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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ
後日談:夜のおしゃべり
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夜分。寝間着姿のゼータは、王妃の間の一角にうきうきと腰を下ろした。ゼータの目の前には横長の作業机、作業机の上には不可思議な箱型の物体がどっしりと据えられている。
その箱型の物体は「談話機」と呼ばれる道具だ。神国ジュリ秘蔵の神具の一つ、遠く離れた人と話ができるという夢のような代物である。通常、神具は神国ジュリから持ち出すことが禁じられている。しかしこの度は神具の試験的運用という意味合いで、例外的にドラキス王国への貸与が認められたのだ。その例外的な措置の裏側には、「ゼータと寝間着談話がしたい」というダイナの強い要望があったことは秘密である。
椅子に座り込んだゼータは、うきうきと肩を弾ませながら目の前の談話機を見つめた。見れば見るほど奇妙な風体の箱だ。箱の表面には繊細な幾何学模様が描かれており、箱ではあるが引き出しや開閉口の類は見当たらない。箱の側面には小さな突起があり、長さが50㎝ほどの組み紐が結わえ付けられている。そして箱から伸びる組み紐のもう片端には、手のひら大の木筒がしっかりと結わえられているのだ。それが談話機であるとの事前情報を得ていなければ、全くもって何に使う物かが分からないだろう。
壁時計の針が午後8時ちょうどを指したとき、軽快なベルの音が王妃の間に響く。りり、り、りり、と不規則なベルの音は、今までに聞いたどんな音色とも違う。その不可思議な音は談話機の内部から鳴り響いている。恐らく箱の内部に小さなベルが備え付けられているのだろう。ゼータはごくりと生唾を飲み込むと、組紐に結わえ付けられた木筒を持ち上げる。ぽっかりと穴の空いた木筒の片端に口元を近づける。
「ゼータです。ダイナ、聞こえますか?」
ゼータが弾む声でそう話しかけると、木筒の向こう側からはすぐに返事が返ってくる。
『ダイナです。ゼータ様、聞こえておりますわ』
木筒を通して聞こえる声は、確かに神国ジュリの王妃ダイナのもの。多少くぐもってはいるが、静かな部屋であれば聞き取ることに苦労はしない。ゼータは歓喜の声を上げる。
「すごいすごい!本当にダイナの声が聞こえますよ。」
『ゼータ様。はしゃいで談話機を揺らさないようにご注意くださいませ。最初の設置場所から1㎜でもずれてしまいますと、声を届けることが困難になってしまいます』
「そういえばそうでしたね。気を付けます」
談話機が繊細な仕様であったことを思い出し、きりりと背筋を正すゼータである。
ドラキス王国に神国ジュリから談話機が届けられたのは今日から5日前のこと。設置には談話機の製作者である神具師が同行し、搬入から設置完了までは数時間に及ぶときを要したのである。神具師は1泊の後すぐに帰国し、神国ジュリの神殿において談話機の最終調整を行い現在に至る。設置の手間と談話機の繊細な仕様を考慮すれば、例え便利な神具であったとしても設置が進まないのも納得だ。
莫大な経費をかけて設置した談話機を、初日から使用不能にしては面目が立たぬ。緊張に手に汗を握るゼータの耳に、いつもよりもくぐもったダイナの声が届く。
『片割れ探しの神具は無事受け取りましたわ。少し作りが変わっているように見えましたけれど、何か不具合がありました?』
「そうそう。そのことについてダイナに謝らなければならないんです。実は旅の途中で神具を壊してしまって、土地の方に修理を依頼したんですよ。修理の過程で動作行程が変わってしまった、と言っていました」
『それは大変でしたわね。動作行程が変わってしまったことについては問題ありませんわ。どうせ置物として以外に使い道のない神具ですから』
「そう言ってもらえると助かります。本当はドラキス王国に帰る前に、神国ジュリに立ち寄りたかったんです。神具のお礼も言いたかったですし、翡翠の耳飾りも直接お返ししたかったですし。でも状況が状況でしたから、一刻も早く国に帰った方が良いかという結論になりまして…すみません」
『いえいえ、大変な状況はお察しいたしますわ。1秒でも早くお帰りになって正解です』
ダイナの声はそこで途切れる。さて次は何を話そうか、とゼータは緊張に乾いた唇を舐める。話し相手が目の前にいれば、表情や仕草から会話のリズムが掴みやすい。だがこうして声だけを頼りにした会話では、想像以上に滑らかな会話が困難だ。相手がどこで言葉を区切ろうとしているかが分からないから、相槌を打つまでに不必要に間が開いてしまう。表情が分からなければ、自身の提供した話題に興味を持ってもらえているのかどうかも分からない。冗談一つ言うのにも気を遣う。便利な道具であることは確かだが、疲れているときの使用は避けた方が無難か。
ゼータがあれこれと考えこんだため2人の間にはいくらか沈黙が落ちる。沈黙を破った者はダイナだ。
『あの…ゼータ様。私これからとても失礼なことを申しますけれど、気を悪くしないでいただきたいの。実は談話が始まってからずっと、ゼータ様のお声が男性のもののように聞こえるんです。多分、談話機の不調だとは思うのですけれど…』
あ、とゼータは声を上げる。何も考えず男性の姿で談話機の前に座ってしまったが、よく考えればダイナはゼータがサキュバスであるという事実を知らない。ゼータの側が意図的に明かすことを避けていたからだ。そしてゼータの本性については、第1回寝間着談話会での最優先報告事項としていた。
「ダイナ。その件についてもしっかりとお話ししなくてはなりません。以前神殿でお会いしたとき、私がぶかぶかの靴を履いていたことを覚えていますか?」
『ええ、覚えていますわ。確かゼータ様は、「変身したときに不都合のない大きさの衣服を着ている」のだと仰って…え?』
「実は私、外見の性別を変えられるんですよ。サキュバスなんです。報告が遅くなって本当にすみません。隠していたわけではないんですけれど、フィビアスの一件があったものですから。何となく機を逃してしまったんです」
談話機の向こうのダイナは何も言わない。言葉にならないほど驚いているのか。それとも返す言葉を探しているのか。黒の城のサロンで初めて顔を合わせたとき、ダイナはサキュバスに対してある種の侮蔑的な世論を口にしていた、そのことを思い返し己の発言を悔いているのやもしれぬ。しかしこの件に関し意図的に情報を秘匿していたのはゼータの側。ダイナを責めるような真似はすまいと心に決めている。
沈黙の後、談話機の向こうからはやはり申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
『ゼータ様がサキュバスでいらっしゃる…?あの…私、何か失礼なことを言わなかったでしょうか。黒の城で初めてお会いしたときに…』
「どうでしょう。あのとき私も緊張していて、何を話したかイマイチ覚えていないんですよ」
ゼータがそう言い切れば、談話機からは安心したようなダイナの吐息。報告を終えて安心したのはゼータも一緒だ。まさかサキュバスであることを理由にダイナの対応が冷たくなるなどということは想像もしなかったが、やはり友情の前に種族の壁など存在しない。安堵に心が軽くなったゼータは、少し前から気になっていたことを口にしてみるのである。
「あのぉー…つかぬことをお伺いしますけれど、もしかしてそこにアメシス殿がいらっしゃいます?」
『ええ、私の背中に赤子のように張り付いておりますわ。本当はアメシス様も、ゼータ様とおしゃべりがしたいんです。でも談話機の使用方法を「妃同士の寝間着談話会」に限定してしまったでしょう。だから口を出すに出せなくて…ちょっとアメシス様。寝間着の襟を引っ張らないでくださいませ。自業自得でしょう』
やはりそうか、とゼータは顔を綻ばせる。アメシスがそこにいる、と感じたのはたまたまだ。何となくダイナ以外の人物の息遣いが聞こえる気がするだとか、頻繁に衣擦れの音が聞こえるだとか、そんな些細な理由。一国の国王が妃の背に張り付く姿を想像すれば心が和む。そしてその心和む光景は、ゼータの背中でも同様に目の当たりにすることができる。
「ダイナ。実は今、私の背中にはレイが張り付いているんですよ…。こちらもアメシス殿と同じく、おしゃべりに参加したいようでして」
そう、ゼータの背中には談話開始当初からレイバックが張り付いているのである。赤子のようにゼータの背中に張り付くレイバックは、母に負ぶさる赤子とでも形容しようか。傍から見て心和む光景であることに違いはないが、負ぶる側のゼータは重たくって仕方がない。レイバックの肘置きとなった肩は、先ほどから痛みを訴え始めている。しかし今は神国ジュリ秘蔵の寝具である談話機の試験運用のとき。例え肩が鈍痛を訴えていても、瞳煌めかせるレイバックに「退けろ」と言うのは酷である。
『あら、そうでしたの。それはお気の毒ですわ。でもこればかりは、神国ジュリ国王殿下のお許しがないと…』
「そうですよねぇ。神国ジュリの国王殿下が『良い』と言ってくれないと、レイとアメシス殿はおしゃべりに参加できないですよねぇ」
ゼータは極力残念そうな声音でそう語り掛ける。思いよ届け、と必死に願いながら。間もなく談話機の向こう側からは、早口で男性の声が聞こえてくる。それとその男性と会話をするダイナの声。ダイナが談話機の木筒を手のひらで塞いでいるようで、会話の正確に聞き取ることはできない。数秒と経たずして、木筒からはまたダイナの声が聞こえてくる。
『ゼータ様、アメシス様から伝言です。「談話機の試験運用はこれにて終わり。特段問題も見受けられないようだから、談話機の本格的運用を開始する。今後談話機を使用することができる人物は、ドラキス王国及び神国ジュリの王と王妃、さらには各国の国王が特例的に使用を認めた者に限る」』
ゼータとダイナの願いは、無事アメシスに届いたようだ。ゼータは「ふふ」と笑い声を零すと、談話機の木筒をレイバックに向かって差し出す。
「…だそうですよ。レイ、どうぞ」
木筒を手にしたレイバックが背中から下りたので、ゼータは椅子から立ち上がる。空いた椅子にはすかさずレイバックが尻を滑り込ませる。木筒からはがたがたと賑やかな音が聞こえてくるから、どうやら神国ジュリ側でも話し手を交代しているようだ。
木筒を口元にあてたレイバックは、うきうきと弾む声で語り掛ける。
「アメシス殿、聞こえるか?」
遠く離れた友の間で、夜のおしゃべりは続く。
その箱型の物体は「談話機」と呼ばれる道具だ。神国ジュリ秘蔵の神具の一つ、遠く離れた人と話ができるという夢のような代物である。通常、神具は神国ジュリから持ち出すことが禁じられている。しかしこの度は神具の試験的運用という意味合いで、例外的にドラキス王国への貸与が認められたのだ。その例外的な措置の裏側には、「ゼータと寝間着談話がしたい」というダイナの強い要望があったことは秘密である。
椅子に座り込んだゼータは、うきうきと肩を弾ませながら目の前の談話機を見つめた。見れば見るほど奇妙な風体の箱だ。箱の表面には繊細な幾何学模様が描かれており、箱ではあるが引き出しや開閉口の類は見当たらない。箱の側面には小さな突起があり、長さが50㎝ほどの組み紐が結わえ付けられている。そして箱から伸びる組み紐のもう片端には、手のひら大の木筒がしっかりと結わえられているのだ。それが談話機であるとの事前情報を得ていなければ、全くもって何に使う物かが分からないだろう。
壁時計の針が午後8時ちょうどを指したとき、軽快なベルの音が王妃の間に響く。りり、り、りり、と不規則なベルの音は、今までに聞いたどんな音色とも違う。その不可思議な音は談話機の内部から鳴り響いている。恐らく箱の内部に小さなベルが備え付けられているのだろう。ゼータはごくりと生唾を飲み込むと、組紐に結わえ付けられた木筒を持ち上げる。ぽっかりと穴の空いた木筒の片端に口元を近づける。
「ゼータです。ダイナ、聞こえますか?」
ゼータが弾む声でそう話しかけると、木筒の向こう側からはすぐに返事が返ってくる。
『ダイナです。ゼータ様、聞こえておりますわ』
木筒を通して聞こえる声は、確かに神国ジュリの王妃ダイナのもの。多少くぐもってはいるが、静かな部屋であれば聞き取ることに苦労はしない。ゼータは歓喜の声を上げる。
「すごいすごい!本当にダイナの声が聞こえますよ。」
『ゼータ様。はしゃいで談話機を揺らさないようにご注意くださいませ。最初の設置場所から1㎜でもずれてしまいますと、声を届けることが困難になってしまいます』
「そういえばそうでしたね。気を付けます」
談話機が繊細な仕様であったことを思い出し、きりりと背筋を正すゼータである。
ドラキス王国に神国ジュリから談話機が届けられたのは今日から5日前のこと。設置には談話機の製作者である神具師が同行し、搬入から設置完了までは数時間に及ぶときを要したのである。神具師は1泊の後すぐに帰国し、神国ジュリの神殿において談話機の最終調整を行い現在に至る。設置の手間と談話機の繊細な仕様を考慮すれば、例え便利な神具であったとしても設置が進まないのも納得だ。
莫大な経費をかけて設置した談話機を、初日から使用不能にしては面目が立たぬ。緊張に手に汗を握るゼータの耳に、いつもよりもくぐもったダイナの声が届く。
『片割れ探しの神具は無事受け取りましたわ。少し作りが変わっているように見えましたけれど、何か不具合がありました?』
「そうそう。そのことについてダイナに謝らなければならないんです。実は旅の途中で神具を壊してしまって、土地の方に修理を依頼したんですよ。修理の過程で動作行程が変わってしまった、と言っていました」
『それは大変でしたわね。動作行程が変わってしまったことについては問題ありませんわ。どうせ置物として以外に使い道のない神具ですから』
「そう言ってもらえると助かります。本当はドラキス王国に帰る前に、神国ジュリに立ち寄りたかったんです。神具のお礼も言いたかったですし、翡翠の耳飾りも直接お返ししたかったですし。でも状況が状況でしたから、一刻も早く国に帰った方が良いかという結論になりまして…すみません」
『いえいえ、大変な状況はお察しいたしますわ。1秒でも早くお帰りになって正解です』
ダイナの声はそこで途切れる。さて次は何を話そうか、とゼータは緊張に乾いた唇を舐める。話し相手が目の前にいれば、表情や仕草から会話のリズムが掴みやすい。だがこうして声だけを頼りにした会話では、想像以上に滑らかな会話が困難だ。相手がどこで言葉を区切ろうとしているかが分からないから、相槌を打つまでに不必要に間が開いてしまう。表情が分からなければ、自身の提供した話題に興味を持ってもらえているのかどうかも分からない。冗談一つ言うのにも気を遣う。便利な道具であることは確かだが、疲れているときの使用は避けた方が無難か。
ゼータがあれこれと考えこんだため2人の間にはいくらか沈黙が落ちる。沈黙を破った者はダイナだ。
『あの…ゼータ様。私これからとても失礼なことを申しますけれど、気を悪くしないでいただきたいの。実は談話が始まってからずっと、ゼータ様のお声が男性のもののように聞こえるんです。多分、談話機の不調だとは思うのですけれど…』
あ、とゼータは声を上げる。何も考えず男性の姿で談話機の前に座ってしまったが、よく考えればダイナはゼータがサキュバスであるという事実を知らない。ゼータの側が意図的に明かすことを避けていたからだ。そしてゼータの本性については、第1回寝間着談話会での最優先報告事項としていた。
「ダイナ。その件についてもしっかりとお話ししなくてはなりません。以前神殿でお会いしたとき、私がぶかぶかの靴を履いていたことを覚えていますか?」
『ええ、覚えていますわ。確かゼータ様は、「変身したときに不都合のない大きさの衣服を着ている」のだと仰って…え?』
「実は私、外見の性別を変えられるんですよ。サキュバスなんです。報告が遅くなって本当にすみません。隠していたわけではないんですけれど、フィビアスの一件があったものですから。何となく機を逃してしまったんです」
談話機の向こうのダイナは何も言わない。言葉にならないほど驚いているのか。それとも返す言葉を探しているのか。黒の城のサロンで初めて顔を合わせたとき、ダイナはサキュバスに対してある種の侮蔑的な世論を口にしていた、そのことを思い返し己の発言を悔いているのやもしれぬ。しかしこの件に関し意図的に情報を秘匿していたのはゼータの側。ダイナを責めるような真似はすまいと心に決めている。
沈黙の後、談話機の向こうからはやはり申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
『ゼータ様がサキュバスでいらっしゃる…?あの…私、何か失礼なことを言わなかったでしょうか。黒の城で初めてお会いしたときに…』
「どうでしょう。あのとき私も緊張していて、何を話したかイマイチ覚えていないんですよ」
ゼータがそう言い切れば、談話機からは安心したようなダイナの吐息。報告を終えて安心したのはゼータも一緒だ。まさかサキュバスであることを理由にダイナの対応が冷たくなるなどということは想像もしなかったが、やはり友情の前に種族の壁など存在しない。安堵に心が軽くなったゼータは、少し前から気になっていたことを口にしてみるのである。
「あのぉー…つかぬことをお伺いしますけれど、もしかしてそこにアメシス殿がいらっしゃいます?」
『ええ、私の背中に赤子のように張り付いておりますわ。本当はアメシス様も、ゼータ様とおしゃべりがしたいんです。でも談話機の使用方法を「妃同士の寝間着談話会」に限定してしまったでしょう。だから口を出すに出せなくて…ちょっとアメシス様。寝間着の襟を引っ張らないでくださいませ。自業自得でしょう』
やはりそうか、とゼータは顔を綻ばせる。アメシスがそこにいる、と感じたのはたまたまだ。何となくダイナ以外の人物の息遣いが聞こえる気がするだとか、頻繁に衣擦れの音が聞こえるだとか、そんな些細な理由。一国の国王が妃の背に張り付く姿を想像すれば心が和む。そしてその心和む光景は、ゼータの背中でも同様に目の当たりにすることができる。
「ダイナ。実は今、私の背中にはレイが張り付いているんですよ…。こちらもアメシス殿と同じく、おしゃべりに参加したいようでして」
そう、ゼータの背中には談話開始当初からレイバックが張り付いているのである。赤子のようにゼータの背中に張り付くレイバックは、母に負ぶさる赤子とでも形容しようか。傍から見て心和む光景であることに違いはないが、負ぶる側のゼータは重たくって仕方がない。レイバックの肘置きとなった肩は、先ほどから痛みを訴え始めている。しかし今は神国ジュリ秘蔵の寝具である談話機の試験運用のとき。例え肩が鈍痛を訴えていても、瞳煌めかせるレイバックに「退けろ」と言うのは酷である。
『あら、そうでしたの。それはお気の毒ですわ。でもこればかりは、神国ジュリ国王殿下のお許しがないと…』
「そうですよねぇ。神国ジュリの国王殿下が『良い』と言ってくれないと、レイとアメシス殿はおしゃべりに参加できないですよねぇ」
ゼータは極力残念そうな声音でそう語り掛ける。思いよ届け、と必死に願いながら。間もなく談話機の向こう側からは、早口で男性の声が聞こえてくる。それとその男性と会話をするダイナの声。ダイナが談話機の木筒を手のひらで塞いでいるようで、会話の正確に聞き取ることはできない。数秒と経たずして、木筒からはまたダイナの声が聞こえてくる。
『ゼータ様、アメシス様から伝言です。「談話機の試験運用はこれにて終わり。特段問題も見受けられないようだから、談話機の本格的運用を開始する。今後談話機を使用することができる人物は、ドラキス王国及び神国ジュリの王と王妃、さらには各国の国王が特例的に使用を認めた者に限る」』
ゼータとダイナの願いは、無事アメシスに届いたようだ。ゼータは「ふふ」と笑い声を零すと、談話機の木筒をレイバックに向かって差し出す。
「…だそうですよ。レイ、どうぞ」
木筒を手にしたレイバックが背中から下りたので、ゼータは椅子から立ち上がる。空いた椅子にはすかさずレイバックが尻を滑り込ませる。木筒からはがたがたと賑やかな音が聞こえてくるから、どうやら神国ジュリ側でも話し手を交代しているようだ。
木筒を口元にあてたレイバックは、うきうきと弾む声で語り掛ける。
「アメシス殿、聞こえるか?」
遠く離れた友の間で、夜のおしゃべりは続く。
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