【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

代理王

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 議会の間には2か月前と同じ13人が集まっていた。窓際の長机に6人の種族長、それと対面に置かれた長机に同じく6人。彼らの見つめる部屋の前部には、悪魔族長であるザトと、王妃であるゼータが並んで座っている。2人の間に王の分の椅子はない。
 王の帰還を信じ2か月待った。しかし彼は帰らず、生死を判断できるような情報も入ってはこない。ザトは特例的に自身の決裁権を増やし柔軟な承認を行ったものの、それでもやはり政務は滞る。新たな法案の整備、法の改正にはどう頑張っても王の承認が必要になる。新たな施策が提案された際には、王の意見なくして先に進める事はできない。王宮の各所で、業務は著しく滞っていた。

「2か月経った。これ以上、王なくしての国政運営は不可能だ」

 重苦しい雰囲気の部屋の中に、重厚なザトの声が響く。

「皆の意見が聞きたい。王の帰還を信じ、代理王を立て一時的に業務を遂行するか。それとも王は斃れたものと判断し、次の者に王座を引き継ぐか」

 沈黙。2か月、王の死を判断するには短い時間である。深い傷を負い、どこか遠地で療養にあたっている可能性はある。竜体が損傷し、空路での帰還が困難な可能性も捨てきれない。しかし世界のどこかで彼が生きていたとしても、国に帰り付くことができないのであればそれはもう王ではない。
 長らく続く沈黙を破ったものは、シルフィーの涙声であった。

「私は代理王を立てるのが良いと思います。王が斃れたと判断するのは尚早です」

 シルフィーの大きな瞳には涙が浮かぶ。シルフィーは少女のような外見ながらも齢800歳を超え、王宮に仕える期間はザトに続き長い。当然王との付き合いも深い。
 代理王を立てる、シルフィーの案に賛同する声がちらほらと上がる。ザトが重々しく口を開く。

「…俺も、ひとまず代理王を立てるという意見には賛成だ。王が竜体に傷を負い、陸路での移動を選んでいる可能性はある。どこに落ちたのかはわからんが、知らぬ土地なら時間はかかるだろう…」

 告げるザトの声に力はない。シルフィーの言葉もザトの言葉も、皆の気持ちを代弁するただの希望でしかない。

 皆の頭に浮かぶ可能性は3つだ。
 1つ目、王は無事で現在はるか遠くに離れた地からの帰路にある。しかしすでに2か月待った。知らぬ土地であっても空を飛べれば、馴染んだ王国を探すことは容易い。陸路を辿ったとしても、馬や騎獣にまたがれば一日の移動距離はかなりのものとなる。旧バルトリア王国地帯にある小国とは国交を結んでいるから、そこに辿り着ければ王宮に向けて文を送ることもできる。しかし文は届かない。王を見かけたという情報もない。1つ目の可能性は消える。
 2つ目、王は無事であるものの傷を負い帰還が困難である。ドラゴンとの交戦で深い傷を負い、遠い異国の地で傷を癒している可能性もある。しかしやはり2か月の時は経っている。膨大な魔力を持つ王は、大概の傷は自力で癒すことができる。そして傷を癒せば、王は国に帰ろうとするだろう。いまだ彼が帰らぬという事は、癒すことができぬほどの深い傷を負っているという事だ。魔獣との戦闘が困難な身体であれば、遥か遠く離れた土地から数多の魔獣の生息する深い森を抜け、この地に辿り着く事などできない。たとえ生きていたにしても王の帰還は絶望的だ。
 そして3つ目の可能性、王は緑褐色のドラゴンとの戦闘により斃れた。帰還の可能性は皆無。

 その場にいる誰しもがわかっている。生きているにしろ斃れたにしろ、王が帰る可能性は限りなくゼロに近い。しかしまだそれを認める事ができない。

「代理王を立てることに、意義はあるか」

 部屋に響くザトの声に、答える者はいない。意義はなし。十二種族長全員の同意を持って、今ここに代理王を立てる事が決まる。

「良い。では誰を代理王とするかだが…」

 続くザトの言葉は皆予想をしていた。ザトはドラキス王国建国時より王宮に在籍し、十二種族長の地位が確立されて以降は国のナンバー2として王の執務の補佐にあたっていた。彼が代理王として立つ。しかし続くザトの言葉は、皆の予想を裏切るものであった。

「俺はメリオンを推す」
「は?」

 さも当たり前のように告げられた言葉に、真っ先に反応したのは名を呼ばれたメリオンであった。勢いよく席を立ち、離れた席に座るザトに届くようにと声を張る。

「ザト…殿。なぜ私が?王の代理となるならばナンバー2である貴方がふさわしい。皆そう思っている」

 メリオンは部屋の中を一望するが、事の成り行きを見守る他の種族長は答えない。沈黙を守ったまま、ザトの答えを待っている。

「もちろん俺も初めはそのつもりであった。しかしこの2か月王に近しい業務を行ってみて感じたのだが…俺は王座に座る器ではない」

 ザトの言葉を、唖然とした表情のままのメリオンは聞く。周りの者も同様に、驚きの滲む表情でザトの選択のいかんを聞いた。

「レイバック王のやり方を模倣することはできる。しかし過去に例のない決断を迫られたときに、俺はそれに対応することができない。俺はあくまで王の補佐。王の座には向いていない」

 ザトの瞳はメリオンの灰眼を見据える。

「俺は、王座に座る覚悟をした事など一度もない」

 ザトの言葉の意味を正しく理解できる者は少なかった。およそ150年前に、祖国であるバルトリア王国の腐敗を憂いたメリオンは自ら王となる覚悟をした。腐敗の原因である七指を討ち、王座に就く。混沌の渦にある祖国を救う覚悟を。
 代理王はただの王の代理ではない。いざ本格的に王が斃れたと判断された折には、その者が次の王となる。レイバック王に続く、ドラキス王国2代目の王だ。

「しかしザト殿…」
「ザトさんの意見に賛成します」

 反論の意を述べようとしたメリオンの言葉を遮ったものは、場によく響く穏やかな声である。12人分の視線が声の主に集まる。身体の前に小さく手を挙げた者は、机の端に座る人間族長クリスであった。

「メリオンさんが代理王として立つ、僕も賛成です」

 立ち竦んだままのメリオンは、柔和な笑みを浮かべるクリスを見下ろした。お前まで何を言い出すのだ、と。皆の視線を一心に受けながら、クリスの語りは続く。

「バルトリア王国の黒の城が崩壊した後、混乱の渦にいる彼の国を、13の小国に分離させた見事な手腕を見たでしょう。その上ドラキス王国との交易の約束まで取り付けた。王座というものに、過去に囚われぬ思考力と決断力が必要とされるのであれば、メリオンさん以上の適任はいないと思います」

 種族長歴が2年にも満たぬ男の言葉を、皆が真剣に聞いた。
 メリオンが仕事のできる男であることは、王宮に仕える誰もが知ることである。さらにクリスが人間族長に就任した直後、メリオンは彼の教育係として付きっ切りで仕事を教えていた。教育係の任が解かれた後も、メリオンが何かとクリスを気にかけていることは他の種族長も知っている。メリオンを吸血族長の地位に推薦したザトと、日ごろメリオンに付き従うことの多いクリス。2人の人物がメリオンを代理王として推している。
 賛成します、との声とともに、十二種族長が次々と挙手をする。その数はすぐに、メリオンを除く11の賛成票となった。

「…謹んで拝命いたします」

 皆の視線を全身で受け止めながら、メリオンは深々と礼をする。満場一致。代理王にはメリオンが立つ。そしていざ王が斃れたと判断された暁には、彼が次期国王として国の頂に立つ。
 メリオンが席に座り、一時部屋の中には沈黙が落ちる。沈黙を破るものは、今まで一度も言葉発することのなかったゼータの声だ。

「メリオンは正式に王座に就くのはいつになりますか」

 ゼータの視線はふわふわと宙を彷徨ったまま。誰の視線とも交わることはない。誰に投げかけられたとも分からぬ問いには、ザトが答える。

「あと4か月待つ。王が行方不明となった日からちょうど半年。その日までに王が戻らなければ、斃れたものと判断する。翌日には民に新王が立った旨の告知を行う。異論はあるか」
「…ないです」

 ゼータはそれきり黙り込んだ。黒の両眼はやはり遠くにある部屋の壁を見据えたまま、誰とも目を合わさない。
 ザトはゼータから視線を逸らし、十二種族長の議論は続く。王不在により滞っていた執務の報告、代理王の選任による部屋の移動、王宮内各所への通知。四方から飛び交う声を聴きながら、ゼータは自身の膝元に目を落とした。握りしめられた両拳、その左手の薬指に嵌められた指輪。細かな傷がつき当初の輝きを失いつつあるその指輪の片割れは、もう帰ることはない。
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