【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

後日談:種を撒く

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 場所は吸血族長であるメリオンの執務室。先日届いた文の返事をしたためていたメリオンは、思い出したように目の前にいる男に問うた。

「クリス、お前はゼータが好きなのか」

 メリオンの執務机の前方、応接用のソファでせこせこと封筒作りに勤しんでいたクリスは、さも当たり前のようにこう返す。

「好きですよ」
「色恋的な意味で聞いているんだぞ」
「色恋的な意味で好きですよ」

 クリスは手にしたペーパーナイフで紙を切り裂きながら、事もなげに言う。自身の色恋について問われたというのに、クリスの顔はいつもの柔和な笑みを浮かべたままだ。

「否定して狼狽えれば可愛げがあるものを。つまらん奴だな」
「好きかと聞くってことは、ある程度確信があるんでしょう。否定は余計な餌を与えるだけです」

 淡々と述べるクリスに、メリオンは鼻を鳴らした。
 「雑用を手伝え」とクリスを呼びつけたメリオンだが、初めから色恋について問いただそうなどと考えていたわけではない。しかし封筒作りなどいう雑務を、文句の一つも言わずに引き受けた色男の鼻を明かしてやろうかと、メリオンは急遽この話題を振ったのだ。結果は色男クリスの眉一つ動かすことも叶わなかったわけであるが。

「どうするんだ。王妃の簒奪でも目論むのか?」

 メリオンは問えば、クリスはペーパーナイフを持つ右手を掲げた。その手の甲に刻まれるのは、刃物で一線に切り裂かれた痕。

「それは以前やろうとして殺されかけたので、もうしません」
「…まさかその傷、王にやられたものか」
「そうですよ。ついでに言うと胸の刺し傷もです」
「お前…」

 メリオンは数百年ぶりに、背筋が寒くなる心地を覚えた。クリスの胸の刺し傷は、かつての飲み会の折に目撃している。クリスの提案した王様ゲームで、クリスとメリオンは共に半裸にひん剥かれたためだ。クリスの胸の傷には、当然ザトも気付いていたはずだ。しかし元来好戦的な性格の魔族は、誰しも身体に一つ二つの傷は持っている。「その傷はどうしたものだ」などと問いただす物好きはそう多くはいない。
 しかし今改めて思えばクリスは人間。それも本職研究員という非武闘派の人間だ。魔法も使えず傷の治りも遅い人間の身体で、ドラゴンの王に喧嘩を売ったとは。メリオンは少しばかり目の前の男が恐ろしくなる。

「ならどうする。諦めるのか?」
「…どうでしょうね」
「人間の一生は短い。叶わぬ片思いで生涯を終えるくらいなら、適当に手の届く相手と番えばいいものを」

 珍しくも相手を思いやるようなメリオンの助言。メリオンを見つめるクリスの顔から、笑みは消える。

「メリオンさんは、結婚しているんですか?」
「していないし、したこともない。バルトリア王国にも結婚に関する法はないからな」
「なら子どもは?」
「さあな。種なら死ぬほど撒いたが、実っているかどうかは知らん」
「…その言い方って、最低ではないんですか?」
「お互い同意の上でしている事だ。責められる何物もないだろう」

 メリオンが淀みない答えを返せば、クリスはまた考え込んだ。両腕は身体の前で組まれ、指先だけが言葉を探すようにわずかに動く。

「メリオンさん、自分の誕生日ってわかります?」
「誕生日?知らんな」
「年齢は?」
「…繰り上げれば2000歳だ」
「そう来たか…」

 クリスは苦笑いを浮かべた。人間には生まれた日を祝うという風習があることは、メリオンとて知っている。ポトスの街の人間が出す菓子店には誕生日ケーキというものが売っているし、食事を提供する店には誕生日だけの特別な料理もあると聞く。ポトスの街に暮らす魔族の中には、人間に倣って誕生日を祝う者も一定数いるが、それは小人族や獣人族など比較的寿命の短い一部の種族だけだ。長命の魔族になればなるほど、自身の年齢や誕生日には頓着しない。

「ゼータに聞いても『1200歳端数切捨てです』とか言われるし。誕生日は『どちらかというと年の瀬に近い頃』とかざっくりしすぎだし。人間の僕にしたら、年齢の端数ってなんだよって感じなんですけどね」

 不満げな表情を浮かべるクリスを、メリオンはペンを持つ手を止めたまま見据える。クリスの話の行きつく先は、まだわからない。

「僕、リモラの魔導大学に入る前は、ロシャ王国内の地方集落で家族と一緒に暮らしていたんです。詳細は伏せますけど、そこそこ裕福な家でした。そして僕は長男だったので、年頃になると父母は結婚相手探しに躍起になりました。後継ぎを作るために、すこしでも条件の良い女性をあてがいたかったみたいです。家を継ぎたくないという僕の気持ちはまるで無視して」

 クリスの話は、かつての人間族長任命伺書にも書いていなかったことだ。おそらく今なされている話は、あのゼータでさえも知らないこと。

「それが理由で家族と仲違いして、僕は魔導大学に逃げ、果ては国まで捨ててここに逃げ込んできたというわけです」
「…お前の事情はわかったが、先ほどの質問の意図はなんだ?」
「ああ…そう。僕はずっと、結婚して子を成すことが、最も普通で最も恵まれた人生だと信じ込まされて生きてきたんです。18歳になれば成人して、家を継ぐために結婚して子を作ることが当たり前だと。あとは誕生日もそうですね。家族の元にいた頃は、誰かの誕生日といえば盛大にお祝いをしていました。他にどんな予定があっても誕生日は最優先なんです。毎年それぞれの好みに合わせた贈り物を用意しなければいけなかったし、正直面倒くさかったけどそれが当たり前だと思っていました。家族の元を離れた今も、彼らの誕生日はどうやっても忘れられません」

 なるほど、家族の目を気にしながら生きてきたわけか。クリスが普段柔和な笑みを絶やさずにいるのにはそういった事情もあるのかと、メリオンはソファに座る端正な横顔を眺めた。クリスの語りは続く。メリオンは黙ってその言葉に耳を傾ける。

「それがドラキス王国に来てみればこれですよ。結婚の文化はない。したとしても頻繁に相手を変える。自身に子がいるかどうかも知らない。いたとしても会ったこともない。好きになった相手の誕生日を聞き出そうとすれば、年の瀬寄りと返される始末。生きている者の半分は年の瀬寄りの誕生日だってば」

 どうやら深刻な話は終わったようだ。ソファに背を預け天井を仰いだクリスに、メリオンは低い笑い声を漏らす。

「お堅く生きてきた人間にとっては、ここは異常な国だろうな」
「でも心地いいですよ」

 クリスの瞳はまっすぐにメリオンを見て、その表情は何とも愉快げだ。

「この国に来て楽になりました。結婚なんてしなくてもいいし、子を残さなくても良い。それを咎められることはない。だから叶わぬ片思いで生涯を終えるのも、悪くないかなと思うんです」

 クリスの言葉は、メリオンの助言に対する答えだ。
-人間の一生は短い。叶わぬ片思いで生涯を終えるくらいなら、適当に手の届く相手と番えばいいものを
 なるほどそこに繋がるわけか。納得したように頷くメリオンに、クリスは問う。

「参考までに聞きたいんですけれど、魔族の子どもは女性が育てるんですか?」
「そんなことはない。一度限りの関係で子ができたなら女が育てることが多いが、生まれた子を男が引き受けることもある。その時の互いの気分次第というところだな。道端で拾った子を育てる奴もいるし、一度手を離れてしまえば2度と会わないこともある。基本的に血縁関係に頓着しない種族なんだ」

 人間の基準で「子種を蒔きっぱなし」という言葉を解釈されるのも癪なので、メリオンは適度に言い訳をする。クリスは頷きながらも、理解が難しいと呟いた。

「でもそうか。一夜限りでも子を成せば、僕が引き受ける事は可能なわけか…」
「おい」

 明らかに物騒な物言いである。柄にもなくメリオンが突っ込めば、クリスはいつもの柔和な笑顔を戻した。

「日常的にゼータの貞操を狙っているメリオンさんに、文句を言われる筋合いはないですよ」
「俺は別に子を成そうと思っているわけではない」
「目的は違えど、やることは一緒じゃないですか」

 先ほどまでのしおらしい様子はどこへやら、クリスの口調には毒舌が戻ってきた。苦々しげな表情を浮かべるメリオン。クリスは言葉を重ねる、

「僕にゼータが好きかと聞きましたけど、メリオンさんはゼータが好きなんですか?」
「はあ?何故そうなる」
「よく構うし、隙あらば嚙みつこうとするし、ゼータがいると途端に卑猥な話題が増えるじゃないですか」
「俺はサキュバスを抱きたいだけだ」
「構いたいとか、触れたいとか、抱きたいって、人間の感覚で言うと好きってことなんですけどね」
「阿保か。人間の感覚を俺に嵌めるな。もういい作業に戻れ」

 メリオンは手のひらでクリスを追い払う仕草をするが、クリスはそれに応えない。笑みを湛えたまま、メリオンの灰色の瞳をじっと見つめている。

「ここまで腹を割って話したんだから、そろそろ僕のことを信用してくださいよ。僕はロシャ王国の諜報員ではないし、何を間違ってもレイさんの命を狙ったりしませんってば」

 メリオンがこうして個人的にクリスを呼び寄せるのは、彼が監視対象であるからだ。素性の知れない男が王に牙を剥きやしないかと、定期的に探りを入れているのだ。
 しかし今日語られたことが真実ならば、クリスはドラキス王国の敵ではない。

「ああそうだな。お前の評価は改めてやる。頭と舌の回る危険な奴だ」
「それ今までと何か変わりました?」
「信用はしてやると言っているんだ」
「そうかぁ…」

 釈然としない表情のまま、クリスは封筒作りを再開した。小刻みに揺れる金色の頭を見下ろしながら、メリオンははぁ、と溜息を吐く。

 本当に嫌な奴だ。妙な種ばかり撒きおって。
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