【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

赤銅色の…

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 ゼータとレイバックの背後にはリジンが立っていた。ゼータとレイバックが話し込む間に、リジンもまた知人との雑談を終えたようである。まさか「ドラキス王国の国王うんぬん」に関する話を聞かれてしまっただろうかと、ゼータは内心焦りを隠せない。

「リジン…あの、話全部聞いていました?」
「途中からだ。あんたが『1か月以内には国に帰りたい』と言ったあたりから」
「そう、それなら良かった。それでさっきの言葉は一体どういう…?」

 リジンは先ほどレイバックとゼータに対して「俺が乗せてやろうか」と言い放った。その言葉の意味を問いただすべく問いを重ねるゼータであるが、リジンの瞳はふいとゼータから逸らされる。赤銅色の瞳が見据える先は、いまだ険悪ムードを保ったままのレイバックだ。

「レイさん、あんた騎獣に乗れないと言ったな。ひょっとして珍しい魔獣の血を引いているのか」
「…そうだ」
「何の?」
「ドラゴン」

 レイバックの返答に迷いはない。リジンは目を見開いて、レイバックの全身をしげしげと眺め見た。

「ドラゴン?そりゃあ凄い。ハクジャにも魔獣や幻獣の血を引く民は多いが、ドラゴンの血を引く奴には初めて出会った」
「随分すんなり信じるんだな」
「1か月前の俺なら信じなかったかもな。しかし現実に、ハクジャの地では伝説とされるサキュバスが目の前にいる。あんたらの故郷にはヴァンパイアという種族もいるんだろう?ハクジャでは2000年前に絶滅したとされている」
「ヴァンパイア?」
 
 レイバックは首を傾げる。
 ゼータはハクジャの街中で初めてリジンと会ったとき、ヴァンパイアに関する話を聞いた。人の血液を養分とする怪物で、鋭い牙を皮膚に突き立て生き血を啜る。日光を嫌い闇夜に紛れて人を襲う。ヴァンパイアに血を吸われた者は、ヴァンパイアになる。そしてなぜか十字架やにんにくを嫌う。例のごとくヴァンパイア語りを披露しようと口を開きかけるゼータであるが、やはり思い直して唇を噛んだ。今ここで立石に水の語りを披露することは不適切。レイバックに対して提供する情報は最低限に留めるのである。

「吸血族に酷似した種族ですよ。闇夜に暗躍し人の生き血を啜るのだそうです」
「ほぉ。所変われば種族の呼び名も変わるものだな。無事国に帰れた暁には、メリオンに教えてやるか」

 ゼータによるヴァンパイア語りはこれにて終了。会話はリジンとレイバックに戻る。

「成程ねぇ…ドラゴンの姿でここまで飛んできたということか。空を飛べるあんたにとっては、深い海も高い山も平野と同じか。空を飛んで国に帰れないのは、片翼を失くしたからか?」
「そうだ。同種と争い左翼を食い千切られた。生憎左利きでな。剣もまともに使えない」
「はぁー…そういう事情だったのか…」
「それでリジン殿。先ほどの『乗せてやる』とは一体どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。俺があんたを背中に乗せてやろうかと言っている。空は飛べないが、陸地であれば騎獣を超える速さで走ることができる。足場が悪くてもへっちゃらだ。人の意思があるのだから、ドラゴンのあんたを恐れることもない」

 次はレイバックが目を見開き、リジンの全身をしげしげと眺め回す番だ。ゼータもレイバックと同様目をまん丸にしてじっとリジンを見る。数週間に及ぶ同居生活の中で、リジンが己の本性について言及したことはない。尋ねなかったのだから当然と言えば当然かもしれないが。

「リジン殿…貴方も獣の血を引く者か」
「そうさ。それもそこらの魔獣とは訳が違う。あんたと同じ、神獣と呼ばれる生物の血を引いている。――見せてやろうか」

 リジンの言葉は、最後まで正しく聞こえなかった。「見せてやろうか」そう言う途中に、リジンの身体が飴のように溶け始めたからだ。ものの数秒と経たずにリジンの身体は人の形を失くし、ぐにゃぐにゃと動きながら新たな形を作る。まず初めに形作られるは4本の脚、馬によく似た獣の四足だ。脚の上には赤銅色の鱗に覆われた胴体、銀色のたてがみ、銀色の尾。ゼータは瞬きをすることすら忘れて、リジンの変貌に見入っていた。

「麒麟」

 そう呟いた者は誰であったのか。ゼータの口から零れ落ちたものだったのか、隣に立つレイバックが言ったのか。それともたまたま傍を通りかかった少年が口にしたのやもしれぬ。魔獣市場と食料市場の端境に位置する場所であるだけに、3人の元へは四方八方から視線が降り注ぐ。中でも一番の注目を集めているのは、勿論獣の姿へと変貌したリジンだ。
 そよ風になびく銀色のたてがみ、ふわふわと揺れる銀色の尾。赤銅色の鱗に覆われた胴体は馬によく似ていて、しかし身の丈は馬を遥かに超える。顔つきはどちらかと言えば龍に近く、額の真ん中には七色に輝く一本角。2つの瞳は鱗と同じ赤銅色だ。赤銅色の麒麟、それがリジンの本性。

 あんぐりと口を開けるレイバックとゼータの目の前で、麒麟の身体はまた飴のように溶け始めた。赤銅色の飴細工が形作る物は、ゼータのよく知るいつものリジン。癖の強い赤銅色の髪と中折れ帽。髪と同じ色合いの赤銅色の瞳に、健康的な小麦色の肌。数秒の間にすっかり人の姿へと戻ってしまったリジンは、彼にしては珍しく少年のように無邪気に笑う。

「ああ、やはり獣の姿は気分が良い。昔は仕事が休みのたびに、森を駆けに行ったものだ。ここ数百年はその楽しさを忘れていた」

 リジンの周りでは、ざわめきが徐々に落ち着きつつある。突然の麒麟の出現に、驚き脚を止めていた人々は、何事もなかったかのように市場巡りを再開する。ここは魔族の暮らす国。人が獣の姿に変身することなど珍しくもないのだ。
 周囲の人々が落ち着きを取り戻したことで、レイバックとゼータもまた我に返る。麒麟はドラキス王国では伝説とされている生物だ。神獣の一種である麒麟は雷を従え、馬の数倍に及ぶ速さで大地を駆ける。「たてがみを靡かせ大地を駆ける様はまさに稲妻のごとし」ゼータは数年前に読んだおとぎ話の中で、そのような記述を見かけたことがある。

 麒麟の脚を借りれば、期限までにドラキス王国に帰り着くことができるかもしれない。だがそこには一抹の不安も残る。

「リジン…多分リジンの力を借りれば、期限までに国に帰ることができます。でも私たちを送り届けてくれた後、リジンはどうするんですか。例え山野を自由に駆けることができるのだとしても、ハクジャへの道のりは楽ではありません。ロマからハクジャに渡る確実な手段もありませんし、何より先ほど『ハクジャの民はいかなる理由があっても海を越えてはならない』と――」
「余計な心配をする必要はない。俺はもうハクジャには帰らない」

 堂々たる宣言に、ゼータは目を見開く。今日はリジンに驚かされっぱなしだ。

「私たちを送り届けて、そのままドラキス王国で暮らすということですか?」
「あんたたちの故郷はドラキス王国というのか。その国に奴隷制はないんだろう」
「ありません。私たちの国では、人間と魔族が平等に暮らしています」
「ハクジャの奴隷制に慣れた俺にとっては夢のような話だ。そのような夢の国が存在するのなら、ぜひこの目で見てみたい」

 ゼータがハクジャの奴隷制をすぐには受け入れなかったように、リジンもまたドラキス王国の存在をすぐには信じることができないのだ。例えばもしこの世界の片隅に、人魚と人が等しく暮らす国があるのだと聞けば、ゼータとて訪れてみたいと思うはずだ。リジンもそのような気持ちなのだろう。
 気持ちは分からないでもない。だがリジンにとって、本当にそれが正しい選択なのだろうか?

「…リジン、本当に良いんですか。故郷を捨てることになりますよ」
「故郷を捨てるのではない。新天地へと赴くんだ。あんたらに着いていくことは、俺にとってハクジャを出る最初で最後のチャンス。この機会を逃せば、俺はこの小さな国で一生を終える運命さ」
「友にも仕事にも未練はありませんか?」
「ないな。そんなものは新天地でまた手に入れれば良い。それに――」

 そこで不自然に言葉を区切ると、リジンはゼータを見つめた。いつもの人を小馬鹿にするような顔ではない、思わず鼓動が跳ねるような真剣な顔。その顔を見た瞬間、ゼータの脳裏にはクリスの顔が思い出される。早朝の厩舎で、旅立つゼータを見送ってくれた大切な友。今のリジンの表情は、あのときのクリスの表情によく似ている。
 なぜそんな顔をするんですか。ゼータがそう問うよりも早く、リジンが口を開く。

「…何でもない。さぁどうする。あんたら2人が頼むと頭を下げるのならば、神獣の脚を貸してやる。ドラゴンが空の覇者であるならば、麒麟は大地の覇者だ。駆けることに関して言えば、俺の右に出る騎獣はいないだろう。期限までに国に帰りたいのならば、土下座してでも俺を連れていくべきだとは思わないか?」

 レイバックとゼータは顔を見合わせる。リジンを旅の仲間に引き入れたからといって、全ての問題が解決するわけではない。本当にレイバックを船代わりにして海を越えるのか。レイバックは麒麟に跨るとして、ではゼータはどうするのか。解決しなければならない問題は数多くあるけれど、リジンの提案を受け入れない理由はなかった。大地の覇者である麒麟の脚を借りられるのならば、時間的な制約はかなり軽減されるだろうから。レイバックとゼータは、リジンに向けて深く腰を折る。

「リジン、ありがとうございます。長旅になりますが、どうぞよろしくお願いします」
「迷惑をかけるが、よろしく頼む」

 2人が再び顔を上げたとき、リジンは口元に柔らかな笑みを浮かべていた。
 やはりリジンは根っからの悪人ではない、とゼータは思う。リジンとゼータの出会いは最悪の一言であった。言葉巧みに騙され、絶対服従を強いられる隷者の刻印を押された。日々到底こなすことのできない大量の仕事を言いつけられたことも事実である。それでもリジンはゼータと道具としては扱わなかったし、「罰」を与えたのも一度きりだ。落ち込むゼータを慰めてくれたこともあるし、今日もこうして旅路に準備に付き添ってくれている。
 無事ドラキス王国に帰り着いた暁には、友人として良い関係を築けるかもしれない。しかしゼータの希望は、続くリジンの言葉により無残と打ち砕かれることになるのである。

「おいおいあんたら、それが誠心誠意の礼か?俺は『土下座してでも』と言ったんだ。神獣の脚を借りたければ、地面に這いつくばってこいねがえよ」

 柔和な笑みから一変、リジンはにんまりと嫌味な笑みを浮かべた。ぎゃ、とゼータは悲鳴を上げる。

「あ、あの…その土下座というのは、私だけじゃ駄目でしょうか…?」
「駄目に決まっているだろう。俺の脚を借りなければならないのは、レイさんが騎獣に乗れないことが原因だ。原因を作っている奴が真っ先に頭を下げろ」

 そう言うリジンは過去最大級の悪人面。レイバックを地面に這いつくばらせることが楽しみで仕方ないという様子である。
 ゼータはそろそろと隣に立つレイバックの様子を伺う。両眉を直角に吊り上げたレイバックは、怒りと屈辱にぶるぶると拳を震わせていた。噛み締められた歯列からはぎりぎりと歯軋りの音が聞こえ、背後には猛る神龍の幻が見えるようである。

 根っからの悪人というわけではないのだけれど。
 自称「くず野郎」のリジンは、最後の最後までぶれることなく「屑野郎」である。
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