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荒城の夜半に龍が啼く
後日談:東西南北
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夜半王の執務室にて、部屋の主であるレイバックは疲労困憊の様子であった。執務机に並べられるのは、細かな文字のしたためられた十数枚にも及ぶ紙だ。端正な文字は全て手書きで、旧バルトリア王国地帯に属する新国家に関する情報が事細かに書かれている。膨大な情報を元に、レイバックは各国家の創立式典で述べる挨拶文を用意しているところだ。新国家の数は13、レイバックと同じように全ての式典に参列する者がいる可能性もあるため、挨拶文の使い回しをするわけにもいかないのだ。13にも及ぶ挨拶文を、国土の歴史や今後の展望を交えて考えるのは楽な話ではない。いつもの3割増しで髪を跳ね散らかしたレイバックの顔には、疲労感と悲壮感が滲む。
「王、印をつけたところを再度推敲してください。参考資料は添付いたしましたので」
涼しい顔をしたメリオンが、執務机の端に紙の束を置く。紙束を横目に見たレイバックは小さな溜息をつく。
「メリオンが代筆した方が早いんじゃないか」
レイバックの机に散乱した新国家の情報をしたためた紙、その紙は全てメリオンの手書きである。内容はメリオンの記憶を頼りに書かれたものと、各国の史実史をもとに書かれたものがある。史実氏は、メリオンがバルトリア王国を解体に際し、各地方を訪れた際に回収ものだ。その内容がメリオンの頭に入っているのならば、メリオンが挨拶文の代筆をした方が手間はない。メリオンはレイバックの文章の推敲に無駄な時間を取られる必要がないし、レイバックは出来上がった文章を読むだけで良いのだ。
「要望があれば代筆はいたします。しかし人の書いた文章を読んでも、他国の歴史など頭に入りませんよ。式典の最中に他の要人と会話を交わす機会もあるでしょう。国賓として訪れるのに、その国土の歴史や特産品が頭に入っていないというのはまずい」
「…もっともだ」
レイバックは今しがた書き上げた挨拶文を、メリオンに手渡す。紙を受け取ったメリオンは執務机の前方にある応接用のソファに腰を下ろす。細身の赤ペンを手の中で回し、挨拶文の推敲にあたる。
メリオンの横にはザトが座していた。彼の手にも数十枚に及ぶ紙がある。それはやはりメリオン手書きの新国家に関する資料で、左上に赤の朱書きでこう書かれていた。
―ゼータ様用
ザトの目の前では、同じく応接用のソファに腰かけたゼータが瀕死の形相であった。ゼータは今、ザトから出される新国家に関する問いに一問一答で答えているところだ。初めは新国家の要人の名前やその者の身体的特徴、国家の地理や特産品といった情報を一人頭に詰め込んでいたゼータであるが、13もの国家の情報をただ頭に詰め込むのは楽な話ではない。目を通す資料が5国目に及んだときに、ゼータはついに音を上げ、その場にザトが召喚されたのだ。クイズ形式にすることで、苦痛な暗記にも多少の面白さも生まれるだろうというメリオンの配慮である。しかし多少の面白さが生まれたところで、暗記する情報の量が減るわけではない。時間が経つにつれてゼータの眼は虚ろになり、今はザトに出された問題を5問連続で間違えたところだ。
「ちょっと考えたんですけどね…」
ソファの背もたれに深く腰掛け、天井を仰いだゼータが言う。
「妖精族の中には、他人の姿を変える魔法を使う者がいるじゃないですか」
ゼータの言葉は、誰かに答えを求めている様子ではない。現実逃避のための独り言だ。ゼータがこうして脳みそを酷使したときに、独り言を言うのはよくある事なのだ。フィビアス女王の即位式に参列する前、参列者の情報やバルトリア王国の地理等を頭に詰め込んでいた折にも、ゼータはこうして時たま独り言を言っていた。
「その人に依頼して、メリオンを王妃に変身させるというのはどうでしょうか。私の代わりに創立式典に参加してください…」
予想通り完全な現実逃避であった。それがわかっているメリオンは、ゼータの言葉に微塵の反応も示さない。灰色の瞳はレイバックの挨拶文から離れることはない。ザトの指は、処理能力の落ちたゼータの頭でも答えられる簡単な問いを資料から探し出しているところである。
ゼータの独り言は続く。
「結構良い案だと思うんです。私とザトは作業から解放されますよね。メリオンが王妃として同行すれば、レイもそこまで一生懸命知識を詰め込まなくてもいいじゃないですか。式典中に知らない話題を振られても、さりげなくメリオンがカバーすれば済むんですよ。土地を知る者がいれば、国家間の移動もかなり楽になると思うんです」
ただの都合の良い妄想だと思われたゼータの独り言であったが、意外にも確信を突いていた。ザトとメリオンの視線は紙の上で止まる。
「護衛としても私よりよっぽど優秀ですよね。騎獣にも乗れるしダンスもできる。ああ…でも変身の魔法は長くは持たないんでしたっけ。いや魔法の施術者に旅路に同行してもらえば済みますか。護衛をぞろぞろ連れて行く費用を考えれば、魔法に長けた妖精族を一人雇い入れた方が安く済みます」
「確かに現実的だな。護衛を連れて行かなくてもいいなら、道中の移動はかなり楽になる。式典中にも、国土に詳しい者が傍にいるとなれば肩の荷が下りる思いだ。情報の暗記も最小限で済む」
ゼータの独り言に返した者は、挨拶文を書く手を止めたレイバックであった。現実逃避に同行するあたり、彼も大分お疲れのようだ。「レイバックが国を空ける時はメリオンが国を守る」という決まりについても、すっかり頭から抜けているようである。
「しかし今回はそれで済むかも知れんが、国交を持つなら今後の付き合いは避けられんぞ。国の要人を賓客として招く事もあるだろうし、俺とゼータが国を訪れる機会も当然ある。そのたびにメリオンに身代わりを依頼する訳にもいかんだろう」
「そうですね…。それならもういっそメリオンを王妃として迎えましょう。それならレイとメリオンが連れ立っていても不自然ではありません」
沈黙を貫いていたメリオンの指先から、赤ペンが滑り落ちた。床に落ちたペンをさりげない仕草で拾い上げたメリオンは、文章の推敲を再開する。
無言のメリオンとザト。現実逃避を止めないレイバックとゼータ。
「その手があったか。幸いにもドラキス王国には婚姻に関する法がないからな。俺が何人妃を迎えても問題はない。メリオンを妃にすれば吸血族長の地位が空く。王宮にもう一人優秀な人材を雇い入れられるという事か。良い案だ」
「そうでしょう」
「しかし迎えるとすれば側妃という立場になるぞ。正妃が式典に同行するのは避けられまい」
「なら呼び名を考えましょう。上下関係のある呼び名ではなくて、私とメリオンが対等な立ち位置になれるような妃の呼び名です。妃の呼び名に関しても決まりはないんでしょう?」
「ないな。なるほど、対等な呼び名か…」
部屋の中に沈黙が落ちる。妄想に走るレイバックとゼータはすっかりその手を止め、部屋の中にはメリオンが紙にペンを走らせる音だけが響く。ザトは紙の束を握りしめたまま無言だ。
「…右妃、左妃。なんてのはどうだ」
「うーん…ありきたりですね。自分がどっちかわからなくなりそうです」
「そうか…」
再度の沈黙。長考の後にゼータは顔を輝かせた。
「東西南北で行きましょう。東妃、西妃、南妃、北妃」
「ありきたりじゃないか」
「ありきたりですけどね。妃の名前に意味を持たせられるんですよ。メリオンは生まれが旧バルトリア王国方面なので南妃、私は研究所勤務なので北妃です」
「良い案だが東と西はどうする」
「この際、東西南北を埋めましょう。西妃はクリスです。ロシャ王国出身だから」
「クリスか。少々恐ろしい面もあるが、優秀であることに変わりはない。あとは東か」
少しずつ話の方向性がずれて行く事に、レイバックとゼータは気が付いていない。なぜメリオンを妃にという提案が、東西南北の妃を揃えよという話に飛躍したのだろう。
「…東妃はデューゴだな。巨人族の街は、ポトスの街から見て東にある」
王宮軍の隊長デューゴ。3mの巨体を持つ彼を妃にというレイバックの謎の言動に、ザトは口から漏れようとする笑い声を必死にこらえた。
「良いじゃないですか。旧バルトリア方面外交担当南妃メリオン、ロシャ王国外交担当西妃クリス、護衛担当東妃デューゴ。…あ、駄目です。私が無用の長物になりました」
ゼータのまさかの妃脱落宣言に、メリオンの肩が小刻みに揺れた。確かに王妃という肩書で見れば、ゼータは特技というものが何もないのだ。ダンスと剣技はまるで駄目だし、騎乗は人並み。初対面の人間と無難な会話を交わす事もどちらかと言えば苦手だ。魔法の知識で言えば人を凌ぐが、それが王妃として何か役に立つことがあるだろうか。
「一応国内では王妃ルナで認識されているんだし、内政担当で良いんじゃないか?」
「そうしましょう。内政担当北妃ゼータ」
「…揃ったな」
「揃いましたね。死角はない。完璧な布陣です」
レイバックとゼータは見つめ合い、満足そうに頷く。話が一区切りしたところで、そっと席を立ったメリオンが推敲を終えた挨拶文をレイバックの執務机の端に置いた。レイバックの目の前にある次なる挨拶文の紙は、先ほどから何も進んでいない。
「王、話が終わりましたら続きの文を…」
「メリオン」
執筆を再開せよ。口を開いたメリオンの右手を、レイバックの両手が握り込む。
「話は聞いただろう。俺と結婚してくれ」
静かな部屋で愛の言葉が囁かれた。妃の目の前で、突然メリオンへのプロポーズを行ったレイバック、緋色の瞳は虚ろである。疲労はすでに限界のようだ。
「…王、ゼータ様。茶と菓子を持ってまいりますので少し休憩なさってください。言動が奇怪です」
プロポーズは玉砕。握り込んだメリオンの手を離し、レイバックは項垂れた。ソファに座り込むゼータも残念そうな様子である。
茶を淹れるべく部屋の扉へと向かうメリオンの後ろでは、俯いたザトが小刻みに肩を揺らし続けていた。
***
後日
クリス「侍女の間で、レイさんが新しい妃を迎えるという噂になっているよ。まさか本当じゃないよね?」
ゼータ「西妃クリス…」
クリス「ん?なんて言ったの?」
ゼータ「いえ…何でも」
「王、印をつけたところを再度推敲してください。参考資料は添付いたしましたので」
涼しい顔をしたメリオンが、執務机の端に紙の束を置く。紙束を横目に見たレイバックは小さな溜息をつく。
「メリオンが代筆した方が早いんじゃないか」
レイバックの机に散乱した新国家の情報をしたためた紙、その紙は全てメリオンの手書きである。内容はメリオンの記憶を頼りに書かれたものと、各国の史実史をもとに書かれたものがある。史実氏は、メリオンがバルトリア王国を解体に際し、各地方を訪れた際に回収ものだ。その内容がメリオンの頭に入っているのならば、メリオンが挨拶文の代筆をした方が手間はない。メリオンはレイバックの文章の推敲に無駄な時間を取られる必要がないし、レイバックは出来上がった文章を読むだけで良いのだ。
「要望があれば代筆はいたします。しかし人の書いた文章を読んでも、他国の歴史など頭に入りませんよ。式典の最中に他の要人と会話を交わす機会もあるでしょう。国賓として訪れるのに、その国土の歴史や特産品が頭に入っていないというのはまずい」
「…もっともだ」
レイバックは今しがた書き上げた挨拶文を、メリオンに手渡す。紙を受け取ったメリオンは執務机の前方にある応接用のソファに腰を下ろす。細身の赤ペンを手の中で回し、挨拶文の推敲にあたる。
メリオンの横にはザトが座していた。彼の手にも数十枚に及ぶ紙がある。それはやはりメリオン手書きの新国家に関する資料で、左上に赤の朱書きでこう書かれていた。
―ゼータ様用
ザトの目の前では、同じく応接用のソファに腰かけたゼータが瀕死の形相であった。ゼータは今、ザトから出される新国家に関する問いに一問一答で答えているところだ。初めは新国家の要人の名前やその者の身体的特徴、国家の地理や特産品といった情報を一人頭に詰め込んでいたゼータであるが、13もの国家の情報をただ頭に詰め込むのは楽な話ではない。目を通す資料が5国目に及んだときに、ゼータはついに音を上げ、その場にザトが召喚されたのだ。クイズ形式にすることで、苦痛な暗記にも多少の面白さも生まれるだろうというメリオンの配慮である。しかし多少の面白さが生まれたところで、暗記する情報の量が減るわけではない。時間が経つにつれてゼータの眼は虚ろになり、今はザトに出された問題を5問連続で間違えたところだ。
「ちょっと考えたんですけどね…」
ソファの背もたれに深く腰掛け、天井を仰いだゼータが言う。
「妖精族の中には、他人の姿を変える魔法を使う者がいるじゃないですか」
ゼータの言葉は、誰かに答えを求めている様子ではない。現実逃避のための独り言だ。ゼータがこうして脳みそを酷使したときに、独り言を言うのはよくある事なのだ。フィビアス女王の即位式に参列する前、参列者の情報やバルトリア王国の地理等を頭に詰め込んでいた折にも、ゼータはこうして時たま独り言を言っていた。
「その人に依頼して、メリオンを王妃に変身させるというのはどうでしょうか。私の代わりに創立式典に参加してください…」
予想通り完全な現実逃避であった。それがわかっているメリオンは、ゼータの言葉に微塵の反応も示さない。灰色の瞳はレイバックの挨拶文から離れることはない。ザトの指は、処理能力の落ちたゼータの頭でも答えられる簡単な問いを資料から探し出しているところである。
ゼータの独り言は続く。
「結構良い案だと思うんです。私とザトは作業から解放されますよね。メリオンが王妃として同行すれば、レイもそこまで一生懸命知識を詰め込まなくてもいいじゃないですか。式典中に知らない話題を振られても、さりげなくメリオンがカバーすれば済むんですよ。土地を知る者がいれば、国家間の移動もかなり楽になると思うんです」
ただの都合の良い妄想だと思われたゼータの独り言であったが、意外にも確信を突いていた。ザトとメリオンの視線は紙の上で止まる。
「護衛としても私よりよっぽど優秀ですよね。騎獣にも乗れるしダンスもできる。ああ…でも変身の魔法は長くは持たないんでしたっけ。いや魔法の施術者に旅路に同行してもらえば済みますか。護衛をぞろぞろ連れて行く費用を考えれば、魔法に長けた妖精族を一人雇い入れた方が安く済みます」
「確かに現実的だな。護衛を連れて行かなくてもいいなら、道中の移動はかなり楽になる。式典中にも、国土に詳しい者が傍にいるとなれば肩の荷が下りる思いだ。情報の暗記も最小限で済む」
ゼータの独り言に返した者は、挨拶文を書く手を止めたレイバックであった。現実逃避に同行するあたり、彼も大分お疲れのようだ。「レイバックが国を空ける時はメリオンが国を守る」という決まりについても、すっかり頭から抜けているようである。
「しかし今回はそれで済むかも知れんが、国交を持つなら今後の付き合いは避けられんぞ。国の要人を賓客として招く事もあるだろうし、俺とゼータが国を訪れる機会も当然ある。そのたびにメリオンに身代わりを依頼する訳にもいかんだろう」
「そうですね…。それならもういっそメリオンを王妃として迎えましょう。それならレイとメリオンが連れ立っていても不自然ではありません」
沈黙を貫いていたメリオンの指先から、赤ペンが滑り落ちた。床に落ちたペンをさりげない仕草で拾い上げたメリオンは、文章の推敲を再開する。
無言のメリオンとザト。現実逃避を止めないレイバックとゼータ。
「その手があったか。幸いにもドラキス王国には婚姻に関する法がないからな。俺が何人妃を迎えても問題はない。メリオンを妃にすれば吸血族長の地位が空く。王宮にもう一人優秀な人材を雇い入れられるという事か。良い案だ」
「そうでしょう」
「しかし迎えるとすれば側妃という立場になるぞ。正妃が式典に同行するのは避けられまい」
「なら呼び名を考えましょう。上下関係のある呼び名ではなくて、私とメリオンが対等な立ち位置になれるような妃の呼び名です。妃の呼び名に関しても決まりはないんでしょう?」
「ないな。なるほど、対等な呼び名か…」
部屋の中に沈黙が落ちる。妄想に走るレイバックとゼータはすっかりその手を止め、部屋の中にはメリオンが紙にペンを走らせる音だけが響く。ザトは紙の束を握りしめたまま無言だ。
「…右妃、左妃。なんてのはどうだ」
「うーん…ありきたりですね。自分がどっちかわからなくなりそうです」
「そうか…」
再度の沈黙。長考の後にゼータは顔を輝かせた。
「東西南北で行きましょう。東妃、西妃、南妃、北妃」
「ありきたりじゃないか」
「ありきたりですけどね。妃の名前に意味を持たせられるんですよ。メリオンは生まれが旧バルトリア王国方面なので南妃、私は研究所勤務なので北妃です」
「良い案だが東と西はどうする」
「この際、東西南北を埋めましょう。西妃はクリスです。ロシャ王国出身だから」
「クリスか。少々恐ろしい面もあるが、優秀であることに変わりはない。あとは東か」
少しずつ話の方向性がずれて行く事に、レイバックとゼータは気が付いていない。なぜメリオンを妃にという提案が、東西南北の妃を揃えよという話に飛躍したのだろう。
「…東妃はデューゴだな。巨人族の街は、ポトスの街から見て東にある」
王宮軍の隊長デューゴ。3mの巨体を持つ彼を妃にというレイバックの謎の言動に、ザトは口から漏れようとする笑い声を必死にこらえた。
「良いじゃないですか。旧バルトリア方面外交担当南妃メリオン、ロシャ王国外交担当西妃クリス、護衛担当東妃デューゴ。…あ、駄目です。私が無用の長物になりました」
ゼータのまさかの妃脱落宣言に、メリオンの肩が小刻みに揺れた。確かに王妃という肩書で見れば、ゼータは特技というものが何もないのだ。ダンスと剣技はまるで駄目だし、騎乗は人並み。初対面の人間と無難な会話を交わす事もどちらかと言えば苦手だ。魔法の知識で言えば人を凌ぐが、それが王妃として何か役に立つことがあるだろうか。
「一応国内では王妃ルナで認識されているんだし、内政担当で良いんじゃないか?」
「そうしましょう。内政担当北妃ゼータ」
「…揃ったな」
「揃いましたね。死角はない。完璧な布陣です」
レイバックとゼータは見つめ合い、満足そうに頷く。話が一区切りしたところで、そっと席を立ったメリオンが推敲を終えた挨拶文をレイバックの執務机の端に置いた。レイバックの目の前にある次なる挨拶文の紙は、先ほどから何も進んでいない。
「王、話が終わりましたら続きの文を…」
「メリオン」
執筆を再開せよ。口を開いたメリオンの右手を、レイバックの両手が握り込む。
「話は聞いただろう。俺と結婚してくれ」
静かな部屋で愛の言葉が囁かれた。妃の目の前で、突然メリオンへのプロポーズを行ったレイバック、緋色の瞳は虚ろである。疲労はすでに限界のようだ。
「…王、ゼータ様。茶と菓子を持ってまいりますので少し休憩なさってください。言動が奇怪です」
プロポーズは玉砕。握り込んだメリオンの手を離し、レイバックは項垂れた。ソファに座り込むゼータも残念そうな様子である。
茶を淹れるべく部屋の扉へと向かうメリオンの後ろでは、俯いたザトが小刻みに肩を揺らし続けていた。
***
後日
クリス「侍女の間で、レイさんが新しい妃を迎えるという噂になっているよ。まさか本当じゃないよね?」
ゼータ「西妃クリス…」
クリス「ん?なんて言ったの?」
ゼータ「いえ…何でも」
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