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十字架、銀弾、濡羽のはおり
2度目の精霊族祭-3
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意気込んでダンスの誘いを受けたミーアであったが、レイバックとの手のひらに触れた瞬間から緊張は最高潮だ。精霊族祭の開始以後何度か踊った曲であるはずなのに、身体は強張り上手く踊れやしない。レイバックの足先を踏む回数が3度目を数えたときに、ミーアはしおしおと謝罪を述べた。
「すみません…下手くそで…」
「気に病むな。俺の妃よりも上手い」
さらりと返されるレイバックの言葉は、謙遜ではない。ミーアがちらと視線を送った先では、不得手者ゼータが、クリスに引き摺られるようにしてダンスに興じていた。
「婚約者と喧嘩をしたと言ったな。仲直りの目途は立っているのか?」
曲の最中に、レイバックが問う。
「…まだです。私も彼も些細な喧嘩を根に持つ質だから、まずは距離を置いてお互いに頭を冷やさないとまともに話が出来ません。でも一度距離を置いてしまうと、今度は会うきっかけが作り難くて…」
「精霊族祭には、同行の約束はしていなかったのか?」
「していました。でも集合場所や時間は決めていませんでしたから、仲直りせずしての同行は不可能だったんです。喧嘩をしてからまだ日は浅いですし、彼は自宅でお酒でも飲んでいるんじゃないでしょうか。お祭り事はあまり好まない性格ですし…」
結婚式も、とミーアは心の中で呟く。話題提供はしたものの、レイバックはそれ以上ミーアの喧嘩話に物申すことはしなかった。次なる話題を探すように、周囲の人混みをあちこち見やる。ふとミーアは考える。ドラキス王国の王と王妃が婚姻の儀を執り行ったのは、今からおよそ1年半前のことだ。目の前のレイバックは言わば結婚式の先輩。1年半前のこととなれば記憶にも新しいであろうから、ミーアの抱える問題について有用な助言を頂けるやもしれぬ。話題提供も兼ねて助言を仰いでみようかと、ミーアはおずおず口を開く。
「レイバック様とゼータさんは、結婚式の準備段階で何か揉めたりはしましたか?」
「揉め事…と言うような出来事は記憶していない。何だ、婚約者殿との喧嘩は結婚式に関わることなのか」
「そうなんです。彼との間で、結婚式に対する意見がことごとく合わなくて」
ダンスに興じながら、ミーアは4日前に起こった諍いの一部始終を語った。盛大な結婚式を催したいミーアと、結婚式になどまるで興味のない恋人アイザ。小規模な結婚式を催すということで一度は諍いに決着を付けたものの、会場や衣装、演出や料理に関して悉く意見が食い違う。4日前の晩アイザの私宅で怒鳴り合いの喧嘩をし、それ以来2人は一度も顔を合わせていないのだ。戦いは膠着状態、仲直りの目途は立っていない。
次第に熱の入るミーアの語りに、レイバックはふんふんと頷きながら耳を傾けていた。なるほど、そうか。無難な相槌を挟みながらも、ダンスのリードは忘れない。一国の国王ともなれば、会話をしながらのダンスなど朝飯前なのだ。曲調が変わるごとに脚を縺れさせるミーアのダンスとはわけが違う。ミーアが一通りの話を終えたとき、レイバックは悩ましげに唸る。
「揉め事どうこう以前に、俺は結婚式の準備にほとんど関与しなかったんだ。婚姻の儀の演出については直前まで知らされなかったし、衣装や会場設営についても運営の者に任せきりだった。ゼータがお色直しで燕尾服を着ることだって、俺には一切知らされていなかった」
「そういえば、そんな演出がありましたね」
「だからミーアと婚約者殿の喧嘩に大した助言は出来ん。しかし数千人規模の結婚式を開催した身から言わせてもらえば、こぢんまりとした結婚式で十分だという婚約者殿の気持ちはよくわかる。参列者が増えれば、一人一人の客人と顔合わせる時間は必然的に短くなるだろう。遠路遥々脚を運んでもらって、まともに話ができぬままお帰りいただくというのも心痛むものだ。もしもう一度結婚式をするというのなら、俺は小規模な式を企画したい。場所は…聖ジルバード教会の園庭が良いだろう。燕尾服など着ずに、気心知れた友人達と飲み語り明かすんだ。歌を歌っても良いし、ダンスをしても良いし、魔法で花火を打ち上げるのも良い。堅苦しい祭事事など何もなしに、気の向くままに時を過ごすんだ。祝いの席としては最高じゃないか」
そう語るレイバックの顔は、偽りのない笑顔だ。太陽のような笑顔に気圧されるとともに、ミーアは目から鱗が落ちた心地だ。アイザが「小さな結婚式をしたい」と言ったのは、ともすればレイバックと同じ理由からか。結婚式が面倒などという理由ではなく、気心の知れた友人達と気ままな宴を楽しみたかったのか。例えばポトスの街外れにある小さな式場を貸し切って、そこでガーデンパーティを開催する。仰々しい儀式事などなく、大層な挨拶もせず、集まった者達が気ままに語らうだけの場だ。酒とつまみはたっぷりと用意して、大きなウェディングケーキがあっても良い。切り分けることなどせずに、巨大なケーキを皆でつつくのも楽しかろう。ドレスコードはなし。アイザとミーアの衣装も極力軽装だ。お姫様のようなドレスにも憧れるが、裾の長いウェディングドレスでは身動きが困難だ。膝丈のミニワンピースを身にまとい、花婿や客人と思うまま手を取り合って踊るのだ。人気の式場でなければ次の式を気にせずとも良いから、夜通し宴を楽しむことも可能だ。参集散会時刻を厳格に定めなければ客人も気楽であろうし、ガーテンパーティであれば収容人数を気に掛けずとも済む。偶然にも縁の繋がった一国の王と王妃を、一時式に招くことだってできるのだ。想像すればそれは最高の祝いの席だ。
現にミーアの知り合いの中にも、そうした気ままな結婚式を開催した者はいる。開宴当初は「なぜこんな結婚式を」と思ったけれど、その結婚式はミーアの記憶に強く残っている。友人の結婚式には何度も呼ばれている。しかしあれほど笑顔に溢れた結婚式は他になかった。そういえば、とミーアは思い出す。当時花婿の友人として参列していたアイザと出会ったのも、あの小さな結婚式であった。
ミーアは無性にアイザに会いたくなった。彼は今一体どこで何をしているのだろう。自宅で一人書物を捲っているのだろうか。それとも憂さ晴らしに、友人と飲み屋にでも向かっているだろうか。何をしているにせよ、喧嘩途中のミーアのことを時々は思い出してくれているだろうか。丸3日合わず仕舞いのアイザの顔を思い出しミーアが熱い吐息を飲み込んだ、その時だ。
「ミーア!」
怒号が響く。声のした方を見やれば、そこに立っていた人物はアイザだ。眉尻を吊り上げたアイザは、人混みを掻き分けミーアとレイバックの元へと近づいて来る。そしてあろうことか、ミーアを抱き込んだレイバックの胸元を勢いよく突き飛ばした。
「ミーアは俺の婚約者だ。ナンパ行為なら他を当たれ!」
ミーアは喉の奥から、ぎゃあと声にならぬ悲鳴を漏らした。どうやらアイザはレイバックの事を、軟派者と勘違いしているようである。一国の王を軟派者扱いし、さらには胸元を突き飛ばすという狼藉。上手く事を収めねばアイザが罪人になってしまうと、ミーアは必死で言葉を探す。しかし当の王様はと言えば、事を重大視した様子はない。ミーアの腰から手のひらを除け、微笑みを湛えアイザに向かう。
「貴方がアイザ殿か。勘違いしないでくれ、俺はミーア殿の知り合いだ。麗しの姫君が軟派者の餌食になっては大事と、一曲ダンスにお誘いしただけのこと。この曲が終われば、俺は連れとのダンスに戻るつもりだったさ」
そう告げると、レイバックは左手をアイザの目の前に掲げる。ミーアの物よりも一回り以上大きな手のひらには、薬指に銀の指輪が光っている。趣味で指輪を見に着ける者は多々いるが、左手薬指の指輪は結婚指輪と相場が決まっている。レイバックの指に光る既婚者の証を見て、アイザはひとまず落ち着きを取り戻したようである。
「…ミーアの知り合いか。悪かった。てっきり精霊族祭に多発する軟派者の類かと」
「気にするな。しかし今後一切姫君の手を離さないことをお勧めする。程良く酒が回り、強引なナンパ行為を働く輩が増える時間帯だからな。ミーア殿、結婚式の開催時期が決まればぜひ一言教えてくれ。細やかながら祝いの品を送らせてもらおう」
早口でそう告げると、レイバックは身を翻した。ミーアとアイザに背を向けて、まるで何事もなかったかのように人混みに消えていく。辺りに響く音楽は止まぬ。祭りはまだまだ続く。ミーア、アイザが問い掛ける。
「俺が悪かった。盛大な結婚式を挙げたいんだって、ミーアはずっと前から言っていたもんな。会場も演出も衣装も今後は一切文句を付けないから、結婚式はミーアの好きなように―」
「アイザ」
アイザの言葉を押し止めて、ミーアはその名を呼んだ。ドレスの裾を翻し、その場でくるりと一回転。この日に備えてあしらえた、純白のドレスのすそがふわりと舞う。膝丈のスカートに縫い付けられたたくさんの玉飾りが、ランタンの灯りを浴びて星粒のように瞬く。
「このドレス、精霊族祭に合わせて作ったんですよ。似合います?」
「似合っている。ミーアの黒髪には、真っ白なドレスがよく似合うよ。きっとウェディングドレスも。精霊族祭が終わったら、俺の家でもう一度話し合おう」
アイザが話す途中に、ミーアは人混みにちらと視線を送った。軽快と動く人混みの向こうでは、レイバックがゼータと合流している。当然傍にはクリスがいる。憂さ晴らしに付き合ってくれたクリスに、一言礼を言わねばとは思う。しかし声の届かぬ場所にいるクリスは、身振り手振りでミーアにこう伝えるのだ。「僕のことは気にしないで」ならば好意に甘えさせてもらおうと、ミーアはアイザの右腕に自身の両腕を絡める。
「結婚式に関しては、私も少々見解を改めていたところです。思い出話を交え、夜通し語り明かしましょうか。でもまずはダンスですね。折角王子様が迎えに来てくれたんだから」
逞しいとは言い難い二の腕に頬を摺り寄せて、ミーアは微笑む。突然に「王子様」呼びにアイザは照れ臭いと肩を竦める。
今宵ミーアは2人の男性とダンスを共にした。王子の尊顔を持つクリスと、真の国王であるレイバック。彼らとのダンスは心高鳴るものであったが、彼らのいずれもがミーアの王子様には成り得ないのだ。ミーアをお姫様にしてくれる人物はこの世界にただ一人。麗しの尊顔など持たずとも、絶対的な権力など持たずとも、アイザだけが唯一無二の王子様。
「すみません…下手くそで…」
「気に病むな。俺の妃よりも上手い」
さらりと返されるレイバックの言葉は、謙遜ではない。ミーアがちらと視線を送った先では、不得手者ゼータが、クリスに引き摺られるようにしてダンスに興じていた。
「婚約者と喧嘩をしたと言ったな。仲直りの目途は立っているのか?」
曲の最中に、レイバックが問う。
「…まだです。私も彼も些細な喧嘩を根に持つ質だから、まずは距離を置いてお互いに頭を冷やさないとまともに話が出来ません。でも一度距離を置いてしまうと、今度は会うきっかけが作り難くて…」
「精霊族祭には、同行の約束はしていなかったのか?」
「していました。でも集合場所や時間は決めていませんでしたから、仲直りせずしての同行は不可能だったんです。喧嘩をしてからまだ日は浅いですし、彼は自宅でお酒でも飲んでいるんじゃないでしょうか。お祭り事はあまり好まない性格ですし…」
結婚式も、とミーアは心の中で呟く。話題提供はしたものの、レイバックはそれ以上ミーアの喧嘩話に物申すことはしなかった。次なる話題を探すように、周囲の人混みをあちこち見やる。ふとミーアは考える。ドラキス王国の王と王妃が婚姻の儀を執り行ったのは、今からおよそ1年半前のことだ。目の前のレイバックは言わば結婚式の先輩。1年半前のこととなれば記憶にも新しいであろうから、ミーアの抱える問題について有用な助言を頂けるやもしれぬ。話題提供も兼ねて助言を仰いでみようかと、ミーアはおずおず口を開く。
「レイバック様とゼータさんは、結婚式の準備段階で何か揉めたりはしましたか?」
「揉め事…と言うような出来事は記憶していない。何だ、婚約者殿との喧嘩は結婚式に関わることなのか」
「そうなんです。彼との間で、結婚式に対する意見がことごとく合わなくて」
ダンスに興じながら、ミーアは4日前に起こった諍いの一部始終を語った。盛大な結婚式を催したいミーアと、結婚式になどまるで興味のない恋人アイザ。小規模な結婚式を催すということで一度は諍いに決着を付けたものの、会場や衣装、演出や料理に関して悉く意見が食い違う。4日前の晩アイザの私宅で怒鳴り合いの喧嘩をし、それ以来2人は一度も顔を合わせていないのだ。戦いは膠着状態、仲直りの目途は立っていない。
次第に熱の入るミーアの語りに、レイバックはふんふんと頷きながら耳を傾けていた。なるほど、そうか。無難な相槌を挟みながらも、ダンスのリードは忘れない。一国の国王ともなれば、会話をしながらのダンスなど朝飯前なのだ。曲調が変わるごとに脚を縺れさせるミーアのダンスとはわけが違う。ミーアが一通りの話を終えたとき、レイバックは悩ましげに唸る。
「揉め事どうこう以前に、俺は結婚式の準備にほとんど関与しなかったんだ。婚姻の儀の演出については直前まで知らされなかったし、衣装や会場設営についても運営の者に任せきりだった。ゼータがお色直しで燕尾服を着ることだって、俺には一切知らされていなかった」
「そういえば、そんな演出がありましたね」
「だからミーアと婚約者殿の喧嘩に大した助言は出来ん。しかし数千人規模の結婚式を開催した身から言わせてもらえば、こぢんまりとした結婚式で十分だという婚約者殿の気持ちはよくわかる。参列者が増えれば、一人一人の客人と顔合わせる時間は必然的に短くなるだろう。遠路遥々脚を運んでもらって、まともに話ができぬままお帰りいただくというのも心痛むものだ。もしもう一度結婚式をするというのなら、俺は小規模な式を企画したい。場所は…聖ジルバード教会の園庭が良いだろう。燕尾服など着ずに、気心知れた友人達と飲み語り明かすんだ。歌を歌っても良いし、ダンスをしても良いし、魔法で花火を打ち上げるのも良い。堅苦しい祭事事など何もなしに、気の向くままに時を過ごすんだ。祝いの席としては最高じゃないか」
そう語るレイバックの顔は、偽りのない笑顔だ。太陽のような笑顔に気圧されるとともに、ミーアは目から鱗が落ちた心地だ。アイザが「小さな結婚式をしたい」と言ったのは、ともすればレイバックと同じ理由からか。結婚式が面倒などという理由ではなく、気心の知れた友人達と気ままな宴を楽しみたかったのか。例えばポトスの街外れにある小さな式場を貸し切って、そこでガーデンパーティを開催する。仰々しい儀式事などなく、大層な挨拶もせず、集まった者達が気ままに語らうだけの場だ。酒とつまみはたっぷりと用意して、大きなウェディングケーキがあっても良い。切り分けることなどせずに、巨大なケーキを皆でつつくのも楽しかろう。ドレスコードはなし。アイザとミーアの衣装も極力軽装だ。お姫様のようなドレスにも憧れるが、裾の長いウェディングドレスでは身動きが困難だ。膝丈のミニワンピースを身にまとい、花婿や客人と思うまま手を取り合って踊るのだ。人気の式場でなければ次の式を気にせずとも良いから、夜通し宴を楽しむことも可能だ。参集散会時刻を厳格に定めなければ客人も気楽であろうし、ガーテンパーティであれば収容人数を気に掛けずとも済む。偶然にも縁の繋がった一国の王と王妃を、一時式に招くことだってできるのだ。想像すればそれは最高の祝いの席だ。
現にミーアの知り合いの中にも、そうした気ままな結婚式を開催した者はいる。開宴当初は「なぜこんな結婚式を」と思ったけれど、その結婚式はミーアの記憶に強く残っている。友人の結婚式には何度も呼ばれている。しかしあれほど笑顔に溢れた結婚式は他になかった。そういえば、とミーアは思い出す。当時花婿の友人として参列していたアイザと出会ったのも、あの小さな結婚式であった。
ミーアは無性にアイザに会いたくなった。彼は今一体どこで何をしているのだろう。自宅で一人書物を捲っているのだろうか。それとも憂さ晴らしに、友人と飲み屋にでも向かっているだろうか。何をしているにせよ、喧嘩途中のミーアのことを時々は思い出してくれているだろうか。丸3日合わず仕舞いのアイザの顔を思い出しミーアが熱い吐息を飲み込んだ、その時だ。
「ミーア!」
怒号が響く。声のした方を見やれば、そこに立っていた人物はアイザだ。眉尻を吊り上げたアイザは、人混みを掻き分けミーアとレイバックの元へと近づいて来る。そしてあろうことか、ミーアを抱き込んだレイバックの胸元を勢いよく突き飛ばした。
「ミーアは俺の婚約者だ。ナンパ行為なら他を当たれ!」
ミーアは喉の奥から、ぎゃあと声にならぬ悲鳴を漏らした。どうやらアイザはレイバックの事を、軟派者と勘違いしているようである。一国の王を軟派者扱いし、さらには胸元を突き飛ばすという狼藉。上手く事を収めねばアイザが罪人になってしまうと、ミーアは必死で言葉を探す。しかし当の王様はと言えば、事を重大視した様子はない。ミーアの腰から手のひらを除け、微笑みを湛えアイザに向かう。
「貴方がアイザ殿か。勘違いしないでくれ、俺はミーア殿の知り合いだ。麗しの姫君が軟派者の餌食になっては大事と、一曲ダンスにお誘いしただけのこと。この曲が終われば、俺は連れとのダンスに戻るつもりだったさ」
そう告げると、レイバックは左手をアイザの目の前に掲げる。ミーアの物よりも一回り以上大きな手のひらには、薬指に銀の指輪が光っている。趣味で指輪を見に着ける者は多々いるが、左手薬指の指輪は結婚指輪と相場が決まっている。レイバックの指に光る既婚者の証を見て、アイザはひとまず落ち着きを取り戻したようである。
「…ミーアの知り合いか。悪かった。てっきり精霊族祭に多発する軟派者の類かと」
「気にするな。しかし今後一切姫君の手を離さないことをお勧めする。程良く酒が回り、強引なナンパ行為を働く輩が増える時間帯だからな。ミーア殿、結婚式の開催時期が決まればぜひ一言教えてくれ。細やかながら祝いの品を送らせてもらおう」
早口でそう告げると、レイバックは身を翻した。ミーアとアイザに背を向けて、まるで何事もなかったかのように人混みに消えていく。辺りに響く音楽は止まぬ。祭りはまだまだ続く。ミーア、アイザが問い掛ける。
「俺が悪かった。盛大な結婚式を挙げたいんだって、ミーアはずっと前から言っていたもんな。会場も演出も衣装も今後は一切文句を付けないから、結婚式はミーアの好きなように―」
「アイザ」
アイザの言葉を押し止めて、ミーアはその名を呼んだ。ドレスの裾を翻し、その場でくるりと一回転。この日に備えてあしらえた、純白のドレスのすそがふわりと舞う。膝丈のスカートに縫い付けられたたくさんの玉飾りが、ランタンの灯りを浴びて星粒のように瞬く。
「このドレス、精霊族祭に合わせて作ったんですよ。似合います?」
「似合っている。ミーアの黒髪には、真っ白なドレスがよく似合うよ。きっとウェディングドレスも。精霊族祭が終わったら、俺の家でもう一度話し合おう」
アイザが話す途中に、ミーアは人混みにちらと視線を送った。軽快と動く人混みの向こうでは、レイバックがゼータと合流している。当然傍にはクリスがいる。憂さ晴らしに付き合ってくれたクリスに、一言礼を言わねばとは思う。しかし声の届かぬ場所にいるクリスは、身振り手振りでミーアにこう伝えるのだ。「僕のことは気にしないで」ならば好意に甘えさせてもらおうと、ミーアはアイザの右腕に自身の両腕を絡める。
「結婚式に関しては、私も少々見解を改めていたところです。思い出話を交え、夜通し語り明かしましょうか。でもまずはダンスですね。折角王子様が迎えに来てくれたんだから」
逞しいとは言い難い二の腕に頬を摺り寄せて、ミーアは微笑む。突然に「王子様」呼びにアイザは照れ臭いと肩を竦める。
今宵ミーアは2人の男性とダンスを共にした。王子の尊顔を持つクリスと、真の国王であるレイバック。彼らとのダンスは心高鳴るものであったが、彼らのいずれもがミーアの王子様には成り得ないのだ。ミーアをお姫様にしてくれる人物はこの世界にただ一人。麗しの尊顔など持たずとも、絶対的な権力など持たずとも、アイザだけが唯一無二の王子様。
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