【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

サロンでの出会い-1

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 バルトリア王国を中心として地図を作れば、ドラキス王国は北方に位置する。西方は広大な海洋に面し、東方は山脈に行く手を阻まれる。そして南方はと言えば、俗に「11の小国地帯」と呼ばれる地域と国境を面しているのだ。11の小国地帯には神国ジュリを始めとし、人口が数千から数万程度の小さな魔族国家がひしめき合っている。国家間の正式な国交はなくとも、バルトリア王国南方部に位置する集落では、これら小国地帯と細々とした交易を行っている。また荒れ果てた国土に見切りをつけ、小国地帯へと移住を決めたバルトリア王国の民は数知れない。王不在の時代においても一定の交易が続けられていたのだから、当然この度の即位式には小国地帯の国王らが招待されている。広大なバルトリア王国の国土に道を阻まれ、建国後千年を超えてもなおまともな交易が叶わなかった11の小国地帯。これらの国々の国王と顔を繋ぎ、友好関係を構築することが、即位式参列に付随するレイバックの大きな目標である。

 客室を出たレイバックとゼータは、客室階の上階に位置するサロンへと赴いた。開け放たれた扉をくぐれば、部屋の中は趣のある空間だ。床一面に敷き詰められた藍色の絨毯の上に、年季の入った4つの丸テーブルが等間隔に並べられている。丸テーブルに添えられる物は、同じくらい年季の入った木造りの椅子だ。それから部屋の四隅に置かれた鉢植えに、古びた書物の詰め込まれた書棚。絹地の薄カーテンをぶら下げた3つの大窓。天井にぶら下がる小ぶりのシャンデリアに、塗りたての壁に並ぶたくさんの絵画。広々としたサロンの内装は、ポトス城王宮の応接室に相違なくよく整えられている。

 マギの言葉の通り、サロンには他国の国賓と思しき人物が多数滞在していた。そのほとんどが椅子に座ることなく、丸テーブルの傍らで思い思いに談笑している。11の小国地帯と一括りに呼ばれるくらいなのだから、これらの国々は当然相応の国交を行っているのだ。国王同士も打ち解けた関係を築いており、ただ一つ遠国から赴いたレイバックとゼータは言わば部外者。内輪の雰囲気を感じ取った2人は、サロンの出入り口付近ではたと足を止める。
 レイバックとゼータが再び歩みを進めるより先に、集団の一人がレイバックの元へと歩み寄った。光の当たり具合によって紫紺に煌めく髪、同じ色合いの紫紺の瞳。人間で言えば30歳前後と見えるその青年は、レイバックの目の前で歩みを止めると恭しく一礼をした。

「神国ジュリのアメシスと申します。ドラキス王国のレイバック国王殿、貴方にお会いできる日を待ち望んでおりました」

 神国ジュリ、バルトリア王国南方に位置する11の小国の中で最も大きな国家である。精霊族と妖精族の住む国で、民の中には神の力と言うに等しい不思議な魔法を使う者も多いのだという。レイバックを除けば、アメシスがこの場の最たる権力者ということだ。気が付けばアメシスの背後には、談笑に興じていたはずの国王らが勢ぞろいしている。皆初めて見(まみ)えるドラキス王国の王と王妃に、興味津々という様子だ。

「アメシス殿、我が国の知者より噂は兼ねがね聞いている。貴殿と顔を合わせた今日の日を、2国の友好関係構築の記念日としたいものだ」
「嬉しいお言葉でございます」

 述べる言葉は社交辞令ではなく、2人の国王はしかと手のひらを握り合った。2,3言葉を交わした後、アメシスの視線はゼータへと向く。

「初めまして、ルナ様。ご結婚の噂は方々からお聞きしております」

 ゼータは差し出された手を握る。刀を握るレイバックの硬い手のひらとは違う、細く柔らかな手だ。

「アメシス様、お会いできて光栄です。実はルナという名は愛称で、本名はゼータと言います。本名で呼んでいただけると幸いです」
「愛称…ですか。失礼ですがどのような理由で愛称を名乗られているのですか?」

 アメシスの手はゼータの手のひらを離れ、代わりに探るような視線が向けられる。対外的に名乗られた王妃の名が、本名と異なるなど通常であれば有り得ない。場合によっては替え玉を疑われても致し方のない事態だ。もちろん王妃の名を訂正するゼータの側に悪意はないが、複雑な事情をいかにして説明するべきか。ゼータがルナの名を名乗るようになった経緯は複雑で、一言二言での説明が可能な代物ではない。惑うゼータに、レイバックが助け舟を出す。

「ルナとはドラキス王国建国に力を貸したとされる女神の名だ。実在する者の名ではないが、民の間で伝承的に語り継がれている。何せ千年以上も不在であった王妃だ。民に少しでも親しみを持ってもらおうと思い、皆の良く知る女神の名を借りたという経緯だ」

 レイバックの言葉は偽りでは無いが真実でもない。真実を語るのであれば「ドラキス王国建国に力を貸したゼータが建国と当時にレイバックの元から姿を消し、その存在だけが民の間に語り継がれルナという愛称で親しまれてきた。そしてロシャ王国のメアリ姫との婚姻を断りたいレイバックがゼータへ偽の婚約者の依頼を出し、その時にゼータは特に深い理由もなくルナという名を名乗った。結局ゼータは無事王妃という立場に収まることとなり、王妃の名はルナのまま民に告知がされた。その後王宮関係者はルナの正体を知ることとなるが、混乱を避けるために民に向けた追手の告知はなされなかった。即ちドラキス王国の民でさえ未だに王妃の名はルナであると信じており、囁かれる噂も然り」という内容が正しい。しかし話が複雑になるためレイバックは割愛を選んだようだ。

「なるほど、女神の名ですか。理解致しました。疑うような質問をして申し訳ありません」
「構わん。民の間ではルナの名が知られているが、王宮内ではゼータの名で通っている。今後の外交上情報の齟齬があっては困るからな。この場では本名を名乗らせてもらう事にした」

 アメシスが表情を笑みに戻したことにより、場には和やかな雰囲気が戻ってくる。レイバックは小国の国王方と次々と握手を交わし、細やかながらも初対面の会話を交わす。目まぐるしく入れ替わる会話の相手に、ゼータは泡だて器で脳味噌を掻き回される心地だ。しかし激しく混乱することはない。というのも11の小国地帯の国王の名は、メリオン手製の事前資料に記されていた。今各国の国王らの名乗る名は、ゼータの記憶する名前に相違ない。各国の地理、特産品に至るまでの情報を余すところなく暗記させられて来たのだから、雑談を交わすに不自由もしない。顔面に愛想のよい笑顔を張り付けながら、ゼータの心中はメリオンに対する謝辞謝礼の嵐だ。
 一通りの挨拶を終え、国王方は丸テーブルの傍へと会話の場を移す。レイバックの傍らにはすぐさま竜族国家の女王が身を寄せて、飲み物片手に談笑が始まった。話し相手をなくし一人佇むゼータの耳元に、アメシスがそっと顔を寄せる。

「ゼータ様。あちらの席に私の妃がおります。共に座る者も別国の妃ですから、妃3人仲を深めるのも宜しいかと存じますよ」

 そう言ってアメシスが視線を送る先には、確かに2人の女性の姿があった。国王の輪からは少し離れたところで、丸テーブルを囲み優雅な茶会を開催している。そして茶菓子をつまむ傍らで、ゼータに向けてちらちらと視線を送るのだ。妃同士の茶会に誘い込みたいが、国王の輪に吸い込まれたゼータに声を掛けることは躊躇われるといった様子である。

「そうします。アメシス様の妃は、ダイナ様でいらっしゃいましたよね?」
「その通りです。よくご存じで」

 アメシスの助言に礼を述べ、ゼータは茶会の会場へと足を向けた。近づいてくるゼータの姿を目視した2人の妃は、どちらともなく席を立つ。

「初めまして。ドラキス王国王妃のゼータです」

 ゼータがまず握手の手を差し出したのは、銀色の髪を持つ淑やかな女性だ。ゼータよりも拳1つ分短身であるその女性は、優美な動作で右腕を持ち上げる。

「初めまして、ゼータ様。私は神国ジュリの王妃、ダイナと申します」

 ダイナと名乗るその女性は、先ほどゼータが言葉を交わした神国ジュリの国王アメシスの妃だ。握り込んだ手のひらは大福のように柔らかで、5つの丸爪はガラスのように磨き上げられている。よく手入れのされた銀の髪も黒子一つない柔肌も、王妃の名に相応しい。ただ一つ難を上げるとすれば、ダイナの纏う衣服がいささか質素であることか。紅茶色のワンピースは形こそ愛らしいが、目立った装飾は胸元に縫い付けられた3つの貝釦だけ。滑らかな布地に刺繡はなく、輝く玉飾りも縫い付けられてはいない。さらに言えば、ダイナは宝飾品の類を何一つ身に着けてはいなかった。銀色の髪を括る物は、生糸を寄合わせただけの有り触れた髪紐。華奢な首元にも手指にも、輝く宝石は何一つ見当たらない。ダイナの装いが質素である理由は、説明されずとも想像が付く。彼女はゼータと同じく、命の危険が伴う旅路を終えたばかりなのだ。魔獣や盗賊との相対が避けられぬ旅路となれば、動きやすさが第一。見た目の美しさは二の次である。
 ダイナとゼータが握手を終えたとき、残された一人の女性が待っていましたとばかりに声を上げた。

「獣人国家オズトの王妃、ラガーニャと申す。どうぞご懇意に」

 ラガーニャと名乗るその女性は、武人に等しい様相である。黒茶色の髪は刈り上げるほどに短く、身に纏う衣服は獣の革を継ぎ合わせた革鎧だ。胴体周りを覆うだけの簡素な鎧からは、光沢のある褐色の手足が伸びる。籠手や脛当を身に着けてはいるが、惜しげもなく晒される太腿と二の腕は魅惑の賜物だ。ラガーニャもまた、ごくごく一般的な妃の装いには程遠い。そこに旅人の装いのゼータが加わり、妃3人の茶会が再開される。
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