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はないちもんめ
※圧倒的強者と絶対的強者-3
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温かな湯の中から引き上げられるような感覚だ。
心地良い空間から、まず初めに現実に引き戻されたのは触覚だ。人の肌に触れている。湯の中にいた感覚は温かな人肌を抱きしめているためだ。続いて戻ったのは聴覚。耳元で繰り返される荒い呼吸音。自身の呼吸ではない。触れている温かな肌の主のものか。
嗅覚、味覚と五感は戻り、最後に戻ったのが視覚だった。初めに目に入ったのは真っ新な白。触角を頼りに、その白がベッドに敷かれたシーツであると分かる。続いて目に入ったのは、真っ白の寝具の上に広がる黒い髪だ。女性のものではない、短く切られた黒髪。一瞬思いを寄せる人物の顔が脳裏をよぎり、クリスは弾かれたように身を起こした。
「…気が付いたか」
その黒髪の持ち主――メリオンは、不機嫌を隠さずに吐き捨てる。乱れた黒髪、上気した頬、そしてたくさんのキスマークが浮いた肌。クリスはだらだらと冷や汗を流しながら、目の前の光景を冷静に分析する。
「えーと…僕、犯罪者になりました?」
間の抜けた問いは、冷静沈着な分析の結果である。今、クリスはメリオンの肢体を組み敷いている。それだけならば構わない。だがクリスが自身を「犯罪者」と称するのは、2人の陰部が深く繋がったままであるからだ。それもメリオンがクリスに挿れているのではない。クリスがメリオンに挿れている。
メリオンはクリスとの性行為こそ受け入れたが、「下」になることは受け入れていない。抵抗するメリオンを力任せに組み敷き、強引な挿入を図ったとすれば、それは完全な強姦行為である。加害者であるはずのクリスは、肝心の行為について何一つ覚えていないのだけれど。
メリオンはしばらく無言でクリスをねめつけていた。しかし数秒と経たずに、メリオンの唇からは全てを諦めたような溜息が漏れる。
「安心しろ。不本意だが同意の上だ」
「あ、そうですか。それは良かった」
「良いわけがあるか。状況をよく見ろ貴様」
ついに呼び名がお前から貴様になってしまったかと、クリスは苦笑いだ。一先ず犯罪者になることは避けられたようで、安堵したクリスは改めて記憶を辿る。逢瀬宿で臨んだ初めての吸血。メリオンの手技により、一度絶頂を迎えたことは覚えている。しかしどう頑張っても、思い出せるのは最初の射精の瞬間までであった。その後の記憶がすっかり抜け落ちている。
「メリオンさん。何がどうしてこうなったんですか?恥ずかしながら僕、射精の後から記憶が飛んでいるんですけれど」
「…吸血量が多すぎたんだ。射精の快楽に耐え切れず、意識が飛んだ」
「意識が飛んだというのは、気を失ったという意味ですか?」
「そうだ。幸いにも意識はすぐに戻ったんだが、不幸にも理性は戻らなくてな。説得の言葉も通じそうにないから好き勝手にやらせておいた」
「その結果がこの現状ですか」
「この惨状だ。念のために言っておくが、この俺が尻を差し出すなど本来ならば有り得ない。しかしこの度の非はどう考えても俺にある。海よりも深く反省し、やむを得ず下になることを受け入れたんだ。分かったらさっさとそこを退け」
感情なく告げられる言葉に耳を澄ませながら、クリスはいまだ繋がったままの陰部をしげしげと見下ろした。硬く勃ち上がった己の陰茎が、薄桃色の後孔に差し込まれている。かなり深い部分で繋がっているにも関わらず、裂傷や出血はない。ひょっとしてまだ挿入直後かと思いきや、メリオンの内太腿には白濁液の伝った跡。「んん?」とクリスは首を傾げる。
「あのぉ…メリオンさんってもしかして」
「おいクリス。そこを退けと言っただろう」
「退けますけれど、その前にちょっと確認で」
「しなくていい。とっとと俺から離れろ」
メリオンは焦りの滲んだ顔で、不自然に会話を遮ろうとする。その様子を見て、クリスは頭に沸いた可能性を確信に変えた。メリオンは嘘を吐いている。それも己の威厳を保ちたいがためだけの、小さくてくだらない嘘を。そう気付いた瞬間、クリスの心の内には悪戯心が湧き上がる。
「分かりました。すぐ抜きますから」
クリスはメリオンの内太腿に手を添えて、胎内に刺さり込んだ陰茎をゆっくりと引き抜いていく。粘膜の擦れ合うぬるぬるとした感触が気持ち良い。男性のそこは本来濡れる場所ではないのだから、潤滑剤となっているのは己の吐き出した精液か?
陰茎を先端まで引き抜いたとき、メリオンはようやく下肢の力を抜いた。下腹部の緊張が緩んだためか、後孔からは白濁液が溢れ出す。粘性のあるそれは内太腿を伝い、皺くちゃのシーツの上へと落ちる。クリスはしばらくメリオンの胎内から精液が溢れ出す様を眺めていたが、やがて思い出したように後孔に先端を宛がった。「挿れます」と声もかけず、唐突に、脱力した胎内を突き上げる。
「あぐっ」
前触れのない深い挿入に、メリオンの口からは悲鳴が漏れる。クリスはメリオンの身体を抱きすくめ、必死の抵抗を抑え込みながら、何度も何度も胎内を突き上げる。
「メリオンさん、僕に嘘吐いたでしょ」
クリスはメリオンの耳元に唇を寄せ、囁く。メリオンは答えない。激しい挿抜に合わせ「あ、ぐぅ」と苦しげに呻くだけ。五指が背中に爪痕を残しても、クリスは挿抜を止めない。
「男性とするときは挿入側だっていうの、あれ嘘でしょ?だって慣れている感じだもん。出血もないしさ」
腰を打ち付ける動きを止めずに、クリスは言う。
クリスがメリオンの言を嘘だと判断した理由は、陰部に裂傷や出血がなかったからだ。過度な吸血により理性を飛ばしたクリスは、恐らくメリオンを相手に強引な挿入を図ったはず。念入りな前戯など行うはずもないのだから、多少の裂傷や出血はあってしかるべきなのだ。しかしメリオンの陰部にはそれがない。つまりメリオンは、日常的に男性を受け入れているということだ。満足に慣らさずとも男性を受け入れられるくらい頻繁に。
「別に嘘をついたことを責めているわけじゃなくてね。ただの確認」
クリスは汗ばんだ肌に唇をつける。メリオンの肌に浮かぶ生々しい鬱血痕は、全てクリスが付けたもの。付けた記憶は微塵もないのだけれど。そうしてちゅうちゅうと肌に吸い付くうちに、耳に届く声は甘さを帯びる。「ぐ、うぅ」と押し殺すような嬌声は、メリオンが挿抜により快楽を感じている証。それだけではない。2人の腹に挟み込まれた陰茎が、挿抜の度に硬さを増す。「俺が男に突っ込まれて、ひんひん喘がされている様を想像できるか?」不敵な笑みとともにそう言い放ったメリオンは、過去に何度も後孔での絶頂を経験しているのだ。
もっと激しく乱れる顔を見たい。クリスが呼吸を整えようとした、その時だ。
「やめろ!」
空気を揺るがす怒号に、クリスははたと動きを止める。熱に浮かされた灰色の瞳が、恨みがましくクリスを見上げる。
「1人だけだ。提供者の中に1人だけ、挿入を許している奴がいる」
「それはなぜ?」
「深い意味はない。そっちの方が相性が良かっただけだ」
「へぇ…」
「詮索をしても無駄だぞ。本当に意味はない。初めは俺が挿れる側だったんだ」
つまり今のメリオンの身体は、その「挿入を許している奴」による開発の賜物ということか。メリオンの身体を傷つけずに済んで良かったと思う反面、多少の面白くなさも募る。それはある種の支配欲とでも言うべきか。
クリスはメリオンの肩先に口付けを落とし、中断していた挿抜を再開せんとする。しかしクリスが腰を動かすよりも早く、メリオンの両脚が腰回りに絡んだ。鍛え上げられた太腿にぎりぎりと締め上げられれば、行為の再開は不可能である。
「メリオンさん、痛いです」
「止めろと言っただろうが。お前は本当に人の話を聞かんな?」
「覚えてないけど散々したんでしょ?もう1回くらいいいじゃないですか」
「理性の飛んだお前は可愛げがあった。だが今は駄目だ」
「ここで止めるのは無理ですって。爆発する」
「知るか。させておけ」
取り付く島もない、とクリスは頬を膨らませる。しかし一度頑なになったメリオンを相手に、言葉での説得は不可能である。
「それなら一度キスをさせてくれませんか?キスをさせてくれたら、それですっぱり止めますから」
「口付けなら、吸血の前にしただろうが」
「あんなのただ口がぶつかったレベルじゃないですか。僕は、もっとキスっぽいキスがしたいんです」
「駄目だ。俺は人と口を付けるのは好まん」
「え、そうなんですか?なんで?」
クリスは意外とばかりに声を上げる。淫猥物と名高いメリオンにとってみれば、キスなど挨拶代わりだと予想していたのだ。
「お前は自身の刀を、容易く人に触らせるのか」
「…ああ、なるほど」
即ち吸血族にとっての牙は、人にとっての刀と同じということだ。大切な武器である以上、たとえ心を許した相手にでも簡単に触れさせたりはしない。ムード作りのキスに拳を返された理由はそれかと、クリスは痛みの残る横腹を撫でた。
「なら尚更、一度だけでいいですから」
「駄目だ」
「それで納得したら止めると言っているのに?」
「駄目だ」
「…そっかぁ。じゃあ仕方ないので、このまま続けますね」
メリオンの太腿に挟み込まれたまま、クリスは小刻みに腰を揺する。メリオンの口元からはぎりぎりと歯軋りの音が聞こえるようである。
「一度だけだ。本当に、一度だけだぞ」
「分かっていますって。一度だけね」
この度の言い合いはクリスの勝ち。要望を押し通したと満足気なクリスは、メリオンの顔面を真正面から覗き込む。薄い唇は不機嫌に引き結ばれ、灰色の瞳は未知なる行為への恐怖に揺れる。クリスは手のひらで口元を押さえ、メリオンに気付かれないようにこっそり笑みを零す。まさかポトス城屈指の淫猥物と名高い男が、キスごときでこれほど動揺を露わにするとは。
クリスは上機嫌で、メリオンの唇に口付けようとする。しかし唇と唇が触れ合う寸前、悔しくも行為は中断される。不機嫌満開のメリオンの声によって。
「クリス。先に挿さっているモノを抜け」
メリオンが視線を向ける先は、いまだ繋がったままの下半身。クリスはにっこりと笑う。
「満足したら抜きますから」
本当にお前は人の話を聞かない。怒号が吐き出されるよりも早く、クリスはメリオンの唇を塞いだ。
心地良い空間から、まず初めに現実に引き戻されたのは触覚だ。人の肌に触れている。湯の中にいた感覚は温かな人肌を抱きしめているためだ。続いて戻ったのは聴覚。耳元で繰り返される荒い呼吸音。自身の呼吸ではない。触れている温かな肌の主のものか。
嗅覚、味覚と五感は戻り、最後に戻ったのが視覚だった。初めに目に入ったのは真っ新な白。触角を頼りに、その白がベッドに敷かれたシーツであると分かる。続いて目に入ったのは、真っ白の寝具の上に広がる黒い髪だ。女性のものではない、短く切られた黒髪。一瞬思いを寄せる人物の顔が脳裏をよぎり、クリスは弾かれたように身を起こした。
「…気が付いたか」
その黒髪の持ち主――メリオンは、不機嫌を隠さずに吐き捨てる。乱れた黒髪、上気した頬、そしてたくさんのキスマークが浮いた肌。クリスはだらだらと冷や汗を流しながら、目の前の光景を冷静に分析する。
「えーと…僕、犯罪者になりました?」
間の抜けた問いは、冷静沈着な分析の結果である。今、クリスはメリオンの肢体を組み敷いている。それだけならば構わない。だがクリスが自身を「犯罪者」と称するのは、2人の陰部が深く繋がったままであるからだ。それもメリオンがクリスに挿れているのではない。クリスがメリオンに挿れている。
メリオンはクリスとの性行為こそ受け入れたが、「下」になることは受け入れていない。抵抗するメリオンを力任せに組み敷き、強引な挿入を図ったとすれば、それは完全な強姦行為である。加害者であるはずのクリスは、肝心の行為について何一つ覚えていないのだけれど。
メリオンはしばらく無言でクリスをねめつけていた。しかし数秒と経たずに、メリオンの唇からは全てを諦めたような溜息が漏れる。
「安心しろ。不本意だが同意の上だ」
「あ、そうですか。それは良かった」
「良いわけがあるか。状況をよく見ろ貴様」
ついに呼び名がお前から貴様になってしまったかと、クリスは苦笑いだ。一先ず犯罪者になることは避けられたようで、安堵したクリスは改めて記憶を辿る。逢瀬宿で臨んだ初めての吸血。メリオンの手技により、一度絶頂を迎えたことは覚えている。しかしどう頑張っても、思い出せるのは最初の射精の瞬間までであった。その後の記憶がすっかり抜け落ちている。
「メリオンさん。何がどうしてこうなったんですか?恥ずかしながら僕、射精の後から記憶が飛んでいるんですけれど」
「…吸血量が多すぎたんだ。射精の快楽に耐え切れず、意識が飛んだ」
「意識が飛んだというのは、気を失ったという意味ですか?」
「そうだ。幸いにも意識はすぐに戻ったんだが、不幸にも理性は戻らなくてな。説得の言葉も通じそうにないから好き勝手にやらせておいた」
「その結果がこの現状ですか」
「この惨状だ。念のために言っておくが、この俺が尻を差し出すなど本来ならば有り得ない。しかしこの度の非はどう考えても俺にある。海よりも深く反省し、やむを得ず下になることを受け入れたんだ。分かったらさっさとそこを退け」
感情なく告げられる言葉に耳を澄ませながら、クリスはいまだ繋がったままの陰部をしげしげと見下ろした。硬く勃ち上がった己の陰茎が、薄桃色の後孔に差し込まれている。かなり深い部分で繋がっているにも関わらず、裂傷や出血はない。ひょっとしてまだ挿入直後かと思いきや、メリオンの内太腿には白濁液の伝った跡。「んん?」とクリスは首を傾げる。
「あのぉ…メリオンさんってもしかして」
「おいクリス。そこを退けと言っただろう」
「退けますけれど、その前にちょっと確認で」
「しなくていい。とっとと俺から離れろ」
メリオンは焦りの滲んだ顔で、不自然に会話を遮ろうとする。その様子を見て、クリスは頭に沸いた可能性を確信に変えた。メリオンは嘘を吐いている。それも己の威厳を保ちたいがためだけの、小さくてくだらない嘘を。そう気付いた瞬間、クリスの心の内には悪戯心が湧き上がる。
「分かりました。すぐ抜きますから」
クリスはメリオンの内太腿に手を添えて、胎内に刺さり込んだ陰茎をゆっくりと引き抜いていく。粘膜の擦れ合うぬるぬるとした感触が気持ち良い。男性のそこは本来濡れる場所ではないのだから、潤滑剤となっているのは己の吐き出した精液か?
陰茎を先端まで引き抜いたとき、メリオンはようやく下肢の力を抜いた。下腹部の緊張が緩んだためか、後孔からは白濁液が溢れ出す。粘性のあるそれは内太腿を伝い、皺くちゃのシーツの上へと落ちる。クリスはしばらくメリオンの胎内から精液が溢れ出す様を眺めていたが、やがて思い出したように後孔に先端を宛がった。「挿れます」と声もかけず、唐突に、脱力した胎内を突き上げる。
「あぐっ」
前触れのない深い挿入に、メリオンの口からは悲鳴が漏れる。クリスはメリオンの身体を抱きすくめ、必死の抵抗を抑え込みながら、何度も何度も胎内を突き上げる。
「メリオンさん、僕に嘘吐いたでしょ」
クリスはメリオンの耳元に唇を寄せ、囁く。メリオンは答えない。激しい挿抜に合わせ「あ、ぐぅ」と苦しげに呻くだけ。五指が背中に爪痕を残しても、クリスは挿抜を止めない。
「男性とするときは挿入側だっていうの、あれ嘘でしょ?だって慣れている感じだもん。出血もないしさ」
腰を打ち付ける動きを止めずに、クリスは言う。
クリスがメリオンの言を嘘だと判断した理由は、陰部に裂傷や出血がなかったからだ。過度な吸血により理性を飛ばしたクリスは、恐らくメリオンを相手に強引な挿入を図ったはず。念入りな前戯など行うはずもないのだから、多少の裂傷や出血はあってしかるべきなのだ。しかしメリオンの陰部にはそれがない。つまりメリオンは、日常的に男性を受け入れているということだ。満足に慣らさずとも男性を受け入れられるくらい頻繁に。
「別に嘘をついたことを責めているわけじゃなくてね。ただの確認」
クリスは汗ばんだ肌に唇をつける。メリオンの肌に浮かぶ生々しい鬱血痕は、全てクリスが付けたもの。付けた記憶は微塵もないのだけれど。そうしてちゅうちゅうと肌に吸い付くうちに、耳に届く声は甘さを帯びる。「ぐ、うぅ」と押し殺すような嬌声は、メリオンが挿抜により快楽を感じている証。それだけではない。2人の腹に挟み込まれた陰茎が、挿抜の度に硬さを増す。「俺が男に突っ込まれて、ひんひん喘がされている様を想像できるか?」不敵な笑みとともにそう言い放ったメリオンは、過去に何度も後孔での絶頂を経験しているのだ。
もっと激しく乱れる顔を見たい。クリスが呼吸を整えようとした、その時だ。
「やめろ!」
空気を揺るがす怒号に、クリスははたと動きを止める。熱に浮かされた灰色の瞳が、恨みがましくクリスを見上げる。
「1人だけだ。提供者の中に1人だけ、挿入を許している奴がいる」
「それはなぜ?」
「深い意味はない。そっちの方が相性が良かっただけだ」
「へぇ…」
「詮索をしても無駄だぞ。本当に意味はない。初めは俺が挿れる側だったんだ」
つまり今のメリオンの身体は、その「挿入を許している奴」による開発の賜物ということか。メリオンの身体を傷つけずに済んで良かったと思う反面、多少の面白くなさも募る。それはある種の支配欲とでも言うべきか。
クリスはメリオンの肩先に口付けを落とし、中断していた挿抜を再開せんとする。しかしクリスが腰を動かすよりも早く、メリオンの両脚が腰回りに絡んだ。鍛え上げられた太腿にぎりぎりと締め上げられれば、行為の再開は不可能である。
「メリオンさん、痛いです」
「止めろと言っただろうが。お前は本当に人の話を聞かんな?」
「覚えてないけど散々したんでしょ?もう1回くらいいいじゃないですか」
「理性の飛んだお前は可愛げがあった。だが今は駄目だ」
「ここで止めるのは無理ですって。爆発する」
「知るか。させておけ」
取り付く島もない、とクリスは頬を膨らませる。しかし一度頑なになったメリオンを相手に、言葉での説得は不可能である。
「それなら一度キスをさせてくれませんか?キスをさせてくれたら、それですっぱり止めますから」
「口付けなら、吸血の前にしただろうが」
「あんなのただ口がぶつかったレベルじゃないですか。僕は、もっとキスっぽいキスがしたいんです」
「駄目だ。俺は人と口を付けるのは好まん」
「え、そうなんですか?なんで?」
クリスは意外とばかりに声を上げる。淫猥物と名高いメリオンにとってみれば、キスなど挨拶代わりだと予想していたのだ。
「お前は自身の刀を、容易く人に触らせるのか」
「…ああ、なるほど」
即ち吸血族にとっての牙は、人にとっての刀と同じということだ。大切な武器である以上、たとえ心を許した相手にでも簡単に触れさせたりはしない。ムード作りのキスに拳を返された理由はそれかと、クリスは痛みの残る横腹を撫でた。
「なら尚更、一度だけでいいですから」
「駄目だ」
「それで納得したら止めると言っているのに?」
「駄目だ」
「…そっかぁ。じゃあ仕方ないので、このまま続けますね」
メリオンの太腿に挟み込まれたまま、クリスは小刻みに腰を揺する。メリオンの口元からはぎりぎりと歯軋りの音が聞こえるようである。
「一度だけだ。本当に、一度だけだぞ」
「分かっていますって。一度だけね」
この度の言い合いはクリスの勝ち。要望を押し通したと満足気なクリスは、メリオンの顔面を真正面から覗き込む。薄い唇は不機嫌に引き結ばれ、灰色の瞳は未知なる行為への恐怖に揺れる。クリスは手のひらで口元を押さえ、メリオンに気付かれないようにこっそり笑みを零す。まさかポトス城屈指の淫猥物と名高い男が、キスごときでこれほど動揺を露わにするとは。
クリスは上機嫌で、メリオンの唇に口付けようとする。しかし唇と唇が触れ合う寸前、悔しくも行為は中断される。不機嫌満開のメリオンの声によって。
「クリス。先に挿さっているモノを抜け」
メリオンが視線を向ける先は、いまだ繋がったままの下半身。クリスはにっこりと笑う。
「満足したら抜きますから」
本当にお前は人の話を聞かない。怒号が吐き出されるよりも早く、クリスはメリオンの唇を塞いだ。
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