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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ
ドラゴン・トーク-1
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格子戸をくぐった先は、ダンス会場を思わせる煌びやかな空間だ。天井には小ぶりのシャンデリア、壁には一面の酒瓶とグラス。間仕切りのない店内には光沢のある長テーブルが並び、テーブルを囲うソファは高級感漂う黒革だ。10あるテーブル席のうち半分はすでに先客で埋まっており、揃いの衣服を纏った給仕人が酒や料理を運んでいる。忙しく厨房に出入りする給仕人は男性ばかりだが、それとは対照的に各テーブルにいる酌人は女性ばかり。それも店外にいた客引きの女性に等しく、淫猥と称される衣服を纏う女性ばかりだ。白い太腿が惜しげもなく晒され、豊かな胸元が収穫前の白桃のように揺れている。あれだけ惜しみなく晒された肢体を前に、「触るな」というのも酷な話である。しかしテーブルに付く客人は常連ばかりのようで、ゆらゆらと揺れる白桃を前に紳士な対応を貫いている。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」
出入り口の脇に立っていた男性店員が、ジンダイに問うた。
「いや、何度か利用している」
「いつも御贔屓に、ありがとうございます。酌人の指名はございますか?」
「バレッタは来ているか」
「バレッタは先ほど店に付いたばかりです。直に降りて参りますから、すぐお席に向かわせましょう。ささ、お客様はお先にどうぞ」
男性店員に促され、ジンダイは店の奥側へと歩いてゆく。当然のように背に付き従おうとしたゼータであるが、ゼータの姿を目視した男性店員は意外とばかりに声を上げた。ジンダイの巨体が壁となり、ゼータは客として認識されていなかったようだ。
「失礼。こちらの女性はお客様のお連れでございますか?」
「そうだ。女性が店に立ち入ることに問題があるか?」
「いえ、滅相もない。申し訳ありません。女性のお客様は珍しいものですから、少し驚いてしまいました」
そう言うと、男性店員はジンダイとゼータに向けて深々と頭を下げた。ジンダイに事情を説明し、男性の姿になるべきだっただろうか。そうした考えがふと頭を過るゼータであるが、男性向けの店であるならば女性の姿でいる方が心易い。万が一不慮の事故で酌人の乳に触れることがあっても、自らの乳を差し出せば難は逃れられるはずだ。安直に考えるゼータである。
2人が案内された席は、店の中央付近にあるソファ席だ。高級感のある革張りのソファが、銀色のテーブルを囲うようにコの字型に設置されている。席に着くや否や男性定員が2人の前にグラスとお絞りを置き、ジンダイの前には光沢のある厚紙を置いた。ゼータが「触るな」と申し付けられたメニュー表である。男性定員が席を去ると、ジンダイは迷うことなくグラスに口を付けた。ゼータもそれに倣う。透明なグラスの中身は、爽やかな檸檬水だ。ただの水ではない、という辺りが洒落ている。
半分程を飲み干したグラスをテーブルの上に戻し、ゼータは隣席のソファ席を盗み見た。衝立に阻まれることのない隣席の様子は、少し視線を動かせば簡単に臨むことができる。黒革のソファに座るのは2人の男性客、それにそれぞれの男性客の真横に付いた2人の酌人だ。男性客の容姿にこれといった特徴はないが、2人の酌人の風貌には目を見張るものがある。一人の酌人は、肉食獣を思わせる犬歯が特徴的な獣人族の女性だ。橙に近い色合いの短髪に、ふわふわと柔らかな獣耳。眦の吊り上がった目許も肉食獣そのものだ。それだけの特徴ならば何の動物の血を引いているのかはわからない。しかし女性の纏う衣服というのがこれまた特徴的で、全身にぴたりと張り付くミニワンピースだ。柄は黒と橙の縞模様。どうやら彼女は虎の血を引く獣人族のようだ。もう一人の女性は愛くるしい垂れ目、銀色の頭髪に2本の長い耳を生やしている。真っ白な兎耳だ。着ている衣服も白兎を思わせる柔らかなフレアワンピース、肉付きの良い手足も雪のように白い。
彼女達の獣耳は本物だろうか、それとも被り物だろうか。隣席観察に勤しむゼータの肩を、ジンダイの指先が叩いた。
「あまりじろじろ見るなよ。熱視線は指名と捉えられる」
ジンダイの警告に、ゼータは慌てて隣席から視線を逸らした。
「すみません。彼女達の耳は本物なのかなと思って」
「耳?ああ、あれは被り物だ。都合よく獣耳だけが付いた獣人族なんて、そう多くはいないだろ。だがこれからやってくるバレッタは本物の獣耳だ。うちの店のソフィーもな」
ジンさんは獣耳がお好きなんですか。頭を過る疑問を、口に出すことはできないゼータである。
雑談でいくらか間を繋いだ頃に、テーブル席には一人の女性がやって来た。真っ白な獣耳の女性だ。くりくりとした黒い眼に、紅を引いた小さな唇。身体の凹凸がよくわかる、ニット素材のワンピースを纏っている。スカートの丈は不安を覚える程に短いが、それでも店内にいる酌人の中では肌の露出は少ない方だ。女性はテーブル席に辿り着くと、ジンダイに向かって花のような笑顔を向けた。
「ジンさん、久し振り。また来てくれて嬉しいよ」
「ようバレッタ。変わりはないかい」
「なぁんにも。変化の無い毎日で嫌になっちゃう」
「変化がないのは良いことだ。毎日が平和という事だろう」
どうやら「変わりはないかい」と尋ねるのは、ジンダイ流の挨拶のようだ。相手の回答が「変化がある」でも「変化がない」でも、無難に会話を繋げる便利な挨拶だ。ひとしきりの笑顔を披露した後に、バレッタはジンダイの横席へと腰を下ろす。そしてふいとゼータに視線を向けた。ペルシャ猫だ、ゼータは直感する。真っ白な獣耳と、同じく真っ白なニットワンピース。大きな丸い瞳と、さくらんぼのように小さな唇は、愛くるしいペルシャ猫を想像させる。
「それでジンさん。そちらの女性は?紹介してよ」
「ああ、こちらはゼータさんだ。ドラキス王国にお住まいで、ドラゴンの研究をしている。俺の古い友人でな。研究に必要な情報を集めるために、遥々俺の元を訪ねてやって来たんだ」
「ドラゴンの研究?研究者ってこと?なぁんだ、ジンさんの恋人じゃないんだ」
「こ、恋人なわけがあるか」
ジンダイは焦り顔だ。けらけらと笑い声を立てながら、バレッタはメニュー表を掴み上げる。光沢のあるメニュー表がジンダイに向けて差し出される。
「じゃあここには情報屋のお仕事で来たんだね。話が長くなるなら、先にお酒を頼んでよ」
「そうだな。俺はいつもの酒を頼む。つまみは…揚げ物の盛り合わせがあったろう。とりあえずそれを一皿だ」
メニュー表の内容を見ることなく、ジンダイは言った。行き場を失ったメニュー表を、バレッタはゼータに向けて差し出す。しかしゼータも、差し出されたメニュー表を受け取ることはしない。メニュー表には触れるなとのジンダイの警告である。
「ゼータさんは何にする?」
「…私は、ジンさんと同じお酒をお願いします」
「何で?折角なんだから好きな物を頼みなよ。遠慮しないでさ」
バレッタはゼータの目の前で、禁断のメニュー表をひらひらと振る。しかしゼータは頑なにメニュー表を受け取らず、黙って首を横に振るばかりだ。今ゼータの恐ろしい物、それは目の前で揺れるメニュー表と、同じく目の前で揺れる2つの白桃である。ニットワンピースに包まれたバレッタの胸元は、酒が進めば思わず手を伸ばしたくなる悩殺的な代物だ。
「遠慮しているんじゃなく、怯えているんだ。俺が、初客は金を搾り取られるなどと言ったから」
「ジンさんのお友達から搾り取ろうなんて考えないよ。それに、ここのお代はジンさん持ちでしょ?ジンさんの懐が寂しくなったら、またしばらく会えなくなっちゃうじゃん」
「…んん」
ジンダイは唸る。バレッタは愛想のよい笑顔を一変させ、信じられないというような表情をジンダイに向けた。
「まさかお代は割り勘なの?ジンさんを頼って遥々やって来てくれたのに?ジンさん、それはないよ。無暗と飲むなって忠告はしたんでしょ?酒代くらい払ってあげなよ」
「…確かにバレッタの言う通りだ。ここのお代は俺が持とう。ゼータさん、遠慮せず好きな酒を頼むと良い」
「やったね、好きな酒を頼んで良いってさ。ゼータさん、この金色のお酒はどう?瓶で頼めば皆で飲めるよ」
「おい、ふざけるなよ。それはこの店で一番高い酒だろう」
「冗談だよ」
漫才の掛け合いに、ゼータは思わず顔を綻ばせた。バレッタの言葉に悪意はなく、ジンダイの制止に焦りもない。こうした掛け合いは日常茶飯事なのだ。作法を守れば楽しい場所、というジンダイの言葉にも納得である。
3人分の酒とつまみの揚げ物。注文を書き入れた用紙を、バレッタは給仕人の男性へと手渡した。揚げ物には少し時間を要するとのことだったが、酒類の給仕は早い。ジンダイの分の焼酎の水割りと、ゼータとバレッタの分の果実酒。3人分のグラスがすぐにテーブルへと運ばれてくる。恐らくバレッタの分の飲料の請求は、当然のようにジンダイへと行くのだろう。ポトスの街にもこの店のような、店員との雑談を目的とした飲み屋は存在する。ゼータは過去に足を運んだ経験はない種の店であるが、そのような店では会話相手の店員の酒代は客人が持つのだと小耳に挟んだことがある。
ジンダイ持ちの果実酒をさも美味そうに腹へと収め、バレッタはさて、と声を上げた。
「どんな情報が必要なの?私に答えられそうなことかな?」
ああ、と頷き、ジンダイは酒のグラスをテーブルへと置いた。
「2か月前、北東の空を2頭のドラゴンが横切っただろう。どんな様子だったかを聞きたいんだ」
「2頭のドラゴン…ああ、喧嘩をしていた子達ね。そういえば、そんな話をジンさんにしたね。様子って、具体的に何を話せば良いの?」
小首を傾げるバレッタ。獣耳と同じ色の、銀の髪がさらりと揺れる。ペルシャ猫の愛らしい仕草に、ジンダイは一瞬言葉に詰まる。代わりにバレッタの疑問に答える者はゼータだ。
「飛行状態、傷の有無、争いの優劣、どんな些細なことでも構いませんから、2頭のドラゴンを見て感じたことを教えてください。あとは、ドラゴンの向かった正確な方角も」
ようやく辿り着いた情報を前に、ゼータは必死の形相だ。ゼータが知るレイバック失踪時の情報は「緑褐色のドラゴンと交戦し、旧バルトリア王国国土の果てへと消えた」という2節だけ。戦いの優劣も手傷の有無も知らないのだ。バレッタの語る情報次第で、今後の旅路は大きく変わる。旧バルトリア王国国土の内で、緋色のドラゴンの遺骸を探すこととなるのか。それともどこにいるともわからぬ生者を探し、遠い異国の果てへと赴くことになるのか。
バレッタの黒い眼は、じっとゼータを見据えていた。初めて会う客人の本性を見定めているようにも見える。ややってバレッタの口から返される答えは、少しばかり予想外。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」
出入り口の脇に立っていた男性店員が、ジンダイに問うた。
「いや、何度か利用している」
「いつも御贔屓に、ありがとうございます。酌人の指名はございますか?」
「バレッタは来ているか」
「バレッタは先ほど店に付いたばかりです。直に降りて参りますから、すぐお席に向かわせましょう。ささ、お客様はお先にどうぞ」
男性店員に促され、ジンダイは店の奥側へと歩いてゆく。当然のように背に付き従おうとしたゼータであるが、ゼータの姿を目視した男性店員は意外とばかりに声を上げた。ジンダイの巨体が壁となり、ゼータは客として認識されていなかったようだ。
「失礼。こちらの女性はお客様のお連れでございますか?」
「そうだ。女性が店に立ち入ることに問題があるか?」
「いえ、滅相もない。申し訳ありません。女性のお客様は珍しいものですから、少し驚いてしまいました」
そう言うと、男性店員はジンダイとゼータに向けて深々と頭を下げた。ジンダイに事情を説明し、男性の姿になるべきだっただろうか。そうした考えがふと頭を過るゼータであるが、男性向けの店であるならば女性の姿でいる方が心易い。万が一不慮の事故で酌人の乳に触れることがあっても、自らの乳を差し出せば難は逃れられるはずだ。安直に考えるゼータである。
2人が案内された席は、店の中央付近にあるソファ席だ。高級感のある革張りのソファが、銀色のテーブルを囲うようにコの字型に設置されている。席に着くや否や男性定員が2人の前にグラスとお絞りを置き、ジンダイの前には光沢のある厚紙を置いた。ゼータが「触るな」と申し付けられたメニュー表である。男性定員が席を去ると、ジンダイは迷うことなくグラスに口を付けた。ゼータもそれに倣う。透明なグラスの中身は、爽やかな檸檬水だ。ただの水ではない、という辺りが洒落ている。
半分程を飲み干したグラスをテーブルの上に戻し、ゼータは隣席のソファ席を盗み見た。衝立に阻まれることのない隣席の様子は、少し視線を動かせば簡単に臨むことができる。黒革のソファに座るのは2人の男性客、それにそれぞれの男性客の真横に付いた2人の酌人だ。男性客の容姿にこれといった特徴はないが、2人の酌人の風貌には目を見張るものがある。一人の酌人は、肉食獣を思わせる犬歯が特徴的な獣人族の女性だ。橙に近い色合いの短髪に、ふわふわと柔らかな獣耳。眦の吊り上がった目許も肉食獣そのものだ。それだけの特徴ならば何の動物の血を引いているのかはわからない。しかし女性の纏う衣服というのがこれまた特徴的で、全身にぴたりと張り付くミニワンピースだ。柄は黒と橙の縞模様。どうやら彼女は虎の血を引く獣人族のようだ。もう一人の女性は愛くるしい垂れ目、銀色の頭髪に2本の長い耳を生やしている。真っ白な兎耳だ。着ている衣服も白兎を思わせる柔らかなフレアワンピース、肉付きの良い手足も雪のように白い。
彼女達の獣耳は本物だろうか、それとも被り物だろうか。隣席観察に勤しむゼータの肩を、ジンダイの指先が叩いた。
「あまりじろじろ見るなよ。熱視線は指名と捉えられる」
ジンダイの警告に、ゼータは慌てて隣席から視線を逸らした。
「すみません。彼女達の耳は本物なのかなと思って」
「耳?ああ、あれは被り物だ。都合よく獣耳だけが付いた獣人族なんて、そう多くはいないだろ。だがこれからやってくるバレッタは本物の獣耳だ。うちの店のソフィーもな」
ジンさんは獣耳がお好きなんですか。頭を過る疑問を、口に出すことはできないゼータである。
雑談でいくらか間を繋いだ頃に、テーブル席には一人の女性がやって来た。真っ白な獣耳の女性だ。くりくりとした黒い眼に、紅を引いた小さな唇。身体の凹凸がよくわかる、ニット素材のワンピースを纏っている。スカートの丈は不安を覚える程に短いが、それでも店内にいる酌人の中では肌の露出は少ない方だ。女性はテーブル席に辿り着くと、ジンダイに向かって花のような笑顔を向けた。
「ジンさん、久し振り。また来てくれて嬉しいよ」
「ようバレッタ。変わりはないかい」
「なぁんにも。変化の無い毎日で嫌になっちゃう」
「変化がないのは良いことだ。毎日が平和という事だろう」
どうやら「変わりはないかい」と尋ねるのは、ジンダイ流の挨拶のようだ。相手の回答が「変化がある」でも「変化がない」でも、無難に会話を繋げる便利な挨拶だ。ひとしきりの笑顔を披露した後に、バレッタはジンダイの横席へと腰を下ろす。そしてふいとゼータに視線を向けた。ペルシャ猫だ、ゼータは直感する。真っ白な獣耳と、同じく真っ白なニットワンピース。大きな丸い瞳と、さくらんぼのように小さな唇は、愛くるしいペルシャ猫を想像させる。
「それでジンさん。そちらの女性は?紹介してよ」
「ああ、こちらはゼータさんだ。ドラキス王国にお住まいで、ドラゴンの研究をしている。俺の古い友人でな。研究に必要な情報を集めるために、遥々俺の元を訪ねてやって来たんだ」
「ドラゴンの研究?研究者ってこと?なぁんだ、ジンさんの恋人じゃないんだ」
「こ、恋人なわけがあるか」
ジンダイは焦り顔だ。けらけらと笑い声を立てながら、バレッタはメニュー表を掴み上げる。光沢のあるメニュー表がジンダイに向けて差し出される。
「じゃあここには情報屋のお仕事で来たんだね。話が長くなるなら、先にお酒を頼んでよ」
「そうだな。俺はいつもの酒を頼む。つまみは…揚げ物の盛り合わせがあったろう。とりあえずそれを一皿だ」
メニュー表の内容を見ることなく、ジンダイは言った。行き場を失ったメニュー表を、バレッタはゼータに向けて差し出す。しかしゼータも、差し出されたメニュー表を受け取ることはしない。メニュー表には触れるなとのジンダイの警告である。
「ゼータさんは何にする?」
「…私は、ジンさんと同じお酒をお願いします」
「何で?折角なんだから好きな物を頼みなよ。遠慮しないでさ」
バレッタはゼータの目の前で、禁断のメニュー表をひらひらと振る。しかしゼータは頑なにメニュー表を受け取らず、黙って首を横に振るばかりだ。今ゼータの恐ろしい物、それは目の前で揺れるメニュー表と、同じく目の前で揺れる2つの白桃である。ニットワンピースに包まれたバレッタの胸元は、酒が進めば思わず手を伸ばしたくなる悩殺的な代物だ。
「遠慮しているんじゃなく、怯えているんだ。俺が、初客は金を搾り取られるなどと言ったから」
「ジンさんのお友達から搾り取ろうなんて考えないよ。それに、ここのお代はジンさん持ちでしょ?ジンさんの懐が寂しくなったら、またしばらく会えなくなっちゃうじゃん」
「…んん」
ジンダイは唸る。バレッタは愛想のよい笑顔を一変させ、信じられないというような表情をジンダイに向けた。
「まさかお代は割り勘なの?ジンさんを頼って遥々やって来てくれたのに?ジンさん、それはないよ。無暗と飲むなって忠告はしたんでしょ?酒代くらい払ってあげなよ」
「…確かにバレッタの言う通りだ。ここのお代は俺が持とう。ゼータさん、遠慮せず好きな酒を頼むと良い」
「やったね、好きな酒を頼んで良いってさ。ゼータさん、この金色のお酒はどう?瓶で頼めば皆で飲めるよ」
「おい、ふざけるなよ。それはこの店で一番高い酒だろう」
「冗談だよ」
漫才の掛け合いに、ゼータは思わず顔を綻ばせた。バレッタの言葉に悪意はなく、ジンダイの制止に焦りもない。こうした掛け合いは日常茶飯事なのだ。作法を守れば楽しい場所、というジンダイの言葉にも納得である。
3人分の酒とつまみの揚げ物。注文を書き入れた用紙を、バレッタは給仕人の男性へと手渡した。揚げ物には少し時間を要するとのことだったが、酒類の給仕は早い。ジンダイの分の焼酎の水割りと、ゼータとバレッタの分の果実酒。3人分のグラスがすぐにテーブルへと運ばれてくる。恐らくバレッタの分の飲料の請求は、当然のようにジンダイへと行くのだろう。ポトスの街にもこの店のような、店員との雑談を目的とした飲み屋は存在する。ゼータは過去に足を運んだ経験はない種の店であるが、そのような店では会話相手の店員の酒代は客人が持つのだと小耳に挟んだことがある。
ジンダイ持ちの果実酒をさも美味そうに腹へと収め、バレッタはさて、と声を上げた。
「どんな情報が必要なの?私に答えられそうなことかな?」
ああ、と頷き、ジンダイは酒のグラスをテーブルへと置いた。
「2か月前、北東の空を2頭のドラゴンが横切っただろう。どんな様子だったかを聞きたいんだ」
「2頭のドラゴン…ああ、喧嘩をしていた子達ね。そういえば、そんな話をジンさんにしたね。様子って、具体的に何を話せば良いの?」
小首を傾げるバレッタ。獣耳と同じ色の、銀の髪がさらりと揺れる。ペルシャ猫の愛らしい仕草に、ジンダイは一瞬言葉に詰まる。代わりにバレッタの疑問に答える者はゼータだ。
「飛行状態、傷の有無、争いの優劣、どんな些細なことでも構いませんから、2頭のドラゴンを見て感じたことを教えてください。あとは、ドラゴンの向かった正確な方角も」
ようやく辿り着いた情報を前に、ゼータは必死の形相だ。ゼータが知るレイバック失踪時の情報は「緑褐色のドラゴンと交戦し、旧バルトリア王国国土の果てへと消えた」という2節だけ。戦いの優劣も手傷の有無も知らないのだ。バレッタの語る情報次第で、今後の旅路は大きく変わる。旧バルトリア王国国土の内で、緋色のドラゴンの遺骸を探すこととなるのか。それともどこにいるともわからぬ生者を探し、遠い異国の果てへと赴くことになるのか。
バレッタの黒い眼は、じっとゼータを見据えていた。初めて会う客人の本性を見定めているようにも見える。ややってバレッタの口から返される答えは、少しばかり予想外。
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