【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

船の舳先の指す先は

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 ロザリーの魔具屋を出たゼータは、ハクジャの街を東方へと向かった。現在時刻はまだ午前8時半を回った頃であるから、商店街が建ち並ぶ街に人通りはさほど多くはない。奴隷の刻印を持つゼータが一人街を出ようとしても、気に留める者は誰一人として存在しない。ハクジャの街が賑わいを見せ始めるのは、午前10時を回った頃なのだ。

 石畳の敷かれた街を抜け、鬱蒼と茂る森林地帯に1歩足を踏み入れたゼータは、懐に仕舞い入れていた片割れ探しの神具を取り出した。すっかり元通りとなった神具を手のひらにのせて見れば、きつつきを乗せた小舟の舳先は、目の前の森林地帯を真っ直ぐに指している。海を渡ったその時から覚悟していたことではあるが、やはりゼータの旅はその密林の向こう側へと続くようだ。

「…どうしましょうかねぇ。できるだけ早く、目的地に辿り着きたいところではありますけれど」

 ゼータは神具を手のひらにのせたまま、悩ましげに唸る。
 ハクジャの街の近郊には、魔族の住む小集落がいくつかあるのだと聞いた。それらの小集落でレイバックが保護されている可能性もゼロではないが、恐らくその可能性は低いとゼータは踏んでいる。もしもレイバックが生きていて、ドラキス王国へ帰ることを望んでいれば、ハクジャの街に滞在するであろうことが予想されるからだ。海を越えたいと願う者が、密林の中の集落に滞在し続けるとは考えにくい。

 ならばこの先ゼータに待ち受ける未来は、次の2つのうちのどちらかだ。
 1つ。ハクジャの街を遠く離れ、誰も知らない未開の地へと赴くこと。
 2つ。ハクジャの街の近郊で、密林に墜ちた緋色のドラゴンの遺骸を探すこと。

「まぁ結局、今までとやることは変わらないんですよね」

 ゼータは呟き、柔らかな土の地面を1歩2歩と歩み出す。今日、ハクジャの街を発つつもりはない。長旅に必要な荷物を何一つ揃えてはいないし、何よりもまだリジンに出発を伝えていない。例え奴隷のようにこき使われようとも、リジンのお陰で安全にハクジャに滞在できたこともまた事実。同居人の口と性格がすこぶる悪いことを除けば、悪い生活ではなかった。ハクジャの街を発つならば、リジンに一言断りを入れるのが礼儀であろう。
 正午になったら引き返して来よう。ゼータはまだ上り始めたばかりの太陽を見上げる。神具を頼りに森林地帯を進み、太陽が天頂に差し掛かったところで折り返そう。そこまでの地点で何かしらの痕跡を見つけられればよし、そうでなければ――ゼータは手のひらを握りしめる。
 今日何も見つけられなければ、今夜リジンに別れを告げよう。そして明朝朝一でハクジャの街を発つ。

 覚悟を決めて歩み出した道は、道というには程遠い。頭の上には緑の葉が幾重にも生い茂り、極太の蔦があちらこちらで絡まり合っている。周囲に生える木の幹は、ゼータの腰回りよりも遥かに太い物ばかり。ざばざばと賑やかな水音は、どこか遠くにある滝の音。ぎゃあぎゃあという人の悲鳴にも似た声は、ゼータの知らない鳥の鳴き声だ。まさに密林という名が相応しい風景であるが、ゼータの行く先にはかろうじて人の歩む道がある。他よりも少し土が踏み均されただけの頼りない道。恐らく、ハクジャに住まう者が狩りや採集に利用する道なのではないかと思う。あるいは、小集落の者がハクジャに赴く際に使う道。何にせよ、多少なりとも均された道があることはありがたかった。

 ゼータの進む道が途絶えたのは、歩み始めて1時間が経った頃だ。その頃には太陽は高く昇り、皮膚を焦がす日射が照り付けていた。湿気も酷い。ハクジャの気候にはもう順応したと思っていたが、街の暑さと森林地帯の暑さはまた性質の違うものだ。ゼータは頭部から流れる汗が目に入らないようにと、袖口で何度も額を拭い、そして道なき道を懸命に進む。その先に何があるかは分からない。道が続いていないのだから、人が住む集落がないことは想像がつく。周りには果樹を実らせる木もないから、普段人が立ち入る場所でないことは火を見るよりも明らかだ。
 それにしては魔獣の姿を見かけない、とゼータは思う。市場でヒッポグリフの肉を見かけたのだから、ハクジャ近郊にはそれなりに魔獣が出没するはずだ。現にハクジャの街を出発してから30分ほどの間は、頻繁に小型の魔獣と遭遇した。しかし今はどうだ。道なき道を進むゼータの耳に、鳥や獣の鳴き声は聞こえない。騒音のように響いていた虫たちの声もすっかり聞こえなくなってしまった。まるで果てしなく続く密林の中に、たった一人取り残されてしまったかのよう。
 旅の途中で聞いた言葉が、ゼータの頭を過る。

――強大な魔力の籠る神獣の死骸は、そこにあるだけで他の生物を遠ざけるんだよ

 そうして溺れるほどに深い密林を20分も進んだ頃だ。鬱蒼と茂る木々の真ん中に、藍緑色の泉がぽっかりと姿を現した。
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