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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ
ポンペイの冒険家-2
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何たる幸運。今しがた浴場に入場した高身長のドワーフが、冒険者アリデジャなのだ。長髪長髭のドワーフの呼び掛けに、アリデジャは盛大に顔を顰めながら浴槽へと近づいて来る。
「何の用だ。1か月ぶりのまともな風呂だ。ゆっくり浸からせてくれ」
「1か月も街を空けていたのか。いつ戻った?」
「一昨日だ。丸2日筆録作業に当たっていた。あとは家の掃除」
「今回はどこまで行っていたんだ」
「街の北西だ。山脈があるだろう。あの山脈を越えられないかと思って」
「…超えられたのか?」
「駄目だ。何度か挑戦しているが、あの山脈は越えられない。山頂付近の霧が深すぎるんだ。右も左もわからないところを、巨大なバジリスクに襲われた。命があっただけでも儲けものだ」
北西の山脈とは、ブラキスト東方に位置する高山地帯を指しているのであろう。万全の装備を身に着けた王宮軍の兵士でさえ、山の3合目まで登らないのだとの話を耳にした、あの高山地帯。アリデジャが冒険家であるという噂は本当なのだと、ゼータは改めて目の前のドワーフの風貌に眺め入る。筋肉粒々とまではいかぬが、よく鍛えられた体躯を持つ若い男だ。隆起する筋肉には数多の傷跡、身体の横に垂らされた左手は、小指と薬指が欠けている。右の二の腕についた生々しい火傷跡は、バジリスクとの戦闘の残跡であろうか。
「あんたも懲りない男だ。命を賭した冒険に意味があるのか」
「放っておけ。冒険は俺の生涯の道楽だ。例えばこの世界のどこかに星を浮かべた湖があり、俺の身体がその星の一つとなるのなら最高だと思わないか」
「…やはりお前の言うことは、よくわからない」
洗身を諦め、腰を据えて話をする気になったようだ。アリデジャは浴槽の縁にどっしりと腰を下ろす。力強い光を放つ2つの眼が、ゼータへと向けられる。
「見ない顔がある。俺に用があるのはお前か」
突然の睥睨に、ゼータはひくりと肩を揺らした。ドワーフらしからぬ容貌の男だ。長髪長髭が一般的なドワーフ男性の中では珍しく、アリデジャは短く刈り込まれた銀髪を持つ。髭は生えているが、精々無精髭程度。ドワーフ特有の白緑の肌は健在だが、長身も相俟りドワーフとは一線を画した別の種族とも見える。ゼータは浴槽に浸かり込んだまま、静々と頭を下げる。
「初めまして、ドラキス王国からやって来たゼータと言います。アリデジャさん、貴方を当代隋一の冒険家と見込んで、ぜひとも教えていただきたい事があります」
「他人行儀は嫌いだ、アリデジャで良い。ドラキス王国には足を運んだ経験がある。もう200年も前のことだ」
「本当ですか。訪れたのはポトスの街ですか?」
「そうだ。美味い飯屋のたくさんある、良い街だった。あれだけ多くの種族が一つの街に住まい、諍いを起こさぬなどと不可思議でならない。ドラゴンの王が治める国だと聞いた。強大な武力の庇護があれば、人間も魔族も同族のごとく暮らせるものか」
アリデジャの語りに、ゼータを囲う3人のドワーフが皆一様に目を丸くしている。夢のような国があるものだと互いに視線を送り合う。
「それで、ゼータ。俺に何を聞きたい。ドラキス王国からやって来たということは、お前も冒険家か」
「冒険家を名乗れるほどの者ではありません。東の方角を目指して旅をしているんです。目的地があるわけではないですけれど、行けるところまで行ってみようと思って。アリデジャは、東の方角に何があるかご存じですか?」
東、と呟き、アリデジャは無精髭の生えた顎に指先を当てる。
「騎獣はなんだ。馬か」
「グラニです」
「ああ、広場にいたのはお前の騎獣か。街の子どもが大分餌をやっていた。よく躾けられた騎獣だ。見知らぬ者が身体に触っても、唸り一つあげない。あれだけ食えば今夜の餌はいらないだろう」
「そ、そうですか…」
「俺の騎獣はフェンリルだ。持久力はないが、最高速度はグラニを遥かに凌ぐ。1日の移動距離で考えれば…あまり差はないかもしれない。ポンペイの街を出発し真東へ進むと、しばらくは森林地帯が続く。速歩のフェンリルでおよそ7日の道程だ。森林地帯の終盤に海洋と見紛う巨大湖がある。この湖に生息する虹魚は絶品だ。生でも食えるが、塩があれば塩焼きにすると良い」
突如として始まった貴重な情報提供である。ゼータは脳味噌をフル回転させ、情報を脳裏に刻み込む。7日に渡る森林地帯、終盤に巨大湖。
「森林地帯を超えると、次は見渡す限りの岩石地帯。ここを抜けるにはフェンリルの脚で3日掛かる。樹木は生えず水も湧かず、動物や魔獣でさえ満足に生息しない。厳しい土地だ。岩石地帯を超えるだけの水と食料は鞄に入れておくと良い。岩石地帯を抜けると今度は草原地帯。植生は豊かで動物と魔獣も頻繁に見かける。ここまで来れば食うに困ることはない。草原地帯の終盤には湿原が広がっている。ここを抜けるには難儀する。何せ足場が悪い。できるだけぬかるみの浅い場所を探して、少しずつ歩みを進めるしか方法がない。草原と湿原を抜けるのに10日。ポンペイの街を出発してから、ここまででおよそ20日だ」
岩石地帯、草原地帯、そして湿原。20日と言葉にすることは易くとも、それはどれほどの距離であろうか。争う2頭のドラゴンは今アリデジャの話したいずれかの地帯に墜落したのか、それともさらに東の方向へと飛んだのか。
「その先は延々と続く山岳地帯。標高が500m程度の低山が幾十幾百と連なっている。ポンペイ周辺とは植生ががらりと変わるから、見知らぬ果実を口に運ぶときは注意が必要だ。林檎に似た拳大の果実を頻繁に見かけるが、こいつには即効性の毒がある。食べても死ぬことはないが、腹痛と嘔吐で丸一日は動けなくなる。騎乗と徒歩を繰り返し、山岳地帯を抜けるまでには10日掛かる。その先に待つ物は広大な海洋だ。海洋に行き当たれば北に進むと良い。海洋を右手に見ながら、海沿いを半日も進むと―」
アリデジャは一度口を閉ざし、切り傷のついた薄い唇を舐めた。
「街がある」
「…街?」
「国かもしれない。どちらともわからないが、人の住む土地がある。急峻の海岸に面して築かれた、美しい土地だ。かなり多くの人が暮らしていると見えた」
「その土地に暮らす者は、魔族ですか?」
「いや、恐らく人間だ。正確なことはわからない。なぜなら俺はその土地の内部にまともに踏み入っていない。土地の者の攻撃を受けたからだ。街の通りに足を踏み入れた途端に、通りを歩く者に武器を向けられた。お陰様で、折角見つけた人の住む土地で飯も食えずに退散だ」
「外部者の立ち入りを拒む土地、ということでしょうか」
「恐らく、違う。彼らは俺の風貌を恐れていた。魔族と確執のある土地柄なのか、それとも魔族という存在に縁のない土地柄なのか。それはわからない。付近の山林で魔族の集落を見掛けなかったことを鑑みれば、後者が有力だ。魔族という存在を知らない人間から見れば、白緑肌のドワーフなど化物同然だ」
人間の暮らす土地がある。呟くゼータの周りでは、3人のドワーフが夢物語を耳にした表情だ。人間の住まう土地までは、フェンリルの脚でおよそ1か月の道程。旅に不慣れなゼータとグラニの脚では、一体どれほどの時間が掛かるのか。ゼータは途端に不安に襲われる。ドラキス王国を出発してから今日で18日目。人間の住まう土地まで1か月の時間を要し、さらに帰路に同じだけの時間が必要となれば、残された時間は幾ばくもない。もし2頭のドラゴンが海洋へ乗り出したとなれば状況は最悪だ。向こうに陸地があろうとも、グラニの脚では海原は超えられない。ドラゴン探しに付き合ってくれる人の好い船乗りに、運良く巡り合えるとも限らない。
行き先が定まった以上、残すは時間との勝負。小難しい表情を浮かべるゼータの顔面に、アリデジャの視線が降り注ぐ。
「ゼータ、お前はいつこの街に来た」
「さっき着いたばかりです」
「長くこの街に滞在するのか」
「いえ、準備が整い次第すぐに出発します。本当は数日街に滞在し、東方の地理について聞き込みを行う予定だったんですけれど、アリデジャの教示で全ての予定が済んでしまいました。本当に感謝しています。数日分の水と食料を買いこんだら、明日の朝にでもポンペイの地を発ちます」
「そうか。今晩の宿はどうする」
「迷っています。浴場横の広場で寝て良いとは言われましたけれど、土の地面で寝ると腰が痛くなりますし。付近の森で柔らかな茂みを探そうかと…」
「それなら俺の家に来ると良い。狭い家だが、人一人転がるだけの床面積はある」
思いがけない提案に、ゼータは表情を綻ばせた。
「本当に?それは助かります」
「ついでに冒険の記録を見せてやる。俺は冒険から帰るたびに、旅路の工程を事細かに書にしたためている。出会った魔獣、口にした動植物、土地の気温や天候、先の旅路に必要な情報は、全て頭に叩き込んでいくと良い。前回の冒険の残り物で良ければ、携帯食も分けてやる。バジリスクの毒は長く身体に残る。傷がすっかり癒えるまで、俺の冒険業は小憩だ」
そう言うと、アリデジャは右腕の火傷跡を撫でた。ゼータは立ち上がり、アリデジャに何度も何度も礼を述べる。「僕の強運をお裾分けしてあげる」クリスの言葉が脳裏を過る。ゼータの旅路は驚くほどの幸運に支えられてきた。初めに訪れた湖畔の国リーニャでは、ジンダイの知人がドラゴンの情報提供者であったし、次に訪れた小国ブラキストでは、荷馬車市への同伴が情報入手の契機となった。神国ジュリでは国王アメシスからポンペイの名を聞き及び、そしてポンペイの地では偶然にも冒険者アリデジャに巡り合うことができた。ゼータ一人の運であれば、ここまで順調に物事は進まなかったであろう。
―クリス、感謝しています
ゼータは石造りの遺跡の湯船から、遠く離れた友を思う。
***
ゼータ「なぜ、髭と髪が短いんですか?」
アリデジャ「長髭と長髪は冒険には不向きだ。昔、すずめばちが髭に絡み酷い目にあった」
ゼータ「野宿と毛は不仲ですよねぇ、わかります。私も以前、前髪にカメムシが潜り込んで大変な目に合いました」
ドワーフ3人「(全然わからない)」
「何の用だ。1か月ぶりのまともな風呂だ。ゆっくり浸からせてくれ」
「1か月も街を空けていたのか。いつ戻った?」
「一昨日だ。丸2日筆録作業に当たっていた。あとは家の掃除」
「今回はどこまで行っていたんだ」
「街の北西だ。山脈があるだろう。あの山脈を越えられないかと思って」
「…超えられたのか?」
「駄目だ。何度か挑戦しているが、あの山脈は越えられない。山頂付近の霧が深すぎるんだ。右も左もわからないところを、巨大なバジリスクに襲われた。命があっただけでも儲けものだ」
北西の山脈とは、ブラキスト東方に位置する高山地帯を指しているのであろう。万全の装備を身に着けた王宮軍の兵士でさえ、山の3合目まで登らないのだとの話を耳にした、あの高山地帯。アリデジャが冒険家であるという噂は本当なのだと、ゼータは改めて目の前のドワーフの風貌に眺め入る。筋肉粒々とまではいかぬが、よく鍛えられた体躯を持つ若い男だ。隆起する筋肉には数多の傷跡、身体の横に垂らされた左手は、小指と薬指が欠けている。右の二の腕についた生々しい火傷跡は、バジリスクとの戦闘の残跡であろうか。
「あんたも懲りない男だ。命を賭した冒険に意味があるのか」
「放っておけ。冒険は俺の生涯の道楽だ。例えばこの世界のどこかに星を浮かべた湖があり、俺の身体がその星の一つとなるのなら最高だと思わないか」
「…やはりお前の言うことは、よくわからない」
洗身を諦め、腰を据えて話をする気になったようだ。アリデジャは浴槽の縁にどっしりと腰を下ろす。力強い光を放つ2つの眼が、ゼータへと向けられる。
「見ない顔がある。俺に用があるのはお前か」
突然の睥睨に、ゼータはひくりと肩を揺らした。ドワーフらしからぬ容貌の男だ。長髪長髭が一般的なドワーフ男性の中では珍しく、アリデジャは短く刈り込まれた銀髪を持つ。髭は生えているが、精々無精髭程度。ドワーフ特有の白緑の肌は健在だが、長身も相俟りドワーフとは一線を画した別の種族とも見える。ゼータは浴槽に浸かり込んだまま、静々と頭を下げる。
「初めまして、ドラキス王国からやって来たゼータと言います。アリデジャさん、貴方を当代隋一の冒険家と見込んで、ぜひとも教えていただきたい事があります」
「他人行儀は嫌いだ、アリデジャで良い。ドラキス王国には足を運んだ経験がある。もう200年も前のことだ」
「本当ですか。訪れたのはポトスの街ですか?」
「そうだ。美味い飯屋のたくさんある、良い街だった。あれだけ多くの種族が一つの街に住まい、諍いを起こさぬなどと不可思議でならない。ドラゴンの王が治める国だと聞いた。強大な武力の庇護があれば、人間も魔族も同族のごとく暮らせるものか」
アリデジャの語りに、ゼータを囲う3人のドワーフが皆一様に目を丸くしている。夢のような国があるものだと互いに視線を送り合う。
「それで、ゼータ。俺に何を聞きたい。ドラキス王国からやって来たということは、お前も冒険家か」
「冒険家を名乗れるほどの者ではありません。東の方角を目指して旅をしているんです。目的地があるわけではないですけれど、行けるところまで行ってみようと思って。アリデジャは、東の方角に何があるかご存じですか?」
東、と呟き、アリデジャは無精髭の生えた顎に指先を当てる。
「騎獣はなんだ。馬か」
「グラニです」
「ああ、広場にいたのはお前の騎獣か。街の子どもが大分餌をやっていた。よく躾けられた騎獣だ。見知らぬ者が身体に触っても、唸り一つあげない。あれだけ食えば今夜の餌はいらないだろう」
「そ、そうですか…」
「俺の騎獣はフェンリルだ。持久力はないが、最高速度はグラニを遥かに凌ぐ。1日の移動距離で考えれば…あまり差はないかもしれない。ポンペイの街を出発し真東へ進むと、しばらくは森林地帯が続く。速歩のフェンリルでおよそ7日の道程だ。森林地帯の終盤に海洋と見紛う巨大湖がある。この湖に生息する虹魚は絶品だ。生でも食えるが、塩があれば塩焼きにすると良い」
突如として始まった貴重な情報提供である。ゼータは脳味噌をフル回転させ、情報を脳裏に刻み込む。7日に渡る森林地帯、終盤に巨大湖。
「森林地帯を超えると、次は見渡す限りの岩石地帯。ここを抜けるにはフェンリルの脚で3日掛かる。樹木は生えず水も湧かず、動物や魔獣でさえ満足に生息しない。厳しい土地だ。岩石地帯を超えるだけの水と食料は鞄に入れておくと良い。岩石地帯を抜けると今度は草原地帯。植生は豊かで動物と魔獣も頻繁に見かける。ここまで来れば食うに困ることはない。草原地帯の終盤には湿原が広がっている。ここを抜けるには難儀する。何せ足場が悪い。できるだけぬかるみの浅い場所を探して、少しずつ歩みを進めるしか方法がない。草原と湿原を抜けるのに10日。ポンペイの街を出発してから、ここまででおよそ20日だ」
岩石地帯、草原地帯、そして湿原。20日と言葉にすることは易くとも、それはどれほどの距離であろうか。争う2頭のドラゴンは今アリデジャの話したいずれかの地帯に墜落したのか、それともさらに東の方向へと飛んだのか。
「その先は延々と続く山岳地帯。標高が500m程度の低山が幾十幾百と連なっている。ポンペイ周辺とは植生ががらりと変わるから、見知らぬ果実を口に運ぶときは注意が必要だ。林檎に似た拳大の果実を頻繁に見かけるが、こいつには即効性の毒がある。食べても死ぬことはないが、腹痛と嘔吐で丸一日は動けなくなる。騎乗と徒歩を繰り返し、山岳地帯を抜けるまでには10日掛かる。その先に待つ物は広大な海洋だ。海洋に行き当たれば北に進むと良い。海洋を右手に見ながら、海沿いを半日も進むと―」
アリデジャは一度口を閉ざし、切り傷のついた薄い唇を舐めた。
「街がある」
「…街?」
「国かもしれない。どちらともわからないが、人の住む土地がある。急峻の海岸に面して築かれた、美しい土地だ。かなり多くの人が暮らしていると見えた」
「その土地に暮らす者は、魔族ですか?」
「いや、恐らく人間だ。正確なことはわからない。なぜなら俺はその土地の内部にまともに踏み入っていない。土地の者の攻撃を受けたからだ。街の通りに足を踏み入れた途端に、通りを歩く者に武器を向けられた。お陰様で、折角見つけた人の住む土地で飯も食えずに退散だ」
「外部者の立ち入りを拒む土地、ということでしょうか」
「恐らく、違う。彼らは俺の風貌を恐れていた。魔族と確執のある土地柄なのか、それとも魔族という存在に縁のない土地柄なのか。それはわからない。付近の山林で魔族の集落を見掛けなかったことを鑑みれば、後者が有力だ。魔族という存在を知らない人間から見れば、白緑肌のドワーフなど化物同然だ」
人間の暮らす土地がある。呟くゼータの周りでは、3人のドワーフが夢物語を耳にした表情だ。人間の住まう土地までは、フェンリルの脚でおよそ1か月の道程。旅に不慣れなゼータとグラニの脚では、一体どれほどの時間が掛かるのか。ゼータは途端に不安に襲われる。ドラキス王国を出発してから今日で18日目。人間の住まう土地まで1か月の時間を要し、さらに帰路に同じだけの時間が必要となれば、残された時間は幾ばくもない。もし2頭のドラゴンが海洋へ乗り出したとなれば状況は最悪だ。向こうに陸地があろうとも、グラニの脚では海原は超えられない。ドラゴン探しに付き合ってくれる人の好い船乗りに、運良く巡り合えるとも限らない。
行き先が定まった以上、残すは時間との勝負。小難しい表情を浮かべるゼータの顔面に、アリデジャの視線が降り注ぐ。
「ゼータ、お前はいつこの街に来た」
「さっき着いたばかりです」
「長くこの街に滞在するのか」
「いえ、準備が整い次第すぐに出発します。本当は数日街に滞在し、東方の地理について聞き込みを行う予定だったんですけれど、アリデジャの教示で全ての予定が済んでしまいました。本当に感謝しています。数日分の水と食料を買いこんだら、明日の朝にでもポンペイの地を発ちます」
「そうか。今晩の宿はどうする」
「迷っています。浴場横の広場で寝て良いとは言われましたけれど、土の地面で寝ると腰が痛くなりますし。付近の森で柔らかな茂みを探そうかと…」
「それなら俺の家に来ると良い。狭い家だが、人一人転がるだけの床面積はある」
思いがけない提案に、ゼータは表情を綻ばせた。
「本当に?それは助かります」
「ついでに冒険の記録を見せてやる。俺は冒険から帰るたびに、旅路の工程を事細かに書にしたためている。出会った魔獣、口にした動植物、土地の気温や天候、先の旅路に必要な情報は、全て頭に叩き込んでいくと良い。前回の冒険の残り物で良ければ、携帯食も分けてやる。バジリスクの毒は長く身体に残る。傷がすっかり癒えるまで、俺の冒険業は小憩だ」
そう言うと、アリデジャは右腕の火傷跡を撫でた。ゼータは立ち上がり、アリデジャに何度も何度も礼を述べる。「僕の強運をお裾分けしてあげる」クリスの言葉が脳裏を過る。ゼータの旅路は驚くほどの幸運に支えられてきた。初めに訪れた湖畔の国リーニャでは、ジンダイの知人がドラゴンの情報提供者であったし、次に訪れた小国ブラキストでは、荷馬車市への同伴が情報入手の契機となった。神国ジュリでは国王アメシスからポンペイの名を聞き及び、そしてポンペイの地では偶然にも冒険者アリデジャに巡り合うことができた。ゼータ一人の運であれば、ここまで順調に物事は進まなかったであろう。
―クリス、感謝しています
ゼータは石造りの遺跡の湯船から、遠く離れた友を思う。
***
ゼータ「なぜ、髭と髪が短いんですか?」
アリデジャ「長髭と長髪は冒険には不向きだ。昔、すずめばちが髭に絡み酷い目にあった」
ゼータ「野宿と毛は不仲ですよねぇ、わかります。私も以前、前髪にカメムシが潜り込んで大変な目に合いました」
ドワーフ3人「(全然わからない)」
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