【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

王妃の決意

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 十二種族長会議が行われた日の夜の事である。ザトは自身の執務室で、机の上に積み上げられた書類に目を通していた。昼間のうちに王宮内各部署を回り、至急王の承認が必要な案件をかき集めてきたところだ。メリオンが代理王として立った。法案改正や新法制定などの重要な案件についても、一先ずの滞りは解消される。
 書類を緊急度ごとに振り分けるザトの背後から、声をかける者があった。書類の選別に集中し、扉を叩く音に気が付かなかった。ザトが振り向けば、背後に立っていた者はゼータである。

「忙しいところすみません。少し話をしてもいいですか?」
「ああ、なんだ」

 ザトは書類をめくる手を止めて問う。会議の最中とは打って変わって、ゼータの表情は穏やかだ。

「明日から少し旅に出ます。承認をもらう必要もないとは思いますが、一応断りを」
「…旅?どういうことだ?」
「王が不在なのに王妃の地位もないでしょう。せっかく自由になったことだし、少し異国を巡ろうかなと思って。期間にして4か月ほど」

 言葉の最後ににこやかにほほ笑むゼータを前にして、ザトはその言葉の意味を悟る。帰らぬ王を探しに行くと、この王妃は言っている。

「待て…。いや、止めるつもりはないが、一人で行くつもりか」
「行き先が決まっているわけではないので、一人で行ってきます。身軽な方が気楽ですし。幸いにも王妃らしい仕事はしていませんから、業務に不都合が出る事もありません」

 ゼータの口調は穏やかだが、有無を言わせぬ力強さがある。説得は困難だと判断したザトは、溜息とともに肩を落とす。

「わかった。気を付けて行ってこい。馬か騎獣を連れていくか?」
「騎獣を1頭貰います。途中で乗り捨てる可能性があるので、返却は約束できません。魔獣管理部には話を通してあります」
「そうか。皆に周知はしたのか」
「たまに仕事を手伝っていた部署には、公務時間中に顔を出しました。十二種族長の元にはこれから向かいます」
「わかった。メリオンの所に先に行ってくれ。代理とはいえ今は王だからな。王の執務室にいるはずだ」

 はい、とだけ頷いて、ゼータはザトの執務室を出た。残されたザトは手に持った書類をぱらぱらと捲り、机上の書類山のてっぺんに積み上げる。至急、王の審議が必要な案件。

 ゼータはザトの執務室を出たその足で、王の執務室を訪れた。部屋の扉は薄く空き、中から灯りが漏れ出している。主が不在のその部屋は、公務時間中こそザトや官吏が立ち入ることはあれど、夜間にこうして灯りがともるのは久方ぶりの事である。
 ゼータは薄く空いた扉の隙間から、部屋の中を覗き込む。扉の付近に備えられた応接用のソファに、メリオンが腰かけていた。ソファの前部に置かれたローテーブルの上に書類を積み上げ、つらつらと目を通している。本来物書きをすることなど想定されていない応接セットだ。メリオンは時折書類にペンを走らせるものの、腰を屈めて首を突きのばす様はとても肩が凝りそうだ。

「執務机を使えばいいのに」

 ゼータは薄く開けた扉の間から身体を滑り込ませ、メリオンに声を掛けた。突然の来訪者にも、メリオンが書類から目を上げることはない。

「あんな恐れ多い椅子に座れるか。溜まった書類が掃けたら、俺は自分の執務室に戻る。この部屋は封鎖だ」

 メリオンの手は忙しく書類を捲り、最後のページの下部に印を入れる。慣れた作業だ。口調もいつも通り。王の代わりとなることへの憂慮や戸惑いなど一切感じられない。ザトとクリスが言うように、メリオンが王となるならば国は正しく導かれるだろう。
 ゼータはしばらくメリオンの作業を眺めていた。沈黙が数分を数えた時に、無言を訝しんだメリオンが顔を上げた。

「何の用だ?まさか冷やかしではあるまい。忙しいから要件は手短に伝えろ」

 そう言い捨てて、メリオンは書類をめくる作業に戻った。ゼータはソファの上の横顔を眺めながら言う。

「明日から4か月ほど旅に出ます。次期国王の即位までには戻ります」
「ああ、王を探しに行くのか。行ってこい」

 ペンを持たぬメリオンの左手が、ひらりと揺れる。苦言を呈されると予想していたゼータは、思わぬ快諾に言葉を詰まらせた。メリオンの灰色の瞳が、じろりとゼータを見る。

「なんだ。珍妙な顔をして」
「いえ。無駄な事は止めろと言われるかと思っていました」
「無駄ではないだろう。王が傷を負い、自力での帰還が困難な可能性は十分になる。そうでないにしても、亡骸が見つかるだけでも旅の意味はある。俺とて王の生死が不明のまま王座を継ぐのは心安くない」

 ゼータを見据えるメリオンの眼は至って真面目だ。普段、口を開けば淫猥な言葉を吐き散らかす男とは到底思えない。

「代理王の話がなければ、俺自ら神国ジュリまで足を運ぼうと思っていた。旧バルトリア王国の向こう側にある国だ。馴染みがいてな」

 メリオンは上着の内ポケットから革張りの手帳を取り出し、一枚の紙をちぎった。テーブルの上に置き、さらさらとペンを走らせる。

「神国ジュリの王はアメシスという。俺がバルトリア王国にいた頃に懇意にしていた男だ」
「アメシス殿…。フィビアス女王の即位式で会いました。彼の妃であるダイナ様と仲良くなりましたよ」
「それは良い。神国ジュリに立ち寄れ。あの国は妖精族と精霊族の国だ。魔導具に似た不思議な力を持つ道具を作ると聞いている。俺は彼の国に立ち入った経験はないが、人探しに有効な何らかの道具を見繕ってもらえるやもしれん」

 メリオンは手のひら大の紙を四つ折りにして、差し出した。紙を受け取ったゼータは、中を見ることはせずにポケットにしまい込む。メリオンは王の生存を信じている。彼は代理王の話がなければ、自分で王を探しに行くつもりだったのだ。王の帰還は絶望的と諦める者が多い中、わずかな希望を信じる者はゼータだけではない。

「ありがとうございます。必ず立ち寄ります」
「いいか、王を見つけたら担いででも帰れ。間違ってもその地で安穏と暮らそうと思うなよ。4か月の間は国を守るが、王座に就いたら俺は好き勝手やるからな。まず王宮の官吏服は廃止だ。皆等しく全裸」

 それはまずい、とゼータは笑う。再度礼を述べ部屋を出ようとしたときに、メリオンに呼び止められる。

「クリスにはもう話をしたのか?」
「夕方たまたま会ったので、伝えました」
「何か言っていたか」
「…いえ。気を付けて、としか。クリスに何かありました?」
「深い意味はない。聞いただけだ」

 メリオンがそう言ったきり、書き物作業に戻る。ゼータもそれ以上問いを重ねることはせずに、王の執務室を後にした。 
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