書の内容で、どうしてそんなに話を膨らませるのだろう。クリスが話を聞かなければ、この疲れはレイバックが抱えることとなったのだろうか。

「そういえば2人はどのような用事でここに?」

 ゼータは首を伸ばし、メリオンとクリスの足元を見やる。そこに買物袋が置かれていないことを確認しているのだ。クリスはああ、と相槌を打つ。

「メリオンさんの提供者にしてもらったんだ」

 その瞬間、メリオンは弾かれたようにクリスを見た。お前は何を言っている、驚愕の表情を浮かべながら。メリオンの本性を知るゼータは、吸血族と提供者の関係がいかようであるかを知っている。クリスは想い人を前にして、メリオンと今後肉体関係を持つことを暴露したことになる。

「え、提供者…?メリオンの?」
「そう。今日が顔合わせ。契約内容を詰めていたんだ」
「でもクリス、その…好きな人がいるという話は?」
「その話とは関係ないことだよ」
「いや、でも…人間は性に厳格な種族であると言われているじゃないですか。人間であるクリスが、性的な快楽を目的に吸血族と関係を持っているなどという事実を、もしその人に知られたら…」

 ゼータはそこで言葉を切るが、その先に続く言葉はクリスにも予想がつく。「もしその人に知られたら、想いは実らないんじゃないですか?」

「ゼータは、僕が提供者になることはまずいと思う?」
「…良くはないと思います。種族差別をするつもりはありませんけれど、やはりクリスは人間ですから。人間らしい性意識を保っていた方が、この先間違いはないと思います」
「そうは言っても人間の一生は短いんだ。興味のあることはやってみたいよ」
「でも、クリス」

 ゼータは譲らない。クリスの声には苛立ちが籠る。

「ゼータは、性に厳格じゃない僕は嫌い?」

 クリスの問いは、賑やかなテラスに殊の外大きく響いた。付近のテーブルに座る人々が、一瞬話すことを止めてクリスを見る。たくさんの人の視線に晒され、ゼータは居心地悪そうに肩を竦める。

「…嫌いじゃないですよ。クリス自身が提供者になることの不利益を理解しているのなら、それで良いと思います」
「そう、それなら良かった」
「でも一つ確認させてください。以前好きだと言っていた人のことは、まだ――」
「好きだよ」

 クリスの瞳は、真剣な光を浮かべてゼータを見る。

「ずっと、好き」

 真っ直ぐに伝えられた愛の言葉を、ゼータは魔法書を握りしめたまま聞いていた。しかし次にゼータが何かを言うよりも早く、テラスには大きな鐘の音が響く。テラスのど真ん中に据えられた柱時計を見れば、時刻は14時丁度。ゼータははっと肩を揺らすと、2冊の魔法書を紙袋にしまい、席を立つ。

「すみません、待ち合わせの時間です。私はこれで。クリス、引き続き恋路の応援はしていますから。進展があったら教えてくださいね」

 ゼータは早口でそう述べると、クリスとメリオンに背を向けた。黒髪の頭はカフェの店内へと消え、通りに面した出入り口から姿を現し、そして人波に紛れ消えていく。ゼータの向かう先にはレイバックがいる。きっとゼータは、さっきクリスが吐き出した愛の言葉などすぐに忘れてしまう。それは有り難くもあり、そして悲しい。

「ひどい告白だな。前置きはない。邪魔者はいる。果ては告白だと気付かれてすらいない」

 テーブルの上に頬杖を付き、メリオンは言う。クリスは答えない。

「悔いが残るなら、追いかけてやり直せ。間違いのない言葉で伝えろ」
「良いんです。気が付かれても困るから。この関係が壊れるのは嫌です」

 メリオンの叱咤に、クリスはぼそぼそと小さな声を返す。メリオンは何かを言わんと口を開くが、しかしやはり何も言わずに口を閉じる。今クリスの金色の頭は、表情が見えないほど深く項垂れている。どん底にいる者に何を言ったところで無駄だ。メリオンはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、席を立つ。

「俺に慰めの言葉を期待するなよ。落ち込むなら、自分の部屋に帰って勝手に落ち込め。じゃあな」

 メリオンはひらりと手を振ると、クリスの脇をすり抜けその場を立ち去らんとする。しかし迷いのない歩みは数歩のところで止められる。項垂れるクリスが、メリオンの手首を掴んだからだ。顔の見えない男は、涙に震える声で言う。

「言葉はいらないから、身体で慰めてよ」
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