【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

帰還

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「終わった」

 儀式棟から歩み出てきたレイバックは、晴れやかな顔をしていた。鉄製の扉を閉め、近くの草陰に身を潜めるゼータの傍に寄る。すでにうとうとと眠たそうなゼータの両手を掴み、掛け声とともに引き起こす。
 マギの残した鍵で西棟の屋上へと上ったレイバックとゼータは、城から逃げるべく夜空に舞い上がった。しかし数度翼をはためかせたドラゴンは、それ以上高度を上げる事なく、それどころか地上に向かって急降下を始めた。向かう先にある物は、城内の北部に位置する儀式棟だ。地上に降りるやいなや人型へと姿を変えたレイバックは、ゼータがフィビアスを討ち取った剣を携え、一人儀式棟の内部へと入って行った。彼がそうする理由は聞かずともわかった。儀式棟の扉の前には、黒く乾いた血の跡が残されている。中にユダが隠れているのだ。竜体になりユダの血跡を嗅ぎ分けたレイバックは、彼を倒すべく儀式棟へと舞い降りた。

「仇討ちは結構と言ったのに」
「別に仇討ちというだけではない。フィビアスを斃してもユダが生きていれば、城の時は王なき時代に巻き戻るだけだ。ユダが消えれば、少なくとも城の時は進む」
「この国は、良い方向に進むでしょうか」
「さぁ。それは俺もわからんな。新王が立つのか、残された七指が国を治めるのか。いずれにせよ国が平穏となるには長い時間は掛かるだろう。これほど広大な国土に目を行き届かせるのは、簡単な事ではない」

 レイバックは綺麗なままの刀剣を鞘に納め、腰に差した。
―この国の民は王という存在に絶望している。
 往路で立ち寄ったリーニャの情報屋は、レイバックにそう言った。ブルタスの暴政に疲れ、王のいない時代に慣れた民は、今更王の存在を敬わない。凡才の王ではまともな統治は叶わない。

「この国の未来は俺たちの考える事ではない。膿は取った。後は然るべきものが国を導くだろう。今度は友好関係の構築が可能な王だと良いがな」

 言って、レイバックはゼータの両肩を軽く押した。2歩、3歩とゼータから距離を取り、木々のない拓けた空間の中心に身を置く。

「やるべきことは全て済んだ。長居は無用。本降りになる前に飛行距離を稼ぐぞ」

 再び竜体へと変化するレイバックを眺めながら、ゼータは右手の平を身体の前に差し出した。夜風に冷えた指先には、降り始めたばかりの雨粒が当たる。今はまだ小雨だが、雲模様を見るにいずれ本降りとなるだろう。暴風は絶え間なく吹き荒れ、辺りの木々を揺さぶっている。ただでさえ慣れない夜間の飛行、雨風が付けば長時間の飛行は困難を極める。ユダとフィビアスを斃した以上、黒の城で夜明けを待つという手も取れないわけではないが、行く先のわからない城に長居をしたくはなかった。例え愚王であっても、ゼータが王の首を獲った事に変わりはない。またレイバックが城の家臣に手を掛けたことにも変わりはないのだ。国賓として訪れた他国の城であるまじき行いである。

 ゼータは地に伏すドラゴンの背によじ登った。鐙に足を掛け、鞍から伸びた革紐を手のひらにしっかりと巻き付ける。極力風の抵抗を受けないようにと、ドラゴンの背中にぴたりと身体を付ける。

「準備、良いですよ」

 ゼータの声を聞き、数度翼をはためかせたドラゴンは勢いよく宙へと舞い上がった。遮蔽物のない上空は、一段と風が強くなる。四方八方から襲い来る雨風を全身に感じながら、ゼータは遠ざかって行く眼下を眺め下ろした。2人分の荷物を残したままの客室、ゼータとユダの血跡が残る空き部屋、王が斃れた白百合の部屋、殺戮の跡の残る儀式棟、消えたユダと2人の客人。呪いから覚めた人々は、明朝これらの光景をどう判断するのだろう。それはレイバックとゼータの知るところではない。そこに眠る人々にしばし思いを馳せ、緋色のドラゴンは黒の城を後にする。

 離陸直後は頬を撫でる程度であった雨足は、時間と共に次第に激しさを増した。全身に力を込めなければ、ドラゴンの背から引き剥がされる程の強風が吹き、打ち付ける雨粒は滝のようにゼータの身体を濡らした。冷えた指先に痺れを感じながらも、ゼータは時折思い出したようにドラゴンの背を叩く。それは屋上を飛び立つ前にレイバックとの間で決めた合図だ。一回叩けば「現在の飛行を維持せよ」、2回叩けば、「難あり。速度を落とせ」、3回叩けば「限界。即刻着陸せよ」の合図だ。ゼータが意識を保っている事を確認する意味でも、およそ5分に一度は背を叩くという事で話が付いている。

 離陸後しばらくは1回の合図を繰り返していたゼータであるが、その回数が10度を超えた頃に初めて2度の合図を行った。約束通りドラゴンは飛行速度を落とし、ゼータの身体を打つ雨風は少しばかり弱くなる。その後も辛抱強く1回の合図で距離を稼いだが、正確な時間の間隔は最早わからなかった。革紐を巻き付けた両手はかじかみ、雨風が打ち付ける顔面はすでに感覚がない。寸秒意識を失う回数が5度目を数えた時に、ゼータは初めてドラゴンの背を3回叩いた。
―限界。即刻着陸せよ

 ゼータの合図を受けて、ドラゴンはすぐに下降を開始する。近づいてくる大地には、見渡す限りの森林が広がっている。傍に集落があれば宿を請う事ができるが、一粒の灯りもない眼下を見るにそれは不可能だ。緩やかに下降したドラゴンは、森林地帯の拓けた場所に静かに着陸した。背の高い木々に遮られ、上空より気流は穏やかだ。しかし滝のような雨は未だ弱まる事を知らず、芝の地面にいくつもの大きな水溜まりを作っていた。

「すみません、ちょっと限界。寝かせてください」

 ドラゴンの背から滑り降りたゼータは、よろめきながら木々の間へと歩いて行く。レイバックはドラゴンの姿のままでその後ろに付き従う。やがてゼータは1本の大きな木の根元に転がり込んだ。枝垂れる枝は雨風を遮り、盛り上がった木の根に寝転がれば水たまりに浸かることもnい。野宿をするには最適の場所だ。木の根に身体を横たえさっさと眠りに付こうとするゼータに、ドラゴンが鼻先を寄せた。金色の眼を細め、傷ついたゼータの身を案じる。

「大丈夫。死にませんよ。本当に眠いだけです」

 安穏と欠伸をするゼータの顔を間近で見て、ドラゴンはひとまず緊張を解いたようだ。枝垂れる枝の下に潜り込み、太い木の幹に巨大な体躯を巻き付ける。必然とゼータのいる木の根元は、ドラゴンの体躯に周囲を囲われる事となり、風の吹き込まない見事な寝床が出来上がった。緋色の翼は屋根になり、血の通う身体はほんのりと温かい。
 これは良い。ドラゴンが金色の眼を閉じたのを確認し、ゼータもうとうとと目を閉じる。そして数秒の後、ゼータは深い眠りへと落ちていった。
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