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荒城の夜半に龍が啼く
和やかな晩餐
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日も暮れた夕食時。サロン内部に設置された丸テーブルの一つを、4人の人物が囲っていた。レイバックとゼータ、神国ジュリの王妃であるダイナ、獣人国家オズトの王妃兼国王代理のラガーニャである。ゼータの計らいで夕食を共にすることとなった4人は、それぞれ目の前に料理の皿を置き古びた椅子に腰かけていた。
黒の城に到着当初、和やかな茶会の会場であったサロン内部の内装は、すっかり晩餐会の風体に様変わりしていた。大きな窓には光沢のある藍色のカーテンが引かれ、天井には煌びやかなシャンデリアが灯る。部等間隔に置かれた4つの丸テーブルの中央には、橙色の炎が灯された豪華な燭台が載っている。レイバックら4人の他にも、他国の国王が数名夕食を取るためサロンに滞在していた。
ごくごく一般的な晩餐会の会場とも見えるサロンだが、その給仕の様子は一般的には程遠い。侍女による食事の給仕がされないのだ。昼間菓子と飲料が並べられていた壁際の長机には、今や大皿に盛られた料理がずらりと並ぶ。料理の傍らにはやはり空皿と銀食器が並べられ、自身で好きな料理を好きなだけ皿に盛って構わないのだ。そのような形式の食事は、大勢での飲みの席ではよく採用されている。しかし他国の国賓を招く食事の席としては珍しい。珍しい形の食事形式であるにも関わらず、国王らの間でこの「食べ放題形式」の食事は好評であった。好きな料理を好きな分量だけ皿に盛って良いのだから、自身の裁量で食べる量を調節することができる。また苦手な料理を無理矢理口に詰め込む必要がなく、気にいった料理があれば何度もお代わりをすることも可能だ。
レイバックは今後王宮に賓客を招く折には、この「食べ放題形式」で食事を提供する事にしようと繰り返し呟いていた。王宮関係者の中でもごく一部の者しか知らない事実であるが、レイバックは生野菜が大嫌いだ。しかし賓客を招く折の王宮の食事では、必ずと言って良いほどサラダの給仕がある。レイバックは王宮に人を招くたびに、顔面に笑顔を張り付けながら心の中では涙を流しているのだ。「なぜこのような苦い草を口にせねばならんのだ」と。一度泣き言を耳にしてからというもの、レイバックの分のサラダを腹に収めるのはゼータの仕事となった。給仕された自身のサラダをさっさと食べ終えて、客人の目が離れた隙にレイバックの皿と取り換えるのである。この作業を繰り返すうちに、狙ったところに皿を滑らせるという謎の技術を会得したゼータであった。
「ダイナ殿。先ほどからアメシス殿が、怨恨籠る眼差しで俺を見ている。俺は、彼の怒りを買ってはいないだろうか?」
白皿の上に山盛りの肉を盛ったレイバックは、ダイナに向けて不安げに問い掛ける。ちらちらと視線を送る先は、別の丸テーブルに座るアメシスだ。竜族国家リンロンの女王、海獣族国家オーズィラの国王と食事を共にしながらも、その表情は朗らかとは程遠い。口をへの字にひん曲げて、レイバックとダイナの座る丸テーブルを睨みつけている。ダイナと夕餉を共にすることが、アメシスの怒りを買ってしまったのだろうか。レイバックの不安に、ダイナは淑やかな笑みを返す。
「御心配には至りません。あれはレイバック様に対する怒りではなく、私に対する怒りでございます。大国の国王と夕餉を共にするのに、なぜ自分を除け者にするのだ、と」
「そうか?なら良いが…」
そうは言いながらも、レイバックはアメシスの視線を気にしながら肉の一切れを口に運んだ。
ゼータの目論見通り、レイバックとラガーニャは剣技の話題で終始盛り上がりを見せていた。示し合わせたかのように各々が自前の剣を持参し、互いの剣を見せ合っては意見交換を重ねている。剣技を嗜まぬゼータにはまるで理解の及ばぬ会話であるが、旅先で剣に詳しい人物に出会ったレイバックは楽しそうだ。剣豪2人が「剣にするのに最もふさわしい牙を持つ魔獣は何か」という題目で激しい論議を重る最中に、ゼータとダイナは夕餉に並ぶ酒の話題で和やかな盛り上がりを見せていた。
「ゼータ様はお酒がお好きなのですね」
「そうですね。ドラキス王国の王宮では無類の酒好きで通っています」
「日常的によく飲まれるのですか?」
「週2程度では飲みますねぇ。一人私室で嗜むこともあれば、仲間と飲み会を催すこともありますよ」
「食べ放題形式」改め「飲み放題形式」である夕餉の席で、ゼータの飲酒はすでに5杯目に突入している。現在サロンの内部に置かれた給仕用の長机は、全部で5つ。2つは料理用の長机、1つはデザート用の長机、1つはコーヒーや麦茶等の飲料用の長机、そして最後の一つは酒瓶の立ち並ぶ長机だ。魔族は元来酒好きだ。賓客を交えての食事の席では、まず間違いなく酒の給仕がある。とはいえ杯を空けるたびに侍女に給仕を頼む必要があるから、通常そのような席での酒の消費量は多くはない。しかしここは飲み放題の席。酒好きの防波堤は、何一つとして存在しない。
「羨ましいですわ。私はあまり酒が得意ではないのです。私だけではありません。神国ジュリに住まう者は多種族に比べて酒に対する耐性が低いのです。国内に出回る酒も、アルコール含有量が微々たる物ばかりですわ」
するすると酒を飲み干すゼータの横で、ダイナは薄桃色の果実水を口に運んでいる。ドラキス王国内においても、妖精族と精霊族は酒に対する耐性が弱い種族として認識されている。神国ジュリが妖精族と精霊族の住まう国であることを考えれば、酒の弱い国民性にも納得だ。優雅な仕草で果実水を飲み干すダイナ。果実水と同じ薄桃色の唇を眺めながら、ゼータはある事を思い出した。
「そういえば、神国ジュリで造られたという酒を飲んだことがありますよ」
「あら、珍しいですね。他国に輸出はしていないのですけれど。どちらでお飲みになりました?」
「酒好きの知り合いがたまたま所有していたんです。酒のコレクションを趣味にしている人で、国内外の珍しい酒を多数所有しているんですよ」
「お酒の味はいかがでした?他種族の方の口に入る機会など滅多にありませんから、ぜひ感想をお聞きしたいですわ」
「お酒自体は甘くて飲みやすかったですよ。アルコール度数が低くて物足りなさは感じましたが、好む人はいると思います。瓶の見た目も綺麗なので、贈り物には最適ですよね」
ゼータの言う「酒好きの知り合い」とは、もちろんバルトリア王国の知者メリオンのことだ。ダイナとの話題作りのために口にしておけとの助言を受け、メリオンの執務室で神国ジュリ産の酒を口にしたのである。確かに手っ取り早く人と打ち解けるためには、共通の話題を持つことが一番である。そう納得して差し出された酒を口に運んだゼータであるが、その味は好みとは程遠かった。喉が焼けるほどに甘いのだ。蜂蜜をそのまま喉に流し込まれたような甘さに加え、肝心のアルコールはほとんど入っていない。一口で十分と酒瓶を突き返したゼータであるが、メリオンは部屋を去ろうとするゼータを逃がさなかった。「話題提供の礼に在庫処分をしていけ」そう告げるメリオンはゼータの身体を引き倒し、あろうことか口に酒瓶をねじ込んだのだ。どうやら辛党のメリオンは、激甘の酒を持て余していたようだ。在庫処分との言葉に嘘はないのであろう。しかしゼータの腰に跨り、強引に酒を流し入れるメリオンの表情は恍惚としていた。完全に趣味も兼ねている。浮かべる笑みも悪魔の様相ながら、心の内まで悪魔に等しい男だ。
酒の国外輸出を検討すべきかしら。顔を俯かせるダイナの横で、ゼータは6杯目となる杯を空けた。するりと喉を通ってゆく辛口の酒。甘い菓子は大好きなゼータだが、やはり酒は辛口に限る。
***
食事を終え、自室に戻ったレイバックは充実感に満ちた表情であった。満面の笑みで、壁に立てかけた自身の刀の柄を撫でる。ドラキス王国随一の剣豪は、ラガーニャに剣を褒められたことが余程嬉しかったようだ。
「良かったですね。オズトの妃と仲良くなれて」
ゼータの言葉に嫌味はない。魔法のジュリと武力のオズト、そう呼ばれる2つの国家と懇意になる事はレイバックにとっての最優先課題だったのだ。
「ゼータの計らいに感謝だな。オズトの国王殿が不参だったから、どうしようかと思っていたんだ。武人のような出で立ちの女性がいると認識はしていたが、まさか王が留守番で妃だけ登城しているとは想像もしなかった」
ご機嫌のレイバックは麻のシャツを脱ぎ、ベッドの上に投げ捨てた。袖のない黒の肌着からは鍛えられた上腕二頭筋が突き出している。
「ラガーニャは相当腕が立つみたいですね。国内での立場は、王妃というより王の護衛だと言って笑っていましたよ」
「そのようだ。妃1人が他国に赴くのに反対の意見もなかったらしい。うちでは考えられんな」
「…すみませんねぇ。有能とは程遠い妃で」
ゼータは口を尖らせるが、レイバックはやはりご機嫌で黒の肌着を脱ぎ捨てた。凹凸のある大胸筋と見事に割れた腹筋、見慣れていても惚れ惚れする身体である。上裸となったレイバックはゼータの前を通り過ぎ、風呂場へと続く扉を開けた。
「風呂に入ってくる。折角の機会だし一緒に入るか?」
「そうですね、そうします」
淀みなく返された答えに、レイバックは緋色の眼を見開いた。左手を風呂場の扉に添えたまま、まるで幻でも見たかのような表情だ。
「…本当に一緒に入るのか?」
「だからそう言っているじゃないですか。何の確認?」
「いつもは相風呂を嫌がるじゃないか。二つ返事での了承とは、珍しいこともあるものだ」
「そりゃあ…」
黒の城内部でレイを一人にするなと、メリオンに言い含められていますから。口をついて出掛けた言葉を、ゼータは寸でのところで飲み込んだ。サキュバスを卑下する発言が災いし、メリオンとレイバックは仲違いの真っ最中だ。今この場でメリオンの名を出すことは得策ではない。ゼータは目まぐるしく脳味噌を働かせ、平然とした調子で口を開く。
「初めて訪れる城で、一人風呂に浸かるというのも不安じゃないですか。浴室内には外部の物音が届きませんし、うっかり浴槽で眠りこけないとも限りませんし」
「全くその通りだ。入ろう入ろう、すぐに入ろう。まさかゼータの方からお誘いがあるとはな。人様の城で致すのも不謹慎と踏んでいたが、一晩くらい羽目を外しても罰は当たるまい」
元よりご機嫌のレイバックは、さらにご機嫌顔で下肢の衣類を脱ぎ捨てる。対するゼータは、レイバックの言葉の意味がわからぬと怪訝な表情だ。
「…何の話ですか?」
「一緒に風呂に入ったら、寝所に縺れ込みたくなるに決まっているだろう」
「いやいや縺れ込みませんよ。明日寝坊したら困るじゃないですか。ただでさえ長旅で疲れているのに」
「負担の少ない体位を心掛ける。時間もいつもより短めにする」
「そういう問題じゃないです。ちょっと、レイ!」
叫び声を上げ、客室から逃げ出そうとするゼータ。しかし見事な筋肉を有する男に次々と衣服を剥ぎとられ、温かな浴室内に引きずり込まれるのである。
黒の城に到着当初、和やかな茶会の会場であったサロン内部の内装は、すっかり晩餐会の風体に様変わりしていた。大きな窓には光沢のある藍色のカーテンが引かれ、天井には煌びやかなシャンデリアが灯る。部等間隔に置かれた4つの丸テーブルの中央には、橙色の炎が灯された豪華な燭台が載っている。レイバックら4人の他にも、他国の国王が数名夕食を取るためサロンに滞在していた。
ごくごく一般的な晩餐会の会場とも見えるサロンだが、その給仕の様子は一般的には程遠い。侍女による食事の給仕がされないのだ。昼間菓子と飲料が並べられていた壁際の長机には、今や大皿に盛られた料理がずらりと並ぶ。料理の傍らにはやはり空皿と銀食器が並べられ、自身で好きな料理を好きなだけ皿に盛って構わないのだ。そのような形式の食事は、大勢での飲みの席ではよく採用されている。しかし他国の国賓を招く食事の席としては珍しい。珍しい形の食事形式であるにも関わらず、国王らの間でこの「食べ放題形式」の食事は好評であった。好きな料理を好きな分量だけ皿に盛って良いのだから、自身の裁量で食べる量を調節することができる。また苦手な料理を無理矢理口に詰め込む必要がなく、気にいった料理があれば何度もお代わりをすることも可能だ。
レイバックは今後王宮に賓客を招く折には、この「食べ放題形式」で食事を提供する事にしようと繰り返し呟いていた。王宮関係者の中でもごく一部の者しか知らない事実であるが、レイバックは生野菜が大嫌いだ。しかし賓客を招く折の王宮の食事では、必ずと言って良いほどサラダの給仕がある。レイバックは王宮に人を招くたびに、顔面に笑顔を張り付けながら心の中では涙を流しているのだ。「なぜこのような苦い草を口にせねばならんのだ」と。一度泣き言を耳にしてからというもの、レイバックの分のサラダを腹に収めるのはゼータの仕事となった。給仕された自身のサラダをさっさと食べ終えて、客人の目が離れた隙にレイバックの皿と取り換えるのである。この作業を繰り返すうちに、狙ったところに皿を滑らせるという謎の技術を会得したゼータであった。
「ダイナ殿。先ほどからアメシス殿が、怨恨籠る眼差しで俺を見ている。俺は、彼の怒りを買ってはいないだろうか?」
白皿の上に山盛りの肉を盛ったレイバックは、ダイナに向けて不安げに問い掛ける。ちらちらと視線を送る先は、別の丸テーブルに座るアメシスだ。竜族国家リンロンの女王、海獣族国家オーズィラの国王と食事を共にしながらも、その表情は朗らかとは程遠い。口をへの字にひん曲げて、レイバックとダイナの座る丸テーブルを睨みつけている。ダイナと夕餉を共にすることが、アメシスの怒りを買ってしまったのだろうか。レイバックの不安に、ダイナは淑やかな笑みを返す。
「御心配には至りません。あれはレイバック様に対する怒りではなく、私に対する怒りでございます。大国の国王と夕餉を共にするのに、なぜ自分を除け者にするのだ、と」
「そうか?なら良いが…」
そうは言いながらも、レイバックはアメシスの視線を気にしながら肉の一切れを口に運んだ。
ゼータの目論見通り、レイバックとラガーニャは剣技の話題で終始盛り上がりを見せていた。示し合わせたかのように各々が自前の剣を持参し、互いの剣を見せ合っては意見交換を重ねている。剣技を嗜まぬゼータにはまるで理解の及ばぬ会話であるが、旅先で剣に詳しい人物に出会ったレイバックは楽しそうだ。剣豪2人が「剣にするのに最もふさわしい牙を持つ魔獣は何か」という題目で激しい論議を重る最中に、ゼータとダイナは夕餉に並ぶ酒の話題で和やかな盛り上がりを見せていた。
「ゼータ様はお酒がお好きなのですね」
「そうですね。ドラキス王国の王宮では無類の酒好きで通っています」
「日常的によく飲まれるのですか?」
「週2程度では飲みますねぇ。一人私室で嗜むこともあれば、仲間と飲み会を催すこともありますよ」
「食べ放題形式」改め「飲み放題形式」である夕餉の席で、ゼータの飲酒はすでに5杯目に突入している。現在サロンの内部に置かれた給仕用の長机は、全部で5つ。2つは料理用の長机、1つはデザート用の長机、1つはコーヒーや麦茶等の飲料用の長机、そして最後の一つは酒瓶の立ち並ぶ長机だ。魔族は元来酒好きだ。賓客を交えての食事の席では、まず間違いなく酒の給仕がある。とはいえ杯を空けるたびに侍女に給仕を頼む必要があるから、通常そのような席での酒の消費量は多くはない。しかしここは飲み放題の席。酒好きの防波堤は、何一つとして存在しない。
「羨ましいですわ。私はあまり酒が得意ではないのです。私だけではありません。神国ジュリに住まう者は多種族に比べて酒に対する耐性が低いのです。国内に出回る酒も、アルコール含有量が微々たる物ばかりですわ」
するすると酒を飲み干すゼータの横で、ダイナは薄桃色の果実水を口に運んでいる。ドラキス王国内においても、妖精族と精霊族は酒に対する耐性が弱い種族として認識されている。神国ジュリが妖精族と精霊族の住まう国であることを考えれば、酒の弱い国民性にも納得だ。優雅な仕草で果実水を飲み干すダイナ。果実水と同じ薄桃色の唇を眺めながら、ゼータはある事を思い出した。
「そういえば、神国ジュリで造られたという酒を飲んだことがありますよ」
「あら、珍しいですね。他国に輸出はしていないのですけれど。どちらでお飲みになりました?」
「酒好きの知り合いがたまたま所有していたんです。酒のコレクションを趣味にしている人で、国内外の珍しい酒を多数所有しているんですよ」
「お酒の味はいかがでした?他種族の方の口に入る機会など滅多にありませんから、ぜひ感想をお聞きしたいですわ」
「お酒自体は甘くて飲みやすかったですよ。アルコール度数が低くて物足りなさは感じましたが、好む人はいると思います。瓶の見た目も綺麗なので、贈り物には最適ですよね」
ゼータの言う「酒好きの知り合い」とは、もちろんバルトリア王国の知者メリオンのことだ。ダイナとの話題作りのために口にしておけとの助言を受け、メリオンの執務室で神国ジュリ産の酒を口にしたのである。確かに手っ取り早く人と打ち解けるためには、共通の話題を持つことが一番である。そう納得して差し出された酒を口に運んだゼータであるが、その味は好みとは程遠かった。喉が焼けるほどに甘いのだ。蜂蜜をそのまま喉に流し込まれたような甘さに加え、肝心のアルコールはほとんど入っていない。一口で十分と酒瓶を突き返したゼータであるが、メリオンは部屋を去ろうとするゼータを逃がさなかった。「話題提供の礼に在庫処分をしていけ」そう告げるメリオンはゼータの身体を引き倒し、あろうことか口に酒瓶をねじ込んだのだ。どうやら辛党のメリオンは、激甘の酒を持て余していたようだ。在庫処分との言葉に嘘はないのであろう。しかしゼータの腰に跨り、強引に酒を流し入れるメリオンの表情は恍惚としていた。完全に趣味も兼ねている。浮かべる笑みも悪魔の様相ながら、心の内まで悪魔に等しい男だ。
酒の国外輸出を検討すべきかしら。顔を俯かせるダイナの横で、ゼータは6杯目となる杯を空けた。するりと喉を通ってゆく辛口の酒。甘い菓子は大好きなゼータだが、やはり酒は辛口に限る。
***
食事を終え、自室に戻ったレイバックは充実感に満ちた表情であった。満面の笑みで、壁に立てかけた自身の刀の柄を撫でる。ドラキス王国随一の剣豪は、ラガーニャに剣を褒められたことが余程嬉しかったようだ。
「良かったですね。オズトの妃と仲良くなれて」
ゼータの言葉に嫌味はない。魔法のジュリと武力のオズト、そう呼ばれる2つの国家と懇意になる事はレイバックにとっての最優先課題だったのだ。
「ゼータの計らいに感謝だな。オズトの国王殿が不参だったから、どうしようかと思っていたんだ。武人のような出で立ちの女性がいると認識はしていたが、まさか王が留守番で妃だけ登城しているとは想像もしなかった」
ご機嫌のレイバックは麻のシャツを脱ぎ、ベッドの上に投げ捨てた。袖のない黒の肌着からは鍛えられた上腕二頭筋が突き出している。
「ラガーニャは相当腕が立つみたいですね。国内での立場は、王妃というより王の護衛だと言って笑っていましたよ」
「そのようだ。妃1人が他国に赴くのに反対の意見もなかったらしい。うちでは考えられんな」
「…すみませんねぇ。有能とは程遠い妃で」
ゼータは口を尖らせるが、レイバックはやはりご機嫌で黒の肌着を脱ぎ捨てた。凹凸のある大胸筋と見事に割れた腹筋、見慣れていても惚れ惚れする身体である。上裸となったレイバックはゼータの前を通り過ぎ、風呂場へと続く扉を開けた。
「風呂に入ってくる。折角の機会だし一緒に入るか?」
「そうですね、そうします」
淀みなく返された答えに、レイバックは緋色の眼を見開いた。左手を風呂場の扉に添えたまま、まるで幻でも見たかのような表情だ。
「…本当に一緒に入るのか?」
「だからそう言っているじゃないですか。何の確認?」
「いつもは相風呂を嫌がるじゃないか。二つ返事での了承とは、珍しいこともあるものだ」
「そりゃあ…」
黒の城内部でレイを一人にするなと、メリオンに言い含められていますから。口をついて出掛けた言葉を、ゼータは寸でのところで飲み込んだ。サキュバスを卑下する発言が災いし、メリオンとレイバックは仲違いの真っ最中だ。今この場でメリオンの名を出すことは得策ではない。ゼータは目まぐるしく脳味噌を働かせ、平然とした調子で口を開く。
「初めて訪れる城で、一人風呂に浸かるというのも不安じゃないですか。浴室内には外部の物音が届きませんし、うっかり浴槽で眠りこけないとも限りませんし」
「全くその通りだ。入ろう入ろう、すぐに入ろう。まさかゼータの方からお誘いがあるとはな。人様の城で致すのも不謹慎と踏んでいたが、一晩くらい羽目を外しても罰は当たるまい」
元よりご機嫌のレイバックは、さらにご機嫌顔で下肢の衣類を脱ぎ捨てる。対するゼータは、レイバックの言葉の意味がわからぬと怪訝な表情だ。
「…何の話ですか?」
「一緒に風呂に入ったら、寝所に縺れ込みたくなるに決まっているだろう」
「いやいや縺れ込みませんよ。明日寝坊したら困るじゃないですか。ただでさえ長旅で疲れているのに」
「負担の少ない体位を心掛ける。時間もいつもより短めにする」
「そういう問題じゃないです。ちょっと、レイ!」
叫び声を上げ、客室から逃げ出そうとするゼータ。しかし見事な筋肉を有する男に次々と衣服を剥ぎとられ、温かな浴室内に引きずり込まれるのである。
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