【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

サロンでの出会い-2

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 ダイナに促され、ゼータは自分の分の茶と菓子を取りに向かった。通常国政の場に他国の国賓を招くとなれば、侍女による茶と菓子の給仕は付き物だ。しかしこのサロンという場には侍女の姿はなく、壁際の長机に山盛りの菓子が並べられている。小さく切り分けられたチョコレートケーキに一口大のシュークリーム。蔓籠に盛られたクッキーに、大振りの銀皿には色とりどりの果実。長机の端には未使用の食器が並べられているところを見るに、このサロンという場所は好きな菓子を自由に食べて構わないようだ。さらに別の長机にはティーポットに注がれた紅茶とコーヒー、透明な水差しには数種類の果実水が注がれている。食べ放題に加え飲み放題だ。
 ゼータは磨き上げられた白皿に菓子を盛り、果実水を手に丸テーブルへと戻った。席に着き、ダイナとラガーニャに会話を向ける。

「ダイナ様とラガーニャ様は以前から懇意にされているのですか?」
「懇意と言うほどではありません。バルトリア王国南部に位置する11の小国は同盟を結んでおり、数年に一度は国王の往来があります。私とラガーニャ様は国王の訪問に供を致しますので、互いに顔を合わす機会はありましたが、こうして2人きりでお喋りをするというのは初めてのことです」

 ゼータの問いに答えるダイナは、優雅な仕草で紅茶を口に運んだ。アメシスも物腰の丁寧な男であったが、妃であるダイナも話し方や仕草は柔らかだ。凛と背を伸ばしカップを持つ姿は美しく、彼女の纏う衣服が煌びやかなドレスであったならばさぞかし絵になることだろう。

「国王方も楽しそうだ。こうして一同が会する機会はそう多くはないからな。例え相見る機会があったとしても、公式の場では自由に言葉を交わすことは叶わない。このサロンという場は非常に良い。我が国の王も参加できれば良かったのだが」

 上品な仕草のダイナとは対照的に、ラガーニャは姿勢も仕草も粗野だ。褐色の脚は机の下で堂々と組まれ、テーブルに肘をついて茶を啜る。初めに妃であるとの自己紹介を受けていなければ、王の護衛の者かと勘違いをするところだ。相反する容姿の妃2人を交互に眺めながら、ゼータは果実水を口に運ぶ。そこではたと、ラガーニャの言葉に疑問を抱く。そういえば先ほど挨拶を交わした国王らの中に、オズトの国王はいなかった。

「オズトの国王殿はどうされました?お姿が見せませんが。客室でお休みですか?」
「いや、うちの王は不参だ。国内に現れた魔獣の討伐に嬉々として向かい、脚に傷を負ったんだ。さして酷い傷では無いのだが、道中の危険を鑑みて今回は留守番となった。重要な式典の前だというのに、あの阿呆が」

 一国の王を阿呆と評するラガーニャに、ゼータとダイナは苦笑いだ。

「王が留守番で妃だけ出席というのも中々勇気がいりますよね。やはり今後のバルトリア王国との関係を考えての決断ですか?」

 ゼータの問いにラガーニャはふむと考え込む。ラガーニャの目の前には菓子で山盛りの皿が置かれており、脇にはすでに空となった3枚の白皿が重ねられている。ゼータが到着する前に、かなりの量の菓子を楽しんだようだ。

「バルトリア王国との関係如何というよりは、ドラキス王国の国王殿の参加が大きいな。強靭なドラゴンの王と良い関係を築きたいとは歴代国王共通の願いであったが、今まで謁見の機会を設けられずにいた。秩序の無い国に行く手を阻まれていたのだから致し方ない」
「へぇ…そうだったんですね」
「我が国だけではない。バルトリア王国が平和な国であれば、その国土を通り抜けてドラキス王国との交易を行いたいとの思いは同盟国の皆が大なり小なり抱いている。神国ジュリの国王殿もそうであろう?」

 ラガーニャの問い掛けに、ダイナは頷いた。フォークを握り締めたままのダイナの目の前には、やはり菓子で山盛りの白皿。丸テーブルの端には2枚の空皿が重ねられている。

「アメシス様は、初めこの即位式への参列を断るつもりだったのです。しかし不参列の上手い言い訳を思いつかずに返事を先延ばしにしていた所、黒の城より追っての文が届きました。文の内容は、ドラキス王国の王と王妃の参列が決まったというもの。その文を受けて、アメシス殿は即位式への参列を決めたのです。この機会を逃せば、次にレイバック様とお会いできるのはいつになるかわかりません」
「オズトの国王も一度は不参列の意を返した。しかしレイバック王の参列の連絡を受けて、意を翻したんだ。我ら小国がドラキス王国との交易を望んでいる事は、フィビアス女王にも知れていたのだろう。有難い連絡ではあったが、手のひらで転がされているようで何とも気分が悪い。結局うちの阿呆はいらぬ怪我で不参列となったが、こうして私一人が駆り出される始末だ」

 ラガーニャは溜息をつき、褐色の首元を指先で掻く。
 11の小国がドラキス王国との国交を望むのであれば、バルトリア王国の国土を通り抜ける他に道はない。凶暴な魔獣が繁殖するバルトリア王国を通り抜けての交易は不可能、というのは現在に至るまでの常識であったが、彼の国が平穏の地となるならばその常識は覆る。道が整備され魔獣の盗伐が開始されれば、バルトリア王国を中継地点としての交易は十分に可能となるのだ。ならば即位式参列を通してレイバックとの繋がりを作ることは、小国にとって非常に有益だ。道中の危険を冒しても参列する意味はある。

「側近の中には、アメシス様の即位式参列に反対する者もいたのです。道中の危険もありますが、王座につく者がサキュバスでしょう。我が国にサキュバスはおりませんが、非常に狡猾的な種族であると知れています。即位式にかこつけて、小国にとって不利な条約を結ばされるのではないかと心配しているのです。しかしレイバック様のご参列を聞き及び、一同意見を翻しました。ドラキス王国は魔族と人間が等しく暮らす国。平和を愛し差別とは無縁のレイバック様が、我らが不利な条約を突き付けられることを黙認するはずがありません」
「…何だかとても期待されているんですね。大丈夫かな。私が言うのも何ですけど、レイバック王は平和主義者ではないですよ。結構気分屋だし、好戦的な一面もあるし…」

 千年余り安定した国家を築いてきたレイバックだが、その建国の歴史は穏便とは言い難い。旧アダルフィン王の首を獲り、ジルバード王宮に存していた側近と官吏を皆殺しにした。側近と官吏を実際に手に掛けた張本人はゼータであるが、そうするように指示した者は他の誰でもないレイバックである。さらに王宮の在籍者だけに留まらず、レイバックは王国内集落の首長らを選別して回った。無能と判断した首長は容赦なくその首を討ち、新たな賢者を首長の座に据えたのだ。レイバックが旧アダルフィン王側につく者の首を落としたのは治世における無駄な争いを避けるためではあるが、自らの独断で命の選別を行ったことに変わりはない。穏便と程遠い、血生臭い建国の歴史である。
 それがドラキス王国現国王の治世の在り方だ。普段は温厚な王でありながらも、不要と判断した家臣に対して容赦はしない。独裁者的な一面を持ち合わせている。ただ彼が独裁者と呼ばれずにいるのは、民に剣を向けることがないからだ。忠誠を誓った官吏や、責任ある立場の人物を独断で罰することはあれど、それ以外の民には自由を許している。王に治世に対する反対の声や反乱の意志を、武力や法律で押さえつけることはない。
 レイバックは、平等を愛し弱者を庇護する慈愛に満ち溢れた王ではない。妃2人の期待にまごつくゼータであるが、対するダイナとラガーニャは朗らかに笑う。

「獣の血を引く王が温厚であるとは考えていない。オズトの王は獅子の血を引くが、戦があると聞けば駆け付ける血の気の多さだ。我らがレイバック王に求めるものは、庇護ではなく威嚇である。その気になればただの一個体で黒の城を落とすドラゴンの王。彼がそこにいるだけで、サキュバスの女王に対する威嚇になるだろうよ。他国を卑下するような発言や条約の押し付けをすることはあるまい」

 からからと笑うラガーニャは、さて、と少し離れたところにある王の輪を眺め入った。

「オズトの王の代理である以上、私もレイバック王に顔程度は覚えてもらわねば遥々来た意味がない。しかし王の輪に突っ込んで行くというのも中々勇気がいる…」

 ラガーニャの視線の先では、レイバックがアメシスとの談笑を楽しんでいた。黒の城への滞在期間を無事に過ごすためにも、今後の交易のためにも、大国であるドラキス王国との繋がりを作りたいのはどの国も国王も同じだ。皆各々会話を楽しみながらも、ちらちらとレイバックに向けて視線を送っている。会話の相手が不在となれば、すぐにそこに身体を滑り込ませるつもりなのだろう。代理とはいえ正式な王ではないラガーニャが、彼らの輪に入り込むというのも確かに勇気のいることだ。
 眉間に皺を寄せ、立ったり座ったりを繰り返すラガーニャ。見かねたゼータはこう提案する。

「ラガーニャ様。もし宜しければ夕食をご一緒しませんか?私とレイバック王はサロンで夕食をとるつもりですから、足を運んでいただければ対話の席は設けられますよ」
「それはありがたい提案だが、宜しいのか?王と妃の夕餉に邪魔者がいることになる」
「レイバック王も小国の皆様との対話を望んでいます。オズトはかなりの武力を持つ国家と伺っていますから、良い関係を築きたいという思いはドラキス王国側も同じです。ラガーニャ様は剣技がお得意なのでしょう。レイバック王も剣を持ちますから、話は合うと思いますよ」

 そう告げて、ゼータはラガーニャの腰元を見下ろす。今そこに剣は無い。レイバックもゼータも護身用の剣を持ち合わせているが、他国の王が入り乱れる場に武器を携帯するのは不敬と考え、かばんの底に入れ自室に置いてきたのだ。他国の国王らの中にも武器を持つ者はおらず、皆同様の判断をしたと推測できる。ゼータの提案に、ラガーニャは黒茶色の眼を瞬かせる。

「失礼だが、私が剣を使うという事はどこで耳にされた?ドラキス王国とオズトでは、民の往来はないはずだ」
「民の往来はなくとも、バルトリア王国の人々はオズトについて多少の知識を持ち合わせているでしょう。バルトリア王国から入国した人々を当たって、小国地帯の情報を集めているまめな人がいるんです。とは言っても、ラガーニャ様が剣技を嗜むという事を聞き及んだのはたまたまです。名前程度しか知らない国王も多数いらっしゃいますよ」

 ゼータの脳裏に浮かぶのは、悪魔の笑みを称えるメリオンの姿だ。ゼータがこうして滞りなく妃の茶会を楽しめているのはひとえに彼のおかげである。神国ジュリと獣人国家オズトの王が妃を迎えているという情報は、メリオンの講義資料に書かれていた。その名前と容姿の情報もだ。もし何の前情報もなくこの場に来て、国名や人名など与えられる情報を次から次へと頭に叩き込まねばならないとすれば、ゼータは和やかな会話どころではなかっただろう。たった2人とは言え、初めて知った名前を会話に織り込むというのは労力を使う。ただでさえゼータは、人の名前と顔を覚えることは得意ではないのだ。

「ゼータ様。私も夕餉にご一緒しても宜しいでしょうか」

 和やかな笑みを浮かべるダイナが、いそいそとゼータに肩を寄せた。

「構いませんが、アメシス殿も同席されるという事ですか?」
「いえ、アメシス様が同席してはレイバック様の話し相手を取られてしまいます。別席に致しましょう」
「…それは気の毒では」
「サロンで夕食を取る国王は他にもいらっしゃるでしょうから、誰かしら話し相手はいるはずです。妃3人に囲まれるレイバック様を、指を咥えて見ていれば良いのです」

 ダイナの物言いにゼータはぽかんと口を開けた。ラガーニャはオズトの国王を阿呆と言い放ったが、ダイナとアメシスも気安い関係を築いているようだ。ゼータが食事の最中にうっかり「レイ」と呼び掛けてしまっても問題はなさそうである。

「それは良い。ダイナ殿がいれば私も心安い。遠慮なく夕餉にご一緒させてもらおう」
「楽しみにしております。アメシス様も同席したいと言い出すでしょうから、うまく言いくるめておきますわ」

 3人の妃の笑い声が響き、和やかな茶会は続く。
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