【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

服従

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 ゼータの唇から零れ落ちる声は、聞きなれたゼータのものではない。声変り前の少年のように高く、それでいて人を小馬鹿にするような厭らしさの籠る声だ。声と共にゼータの身体は溶ける。黒髪と白肌、肢体を覆うからし色のドレスは熱を帯びた飴のように溶け、現れた者は幼さの残る少年だ。いや、少女やも知れぬ。赤茶色の髪は頬の横で跳ね回り、髪に埋もれそうな小さな顔にはそばかすが浮く。年齢も性別もわからない不気味な風貌だ。

「俺の妃はどうした」

 懐に入りかけたレイバックの左手を、アリアドの両手が押し止めた。同時にフィビアスの背後に並ぶ6人が素早く腕を持ち上げ、大小様々の手のひらがレイバックに向けられる。剣を持てば魔法を打つ。言葉はなくとも伝わる威嚇に、レイバックは歯ぎしりをしながら両手を膝に下ろす。

「心配なさらずとも、御身は無事です。ただレイバック様の今後の態度次第では、滑らかな皮膚に多少の傷が付くやもしれません。どうぞ発言には最大限の注意をお払いください」
「監禁しているのか」
「いいえ、寝ているだけ。正確には石になっております。メデューサの魔法をご存じ?呪われた両眼で見た者を例外なく石にする。命を脅かす技ではありませんが、石になっている間は話す事も、指先一つ動かす事も叶いません」
「…マギの仕業か」

 髪結いの時だ、とレイバックは唇を噛む。応接室に入る直前にゼータの髪紐が切れ、急遽化粧室に飛び込んだあの時だ。ゼータと共に化粧室に入ったマギが魔法を掛け、先に身を潜めていたアリアドと入れ替わった。髪紐が切れたのは偶然ではなかったのだ。魔法に長けた者であれば、多少距離の空いた場所からでも柔らかな髪紐を断ち切る事など容易いだろう。

「そう、髪結いの時に入れ替わった。お前が化粧室の中にまで張り付いてくる恥知らずならば、この作戦は失敗だった。しかしお前は妃の傍を離れた。侍女しかおらぬと気を抜いたな。最後の最後で愚鈍な奴だ」

 レイバックの左手首を抑えるアリアドが、意地の悪い笑い声を立てる。少年のように小さな手のひらには温かさが籠る。人の手のぬくもりとは違う、魔法の発動を感じさせる不自然な温かさだ。お前が攻撃の意志を見せれば、すぐさまその手首を断ち切る事もできる、と。

「人質をとったところで何ができる。この場での俺の発言がマギの耳に届くはずもない。手首が落とされたとて暴れ回る事に支障はないぞ。この場で竜体になり、お前ら皆踏み潰してやろうか」

 怒気を孕む声と共にレイバックの双眸は光を帯びる。手首を掴むアリアドが一瞬怯えの表情を見せるが、激憤のドラゴンを押し止めたものは、場に似合わず和やかなフィビアスの声である。

「マギは自らの意志で動いてはいない。魔法の支配下にいるのよ。命令を下せばすぐにでも貴方の妃に手を下すことができる」
「惑わしの術か?偽りを述べるな。サキュバスの術を女性にかけることはできない」
「そう、マギを使役する者は私ではない。彼女を縛るものは、惑わしの術よりももっと高度な魔法よ」
「高度な魔法だと?」
「私の戴冠の最たる協力者、白髪のユダの隷属の魔法。ユダの魔法に掛かれば、思念で命令を下すなど造作もないこと」

 フィビアスの口調は段々と乱雑になり、ソファの上で2本の脚がたおやかに組まれる。切れ込みの入った藍色ドレスから白い太腿が覗くことを、当の本人は全くもって気に留めていない。フィビアスの言葉を受けたユダは一列から1歩前に進み出て、翡翠色の瞳を閉じた。

「…ゼータ様は左太腿の内側にほくろがありますね。中々色気のある場所に」

 そう告げるユダの口元には笑みが浮かぶ。なぜそれを知っている。レイバックは驚愕に目を見開くが、瞳を閉じたままのユダは淡々と言葉を続ける。

「おや、黒子の傍に口付跡がある。真新しい物ですね。レイバック殿、貴方が付けたものか」
「…マギの視界を借りているのか」
「その通り。私の魔法はサキュバスの服従の魔法より遥かに高度です。離れたしもべに思念で命令を下し、さらに隷属下にいる者の視界を一時的に借り受けることができる」
「黒百合の痣はお前の魔法の跡か」
「気づいてお出ででしたか。確かに黒百合の痣は私の所有跡です。目立つ場所に浮き出るのが難点だが、美しいでしょう。首筋に浮かぶ花模様は」

 ロコとマギの他にも、ダンスパーティーの会場に黒百合の痣を持つ者は何人かいた。料理の給仕を行っていた侍女だけではなく、城の関係者と思われる男性にもあったのだ。ユダの隷属の魔法は男女問わず掛けることができる。そして隷属下に置いた者の視界を借り受けることができ、さらには言葉を介さずとも思念での命令が可能ときたものだ。そんな反則的な魔法は聞いた事がない。レイバックの額に一筋の汗が流れ落ちる。

「もう一つ。双子のメデューサの魔法は真に相手を石にするわけではありません。身体を動かす事は叶わなくなりますが、皮膚は柔らかなままだし内臓も正しく機能している。今マギの手には剣がある。動かぬゼータ様相手にできぬ事はないとご承知ください。美しい黒の瞳を潰す事も、腹を裂き内臓を切り刻む事もできる」

 僅かの抵抗も許さない。ユダの脅しにレイバックは膝の上の拳を握り締める。
 ふいにフィビアスが立ち上がった。ドレスの裾を翻しレイバックの傍らに寄り、怒りに震える右腕にしなやかに両腕を絡ませる。

「さてレイバック様、お喋りはこれ程にして対談を続けましょう。お願いしたい事はまだまだ沢山あるの。私の要望に対して貴方はさぞ快い返事を返してくれるのでしょうね」

 フィビアスはレイバックの耳元に口を寄せ、囁く。緋髪に触れる唇に嫌悪を感じ、レイバックは頭を振る。しかし右腕をフィビアスに、左腕をアリアドに捕らわれたままではさほどの抵抗も叶わない。ユダを除く5人の七指も、レイバックに手のひらを向けたままだ。

「俺に何を望む」
「一番欲しいのはドラゴンの支配力よ。私を背に乗せて飛んでほしいの。下賤と罵られるサキュバスの女王でも、神獣を従えているとなれば民は尊崇の念を寄せるでしょう。手始めは黒の城の城下町。私を乗せて町の上空を飛んだ後に、広場の中心でドラゴンの姿のまま首を垂れなさいな。人の姿に戻り私の足先に口付けてもらっても結構よ」
「良いだろう。だが俺は飛行が荒いぞ。上空から振り落とされても文句は言うなよ」

 神獣であるドラゴンに首を垂れろと言う。治世千年を超える大国の王に跪けと言う。侮蔑的としか言いようのない要望に歯列を噛み締めるレイバックの頬を、フィビアスは愛しむように撫でる。

「いいえ、そんな事は起こりえない。貴方は進んで私の望みを受け入れるんですもの」

 馬鹿な、悪態を吐き出そうとしたレイバックの唇に、フィビアスの紅の唇が重なった。

 沈黙となった部屋の中に微かな水音が響く。フィビアスはレイバックの頬に手のひらを当て、神獣と呼ばれる男の唇を貪っていた。七指の魔法を警戒してか、レイバックが表立った抵抗を見せる事はない。しかし幾度となく吸い付いてもその唇が開かれる事はなく、噛み締められた歯列はフィビアスの舌を受け入れる事はない。

「口を開けなさい。愛しい妃が四肢を裂かれても構わないの?」

 フィビアスがちらと視線を向けた先では、ユダが翡翠色の瞳を閉じたところであった。フィビアスの言葉を聞き、マギに命令を下すべく口元を小さく動かしている。ユダの言葉は思念として僕の元に届き、僅かの時間差で命令を忠実に実行する。マギがゼータの手足を裂くのに数秒と掛からない。
 悪態と共に、頑なに閉ざされていた唇が開かれる。強大な力を有する者相手に考える暇など与えない。フィビアスは紅の唇を舐め、待ち望んだ神獣の口内に侵入する。

 レイバックが抵抗を見せたのはそれからほんの十数秒の事であった。フィビアスが溢れるほどの唾液を与え、意図せずしてそれを飲み干したレイバックの身体からは、徐々に力が抜けて行く。フィビアスの唇に噛みつかんばかりであった上下の歯列は緩く開かれ、絡まる舌先は愛撫に応える。
 しつこい程に口内を犯した後に、フィビアスはレイバックの唇を解放する。すっかり従順になった男の首元に両腕を絡ませ、太腿の上に馬乗りになる。

「ユダ、皆を退出させて頂戴。このまま服従させてしまうから。アリアド、貴方ももう離れて結構よ」

 フィビアスの命を受け、ユダは皆を退出させるべく応接室の扉を開ける。レイバックの左手首に両手を絡ませていたアリアドも、退出の命に従うべく皆の背に続いた。部屋を出る七指を見送るよりも早く、フィビアスはレイバックの胸元のボタンに指先を掛ける。早くこの男を僕に下したい。

 フィビアスの唾液を飲み下したレイバックは、今の一時的な魔法の支配下にある。しかしこの支配の持続時間はせいぜい数時間程度で、下せる命令も簡単なものに限る。レイバックを完全な下僕に落とし込むためには、性行為により体内での射精を促す必要がある。それを成せば例え強靭なドラゴンの王であっても、フィビアスの愛玩動物同然となる。
 目合まぐわいに至るべく、フィビアスがレイバックの裸の胸元を撫でていたときであった。邪魔者を退出させ、部屋にただ一人残っていたユダははたと動きを止める。女王、と呼ぶ声に、フィビアスはレイバックの肢体をまさぐる手の動きを止めずに応える。

「余程の用でなければ後になさい」
「いえ、火急です。メデューサの魔法が解けかけております。数分とせずに妃が目覚めます」
「魔法が解ける?半日は石のままだと言ったじゃない」

 フィビアスとユダは、同時に部屋に掛かる時計を見上げる。髪結いを装いゼータに魔法を掛けてからまだ2時間半と経っていない。マギの視界を借りるために、ユダは瞼を閉じる。

「守られるだけの屑かと油断しておりましたが、どうやらかなり強い魔力を有しています。レイバック殿を完全な支配下に置かぬ今、この場に踏み込まれるのは宜しくないかと」
「…そうね。ああ、もう少しで全てが済むというのに」
「いかが致します。念のため七指を全て呼び戻しますか?」
「いえ、適当に誤魔化すからそのまま部屋に戻りなさい。ユダ、貴方は昨晩妃に魔法を掛け損ねているのでしょう。警戒されると厄介だから、鉢合わせる前に消えて頂戴」
「御意に」

 肩を竦め、ユダは扉の向こうへと消えて行く。ゼータを隷属の魔法に掛けるべく閨に誘い、失敗したとの報告をユダから受けたのは昨晩の夜中の事だ。報告を受けたフィビアスは憤った。ユダの使う隷属の魔法はサキュバスの魔法と相違がない。自らの体液を対象に与える事で簡易的な隷属状態に落とし込み、精を注ぎ入れる事で完全な支配下に置く。精を注ぎ入れるのだから男女問わず魔法を掛ける事が可能だが、ただ一つ支配下に置く事ができない種族がいる。それがサキュバスだ。同種の魔法を使うサキュバスとユダは、互いに魔法を掛け合う事は不可能なのである。
 大国の王妃は恐らくサキュバスである。ユダの言葉を聞いたとき、フィビアスはゼータを悪し様に罵った。千年余り妃を迎えずにいた神獣の王をどうやって誑かしたのかと思えば、魔法の力を借りただけかと。純朴な顔を装う大国の妃は、自らと同じ男を誑かす術を覚えた狡猾なサキュバスであったのだ。

「忌々しい奴」

 フィビアスは吐き捨て、すっかり従順となったレイバックの髪を撫でた。裸の胸元を合わせているにも関わらず、レイバックの口からは最早文句の一つもでない。緋色の瞳はフィビアスを見つめ、命令がくだされる時を今か今かと待っている。

「レイバック様。お名残惜しいですが続きはまた後ほど。今夜21時の鐘が鳴ったら、私の寝室にいらっしゃって。場所は西棟の7階、白百合の紋様が付いた扉よ」

 幼子が母の教えを飲み込むように、レイバックはこくりと首を縦に振る。一時的とはいえ魔法の支配下にいる今、レイバックがフィビアスの命令に逆らうことはない。

「ああ、愉しみ。神獣の精はどんな味かしら」

 たくましい裸の胸に顔を埋め、フィビアスは笑う。屈託なく笑うゼータの顔を思い出し、その無邪気な笑顔に吐き掛ける。
 もう2度と、愛しい番がお前の元に帰ることはない。
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