【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

文字の大きさ
上 下
215 / 318
安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

神国ジュリ-1

しおりを挟む
 旧バルトリア王国国土の南方に、俗に「11の小国地帯」と呼ばれる地域がある。人魔混合国家であるドラキス王国、多種の魔族が混在する旧バルトリア王国国土の小国とは異なり、この地域にある国家はいずれも住まう種族が限られる限定国家だ。例えば幻獣族国家であるイムジン、小人族国家であるシルバ、竜族国家であるリンロン等々。人口が数十万程度の国家が乱立している。

 11の小国地帯の中心となる国家は「神国ジュリ」。妖精族と精霊族の住まう国家であり、民の中には神に等しい不思議な力を使う者も多いとされる。小国地帯の中で唯一人口が百万人を超える国家だ。その神国ジュリの中心部に、広々とした庭園がある。周囲を緑の木々に囲まれた庭園は、ポトス城の王宮白の広場にも引けを取らぬ広大さだ。歩く道は煉瓦造りで、道沿いの花壇には色とりどりの花々が咲き乱れる。程良く木枝の間引かれた樹木が、そよ風に吹かれ緑の葉を散らす。その煉瓦造りの広場の中心には、大理石の像がある。ふくよかな肢体に、慈愛に満ちた微笑み。両手を広げる格好のその像は、神国ジュリの建国者であるとされる女神像だ。
 そして女神像の見据える方向には、翠色の屋根をのせたこれまた煉瓦造りの建物。真っ白な木枠に囲まれた半円窓、年季を感じさせながらも一つの傷さえない赤煉瓦の壁。翠屋根の左隅には小さな煙突と、中央部には青空に伸びる鐘楼。ここは神国ジュリの国王アメシスと、王妃ダイナが暮らす「神殿」と呼ばれる場所だ。神殿の1階部分裏手側には渡り廊下が設けられており、庭園外部に位置する巨大な建物と繋がっている。その建物は民に「神官舎」と呼ばれる場所で、数百人に及ぶ「神官」が神国ジュリの国政運営を行っているのだ。ドラキス王国で例えれば、ポトス城の王宮に等しい建物である。国王アメシスと王妃ダイナは、神殿に暮らし神殿で公務を行う。そうして神殿に立ち入ることを許された特別な神官だけが、重要書類を携え渡り廊下を歩くことを許される。これが神国ジュリの国政の場だ。

 その日、タルクは庭園正門付近の草刈り作業に勤しんでいた。疎らに伸びた芝生に草刈鎌を当て、刈り取った芝草をバケツへと放り込んでいく。もう1時間もそうしてしゃがみ込んでいるから、折り曲げた足腰がずしりと重たい。タルクの本職は草刈り師ではない。庭園の正門を守る門番だ。しかし王と王妃以外に暮らす者のいない神殿に、客人など滅多にやっては来ない。客人の来訪に合わせ門を開けることなど、数日に一度あるかないかだ。しかし王と王妃の暮らす建物がある以上、門扉の守りを疎かにするわけにはいかぬ。そうして置かれた門番であるが、仕事はもっぱら草刈りと掃除だ。それに花壇の手入れと、庭木の剪定。暇を持て余し煉瓦路の補修も行うタルクは、神殿内の神官には「便利屋」の名で呼ばれている。本来の職は門番であるのにと心内で呟きながらも、国王アメシス直々に礼を言われれば悪い気はしない。王妃ダイナが密かに差し入れてくれる茶菓子も、タルクの人生の楽しみだ。
 草刈り作業に没頭するタルクの耳に、澄んだ声が届く。

「すみません。ダイナ王妃にお会いしたいんですけれど」

 タルクは顔を上げる。鉄製の格子戸で閉ざされた正門の向こう側に、人が立っていた。草刈鎌を地面に置き、疲労の溜まった足腰を立てる。格子戸を挟み、突然の来訪者と向かい合う。

「失礼ですが、ダイナ妃への謁見申し込みはお済みですか?」
「謁見申し込み?それはどこでするんですか?」
「神殿庭園の裏手側にある神官舎です。ここからですと、庭園の外壁に沿って歩けば直に着きますよ」
「その謁見申し込みというものを行えば、すぐにダイナ王妃に会えますか?」
「謁見申し込みの受理には数日お時間をいただきます。ダイナ妃の今後のご予定にもよりますが、通常謁見予定の調整には1週間から2週間程度のお時間をいただいております」
「1週間…」

 来訪者は呟き、顔を伏せる。その隙に、タルクは来訪者の扮装をくまなく眺め見る。酷く汚れた格好の、年若の女性だ。肩の辺りで切り揃えられた黒髪は乱れ、頬には泥の跡。細身の身体に不釣り合いに大きい麻素材の衣服は、シャツの袖とズボンの裾が捲り上げられている。太腿や肩についた土汚れは野宿の跡だ。手綱の先の騎獣も泥土に塗れているから、恐らくは野宿を重ね神国ジュリへとやって来た旅人であろう。そういえば一昨日は豪雨であった、とタルクは思う。格子戸の向こうに立つ女性と騎獣は、旅の途中で不幸にも大雨に振られたのやもしれぬ。

「あの、私ドラキス王国からやって来たゼータと言います。ダイナ王妃にそう取り次いでいただけませんか。ゼータが来た、と言えばわかると思います」
「ダイナ妃の知人の方ですか。大変申し訳ありませんが、どのような立場の方であっても、王妃との謁見には神官舎でも手続きが必要となります。防犯上の都合から、私の判断でこちらの門を開けることは出来ません」
「門を開けてくれとは言いません。一言、ダイナ王妃に言伝をお願いしたいんです。ゼータが来た、とそれだけで良いですから。神官舎での手続きが必要ならば、きちんと行います」

 女性が必死で食い下がる。タルクは顎に手を当て、考え込む。一介の門番でしかないタルクは、許可なくして神殿内部に立ち入ることはできない。ダイナへの伝言を届けるとなれば、神殿の入口付近にある神官室に声を掛けることになる。神官室には王と王妃の身の回りの世話をする5人の神官が在室し、神殿内部の清掃や食事の準備に当たっている。そしてタルクが神官室へ伝言を届けるのは、別におかしなことではない。例えば正門前に神殿宛の荷を積んだ荷馬車が到着すれば、神官室に許可を取り門を開けることは度々ある。神官室にゼータという名の客人の来訪を伝えるだけなら、正門を守るというタルクの職務規律に違反することはない。

「まぁ…伝言だけで良いのなら。少々お待ちください」

 タルクがそう言うと、女性は破顔した。薄汚れた格好をしているが、整った顔立ちの女性である。木の葉を絡ませた黒髪は、櫛で数度梳かせば本来の艶を取り戻す。泥の付いた頬は、温かな湯で綺麗に洗い流せば良い。女性が本気で身なりを整えれば、女神の再来と名高いダイナにも引けを取らぬ美しさとなるはずだ。そんな事を考えながら、タルクは神殿へと続く煉瓦路を歩く。

 手入れの行き届いた煉瓦路を歩き、間もなくタルクは神殿の出入り口へと辿り着いた。半円形のガラス窓に挟まれた、象牙色の開き扉。一般の家屋と何ら変わりない質素な扉であるが、その扉の向こうは特別な許可なくしては足を踏み入れることを許されぬ、王と王妃の聖域だ。丁度神官の一人が玄関口の掃き掃除をしているところであり、タルクは立ち止まり「すみません」と声を上げる。

「正門前に客人がお越しです。ダイナ様に伝言を願えますか」
「お客人?今日は来客の予定はないはずよ」

 箒掛けの手を止めて、神官は怪訝と眉を顰める。

「それが、神官舎での謁見申し込みはこれからだと言うのです。しかしダイナ様に一言、到着の言伝を頼みたいと仰っておりまして…ドラキス王国のゼータ様、という御方です」
「ドラキス王国のゼータ様…どこかで聞いたような名前だけれど…」
「茶の給仕の際にでも、一言ダイナ様のお耳に入れていただけませんか。急いた様子でありましたから、ともすればドラキス王国からの急な伝令を抱えていらっしゃるのやもしれません」
「急ぎの用事でも、謁見には神官舎を通してもらうのが筋なのだけれど…」

 神官は困ったように肩を竦め、黙り込んだ。タルクはちらと背後を振り返る。長く伸びる煉瓦路の向こうに、格子戸によって閉ざされた正門が見える。正門の向こう側には、立ち尽くす黒髪の女性と銀色の騎獣。言伝すら難しいかもしれませんよ、タルクは心の中で女性に告げる。タルクが正門を守るのと同様に、神殿に仕える神官は王と王妃を余計な接触から守るのが務め。言伝にしろ文にしろ、届けよと言われた物をいちいち届けていたのでは埒が明かない。君人と名高い国王アメシスに、女神のような美しさを保つ王妃ダイナ。民の中にも接触を図ろうとする者は多いのだ。

「…仕方ないわね。例外的な措置として、ダイナ様には一言お伝えしておくわ。ドラキス王国からの客人、というところが気になるところではあるし。でも謁見には通常通りの手続きをしてもらって。ダイナ様は、今週は予定が空いていらっしゃるわ。今日中に謁見申し込みを行ってもらえば、最短での日程調整が可能だから」
「最短とは、具体的にはいつ頃になります」
「今日神官舎で書類を受理すれば、明後日には神殿に書類が上がってくるわ。その日のうちに我々で書類の審査を行って、ダイナ様と予定の調整を行って…。実際の謁見は4、5日後というのが良いところじゃないかしら」
「4,5日後ですね。わかりました。客人にはそうお伝えしておきます」

 タルクは神官に向けて頭を下げる。神官が玄関口の向こう側へと消えたことを確認し、正門へと続く煉瓦路を引き返す。客人の要望通り、ダイナへの言伝は受け取った。謁見日程についても、最短で調整するとの神官の言質を取った。客人の神殿訪問の理由はわからぬが、ここまでやれば文句を言われる筋合いはあるまい。あとは正門前の客人に、事情を説明し神官舎へ赴いてもらうだけ。
 タルクの足が、正門を目前にしたその時だ。弾む足音。固い靴底が地面を打つ音が、驚くほどの速さで背後に近づいて来る。慌てて振り返った丁度その時に、タルクの真横を銀色の塊が駆け抜けていった。風に舞う銀の髪に、華やかなすみれ色のドレス。顔など見ずともわかる。神殿の主たる王妃ダイナだ。女神と名高い神国ジュリの王妃が、ドレスをひるがえし煉瓦路を駆けている。

「ゼータ様!」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...