【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

圧倒的強者と絶対的強者-1

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 ポトスの街の歓楽街を1本外れた通りは、通称逢瀬街と呼ばれている。そこに立ち並ぶ建物は逢瀬宿と呼ばれ、恋人たちが逢瀬を重ねる場所。また歓楽街で出会った者達が、一晩限りの性遊戯を楽しむ場所でもある。
 その逢瀬宿の一室に一人のメリオンの姿がある。巨大なベッドの上に両脚を投げ出し、右手には酒の注がれたグラス。枕元のナイトテーブルには、まだ開けたばかりの酒瓶が置かれている。

「…はぁ」

 メリオンの口から溜息が漏れる。満杯のグラスを一息に煽り、憂鬱気に視線を送る先は、部屋の入り口付近に位置する浴室だ。浴室からはじゃあじゃあと賑やかな水音が響き、その場所が現在使用中であることを伝えている。はぁ、メリオンの口からまた大きな溜息が漏れる。

***

 時は1週間前に遡る。クリスから吸血族との仲介を依頼されたメリオンは、その日より数日間ポトスの街中を駆け回った。信頼のおける吸血族の元を回り、クリスと一夜限りの関係を持ってほしいと頼みこんだのである。しかしメリオンの努力は空しく、返される答えはもれなく「否」。当初から予想していたことではあるが、国家の重鎮であるクリスから積極的に吸血を行いたい者などいるはずもない。性的行為が伴うとなれば尚更だ。
 5人目の吸血族から「否」の返事を返されたとき、メリオンは潔く仲介を諦めた。この件は正式な仲介依頼ではなく、単なるクリスの我儘だ。貴重な公務の時間を削ってまで、相手を見繕ってやる必要などないのである。その夜メリオンはクリスの私室を訪れ、はっきりとこう告げた。

「現段階での仲介は不可能。どうしてもと思うのなら、潔く順番待ちの列の最後尾に並べ。お前の番が回って来たときに、運良くお前のことを受け入れても良いという奴がいれば、喜んで仲介を行ってやろう」

 メリオンは扉の前に仁王立ちし、クリスの答えを待つ。数十秒に渡る沈黙の後、クリスから返される言葉はこうである。

「それなら、やっぱりメリオンさんが相手をしてください。僕が下で良いですから」

 この提案に、メリオンは激しく思い悩むことになる。
 メリオンがクリスとの性行為を拒むのは「王宮関係者と肉体関係は持たない」という信念があるからだ。メリオンにとって性行為は食事と同じ。例え身体を重ねたとしても、相手に対して特別な感情を抱くことはない。しかし相手がそうとは限らない。いらない恋心を抱かれ、厄介な執着心を持たれては、公務に支障を及ぼしかねない。メリオンが王宮内で「紳士」と謳われているのは、どのような状況下においても信念を守り続けているためである。ただし公務時間外――私生活が乱れ放題であることは言うまでもなし。
 信念に基づくのならば、メリオンはクリスとの行為を受け入れることができない。しかし今、メリオンの心は揺らぎつつある。理由はただ一つ、面白そうだから。いつも柔和な笑みを絶やさず、メリオンに対して無礼な発言をすることも多いクリスだ。その無礼者を快楽に沈め、激しく乱れる様を見られるのだとすれば、それは最高の享楽であろう。悩んだ末に、メリオンは欲望に身を委ねることを選ぶ。

「わかった、それで良い。ただし約束は守れ。お前が下、相手をするのは一度きり」
「え、本当に良いんですか?やったぁ」

 そう言うクリスはと言えば、見る者の目を潰しそうな満面の笑みである。

***

「上がりましたよ。あれ、お酒飲んでいるんですか」

 タオルで金色の髪を拭いながら、クリスは意外そうに声を上げた。身に着けたるは深紅のバスローブ、まさに風呂上りといった様相である。
メリオンは満杯のグラスに口を付け、中身を一気に煽る。

「少し酔いたい気分なんだ。正直、あまり気分が乗らない」
「そうなんですか?王宮を出発するときは、結構ノリノリに見えましたけれど」
「そうだな。俺にしては珍しい心境の変化だ。いつもは逢瀬宿に立ち入れば、自然と気分が盛り上がるものだが。やはりこの度は相手が悪い。今は対等な立場であるとはいえ、かつての教え子など抱くものではない。守り続けた信念を曲げることも気が引ける。よし、帰るか」
「いやいや…一度『良し』と言ったんだから、潔く腹を括ってくださいよ」

 クリスはタオルを頭にのせたまま苦笑いである。
 一度はクリスとの行為を了承したメリオンであるが、現在の気分はノリノリには程遠い。大好きな性行為にノリノリになれない理由は、まず一つ目にクリスがメリオンにとっての教え子であること。二つ目に長い間守り続けた信念が崩れてしまうこと。そして三つ目にクリスが人間であることだ。
 メリオンの年齢は二千年を優に超えるが、人間から吸血を行った経験はない。人間は魔族に比べ性に厳格な種族であると言われており、提供者になりたいと望む者が稀にしかいないためだ。故郷であるかつてのバルトリア王国に人間は住んでいなかった。人間の旅人が安易に立ち入れる土地でもなかった。数百、数千に及ぶ人々と身体を重ねてきたメリオンであるが、人間相手の行為は今日が初めての経験なのである。人間の肉体が魔族のそれに比べ遥かに脆弱であることを考えれば、先の行為には不安が募る。
 しかしクリスの言う通り、一度「良し」と言った以上潔く腹を括るしか道はないのだ。メリオンは本日何度目になるか分からない溜息を吐く。

「おいクリス。ベッドにのれ」
「あ、やる気湧きました?」
「こうしてお前の顔を眺めていては永遠にやる気など湧かん。しかし無様に乱れる様を見れば、多少気分は変わるだろう」
「いちいち物言いが酷い」

 不満げに唇を尖らせながらも、クリスは言われるがままベッドにのった。メリオンは空のグラスをナイトテーブルの上に置き、バスローブに包まれたクリスの胸元を指差す。

「衣服は全て脱げよ。吸血族の唾液には止血性があるが、それでも多少の血が流れることは避けられん」

 はい、と返事をして、クリスは深紅のバスローブをするりと脱いだ。研究職兼事務職であるクリスの肉体は、メリオンと比べれば大分細身だ。それでも貧相というほどではないし、余分な肉もついてはいない。整った肉体である。
 クリスの脱衣風景から興味なさげに視線を逸らし、メリオンもまた脱衣を開始する。クリスよりも先にシャワーを済ませたメリオンは、下半身は下着だけ、上半身は半袖の肌着一枚という軽装だ。全裸になるまでには数秒とかからないのである。

 全裸の男2人が、ベッドの上で向かい合う。しかし2人が真面目な表情で向かい合っていたのはほんの数秒のこと。無言のメリオンが、クリスの両肩に手のひらをのせたのだ。薄い唇の間に4本の牙を覗かせたメリオンは、前置きもなくクリスの首筋に噛みつかんとする。クリスは「ひぇ」と悲鳴を上げ、メリオンの顔面を手のひらで押し戻した。

「ちょちょ、ちょっと待って。こんな唐突に始まるんですか?ムードとかないの?」
「お前相手にムードも何もあるか。欲しいなら自分で作れ」

 正規の提供者相手であれば、メリオンとてムード作りに手は抜かない。しかし繰り返すが、この度の行為は単なるクリスの我儘だ。願いを聞き入れる側であるメリオンが、甲斐甲斐しくムードを作る必要は一切ないのである。

 次の瞬間、クリスの手のひらがメリオンの頬に触れた。突然の接触にメリオンの思考は一時停止。そのわずかな隙に、唇に温もりが触れる。
 キスをされている。そう理解した瞬間、メリオンは拳を振り上げクリスの横腹に一撃を入れた。哀れクリスは勢いよくベッドから転げ落ち、絨毯の上で苦悶の声を漏らす。

「嘘でしょ…ムードを作れと言ったのはメリオンさんですよ…」
「言葉のあやだ。真に受けるな」

 気を取り直して、2人は再びベッドの上で向かい合った。ムード作りを諦めたクリスはきたるべき吸血に備え正座、メリオンはその真正面で胡坐をかく。一片の色香も漂わない空間で、全裸の男2人が向かい合う様は滑稽の一言だ。あのぉ、とクリスが遠慮がちに口を開く。

「多分お気づきのこととは思いますけれど。僕、男性相手の性行為は初めてなんですよ。だから最後までできるか分からないですよ」

 クリスの言う「最後まで」とは、挿入に至れるかどうかがわからないという意味だ。男の身体は男を受け入れるようにはできていない。回数を重ねて慣らしていくのが普通である。しかしメリオンとクリスの行為は一度きりという約束だ。次回の約束がない上、この貴重な一回が不完全で終わってしまう可能性は高い。

「俺はお前が快楽に溺れる顔を見たいだけだ。正直挿入はどうでもいい」
「ええ…趣味悪…」
「俺に頼むお前が悪い。安ずるな。俺はともかく、お前は満足させてやる」

 メリオンは薄い唇を舐め、クリスの両肩に手のひらをのせた。クリスはぴくりと身体を揺らし、しかし先ほどのように驚き怯えはしない。

 柔らかな首元の皮膚に口付けを落とす。そこに牙を突き立てるのだと伝えるように。何度も何度も口付けを落とし、ときにくすぐるように舌先を這わせる。ふとした瞬間に目線を上げてみれば、すぐ傍にあるクリスの顔は恐怖に引きつっていた。この顔が堪らない、メリオンは声を潜めて笑う。誰だって血を流すことは怖い。尖った牙を突き立てられることなど怖いに決まっている。その恐怖に満ちた表情が、快楽に変わる瞬間がたまらなく好きだ。メリオンはにんまりと口の端を上げ、尖った牙を柔らかな皮膚に突き立てた。
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