【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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荒城の夜半に龍が啼く

双子の侍女-1

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 湖畔の街リーニャを発ったレイバックとゼータは、およそ1時間の飛行の後に黒の城城下へと辿り着いた。眼下に臨むはリーニャよりも遥かに大きな街並み。見渡す限りに広がるその街並みは、色彩豊かなポトスの街とは対照的にくすんだ色合いだ。通りに引かれた石畳は黒に近い灰色で、通りに面する建物の屋根も壁も黒く煤けている。崩れかけた建物の立ち並ぶ貧民街(スラム)と思しき通りも多い。たくさんの人で溢れ、活気に満ちた黒の城の城下。しかしその外観は平穏には程遠い。黒の街、ゼータの脳裏にふとそのような言葉が過る。
 退廃的な街並みの中心には、巨大な城塞があった。例えるならそれは、暗晦の海洋にぽっかりと浮かぶ小島だ。強固な外壁で囲われた城塞の内側には巨大な古城が聳え、高度を落とすにつれてその風貌が明らかになる。くすんだ白壁に黒の屋根をのせた荘厳な城。城全体の色合いで言えば白色の面積が広いはずなのに、整然と並ぶ窓が光の反射で黒く見えるために城全体が酷く陰鬱に見える。城を囲う城壁を形作るものは黒に近い灰色の石で、城下から見上げるこの城は確かに「黒の城」と呼ぶに相応しい風貌であろう。

 緋色のドラゴンは黒の城の上空で高度を落とし、着陸地点となる場所を探した。黒の城の官吏より指定された着陸地点は、黒の城の南棟屋上。しかし南棟と呼ぶ場所があるのだから、当然巨大な城塞の内側には無数の建物が乱立している。一体どれが南棟と呼ばれる建物であるか、上空からでは見当もつかないのだ。ドラゴンは金色の眼を左右へと動かし、城の上空を旋回しながら着陸場所を探す。

「レイ、あそこです。大きな長四角の建物。屋上に人が立っています」

 ゼータは眼下にある建物の一つを指さし、叫ぶ。城塞の南側に位置するその建物の屋上には、確かに数人の人の姿があった。ゼータの指示は無事ドラゴンの耳に届いたようで、1人と一頭は旋回しながら徐々に高度を落とす。
 ドラゴンは何度かやり直しを重ね、無事南棟の屋上に着陸した。巨大なドラゴンが着陸するにはいささか手狭な場所であるが、幸いなことにもゼータがドラゴンの背から弾き落とされることはない。これも全てメリオンの配慮によるものである。ドラゴンの背から滑り降りながら、ゼータは心の中でメリオンに対し繰り返し謝辞を述べるのである。
 ゼータが鞍に括り付けた2つの旅行鞄を地に下ろしたとき、ドラゴンは人へと姿を変えた。吹き付ける強風に上着の身頃を押さえる2人の元に、数人の人が近づいてくる。集団の先頭に立つ者は、藍色の髪の女性だ。長い髪を優雅な仕草で耳に掛け、悠然と歩む艶やかな女性。年の頃は、人間で言えば20代中盤というところだ。

「レイバック国王殿、ゼータ王妃殿。貴方方の来訪を心よりお待ち申しておりました。この度バルトリア王国の主となりましたフィビアスと申します」
「出迎え感謝する。貴殿の即位を祝福しよう」

 レイバックとフィビアスは向かい合い、握手を交わす。触れ合う手のひらはすぐに離れ、フィビアスの視線はゼータへと向く。

「ゼータ王妃殿、ようこそ黒の城へ」
「初めまして。この度のご即位、真におめでとうございます」

 ささやかな握手。
 2人の国王が二言三言と言葉を交わす間に、ゼータはフィビアスの容貌を観察した。湖畔の街リーニャで出会った情報屋は「厳つい」を絵に描いたような男であったが、フィビアスは「艶やか」を絵にしたような女性である。腰まで伸びた藍色の髪は緩やかなウェーブを描き、ぱっちりと大きな2つの瞳も髪と同じ藍色。白い肌に紅の唇がよく映える。顔立ちの美しさに加え、さらに目を引くものは豊満な肢体だ。肩の露出した黒のドレスには、胸の中央に大きな切れ込みが入っている。フィビアスに相対する者は、まず間違いなくその豊かな胸元に視線が落ちることであろう。胸元だけではなく身体全体の肉付きも良く、貧相の代名詞であるゼータが真横に並べば体格は天地の差だ。艶やかを纏う女性は、鈴音の声音でこう告げる。

「私の即位のために遠路遥々お越しいただいたこと、真に嬉しく存じます。ぜひとも旅路のお話を伺い所ではありますが、城の門前に続々と他国の王が到着しておりますゆえ。積もる話は後程お聞かせくださいませ。黒の城に滞在される国賓の方々には、一名ずつ傍仕えの侍女を付ける手筈となっております。城の設備や滞在中の日程については侍女らにお尋ねくださいませ。では私はこれにて」

 忙しなく言葉を終えたフィビアスは、ドレスの裾を摘み上げ一礼をする。頬に垂れる藍色の髪が、風に吹かれて四方に揺れる。屋上端の階段室へと消えて行くフィビアスの背を、レイバックとゼータは無言のままで見送った。出迎えに同席した数人の官吏もフィビアスと共に去り、場に残された者は揃いの服を纏った2人の侍女だ。

「レイバック様、ゼータ様。客室へご案内致します」

 そう告げる者は侍女の一方だ。顎の長さで切り揃えられた髪は、黄金を思わせる見事な金色。陶器のような白肌に、形の良い小鼻と唇がある。整った顔立ちの女性であるが、しかし目元の様子を伺い知ることはできない。黒く染め上げられた麻布が、女性の眼部をしっかりと覆い隠しているからだ。残されたもう一方の侍女も同様で、人形のような面立ちの一部を黒布が覆う。揃いの侍女服を纏い、揃いの黒布を顔面に巻き付けた2人の侍女は、背格好も顔の作りもよく似ている。唯一異なる場所は、顎の長さで切り揃えられた髪色だ。初めに言葉を発した侍女が金色の髪を有しているのに対し、もう一方の侍女は銀の髪を持つ。髪色の違う双子の侍女だ。
 2人の侍女は同時に腰を折り、レイバックとゼータの旅行鞄を持ち上げた。眼部を布で覆い隠されているとは思えない、淀みのない動作だ。内側からは外の景色を見ることができる特殊な布であるのかと、ゼータは金髪の侍女の顔面をしげしげと眺める。同様の疑問を抱いたようで、レイバックも銀髪の侍女の顔面に熱視線を送っている。レイバックの手荷物を両腕で抱え上げ、銀髪の侍女はにこりと微笑む。

「申し遅れました。私はロコと申します。金の髪はマギ。どうぞ気安くお呼びくださいませ」

ロコの言葉を、金髪のマギが引き継ぐ。

「お気づきのことと思いますが、私達は双子です。種族はメデューサ。目元を布で覆い隠しているのは、メデューサ特異の技を封じるためでございます。私達の眼を見た者は、種族を問わず石と化します。この技の発動に私達の意思は関わりません。術を掛けたいと願わずとも、私達と目を合わせた者は例外なく石となる」

 マギは目元を覆う黒布を指でなぞる。うっかり石にされては大変と、ロコの顔面から視線を逸らすレイバック。しかしゼータはと言えば、布で覆われたマギの眼部を殊更まじまじと凝視するのだ。

「目元が隠れていても辺りの様子がわかるのですか?」
「メデューサには蛇の血が混じっております。周囲の様子は、温度で感知することができるのです。人々の表情までは分りませんが、城内の移動や洗濯、炊事に不便はありません」
「石と化した生物は元には戻らない?」
「いえ、時が経てば戻ります。命を奪う技ではありません」
「石になっている間は、意識は保たれますか?」
「…どうでしょう。石にした相手とまともに話した経験はありませんから」
「そうですか…あの、差し支えなければ」

 言い掛けたゼータの肩を、レイバックが叩いた。頼むから試しに石にしてくれなどと言うなよ。無言の圧力を受けて、ゼータはしぶしぶ口を閉ざす。千年来の付き合いとなる友の性分を、レイバックはよく理解しているのである。
会話が一区切りしたところで、4人は階段室へと向かって歩を進めた。突風吹き乱れる屋上をいくらか歩き、辿り着いた階段室の扉をマギの手が開く。重たい鉄の扉の向こうに佇むは、下階へと続く長い階段だ。

「客間は建物の4階に位置しています。屋上は7階の上部に位置しておりますから、4階分の階段を下っていただくことになります。ご容赦を」
「俺の住まいは王宮の6階だ。階段の上り下りは慣れたものだ」

 レイバックの言葉に、狭い階段室にロコとマギの笑い声が木霊する。30段に及ぶ長い階段を下りた先は、石造りの廊下の一角であった。長く伸びた廊下の左右には同質の扉が立ち並び、無味の天井には等間隔に灯りがともる。廊下の壁に絵画や装飾品の類はなく、無機質という言葉がよく似合う空間だ。
 ロコの手が、屋上へと続く階段室の扉を閉めた。次いで腰紐に結わえた鍵束から、古びた一本の鍵を取り上げる。施錠の様子を傍らで眺めるゼータは、ふとロコのうなじに痣がある事に気づく。衣服の襟に隠れ痣の全てを見る事はできない。しかしそれは物をぶつけてできたような痣ではない。真っ新な紙に判子を押し付けたような、不自然に鮮明な痣だ。ゼータは無意識に、ロコの隣に立つマギの項に視線を走らせる。そこにも同様の痣がある。衣服の襟に隠されたロコの痣とは対照的に、マギの痣は全貌が外気に晒される。赤黒い痣は花を形作っていた。6枚の細身の花弁、百合の花によく似ている。双子の首筋に浮かぶ百合の痣。

 階段室の扉を閉め、一行はロコの先導で進む。人気のない廊下を歩き、それから先は延々と続く階段だ。床の掃除こそ行き届いているものの、階段室の様子は綺麗とは言い難い。石でできた壁に絵画等の装飾品は掛けられておらず、罅割れたランタンが石灰色の壁床を照らすだけ。毎日侍女が花瓶の花を入れ替える、ポトス城王宮の階段室とは似ても似つかない。石壁に反射する4人分の足音に耳済ませながら、レイバックはロコに問いを向ける。

「人の姿がないが、他の侍女や官吏はどこにいる?」
「明後日の式典準備のため別棟に籠っております」
「黒の城はいくつかの棟にわかれているのか」
「左様です。今私たちがいる棟は南棟。下階は官吏が政務を行う区域で、4階より上は客間や物品庫となっております。東棟が官吏と侍女の生活区域、西棟が王と七指の生活兼政務区域です。七指とはバルトリア王国に置いて王の次に力を持つ7名の総称でございます。王が不在の時代は彼らが国を治めておりました。北棟は儀式棟と呼ばれ、教会を模した巨大な建物です」
「明後日の即位式は北棟で行われるのか?」
「ええ。大半の侍女と官吏は現在この北棟に籠っております。なにせブルタス前国王が斃れた後1200年の間まともに使われなかった建物です。修繕と掃除に思いのほか手間取っておりまして」

 レイバックとロコが応答を繰り返すうちに、4階分の階段を下った。辿り着いた南棟の4階部分は、他の階と相違なく長い廊下が伸びる。そして廊下の左右には、真新しい扉が等間隔に並んでいるのだ。ロコの先導で、4人は長い廊下を最奥まで続く。そしてそこにある横並びの扉の前で足を止めた。

「お部屋は2部屋ご用意しております。レイバック様は左側のお部屋へ、ゼータ様は右側のお部屋をお使いください」

 ロコが向かって左側の扉を開け、同様の動作でマギが右側の扉を開ける。レイバックは迷うことなく左側の扉をくぐるが、ゼータは廊下に立ち竦んだまま思い惑う。黒の城内部でレイバックを単身にするなとメリオンは言った。その忠告を忠実に守るのならば、今この場においてもレイバックに張り付くべきか。しかし必要以上に行動を共にする理由を、傍仕えであるロコとマギには何と説明すればよい。足踏みをしながらも一向に客室に立ち入ろうとしないゼータ。傍目に見れば奇妙な挙動を、マギは快く解釈したようである。

「ゼータ様。初めて訪れる城で、一人になることは不安でしょう。事務的に1名に1室を宛がっただけでございますから、客実は自由に移動なさって構いませんよ。ただ客室内は空間も設備も限られておりますから、城からの貸出品はそれぞれのお部屋に運び込んでおります。今一度客室にお立ち入りいただき、物品の置き場所にだけ耳をお貸しくださいませ」

 そう説得されてしまえば、ゼータに返す言葉はない。左側の客室に多少の気掛かりを残しつつも、ゼータは大人しくマギの開ける右側の扉をくぐるのだ。女王フィビアスは今、他国の国賓を迎えるために城門へと下りている。侍女しかいない空間ならば、そこまで神経質になる必要もない。
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