【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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はないちもんめ

至高の按摩-2

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「次、背中の右側上部触りますね」

 後頭部にクリスの声が降りそそぐ。一度きりの按摩を了承してから早10分。メリオンは小上がりの真ん中でうつ伏せとなり、背中にはクリスがまたがっている。古ぼけた書物を参考に、メリオンの上体に至高の按摩を施している真っ最中なのだ。座布団を枕にしたメリオンは、うとうとと夢見心地で按摩を受け入れる。他人に身体を揉み解されるのは初めての経験であるが、確かにこれは気持ち良い。

「えーと…次は右脇付近」

 軽く息を弾ませながら、クリスは言う。
 事前に按摩を施す箇所を伝えろ。それは一度きりの按摩を受け入れるにあたり、メリオンがクリスに出した条件だ。長い間バルトリア王国に身を置いていたメリオンにとって、背後から身体に触れられることなど嫌悪の対象でしかない。見えない場所から身体に触られる、それ即ち死を意味するからだ。だからクリスは按摩の場所を変えるたび、次に触れる場所を的確にメリオンに伝えてくる。

「メリオンさん。別件で少しお話ししたいんですけれど」
「何だ、仕事の話か」
「いえ。吸血族の提供者の件です」

 吸血族の提供者。それはドラキス王国内に住まう吸血族に、定期的に血液を提供することを了承した者たちの総称だ。吸血は吸血族の性。避けることのできない行為であるゆえに、吸血族長であるメリオンが副業として仲介を請け負っているのである。ポトスの街中に小さな事務所を構え、血を吸いたい吸血族と、血を吸われたい提供者を引き合わせる。吸血には性的快楽が伴うという性質ゆえに、この仲介業は国家の安寧のためになくてはならない仕事なのだ。提供者の存在なくしては、ポトスの街は王国屈指の淫靡街と成り果ててしまう。
 メリオンが提供者の仲介業を行っていることは、国王であるレイバックも承知のこと。だが吸血に性的快楽が伴うという事実を知る者は、王宮内に数えるほどしかいない。ゼータとザトとクリス。その面々は、メリオンの本性を知る者と言い換えても良い。
 メリオンは右脇付近を揉みしだかれながら、続くクリスの言葉を待つ

「提供者の枠に、今空きはありますか?」
「…いや、空きはないな。順番待ちの列ができているくらいだ」
「何人くらい?」
「30人程度」

 吸血族の吸血行為には性的快楽が伴う。それゆえに提供者の存在は公にされず、それゆえに密かな人気を博しているのだ。通常の性行為ではまず感じることのできない極上の快楽を体験したいと、友人家族に内緒で提供者となることを望む者は多い。吸血行為にはもれなく性行為が伴うこともあり、メリオンは提供者の個人情報保護には過剰ともいえる気を遣っている。

「30人…ですか。それって全員捌けるまでにどれくらいかかります?」
「どうだろうな。半年見ておけば間違いはないと思うが」
「…結構先になりますね」

 それきりクリスは黙り込む。長い沈黙に居心地の悪さを感じたメリオンは、首を捻ってクリスの表情伺おうとする。しかしうつ伏せの体勢では、背中にまたがる人物の顔面を見ることは不可能だ。視界に入るのは、小刻みに動く前腕だけ。

「クリス。お前、まさか提供者になりたいのか?」
「んー…そうですね。興味はあります」

 素直に返される言葉に、メリオンはふむと考えこむ。クリスが提供者になりたいと望むのなら、その意思を拒むつもりはない。吸血行為は違法ではないし、現に王宮内の官吏にも提供者となっている者は数名いる。しかしここで一つ考慮せねばならないのは、クリスの容姿が目立ちすぎるということ。超が付くほど男前の顔立ちに、煌めく金色の髪。それでいて人間族長の地位に就くクリス提供者となるのなら、相手となる吸血族も選ばなければならない。絶対に情報を他に漏らすことのない、信用のおける人物を見繕わねばならないということだ。

「希望するのなら名簿に名前は書いてやる。ただし実際の仲介はいつになるかわからんぞ。お前ほどの地位の人物が提供者となるのであれば、相手となる吸血族も限られてくる」
「そうですか…」

 クリスはまた黙り込む。途中「次は両肩を揉みます」と言葉を挟むものの、提供者の話題を先に進めようとはしない。
 無言のまま、クリスの両手はメリオンの肩を揉みしだく。これは気持ち良いとメリオンは目を閉じる。凝っている自覚もなかったが、着座の時間が長ければ肩回りは凝り固まるものだ。一度きりと言いはしたが、肩回りに限るのであればまた按摩の練習台になるのも悪くはない。

「メリオンさん、全く話は変わるんですけどね」

 夢見心地から現実に引き戻され、メリオンは不満げに声を上げる。

「おい、提供者の件はどうするんだ。保留にすれば次から次へと人は並ぶぞ」
「その件はひとまず横に置いておいてください」
「…はぁ」

 真面目に考えてやったのに、メリオンは心の中で不満を連ねる。しかしクリスはそんなメリオンの心情を気に掛ける様子もなく、「次、背中全体揉みます」と言い放った。揉む場所を伝える作業が面倒臭くなってきたようである。

「で、話は変わるんですけどね」
「…ああ」

 仕事の話か、次の飲み会の話か。メリオンは想像を働かせながら、続くクリスの言葉を待った。しかし次の瞬間後頭部に降り注ぐ言葉は、全くもって予想外。

「メリオンさん、男性経験あります?」
「…あん?」

 柄にもなく、間抜けな声が出てしまうメリオンである。

「男性との性交経験はありますか、ってことです」
「そのくらい言い直さずとも分かる。質問の意図は」
「ただの雑談ですよ。特別な意図はありません。で、男性経験は?」

 繰り返される質問に、メリオンは不穏な空気を感じ始める。質問に答えることに不都合はない。自他共に認める「淫猥物」のメリオンにとれば、性経験の有無や性癖の暴露など、食事時の雑談に過ぎないのだ。だがそうであったとしても。目的の分からない問いに答えるというのは不安なものだ。

「意味のない質問に答える義理はない。この話は終いだ」
「ちょっと。勝手にお終いにしないでくださいよ。あるなしくらい教えてくれたって良いじゃないですか。以前みんなで王様ゲームをしたときに、僕に散々性癖を暴露させたんだから」

 そういえばそんな事もあったと、メリオンは懐かしい記憶を辿る。あれはバルトリア王国から、新王の即位式参列を促す文が届く前日のこと。クリスの小上がりに集まった面々は、クリスの提案により「王様ゲーム」なる遊びに興じたのだ。その王様ゲームの最中に、メリオンはクリスに多数の性癖を暴露させた。「一度やってみたい性行為は」「行為の最中に言われて一番興奮した言葉は」王様の命令には逆らうことができず、クリスは皆の前で幾度なく恥を晒す羽目になったのである。
 確かに暴王メリオンの命令に比べれば、今のクリスの質問など可愛いものだ。ならば少しくらい留飲を下げさせてやっても損はあるまい。

「男性経験はある。俺は現在15人の提供者と関係を結んでいるが、うちの3人は男だ。提供者になりたいと望む者の中には、吸血族の性別を問わない者が多い。条件を指定すればそれだけ順番が遅くなるからな。吸血族の中にも異性の提供者を望む者もいれば、血が吸えれば性別は問わないという者もいる。俺は後者だ」
「へぇー…つまりメリオンさんは、来る者拒まずな性格ということですね」
「そうだな。あまりこだわりはない」

 クリスの言い方に多少違和感を覚えるものの、とりあえず素直に肯定するメリオンである。
背中への按摩を一区切りにしたクリスは、メリオンの背上で半回転した。「次、太腿揉みますね」との言葉とともに、太腿裏側への按摩が開始される。温かな手のひらが太腿の筋肉を上から下へ、また上へ。按摩といえば上半身に施すことを想像するが、下肢を揉まれるのも悪くない。メリオンはまたうっとりと目を閉じる。しかし夢見心地は数分と経たずに現実へと引き戻される。

「上ですか?下?」
「…あん?」

 またしても、いや今度は先ほど以上に意図の分からない問いだ。意図が分からない、というよりは意味が分からない。夢見心地から引き戻されたことも相まって、メリオンの心中には苛立ちが募る。

「質問は的確にしろ。まるで意味が分からない」
「あ、すみません。さっきの会話の続きです。メリオンさんって、男性とするときは挿入側ですか?それとも挿れられる側?」
「挿入側だ。俺が男に突っ込まれて、ひんひん喘がされている様を想像できるか?」
「全くできないです。メリオンさんは、相手をひんひん喘がせてこそのメリオンさんですよね」
「分かっているじゃないか」

 メリオンはくつくつと笑う。

「じゃあ下になったことは一度もないですか?」
「ない、とは言わんな。2000年も生きていれば大概のことは経験する」
「え、嘘。いつ?誰としたの?どんな状況で?」
「食いつきを見せるな、気色悪い。詳細を教える義理はない。勝手に想像しろ」

 メリオンがそう吐き捨てれば、クリスはすぐさま口を閉じる。本日何度目になるか分からぬ沈黙だ。
しかし太腿周りへの按摩は継続される。太腿、いや正確には尻だ。クリスの両手のひらは、今メリオンの臀部に宛がわれている。そこにも筋肉があるのだから、揉まれれば当然気持ちは良い。だが現在の会話の内容と照らし合わせると、些か不安を覚える箇所である。
 互いに無言のまま臀部への按摩は続き、次にクリスが口を開いたのは、メリオンの桃尻が程よく揉みしだかれた頃である。

「メリオンさん、お願いがあります。一度限りでいいので、僕を提供者にしてください」
「却下。俺は自分よりでかい男を抱くのは御免だ」
「抱かなくて良いですよ。僕が抱くから。だから『下になったことはあるか』って聞いたでしょ」
「余計に御免だ。吸血による快楽を味わいたいというのなら、大人しく提供者の列の最後尾に並べ」
「でも僕、興味のあることはすぐにしたい質なんですよ」

 すぐにしたい。不穏な言葉にメリオンが身体を強張らせるのと、クリスの手がメリオンの服の裾をまくり上げるのはほぼ同時であった。熱を持った手のひらが腰回りの皮膚を撫でる。メリオンは四肢に力を込め勢いよく立ち上がる。当然、クリスはメリオンの背中から転がり落ちることになる。

「痛い!ちょっとメリオンさん、立ち上がるなら先に言ってくださいよ」

 固い敷物に尻を打ち付けたクリスは、恨みこもる眼差しでメリオンを見る。

「先に約束を破ったお前が悪い。触れる場所は事前に伝えろと言ったはずだ」
「事前に伝えれば、腰回りを撫で回しても良かったんですか?」
「良いわけあるか、この色惚け野郎。按摩は終わり。提供者の件については数日待て。信用のおける吸血族をあたってやる。一度きりで良いというのなら、多少の融通を利かせてやらんこともない」

 メリオンは小上がりから下り、部屋の扉へと向かう。元よりクリスの私室へは、魔法書を届けに来ただけである。魔法書を届け、按摩の実験台を引き受け、提供者の件もひとまず片は付いた。今日は貴重な公休日。かつての教え子であるとはいえ、クリスのためにこれ以上の時間を割くのは惜しい。颯爽と部屋を横断するメリオンの耳に、不満げなクリスの声が届く。

「メリオンさんが相手をしてくれれば、一時間で済む話なのになぁ…」
「却下」
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