【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく

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十字架、銀弾、濡羽のはおり

悪魔の宴-4

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 宴の目的である「レイバックより賜りし高級酒」が開栓されたのは、開宴より1時間が経った頃のことであった。ザトのコレクションである猫型の栓抜きにより開栓された酒瓶は、すでに酒気帯びる室内に香しい芳香を放つ。ちゃぶ台にのせられた4つのグラスに注がれる葡萄酒は、人の血液を思わせる見事な深紅。吸血の愉しみを思い出したためか、メリオンの舌先が薄い唇を舐める。

「それでは皆の衆。偉大なるレイバック国王殿より賜りし500年物の葡萄酒だ。言うなればこれは神より賜りし御酒。これより執り行われるは神聖な儀式である。心して嗜みたまえ。乾杯」

 ザトの音頭により、4人はグラスを打ち鳴らした。乾杯の音頭が少々大袈裟であるのはご愛敬。場の仕切り役であるザトは、多量飲酒によりすっかり出来がっている。山猿のごとく顔面を明らめるザトを筆頭に、各人は神聖なる御酒を口に運ぶ。

「美味い」
「美味いな」
「流石500年物、味の深みが違います」

 深紅の葡萄酒を舌先で転がし、各々御酒への賛美を述べる。場の3名が目を閉じ薫香の余韻に浸る中、ただ一人はてと首を傾げる者はゼータだ。

「メリオンに貰ったお酒の方が、美味しかったような気がしますけれど…好みの問題ですか?」

 国王より賜りし有難き神酒、人生で2度は嗜めぬ高級酒。金銀財宝に勝る至極の一品に向けられるまさかの辛口評価に、他3名はがっくりと肩を落とす。舌打ち混じりに口を開く者は、毒舌担当メリオン。

「お前は阿呆か?万人向けに醸造された葡萄酒が、各種族の舌に合わせた酒に敵うはずもあるまい」
「あ、そうなんですか?じゃあ私の舌がおかしいわけではないんですね」
「この葡萄酒がポトスの街で絶大な人気を誇るのは、いかなる種族の舌をも満足させる逸品であるからだ。悪魔族に吸血族、人間。3種の種族が同様の酒を飲み、同様の好味を感じることができる。それがこの葡萄酒の価値だ。方や俺がお前に授けた酒は、悪魔族の舌を満足させることに特化した品。お前とザトが飲む分には至極の一杯となり得るが、人間のクリスが飲めば下水にも劣る品物だ。この程度の常識を知らずして酒好きを語るな、痴れ者めが」
「…すみませんねぇ。酒は飲む専門なんです」

 魔法、魔獣、魔導具等々「魔」のつく物に関しては手当たり次第書物を読み漁るゼータであるが、酒はもっぱら飲酒専門。クリスのように土地の酒を買い漁ることもなければ、メリオンのように酒に関する知識を蓄えることもない。値段、製造方法に関わらず美味ければそれで良し、というのがゼータの流儀である。しかしその流儀がメリオンの気分を害したようで、ポトス城の紳士と名高い男は猛虎のごとく牙を剥く。怒り任せに首筋に噛みつかれては大変と、ゼータは両手のひらで首元をしっかりと押さえる。

「メリオンさん、お酒の楽しみ方は人それぞれですから」

 そう言って猛虎を宥めるは、にこにこと穏やかな様子のクリスである。メリオンの右手に空のグラスを持たせ、自前の酒をとくとくと注ぐ。グラスを満たす透明な液体は、メリオン好みの大吟醸酒。さらにメリオンの唇がグラスの縁に触れた瞬間に、「後日別に講義の場を設けてはいただけませんか?僕、メリオンさんのお酒談議には俄然興味があります」などと猛虎を宥めすかす話術は見事なものだ。宴の主役である高級酒に辛口評価を下し、皆の反感を買うゼータとは天地の差である。しかし幸いにもメリオン以外の2名はゼータの辛口評価を不快とは感じていないようで、そういえば、と口を開くザトは変わらずご機嫌だ。

「悪魔族で思い出した。王が悪魔族祭の開催を熱望されている。ゼータ、俺とお前で第1回目となる悪魔族祭を企画しないか?」
「悪魔族祭…ですか。今年の枠はいつですか?」
「再来月だ。悪魔族祭に関しては予算請求を行っていないから、今からでは大掛かりな催しを行うことはできない。しかし例えささやかでも祭りを催すつもりがあるのなら、補助費より多少の予算捻出は可能との王のお言葉だ」

 毎月月末に開催される12の種族祭。種族長が中心となり各々の種族の特徴を生かした祭りが開催されるのであるが、例年悪魔族祭は未開催だ。未開催の理由は2つ。一つはドラキス王国に住まう悪魔族が極端に少ないこと。二つに国内の悪魔族には隣国バルトリア王国との往来を繰り返す者が多いこと。頻繁に棲家を変える流浪の民に、毎年決まった時期に祭りを催せというのも酷な話だ。

「どうだ。祭りの内容に関し、何か良い案はあるか?」

 ザトの問いに、ゼータは腕を組み考え込む。ドラキス王国建国時よりただの一度も開催が実現されていない悪魔族祭。国内の悪魔族が少数であることに加え、王宮に仕える悪魔族はザトの他にいない。国家のナンバー2たる手腕を以てしても、祭りの開催が困難であったという事実にも納得である。しかし悪魔族であるゼータが王妃となった今、王宮内の状況は好転した。祭りの内容に関し論議を重ねる相手がいれば、ザトとしても祭を催しやすかろう。王妃の名を使い、民の注目を集めることだって可能なのだ。長考の末に、ゼータは粛然と口を開く。

「王妃の魔法講演会」
「全く惹かれない」
「王妃のお勧め図書博覧会?」
「…誰が来るんだ。そんな糞つまらん催しに」

 折角の提案を汚物扱いとは酷いものである。膨れっ面のゼータは、一人大吟醸酒を嗜むメリオンに話題を向ける。

「吸血族祭も例年未開催ですよね。開催の当てはあるんですか?」

 悪魔族祭が未開催であるのと同様の理由で、吸血族祭も例年未開催である。毎年の種族祭の開催順は種族長総出のくじ引きによって決まり、年度の初日にはポトスの街の掲示板に「種族祭開催告知書」が張り出される。それぞれの種族祭の特記欄には祭りの内容が書き込まれる次第となっているのであるが、悪魔族祭と吸血族祭の特記欄に書きこまれるは朱書きの「未開催」毎年年度初めに2つの朱書きを目に焼き付けることが、最早民の恒例となっているのである。
 どのような退屈な内容であれ悪魔族祭が無事開催に至れば、残りの未開催は吸血族祭のみ。開催のあてはあるのかと気を遣って話題を提供したゼータであるが、返される答えは少しばかり意外なものだ。

「表向きは未開催であるが、例年身内の一部で催しはある」
「え、そうなんですか。初耳です。どんな祭りですか?」
「興味があるのなら連れて行ってやろう。丁度今月末だ」
「吸血族以外が参加しても良いんですか?」
「祭の参加者は例年30名ほど。そのうちの半数は多種族からの参加である。祭りの参加に制限は設けていないから、参加するつもりがあるのなら後日俺の私室に来い。会場の地図をくれてやる」
「わかりました」

 未開催と信じていた吸血族祭が、まさか開催に至っていようとは。参宴の約束を取り付けたゼータはうきうきと肩を弾ませる。吸血族祭開催の事実はザトですら認知していなかったようで、老猿を彷彿とさせる赤ら顔は驚きに満ちている。吸血族祭の話題が終息へと向かう中怪訝と眉を顰める者は、大吟醸酒の瓶を膝に載せたクリスだ。

「メリオンさん。吸血族祭ってどんな祭りですか?」

 クリスの問いに、メリオンは答えない。わざとらしく視線を逸らし、大好物の大吟醸酒を口に運ぶ。そういえば肝心の祭りの内容をまだ聞いていなかったと、ゼータはクリスに便乗する。

「メリオン、祭りの内容は?」

 2人分の視線を受けては、流石のメリオンも秘匿は貫けない。空のグラスをちゃぶ台の端にのせ、やれやれと肩を落とす。

「酒池肉林祭」
「えっと…つまり?」
「乱交パーティーだ」
「…い、行きません!」

 ゼータは叫び、クリスの背後へと身を隠す。吸血族の吸血行為には性的快楽が付き纏う。吸血族の性を鑑みれば、吸血族祭の内容が酒池肉林祭であっても責められる謂われはない。しかしその祭りに王妃であるゼータを誘い込んだとなれば話は別だ。ポトス城の紳士と名高い男は、やはり即刻断罪されて然るべき淫猥物である。

「おいクリス、余計なことを聞くな。本当に嫌な奴だな」
「今の僕が責められる会話でした?」
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