【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

すみれ色の少女と空色の青年-2

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「みどり…緑?」
「ああ、そうだ。緑色」
「それはその…見間違いという可能性はない?例えば別の色のドラゴンの表皮に、たまたま水草が張り付いていたとか…」
「その可能性がないとは言わないが…だが緑からかけ離れた色ではなかったと思う。藍色や黄緑色の表皮が、水中の光の加減で苔色に見えた可能性は捨てきれないが…」
「緋色、というのはあり得ない?緋色のドラゴンの表皮に、たまたま大量の水草が張り付いていた可能性は…」

 空色の青年は顔を顰める。

「馬鹿言うな。いくら水底に沈んでいたのだとしても、苔色と緋色を見間違えたりはしない。今でこそ濁ってしまっているが、かつてこの泉は人が水浴びをできるくらいには澄んでいたんだ。俺とククは『精霊の泉』などとも呼んでいた。綺麗な泉の中で、赤と緑を見間違えることなど有り得ない」
「そうですか…」

 ゼータは脱力し、へなへなとその場に座り込んだ。泉の底に沈む骨はレイバックの物ではなかった。レイバックと交戦した苔色のドラゴンの物であったのだ。なぜ旅の標となる片割れの指輪が泉の水底に沈んでいたのか、それはまだ分からない。けれども一つ確実に言えるのは、希望はまだ潰えていないということ。例えそよ風が吹けば消えてしまうような小さな火でも、希望の灯りはまだそこにある。

「…あんた、どうしたんだ」

 空色の青年が、不安げな面持ちでゼータの元へと歩み寄る。ククも驚いたようにすみれ色の瞳を瞬かせている。会話を交わしていた人物が突如として地面に座り込めば、不安に思うことは人として当然だ。空色の瞳とすみれ色の瞳に見下ろされながら、ゼータは力のない笑い声を零す。

「すみません。ちょっと気抜けしちゃって」
「泣いているのか?」
「私、泣いています?…あ、本当ですね…すみません。もう嬉しいんだか拍子抜けしたんだか、よく分かんなくなっちゃって…」

 ゼータは汗に濡れた衣服の袖で、頬を伝う涙をぬぐった。昨晩流した胸が張り裂けるような涙とは違う、悲しみを押し流してくれるような温かな涙。涙にぼやける視界の端で、青年とククが早口で言葉を交わしている。恐らくはゼータの脱力が身体の不調によるものではないと、青年がククに説明しているのだろう。一通りの説明を終えたとき、青年の瞳はまたゼータへと向く。

「ドラゴンが苔色であったことは、あんたにとって朗報だったんだな?」
「最高の報せですよ。もしもあのドラゴンが緋色だったと断言されたら、私はこの場所から動けなくなっていたかもしれません。ドラゴンの遺骸と一緒に、泉に沈むことを選んでいたかも」
「それは何故。あんたは、その緋色のドラゴンと一体どんな関係なんだ?」
「貴方たちと同じですよ。生涯傍にいると誓った仲です」

 ゼータの答えは淀みなく、青年は虚を突かれたような表情だ。いくら神獣と呼ばれていても、ドラゴンは所詮獣と同じ。人と同じ言葉を話すことはなく、人と心を通わせることもない。ただ人の住まう土地を見下ろしながら、悠然と青空を横切るだけ。そうであることが世界の常識であるはずなのに、なぜあんたは緋色のドラゴンを一人の人のように扱うのだ?青年の心の声が伝わってくるようだ。

「…あんたが緋色のドラゴンに、一方的に愛を誓ったということか?」
「違います違います。本当にお互い想い合って結婚までしたんですよ。緋色のドラゴンは完全なドラゴンではないんです。自由自在に人の姿になれるんです。虚言や妄言と思われることは承知の上です。でも私は本当に、愛する人を探して長い旅をしてきたんです。ずっとずっと遠い場所から」
「人の姿になれるドラゴン?そんなの聞いたこと…」

 青年はそこで言葉を切る。不機嫌な面持ちのククが、青年の二の腕をばしばしと叩いたからだ。「ねぇねぇ何の話なの。あたしにも分かるように説明して」ゼータにはククの話す言葉は分からないけれど、恐らくはそのようなことを言っているのだと思う。青年はゼータに向けて「すまん」と頭を下げると、ククと同じ言葉を流暢に話し出す。

「――…。――、――?」
「…――。――」
「――…!――!」

 青年と話すうちに、ククの声は高く大きくなる。興奮しているようだ。すみれ色の瞳はゼータの方へと向き、小さな唇は何かを必死で訴える。ゼータは目を白黒させながらククの訴えに耳を澄ませるけれど、やはり全くもって何を言っているか分からない。ゼータは空色の青年に助けを求める他になし。

「ククさんは何と?」
「緋色のドラゴンに関する伝説を知っている、と」
「伝説?」
「ククはこの辺りの集落の生まれではない。元々は高い高い山の頂にある、精霊の里に住んでいたんだ。その里ではククのように精霊の血を引く者たちが、自然と調和した生活を送っている…と聞いている。俺も正確なことは知らない。里の者は滅多に山を下りてはこないし、俺たちが里を訪れることもない。隔絶された土地なんだ」

 成程、それがククがゼータの知る言葉を話さない理由だ。精霊の里と呼ばれる場所は外部と隔絶されているがゆえに、独自の言語が発達しているのだろう。それ自体は特段不可解なことというわけでもない。例えばゼータが旅の途中で立ち寄った石造りの街ポンペイ。あの街の周辺には、独自の文化と言語を築く魔族の集落がいくつかあったはずだ――ゼータはあえてそれらの集落に立ち寄ることはしなかったけれど。
 けれどもここで一つ疑問が残る。それは隔絶された土地で暮らしていたはずのククが、なぜ今この場所にいるかということ。ククがまだ独自の言葉を話していることから考えれば、青年と夫婦仲になったのは比較的最近のことなのだろうと想像ができる。その辺りの事情を突っ込まずとも話は進むが、ここは好奇心に身を委ねるゼータである。

「話の腰を折るようですみません。ククさんが貴方と結婚することになった経緯とは?」
「精霊の里では10年に一度大規模な祭りが開かれる。里の守り神を讃えるための祭りだ。そしてその祭りの直前にだけ、里の者は例外的に山を下りてくる。祭りに必要な酒や供物を手に入れるためだ。それでその祭りというのがつい1年前で…ククと数人の里の者が、俺の住む集落を訪れたんだが…」
「まさか一目惚れしちゃったんですか?そしてそのまま結婚?」
「まぁ…端的に言えばそういうことになる…」
「身震いするほど情熱的な恋ですねぇ…念のために聞きますけれど、どっちがどっちに惚れちゃったんですか?」
「うるさいな。人様の恋話で勝手に盛り上がるんじゃない」

 すみません。青年の叱咤に、ゼータは即座に謝罪する。上目遣いに青年の顔を見やれば、日に焼けた頬はほんのりと赤らんでいる。青年の口から真実が語られることはないだろうが、多分一目惚れをしたのは青年の方だ。ククは青年の住む集落の言葉を覚えていないけれど、青年はククの話す言葉を流暢に話す。そのことが彼らの関係を如実に物語っている。
 多分、ククと暮らすために頑張って覚えたんだろうな。目の前の名前も知らない青年を、悔しくも愛らしいと感じてしまう。

「ああ、糞。どこまで話したんだったか…そうだ。その精霊の里に、緋色のドラゴンに関する伝説が残っている。とククは言っている。10年に一度の祭りというのも、その緋色のドラゴンを讃えるためのものだそうだ」

 心和ませる恋話からは一転し、青年の語りは厳粛さをまとう。ゼータはこくりと息を飲み、尋ねる。

「緋色のドラゴンに関する伝説って…一体どんな?」

 空色の青年は答える。

「燃えるような緋色のドラゴンが、人間の娘を愛したという話だ」
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