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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ
後日談:マリー一家
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マリー:小国ブラキストの小さな集落に暮らす女性
シーラ:口達者な少年
ミム:幼女
参照話:小川のほとりで
***
その日マリーは腕一杯の土産を抱えて帰宅した。マリーらの暮らす集落では中々手に入れることの出来ない果実のジャム、日持ちのする蜜菓子、宝石のような小瓶に入れられた飴玉。それに中身の分からない分厚い紙包みと、同じく中身の分からない小さな布包み。マリーがそれらの土産をちゃぶ台の上にのせると、すぐさまシーラとミムが寄ってくる。
「マリー、マリー。これ、どうしたの?」
飴玉の瓶をからころと振りながら、シーラは尋ねる。シーラの右隣りでは、ミムが飴玉を奪おうと必死に手を伸ばしている。もうじき3歳を迎えるミム、兄の持っている物が何でも欲しいお年頃なのだ。
「今朝方、ドラキス王国から届けられたらしいわ」
「ドラキス王国から?何で?」
飴玉の瓶をミムから遠ざけながら、シーラは首を捻る。旧バルトリア王国地帯の西方に位置するドラキス王国、マリー一家の暮らす小国ブラキストは旧バルトリア王国地帯の東部に位置するのだから、ドラキス王国とはかなりの距離が離れている。野を超え、山を越え、街を超え、馬を連れていたとしても1週間はかかるはずだ。大きな荷を抱えていれば尚更時間がかかるだろう。各地に新王が誕生し、安寧への道を歩み始めた旧バルトリア王国地帯であるが、盗賊や山賊が完全にいなくなったわけではない。山道を歩けば魔獣にも遭遇する。
なぜ果てしない悪路を超えて、わざわざこの集落に物資が届けられたのだ。シーラの疑問に、マリーも同じく首を捻る。
「それが、理由はよく分からないのよ。荷を届けてくれた方々は『とあるお方からの届け物』としか言わないし。差出人の名前も書いてはいないし」
「ふぅん?うちの集落で世話した旅人からのお礼かな?」
「多分、そうだとは思うのよね。名指しでの贈り物がいくつかあったから」
マリーの手は、テーブルに置かれた紙包みを持ち上げる。ずっしりと重たいその紙包みの表面には、「マリーとシーラへ」の文字。2人は顔を見合わせ、それから綺麗に包まれた紙包みを剥がす。シーラの背後では、ついに飴玉を手に入れたミムがぴょこぴょこと跳ね回っている。「ミム、勝手に食べないでね」とマリーの声が飛ぶ。
紙包みの中から出てきた物は、鈍器のように分厚い2冊の書物だ。書物の見出しはそれぞれこうである。
――子どものための魔法白書―
――一から覚える生活魔法~これであなたの生活も便利で豊かに~
「…何で悪路を超えてわざわざ魔法書?」
「ちょっとよく分からないけれど…有り難いことは有り難いわね。ブラキストでは、本は宝石よりも高価だもの。読み終えたら集落の皆にも貸してあげましょう」
意図の分からない贈り物であるが、マリーはにこにこと嬉しそうだ。集落の中ではよく知れたことであるが、マリーは極端に魔法が苦手なのだ。簡単な生活魔法すら満足に使えない。だから魔法の力を借りなければならない家事はシーラの担当なわけであるが、8歳のシーラも魔法が得意とは言い難い。風呂の湯を温めれば熱湯風呂になるし、乾燥魔法で乾かしたミムの髪はいつも鳥の巣のような有様だ。マリーにあてた初心者向けの魔法書と、シーラにあてた子供向けの魔法書。つまりこれらの物資の送り主は、マリーが魔法に不得手であり、かつシーラがそこそこ魔法を使えることを知っている。
小国ブラキストの中心部から比較的近距離にあるマリーらの集落には、時折一晩の宿を請う旅人が立ち寄る。小国ブラキストの中心部には、旅人向けの宿が整備されていないためだ。ここ半年ばかりの記憶を辿れば、集落では10人近い旅人を受け入れている。しかし魔法の得手不得手を語るほど仲良くなった旅人が果たしていただろうか?
「マリー。こっちの布包みも開けて良い?」
「良いわよ。それはミム宛てでしょう。ミム、おいで」
マリーの声に誘われ、ミムがとことことやってくる。ミムの腕の中にはからころと鳴る飴玉の瓶。幼いミムは、宝石のような飴玉の瓶が大層お気に召したようである。
シーラが開ける布包みの中身は、たくさんの貝殻であった。大きな物はあさり貝程度、小さな物はしじみ貝程度。赤や桃色に塗られている貝殻もある。
「綺麗だね」
「ミムが好きそうね。でもただの貝殻じゃないみたい。中央部に刻印が押されているわ」
マリーが見つめる赤色貝の中央部には、細長い花弁を持つ花の刻印が押されている。シーラの手のひらのある桃色貝にも同様だ。どこか遠くの国で、土産物として売られている貝殻だろうか。それとも何か別の用途で使用されている貝殻だろうか。考えたところで分かるはずもない。
「これ、きれいだねぇ」
ミムの小さな右手が、数枚の貝殻を掴み上げる。右手には貝殻、左手には飴玉の瓶。たくさんの宝物を手に入れたミムは、部屋のあちこちを毬のように跳ね回る。
貝殻に興味を失くしたシーラは、テーブルの上の魔法書をぱらぱらと捲った。文字が大きくて読みやすい魔法書だ。挿絵も多い。鈍器レベルで分厚いという1点を除けば、日々楽しく読み進めることができそうである。
ひらり。小さなメモ紙が床に落ちる。魔法書に挟み込まれていたのだ。シーラはメモ紙を拾い上げると、そこに書かれている文字に目を走らせる。綺麗で読みやすい字だ。
――緋色のドラゴンの勝ち!
シーラはにんまりと笑う。
「マリー、マリー。俺、この魔法書の贈り主が誰か分かっちゃった」
シーラ:口達者な少年
ミム:幼女
参照話:小川のほとりで
***
その日マリーは腕一杯の土産を抱えて帰宅した。マリーらの暮らす集落では中々手に入れることの出来ない果実のジャム、日持ちのする蜜菓子、宝石のような小瓶に入れられた飴玉。それに中身の分からない分厚い紙包みと、同じく中身の分からない小さな布包み。マリーがそれらの土産をちゃぶ台の上にのせると、すぐさまシーラとミムが寄ってくる。
「マリー、マリー。これ、どうしたの?」
飴玉の瓶をからころと振りながら、シーラは尋ねる。シーラの右隣りでは、ミムが飴玉を奪おうと必死に手を伸ばしている。もうじき3歳を迎えるミム、兄の持っている物が何でも欲しいお年頃なのだ。
「今朝方、ドラキス王国から届けられたらしいわ」
「ドラキス王国から?何で?」
飴玉の瓶をミムから遠ざけながら、シーラは首を捻る。旧バルトリア王国地帯の西方に位置するドラキス王国、マリー一家の暮らす小国ブラキストは旧バルトリア王国地帯の東部に位置するのだから、ドラキス王国とはかなりの距離が離れている。野を超え、山を越え、街を超え、馬を連れていたとしても1週間はかかるはずだ。大きな荷を抱えていれば尚更時間がかかるだろう。各地に新王が誕生し、安寧への道を歩み始めた旧バルトリア王国地帯であるが、盗賊や山賊が完全にいなくなったわけではない。山道を歩けば魔獣にも遭遇する。
なぜ果てしない悪路を超えて、わざわざこの集落に物資が届けられたのだ。シーラの疑問に、マリーも同じく首を捻る。
「それが、理由はよく分からないのよ。荷を届けてくれた方々は『とあるお方からの届け物』としか言わないし。差出人の名前も書いてはいないし」
「ふぅん?うちの集落で世話した旅人からのお礼かな?」
「多分、そうだとは思うのよね。名指しでの贈り物がいくつかあったから」
マリーの手は、テーブルに置かれた紙包みを持ち上げる。ずっしりと重たいその紙包みの表面には、「マリーとシーラへ」の文字。2人は顔を見合わせ、それから綺麗に包まれた紙包みを剥がす。シーラの背後では、ついに飴玉を手に入れたミムがぴょこぴょこと跳ね回っている。「ミム、勝手に食べないでね」とマリーの声が飛ぶ。
紙包みの中から出てきた物は、鈍器のように分厚い2冊の書物だ。書物の見出しはそれぞれこうである。
――子どものための魔法白書―
――一から覚える生活魔法~これであなたの生活も便利で豊かに~
「…何で悪路を超えてわざわざ魔法書?」
「ちょっとよく分からないけれど…有り難いことは有り難いわね。ブラキストでは、本は宝石よりも高価だもの。読み終えたら集落の皆にも貸してあげましょう」
意図の分からない贈り物であるが、マリーはにこにこと嬉しそうだ。集落の中ではよく知れたことであるが、マリーは極端に魔法が苦手なのだ。簡単な生活魔法すら満足に使えない。だから魔法の力を借りなければならない家事はシーラの担当なわけであるが、8歳のシーラも魔法が得意とは言い難い。風呂の湯を温めれば熱湯風呂になるし、乾燥魔法で乾かしたミムの髪はいつも鳥の巣のような有様だ。マリーにあてた初心者向けの魔法書と、シーラにあてた子供向けの魔法書。つまりこれらの物資の送り主は、マリーが魔法に不得手であり、かつシーラがそこそこ魔法を使えることを知っている。
小国ブラキストの中心部から比較的近距離にあるマリーらの集落には、時折一晩の宿を請う旅人が立ち寄る。小国ブラキストの中心部には、旅人向けの宿が整備されていないためだ。ここ半年ばかりの記憶を辿れば、集落では10人近い旅人を受け入れている。しかし魔法の得手不得手を語るほど仲良くなった旅人が果たしていただろうか?
「マリー。こっちの布包みも開けて良い?」
「良いわよ。それはミム宛てでしょう。ミム、おいで」
マリーの声に誘われ、ミムがとことことやってくる。ミムの腕の中にはからころと鳴る飴玉の瓶。幼いミムは、宝石のような飴玉の瓶が大層お気に召したようである。
シーラが開ける布包みの中身は、たくさんの貝殻であった。大きな物はあさり貝程度、小さな物はしじみ貝程度。赤や桃色に塗られている貝殻もある。
「綺麗だね」
「ミムが好きそうね。でもただの貝殻じゃないみたい。中央部に刻印が押されているわ」
マリーが見つめる赤色貝の中央部には、細長い花弁を持つ花の刻印が押されている。シーラの手のひらのある桃色貝にも同様だ。どこか遠くの国で、土産物として売られている貝殻だろうか。それとも何か別の用途で使用されている貝殻だろうか。考えたところで分かるはずもない。
「これ、きれいだねぇ」
ミムの小さな右手が、数枚の貝殻を掴み上げる。右手には貝殻、左手には飴玉の瓶。たくさんの宝物を手に入れたミムは、部屋のあちこちを毬のように跳ね回る。
貝殻に興味を失くしたシーラは、テーブルの上の魔法書をぱらぱらと捲った。文字が大きくて読みやすい魔法書だ。挿絵も多い。鈍器レベルで分厚いという1点を除けば、日々楽しく読み進めることができそうである。
ひらり。小さなメモ紙が床に落ちる。魔法書に挟み込まれていたのだ。シーラはメモ紙を拾い上げると、そこに書かれている文字に目を走らせる。綺麗で読みやすい字だ。
――緋色のドラゴンの勝ち!
シーラはにんまりと笑う。
「マリー、マリー。俺、この魔法書の贈り主が誰か分かっちゃった」
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