198 / 318
安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ
緋色の龍が落ちる
しおりを挟む
報告。
ドラキス王国王宮軍、旧バルトリア王国国境付近の偵察に向かう。目的は道の整備状況の確認、そして蔓延る凶暴な魔獣の盗伐。飛行獣の襲来に備え、空での戦闘に長ける王が偵察に同行。
往路は順調。偵察の報告。旧バルトリア王国へと続く道はいまだ整備途中だが、数年のうちに馬車での往来が可能となる見込み。そして魔獣の盗伐。人を襲う好戦的な魔獣の盗伐数は55。空飛ぶ魔獣の襲来はなく、王は人の姿を保ったまま盗伐に参加。成果は上々。
旧バルトリア王国国土内にある小さな集落で道を折り返し、王宮軍は復路につく。まさにドラキス王国へと国境を超えようというとき、魔獣の襲来に合う。恐れていた飛行獣の襲来。最悪なことはその魔獣は、神獣と恐れられるドラゴンである。巨大な体躯を持つ成獣のドラゴン。色は緑褐色。王宮軍はすぐさま戦闘には移らない。ドラゴンは無意味に他種を襲わない。身を潜めれば危を脱することは可能。しかし目論見は外れる。緑褐色のドラゴンは非常に好戦的。雄叫びを上げ王宮軍を噛み殺さんと牙を剥く。
やむなく交戦。しかし殺意の籠る神獣の攻撃には太刀打ちできず。多数の負傷者が出る。兵を守るため、王がドラゴンに姿を変え応戦。負傷者の横たわる地を離れ、空での戦いとなる。戦いは熾烈を極め、やがてもつれ合う2頭のドラゴンは兵の頭上を離れる。咆哮は遠ざかる。2頭のドラゴンが飛び去る先は旧バルトリア王国国土の果て。目視では正確な行く末は不明。飛び去ったのか落ちたのか、それすらもわからず。王の生死は、不明-
ポトス城王宮の議会の間。淡々と読み上げられる報告書の内容を、椅子に腰かけた12人は無言のまま聞いた。報告を終えたザトが席についても、11人の種族長と王妃であるゼータは無言を貫いていた。
「3日前の出来事だ。兵の中に負傷者がいたため、王宮に帰り着くのが遅くなったそうだ。報告が早かったところで、どうにもできなかった事態ではあるが…」
ザトは報告書を畳み、胸のポケットにしまい込んだ。いつもは緋髪の王が座るはずのザトの隣席は、今は空席となっている。
「我々の力が及ばす、王の手を煩わせました。誠に申し訳ない…」
椅子に腰かけたまま深々と頭を下げた者は、竜族長であるツキノワだ。同時に巨人族長であるギーガンも頭を下げる。十二種族の任と兵士の任を兼任する2人は、今しがた報告のあった偵察に同行していた。両名ともがドラゴンの攻撃を受け、身体のあちこちに包帯を巻いている。
「ドラゴンが相手ではどうしようもあるまい。過ぎた事は仕方がない。問題なのは、今後どうするかだ」
ザトの言葉に、場は再び静まり返る。
王の行方は不明、そしてその生死も不明。死が確認されてない以上、王の帰還を信じ政務を続ける事は皆承知の上だ。しかし最終決裁を行う者がいなければ当然仕事は滞る。その期間が長くなれば、民の生活にも影響を及ぼしかねない。ザトは粛々と言葉を続ける。
「幸いにも王が王宮を空ける事は今までにもあった。その期間は魔獣討伐用務にかかる1か月が最長。それほどの期間ならば、王がいなくても国を治める事はできる」
「ザト殿が王の代理となることはしないという意味ですか?」
尋ねた者は妖精族長のシルフィーだ。ザトが代理王として立つならば、王と同様の決定権が彼に与えられる。政務が滞ることはない。しかし王の帰還を信じ、王の不在時と同様の対応を取るとなれば、最終決定権者は不在のままなのだ。重要な政策の施行にこそ王の承認が必要なのだから、当然時間が経つにつれあらゆる場所で政務が滞ることとなる。
シルフィーの問いにはザトが答える。
「王の帰還の可能性は十分にある。もし傷を負っていたにしても、癒えれば飛行での帰還は可能だ。まずは通常の討伐用務にかかる王不在として、王の承認が必要な施策は保留。ただし俺が承認しても問題ないと判断した案件は、その都度柔軟に承認を行う。意見はあるか」
「…王の帰還を信じる期間は」
小声で述べたのは、幻獣族長のアマルディーナ。長い沈黙の後に、ザトの声が響く。
「…2か月だ。2か月待っても王が戻らなければ、再度召集を掛ける。代理王を立て滞る業務を解消するか、王は斃れたと判断し次期国王を立てるのか、それは2か月後の状況に合わせて判断する。ひとまずは王の帰還を信じよう」
皆が頷き、いくつかの議論の後場は解散した。誰もが王の帰還を信じている。凶暴なドラゴンとの交戦で、程度はわからぬものの傷を負っていることは確かだ。しかし強大な魔力を持つ者ほど傷の治りは早い。王ほどの者であれば、多少の切り傷や噛み傷ならば1週間と立たずに癒えるだろう。そして幸いにも彼には羽がある。腕がなくても、足がなくても、羽を生やせば帰還は可能。国に帰り付く事さえできれば、傷を癒す術の持ち主はいる。
王は帰る。皆がそう信じていた。
そして2か月が経つ。王はいまだ帰らない。
ドラキス王国王宮軍、旧バルトリア王国国境付近の偵察に向かう。目的は道の整備状況の確認、そして蔓延る凶暴な魔獣の盗伐。飛行獣の襲来に備え、空での戦闘に長ける王が偵察に同行。
往路は順調。偵察の報告。旧バルトリア王国へと続く道はいまだ整備途中だが、数年のうちに馬車での往来が可能となる見込み。そして魔獣の盗伐。人を襲う好戦的な魔獣の盗伐数は55。空飛ぶ魔獣の襲来はなく、王は人の姿を保ったまま盗伐に参加。成果は上々。
旧バルトリア王国国土内にある小さな集落で道を折り返し、王宮軍は復路につく。まさにドラキス王国へと国境を超えようというとき、魔獣の襲来に合う。恐れていた飛行獣の襲来。最悪なことはその魔獣は、神獣と恐れられるドラゴンである。巨大な体躯を持つ成獣のドラゴン。色は緑褐色。王宮軍はすぐさま戦闘には移らない。ドラゴンは無意味に他種を襲わない。身を潜めれば危を脱することは可能。しかし目論見は外れる。緑褐色のドラゴンは非常に好戦的。雄叫びを上げ王宮軍を噛み殺さんと牙を剥く。
やむなく交戦。しかし殺意の籠る神獣の攻撃には太刀打ちできず。多数の負傷者が出る。兵を守るため、王がドラゴンに姿を変え応戦。負傷者の横たわる地を離れ、空での戦いとなる。戦いは熾烈を極め、やがてもつれ合う2頭のドラゴンは兵の頭上を離れる。咆哮は遠ざかる。2頭のドラゴンが飛び去る先は旧バルトリア王国国土の果て。目視では正確な行く末は不明。飛び去ったのか落ちたのか、それすらもわからず。王の生死は、不明-
ポトス城王宮の議会の間。淡々と読み上げられる報告書の内容を、椅子に腰かけた12人は無言のまま聞いた。報告を終えたザトが席についても、11人の種族長と王妃であるゼータは無言を貫いていた。
「3日前の出来事だ。兵の中に負傷者がいたため、王宮に帰り着くのが遅くなったそうだ。報告が早かったところで、どうにもできなかった事態ではあるが…」
ザトは報告書を畳み、胸のポケットにしまい込んだ。いつもは緋髪の王が座るはずのザトの隣席は、今は空席となっている。
「我々の力が及ばす、王の手を煩わせました。誠に申し訳ない…」
椅子に腰かけたまま深々と頭を下げた者は、竜族長であるツキノワだ。同時に巨人族長であるギーガンも頭を下げる。十二種族の任と兵士の任を兼任する2人は、今しがた報告のあった偵察に同行していた。両名ともがドラゴンの攻撃を受け、身体のあちこちに包帯を巻いている。
「ドラゴンが相手ではどうしようもあるまい。過ぎた事は仕方がない。問題なのは、今後どうするかだ」
ザトの言葉に、場は再び静まり返る。
王の行方は不明、そしてその生死も不明。死が確認されてない以上、王の帰還を信じ政務を続ける事は皆承知の上だ。しかし最終決裁を行う者がいなければ当然仕事は滞る。その期間が長くなれば、民の生活にも影響を及ぼしかねない。ザトは粛々と言葉を続ける。
「幸いにも王が王宮を空ける事は今までにもあった。その期間は魔獣討伐用務にかかる1か月が最長。それほどの期間ならば、王がいなくても国を治める事はできる」
「ザト殿が王の代理となることはしないという意味ですか?」
尋ねた者は妖精族長のシルフィーだ。ザトが代理王として立つならば、王と同様の決定権が彼に与えられる。政務が滞ることはない。しかし王の帰還を信じ、王の不在時と同様の対応を取るとなれば、最終決定権者は不在のままなのだ。重要な政策の施行にこそ王の承認が必要なのだから、当然時間が経つにつれあらゆる場所で政務が滞ることとなる。
シルフィーの問いにはザトが答える。
「王の帰還の可能性は十分にある。もし傷を負っていたにしても、癒えれば飛行での帰還は可能だ。まずは通常の討伐用務にかかる王不在として、王の承認が必要な施策は保留。ただし俺が承認しても問題ないと判断した案件は、その都度柔軟に承認を行う。意見はあるか」
「…王の帰還を信じる期間は」
小声で述べたのは、幻獣族長のアマルディーナ。長い沈黙の後に、ザトの声が響く。
「…2か月だ。2か月待っても王が戻らなければ、再度召集を掛ける。代理王を立て滞る業務を解消するか、王は斃れたと判断し次期国王を立てるのか、それは2か月後の状況に合わせて判断する。ひとまずは王の帰還を信じよう」
皆が頷き、いくつかの議論の後場は解散した。誰もが王の帰還を信じている。凶暴なドラゴンとの交戦で、程度はわからぬものの傷を負っていることは確かだ。しかし強大な魔力を持つ者ほど傷の治りは早い。王ほどの者であれば、多少の切り傷や噛み傷ならば1週間と立たずに癒えるだろう。そして幸いにも彼には羽がある。腕がなくても、足がなくても、羽を生やせば帰還は可能。国に帰り付く事さえできれば、傷を癒す術の持ち主はいる。
王は帰る。皆がそう信じていた。
そして2か月が経つ。王はいまだ帰らない。
10
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。


侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる