【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

混沌の行方

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 メリオンが休暇を終え王宮へと戻ってきたのは、予定通り彼が王宮を経ってから丁度2か月が経った日の午後だった。

 その日は朝から、王宮の出入り口付近に人の姿が多かった。メリオンがバルトリア王国で王座につく。出所のわからぬ噂が2か月の間に官吏の間に広がり、メリオンの帰還を出迎えるべく官吏や侍女がたむろしているのだ。公務時間内である今ただその場に立ち尽くしているわけにも行かず、書類を手に立ち話をする官吏や、庭木の剪定に勤しむ侍女の姿が数多くみられた。せっせと草むしりをしている下級官吏の姿も目立つ。いつ彼は帰るのか、皆がメリオンの帰りを今か今かと待っていた。

 ポトス城の正門に馬車が到着した。衛兵の密かな密告を受けて、レイバックとザトは王宮の入口へと向かった。メリオンが王となる、その噂は当然レイバックの耳にも入っており、ザトもその可能性を認めている。2人が荘厳な王宮の入口へと辿り着いたときに、メリオンは丁度アーチ状の門へと続く石段を上っているところであった。颯爽と歩を進めるメリオンは、不自然に集った人々を気に掛けた様子はない。5段の石段の最上部で、メリオンとレイバックは鉢合わせる。

「よ。今戻ったのか」

 まるでたまたま居合わせたのだとばかりに、レイバックはメリオンに向けて左手を上げた。ザトは目立たないように、レイバックの2歩後ろに控えている。突然目の前に現れた主に、メリオンは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに深々と頭を下げた。

「長期の休暇より只今戻りました。政務を蔑ろにしたことを深くお詫び申し上げます」
「良い。悲願は達成してきたのか?」
「ええ。滞りなく。私のすべきことは全て済ませて参りました」

 悲願を達成した。そう伝えるメリオンに、場に集った者達は皆やはりかと息を吐いた。噂は本当であった。メリオンはバルトリア王国で王となり、ドラキス王国を去る許しを請うために王宮へと戻った。この先に続く会話はこうだ。
―私はバルトリア王国で王となり民を守ります。国を去る許しを頂きたい
―良い

 誰もが隣国の新王の誕生を待ち望んでいた。場にいる官吏も侍女も、王宮の窓を開けて下階を覗く十二種族長の面々も、シルフィーと共にひっそりと木陰に佇むゼータも、ザトもレイバックも皆だ。しかし予想に反しメリオンが即位の宣言をすることはなく、それどころかおもむろに懐に手を入れ、1枚の紙を取り出した。4つ折りの紙がレイバックに向けて差し出される。

「…これは何だ?」
「休暇の土産です」

 レイバックは差し出された謎の紙を受け取り、皆の見守る中その紙を開く。背後に佇むザトが、レイバックの手元を覗き込んでいる。

-ウェステリア ダリ国王 獣人族 人口1万5千 7/1
-リーニャ ベアトラ国王 精霊族 人口4万 7/3
-ゴルダ イルウィリ国王 竜族 人口1万 7/5
-セントラル オーウェン国王 悪魔族 人口5万 7/7
-…
-ブラキスト カヤック国王 幻獣族 人口1万 7/31

 国名かと思われる単語の横に、人の名が並んでいる。しかし連なる国名にも人名にもまるで覚えがない。かろうじて覚えがあると言えば、黒の城訪問時に立ち寄ったリーニャという地名だ。しかしリーニャはあくまでバルトリア王国内の町の一つで、2人の首長が土地を治めていたはずである。レイバックとザトは揃って首を傾げた。

「メリオン、これは何だ」
「バルトリア王国国土の跡地にできた、13の新国家に関する情報でございます」
「…新国家?」
「私はこの2か月間、バルトリア王国の解体に尽力致しました。国境を引き、王を据え、差し当たり統治が叶う程度の法を整えて参りました。今すでにバルトリア王国という大国は存在致しません。あるのは、私の認めた新王がいる13の小国でございます」

 メリオンの言葉を聞き、レイバックとザトは揃って口を開けた。傍で3人の会話に耳を澄ませていた者達も同様だ。遠巻きに事の成り行きを見守っていたシルフィーとゼータを含む幾十名の者達は、会話の聞こえる場所に身を移すべくメリオンへとにじり寄っている。見れば王宮の2階、3階の窓は開け放たれ、そこから身を乗り出す官吏や侍女の姿も見えた。
 皆が固唾を飲んで見守る中、口を開いた者はザトだ。

「それが、お前の悲願だったのか」
「そうです。彼の国を平穏にするにはどうすべきかと、150年考え続けて行き着いた結論でございます。彼の国の民は、黒の城にも、そこに在るべき王にも何ら期待を寄せていない。今バルトリア王国の王座に王が座ったとして、それを敬う民などいないでしょう。しかしそれぞれの集落には、その土地の者が統治者と認める首長がおります。彼らを国王とするのであれば、民は自然と崇拝の念を寄せる」

 確かに、とレイバックは思う。即位式に向かう途中で立ち寄った湖畔の町リーニャ。そこで出会った情報屋の男は、リーニャの北部と南部を治める2人の首長を主として認めていた。「彼らのおかげでこの町は国内一平穏な場所である」とも言っていた。リーニャの民が、遠い黒の城にいる王の存在を受け入れることは難しい。しかし長年リーニャの民の暮らしを守った2人の首長の統治ならば、簡単に受け入れるだろう。そしてそれは、バルトリア王国全土の集落で同様に言える事でもある。

「一人の王が治めるには、彼の国は広すぎたのです」

 メリオンの声は沈黙の場に大きく響いた。そう、彼の国は広すぎた。目の届かぬ場所にいる民を守り、戒め、罰するために、ブルタスは過剰とも言える刑罰を定めた。数万にも及ぶ王宮軍を有し、民を監視し、法を破る者を子どもであろうとも情けなく刑罰に掛け、結果暴王と謂われた。フィビアスは広大な国土を自らの手中に収めるために国壁を建設し、手に余るほどの民を支配するために、過度な情報統制を行うと言った。1人の王が背負うには、バルトリア王国という国は重すぎたのだ。

「よくやってくれた」

 レイバックの右手が、メリオンに向けて差し出された。破顔するレイバックの右手のひらを、メリオンは堂々と握り返す。端正な顔にはかつてなく穏やかな笑みが浮かぶ。悲願は達成された。およそ1200年もの間混沌の渦に巻き込まれたバルトリア王国の民は、一人の男の手によって掬い上げられた。民は最早王のいない時代を嘆く事はない。遥か遠くにそびえる荘厳の城を思い、そこに住む顔も知らぬ王に希望を託す必要はない。手を差し伸べる王は、民のすぐ傍に据えられた。

 自然と拍手が巻き起こった。期待していた新王誕生の瞬間には立ち会えなかったが、幾十万の隣国の民を救ったメリオンに対する礼讃の拍手だ。レイバックとザトも揃って手を叩くが、当のメリオンは突然の喝采に、居心地が悪いとばかりに肩を竦めた。

 やがて拍手が収まった頃に、レイバックはメリオンに向けて手にした紙を掲げた。

「ところでメリオン。この右端の数字は何だ。日付か?」

 レイバックの指先は、紙の右端に書かれた数字の羅列にある。7/1から始まり、7/3、7/5と続く数字は7/31で終わりを迎えている。それが日付であるとするならば、7/1は今日より丁度2か月先の日付だ。

「失敬。大事な事柄を伝えておりませんでした。それは各国の創立式典の日程でございます。一度の旅路で全ての創立式典に参列できるよう、日付は調整しております。1か月の長丁場になりますがご容赦を」
「1か月!?待て、俺が参列することは決定事項か」
「勿論。バルトリア王国の解体に際して、王の威厳をお借りしましたゆえ。私はレイバック王の命を受けて新国設立に赴いたのだと豪語致しましたので、そのように振舞ってください」
「それは構わんが…」
「ドラキス王国との間で友好関係を結ぶという事についても、13国の国王にすでに了承を取っております。交易の格子案は作成して参りましたが、詳細については国が治まった頃にドラキス王国を訪れるよう言い残しております。王宮まで脚を運んでもらえれば、私も多少の口添えはできるでしょう」
「待て待て、創立式典にメリオンは来ないのか?」
「王が国を空けるのであれば、私は留守番です。そういう決まりでしょう」
「それはそうだが…」

 ふいにメリオンの視線がレイバックから外された。灰色の瞳の向かう先は、樹木の陰に半身を隠すゼータだ。シルフィーと縦並びとなって事の成り行きを見守っていたゼータは、愉快げに細められたメリオンの視線に肩を震わせる。

「ゼータ様、ご安心を。創立式典にはダンスパーティーを組み込まぬよう、国王らには強く言い含めておりますよ」

 ご配慮痛み入ります。ゼータの呟きは悔しくも皆の耳によく届いた。
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