【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

ポンペイの冒険家-1

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 手持ちのハンカチで局部を覆い、立ち入った浴室内は予想以上に広々としていた。まず視界に飛び込んでくる物は、湯気立つ青白色の湯だ。広々とした浴室内の中央には、人が50人は浸かれるのではないかという巨大浴槽が備えられている。建物の外壁と同じく石造りの浴槽には、四隅に置かれた獅子の置物から絶えず温泉が流れ込む。出入り口側を除く3面の壁には、背丈よりも遥かに高いところに円形の窓が立ち並び、石造りの浴場内を明るく照らし出している。色味のない石造りの浴室に、ただ一つ輝かしく波打つ青白色の湯。ここもまた、一つの遺跡のような場所だ。

 浴場には8人の先客がいた。壁際に備えられた洗い場で、洗髪に勤しむ老齢の男性ドワーフが2人。幼子と父親、浴槽の隅に座り込む性別不明の老年ドワーフが1人。そして浴槽のど真ん中に陣取り、談話に花咲かせる若年のドワーフが3人だ。驚くべきは、若年ドワーフの中に女性が1人混じっているということだ。青白色の湯に浮かぶ豊かな乳房。しかし女性と話す2人の男性ドワーフは、惜しげもなく晒される女性の肢体を気に掛ける様子もない。もしやと思い視線を巡らせれば、今しがたゼータがくぐった戸口からは少し離れた場所に、もう一つ別の戸口が取り付けられていた。恐らくそれは女性用の脱衣所へと続く戸口なのだろう。つまりここは混浴の浴場なのだ。よくよく浴槽内を眺めてみれば、円形の浴室を縦に区切るようにしていくつかの巨岩が並べられている。一応、浴槽も男女で区切られてはいるようだ。しかし縦一列に並ぶ巨岩の役割や虚しく、先ほどから幼子が橋代わりに渡るだけのもの。足を滑らせて浴槽内に落ちやしないかと、ゼータははらはらと幼子の挙動を見守るのだ。

 幼子が無事巨岩の橋を渡り終えたときに、ゼータはいそいそと洗い場に寄る。洗い場とは言ってもポトス城の王宮にあるような、シャワーを携えた洗い場とは少し様子が違う。深さが50㎝ほどの、石造りの湯溜め場があるのだ。人一人がゆったりと浸かれるほどの大きさで、何も知らずに浴場内に立ち入ればうっかり浸かり込んでしまいそうだ。その湯溜め場から手桶で湯を掬い上げ、洗髪や洗顔に利用するといった具合である。湯溜め場の傍には歪な形の石鹸が数個投げ出されており、ゼータはその内の一つを拾い上げる。
 湯溜め場から湯を掬い上げ、ゼータが髪にこびり付いた泥汚れを必死に落としていたその時だ。石造りの地べたにしゃがみ込んだゼータの尻に、そっと触れる物がある。思わず悲鳴を上げて振り向けば、先ほど巨岩の橋を渡っていた幼子が、興味津々といった様子でゼータの尻を撫でていた。相手が成人ならば「止めろ」と怒号を浴びせるところであるが、年端もいかぬ幼子となれば如何せん。思い悩むゼータの元に、次から次へと人がやって来る。湯船に浸かり込んでいたドワーフが、洗い場で洗髪に勤しんでいた老人ドワーフが、なぜかゼータの背中や頭髪を一撫でしては、何事もなかったかのように元いた場所へと戻って行くのだ。そうする間にも幼子はリズミカルにゼータの尻を叩き続け、ゼータは頭に泡をのせたまま放心状態だ。

 ややあってゼータが洗髪を再開する頃には、浴場内はすっかり元の様子を取り戻していた。歓談、洗髪、橋渡り。珍獣を撫でる心地であったのか、とゼータは一人納得する。ゼータにとればドワーフの白緑肌と銀髪は異質。しかしそうであると同様に、ドワーフにとってゼータの白肌と黒髪は異質なのだ。不用意な接触も望まぬ尻叩きも、悪意がないのであれば責めることなどできぬ。旅路の良い思い出話を手に入れたと、ゼータは一人苦笑いを浮かべながら洗髪を続ける。

 ゼータが2度目の大人気を博したのは、洗髪洗顔洗身を終え、青白色の湯船に浸かり込んだときだ。極力目立たぬようにと湯船の端っこに身を寄せたゼータの元に、3人の若年ドワーフがわらわらと寄って来る。皆一様に顔に笑みを浮かべ、突然の来訪者に興味津々といった様子がうかがえる。

「貴方、名前はなんという」

 尋ねる者は、豊かな乳房を水面に浮かべた女性のドワーフだ。長い銀髪を頭頂で団子状に纏め、耳朶には黒水晶の耳飾りをぶら下げている。白緑の肌に浮かぶ汗の粒が艶めかしい。ゼータは女性ドワーフの胸元に視線が落ちぬようにと、黒々とした瞳にしっかりと視線を固定する。

「ゼータと言います」
「ゼータ、どこから来た?」
「ドラキス王国です。ご存じですか?旧バルトリア王国国土の北方にある大国なんですけれど」
「ドラキス王国もバルトリア王国も知らない」
「なら神国ジュリは?」
「その国なら知っている。神国ジュリに住む男が、時々ポンペイにやって来る」
「…もしかしてアメシスという名の男ですか?」
「そう。特に目的もなくやって来て、街の者と雑談を交わして帰って行く。変わり者の男だ。だが私はあの男が嫌いではない」
「ドラキス王国は、神国ジュリのずっと北側にある国です。私は神国ジュリを経由してポンペイの地にやって来ました。アメシス殿に、立ち寄るべき街だとお勧めされたんですよ」

 女性ドワーフが会話を繋ぐよりも早く、別のドワーフがゼータの正面へと進み出た。長さが10㎝はあろうかという銀の髭を携えた男性ドワーフだ。若々しい肌に見事な銀の髭。ちぐはぐな印象を受けるが、これがポンペイの街では「ごくごく普通」の姿なのである。

「貴方は旅人か?」
「そうです」
「どこに向かっている」
「東の方角です。明確な目的地があるわけではないんですけれど、行ける所まで行ってみようと思って。ポンペイの街から東の方角に向かうと、何があるかご存じですか?」

 ゼータの問いに、3人のドワーフは黙り込んだ。女性ドワーフは「私は知らない」と言うように首を横に振り、残る2人の男性ドワーフは眉根に皺を寄せて考え込む。会話が沈黙となった間にそろりと周囲を見渡せば、浴場内の客人は皆黙り込んでゼータらの会話に耳を澄ませているようである。幼子だけが元気いっぱい巨岩渡りに精を出している。
 ややあって口を開く者は、今まで沈黙を貫いていた3人目の男性ドワーフだ。銀色の長髭に加え、肩まで伸ばした銀髪。老人のような髪髭に、水滴を弾く潤い肌が何とも不釣り合いだ。

「俺達3人は狩り以外で街を出ることはない。狩場は街の北方と定められているから、街の東側の地理は知らない」
「狩場の場所が決められているのには、何か理由があるんですか?」
「街の西方と南方には、多種族の小集落がいくつかある。狩場が重なると諍いを引き起こしかねないから、俺達の方が意図的に避けている。東側の森は…昔は狩場として使っていたが、今は使わない。食用の獣があまり生息しないのだと聞いたことがある。俺達は皆若いドワーフだから、古い時代のことは知らない」
「そうなんですか…年配のドワーフに話を聞けば、東側の地理がわかる可能性はあります?」

 そう言いながら、ゼータは浴場の一角にちらと視線を送った。そこには先刻まで洗髪に勤しんでいた2人の老年ドワーフが、ゼータらの会話に耳を傾けながら青白色の湯に浸かり込んでいる。ゼータと視線が合うと、老年ドワーフの一人がそっと首を横に振った。「俺達は、知らない」

「狩人は森で死ぬ。街には帰らない。街にいる年嵩のドワーフは職人ばかりだ。浴場にいる彼らは、街の北東にある工房で宝飾品を作っている。私の耳飾りも、彼らの工房で買った物。職人は街の外のことはほとんど知らない。他の集落に物を売りにいくのは、商人の仕事だから」

 そう答える者は、耳朶に黒石の耳飾りを揺らす女性ドワーフだ。何だ、集落同士の交流があるのかとゼータは意外な心地だ。アメシスの地図をそのままの意味合いで読み取れば、付近に散らばる集落は「外部者の来訪を拒む」集落であったはずだ。しかしポンペイに住まう商人は、それら付近の集落を訪れる。即ち集落の者はポンペイの商人を受け入れている。彼らの認識の中の「外部者」とは「集落の外の者」を指すのではなく、「見知らぬ者」を指すのであろう。見知らぬ者の立ち入りを拒む小集落地帯において、アメシスがそれら小集落の情報を知り得ているのは、彼がすでに集落の者に内部者として受け入れられているからだ。恐らくは苦悩もあっただろうと、ゼータは心の中でアメシスの努力を称賛する。
 しかし真実を知り得たところで、ゼータの旅路には何の足しにもならない。

「では街の中で聞き込みを行っても、東方の地理はわからない?」

 ゼータは眉尻を下げる。石造りの街ポンペイでの任務は一に腹ごしらえ、二に入浴、三に東方の地理に関する聞き込みだ。片割れを探す神具を手に入れた今、例え地図無くとも行く先に迷うことはない。しかし全くもって情報のない土地を進むというのは不安なものだ。例えば行く先に砂漠が広がっているとなれば事前の準備は怠れない。森で食用の獣を捕らえることができず、湧き水を啜ることもできないとなれば、旅人に待ち受ける末路は死だ。
 ポンペイの地で情報収集を行えぬとなれば、先の旅路は困難を極めそうだ。唸るゼータに、長髭長髪のドワーフが顔を寄せる。

「街の外のことは、アリデジャに話を聞くと良い。冒険を生業としている風変わりな男だ」
「アリデジャ…さん。どこに住んでいるんですか?」
「街の北側のはずれだ。森の中に一軒家を構える変わり者。でも、今家にいるかどうかはわからない。アリデジャは一年の大半を冒険にあて、滅多に家には帰らない。ここ最近姿を見掛けないから、またどこか遠い地に―」

 その時だ。浴場の戸が開き、新たな客人が入場する。遠目では顔の形状はわからぬが、よく鍛えられた体躯を持つ男性ドワーフだ。背丈はゼータと同程度で、ドワーフの中ではかなり高身長の部類だ。ああ、と長髭長髪のドワーフが歓喜の声を上げる。

「アリデジャ、おいアリデジャ。今あんたの話をしていたんだ。こっちに来い」
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