【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

戦慄のダンス-1

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 望まぬダンスを終え壁際へと戻ったとき、レイバックとゼータは共に疲れ果てていた。
 ゼータの疲労の原因は、ダイナの脚を蹴り上げないように最大限気を遣ったこと。そしてレイバックの疲労の原因はと言えば、アメシスに腰を抱かれた恥辱に加え、アメシスとのダンス後に数人の男性に声を掛けられたこと。ドラゴンの王と名高いレイバックは、この会場の第2の主役。大国の王との繋がりは、会場にいる誰しもが望んでやまない。そのレイバックが女性役の踊りもこなすと知れば、ダンスのお誘いが殺到するのは当然のことだ。
 「先約があるゆえ」と立て続けにダンスの誘いを断ったレイバックは、壁際に戻るや否やゼータの腕を引いた。

「おいゼータ、踊るぞ。また誘われては適わん」
「誰とでも踊って来れば良いじゃないですか。私は疲れたので休んでいます」
「女性相手なら良いが、声を掛けてくるのは男性ばかりだぞ!?なぜ公の場で腰を抱かれ続けねばならんのだ」
「レイがアメシス殿と踊るから悪いんじゃないですか…」

 疲れ果てたゼータの視線の先には、仲睦まじく踊るアメシスとダイナの姿があった。
 踊る、踊らないで押し問答を繰り広げるレイバックとゼータ。そんな2人に助け舟を出した者は、人混みから抜け出してきたラガーニャであった。ゼータほどではないにしろ、彼女の顔も疲労を訴えている。

「レイバック殿。ダンスの相手にお困りであれば私と踊っていただきたい。爺様方の相手にはいささか疲れてしまった」

 褐色の肌に精悍な顔つき、それでいて滑らかな肢体を持つラガーニャは、老年の首長から随分と人気のようだ。ゼータが人混みの中のラガーニャに目を留める度に、彼女は別の爺様をダンスの相手としていた。ラガーニャの誘いにレイバックは嬉々として応じる。

「ラガーニャ殿、まさに天の助けだ。ぜひ俺と踊ってくれ」

 レイバックの手は縋るように、ラガーニャの褐色の手を取る。ラガーニャの視線は壁に背を張り付けたままのゼータへと向かう。

「ゼータ殿、レイバック殿をお借りするが宜しいか?」
「どうぞどうぞ。私の事は気になさらず存分に踊ってきてください」

 ゼータの許しを得たレイバックとラガーニャは、間もなく人ごみの中へと消えていく。この隙に豪勢な料理を堪能しようかと、ゼータは料理と酒を取りに向かうのである。そんな彼らの挙動を、じっと眺める2組の眼があった。

***

 その男がレイバックへの接触を図ってきたのは、ラガーニャとのダンスを一区切りにした直後であった。ラガーニャは別の男性からのダンスの誘いに応じ、レイバックはゼータの元に戻らんと歩み出す。その時だ。

「レイバック様。フィビアス女王をダンスにお誘いください」

 知らぬ声に名を呼ばれ、レイバックは振り返る。背後に立っていた者は若い男であった。人間で言えば年の頃は30歳ほど、細身で背は高い。着ている衣服は藍色の布地に金の刺繍の入った燕尾服で、彼が黒の城の関係者であることが伺える。レイバックが目を留めたのはその男の頭部だ。シャンデリアの煌めきに照らされる髪は透けるような白。ラガーニャが爺様と呼ぶ老人の物とは違う、艶のある見事な白髪だ。

「レイバック様、貴方です。聞こえておいでですか」

 レイバックが返事を返さないことに苛立ったのか、男の口調は棘立つ。軽快な音楽に混じる荒い声色に、周囲の人々が何事かと2人の様子を伺い見た。

「失礼だが貴方は?」

 ダンスを楽しむ客人に迷惑が掛かっては不味いと、レイバックは白髪の男と距離を詰める。男も同様にレイバックとの距離を詰め、2人の間は人1人分ほどの距離となる。周囲の視線が逸れたことを確認し、男はレイバックへに向けて苦々しげに言葉を投げる。

「私はユダと申します。フィビアス女王に仕える七指の一人、白髪のユダと呼ばれております」
「白髪のユダ…」
「自己紹介も終わったところで本題に戻っても宜しいでしょうか。レイバック殿、今すぐフィビアス女王をダンスにお誘いください」
「他国の重鎮とのダンスが続いてな。中々相手をしてもらえぬと俺の妃が拗ねているんだ。そろそろ戻らねば脛を蹴り飛ばされる」

 レイバックがちらと視線を送る先には、薄暗闇の壁際に身を寄せるゼータの姿があった。俯いて黙々と料理を口に運ぶ様は、拗ねているように見えないこともない。

「他国の国王や妃相手のダンスは受け入れる癖に、我が主とのダンスは頑なに拒むのですか?貴方は余程我が国との友好関係を無下にしたいと見える。即位式典ではフィビアス女王を小馬鹿にしたような挨拶をし、御手に口付ける事もせず、果ては社交のためのダンスの誘いもせぬと」

 尤もな指摘である。レイバックは肩を竦めた。本来であればフィビアスは、レイバックが真っ先にダンスの誘いをせねばならない相手だ。国賓として招かれた黒の城の主であると共に、フィビアスはこの即位式典の主役なのである。
 悪手だった、とレイバックは心の中で溜息をつく。身体の接触を避けられないフィビアスとのダンスは、サキュバスの魔法に掛けられる可能性を危惧し避けて通りたい事柄だ。ダンスパーティーに参加しているという姿をフィビアスに見せ、早急に客室に戻る予定だったのである。それなのにダイナとアメシスにダンスに誘われ、ラガーニャの相手をし、予定よりも随分と長居をしてしまった。会場にいるのになぜ式典の主役をダンスに誘わぬのだと、フィビアスの側近である七指に暴言を吐かれても致し方ない。
 一向に言葉を返さないレイバックの耳元に、ユダは唇を近づける。

「それとも貴方は礼儀を知らぬのか。神獣とて所詮獣の王、人の礼儀に従う道理はありませんか」

 安い挑発には乗らぬ。しかし無礼な物言いについては一言物申してやろうと、レイバックが口を開きかけた時である。煌めく白髪の後ろに、藍色のドレスを纏った女性が現れる。

「ユダ。大国の国王殿相手に、無礼な言動をするものではありません」

 鈴の音のようによく響く声。レイバックの正面に立つ者は、できれば顔を合わせたくないと願っていたフィビアスその人であった。ユダの顔からは一瞬にして不機嫌の色が消える。

「無礼な言動など。楽しくお喋りをしていただけでございますよ。レイバック殿、悪ふざけが過ぎて大変申し訳ありません」

 先ほどまでの不機嫌な様子はどこへやら。ユダはにこりと微笑んで、レイバックの元を離れた。そして主であるフィビアスの傍に身を寄せる。いつの間にか周囲の人々はダンスを止め、3人の会話に耳を澄ませている。行き交う視線の中に、フィビアスの声は響く。

「さてレイバック様。末長い友好のためにも、私の手をお取りいただけますか?」

 優雅に差し出された手のひらを、レイバックは見下ろした。フィビアスの誘いを断る事はできない。本来であれば、レイバックの方からしなければならなかったダンスの誘い。それを主役であるフィビアスに赴かせてしまっただけではなく、末長い友好のためとの文句付きだ。ここでフィビアスの手を取らないこと、それ即ちドラキス王国とバルトリア王国の友好関係構築を破棄するに等しい。たくさんの客人が見守る中で、フィビアスの誘いを拒むことはできない。
 レイバックはフィビアスの藍色の目を真っ直ぐに見つめ、差し出された手を取った。

「喜んでお相手しよう」
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